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お嬢様、そんなに必死にならなくても大丈夫です。

 シアンたち一行は、昼食をとるため、最初に食堂にやってきた。

「チグサ様、今日は一人なんですか?」

 シアンは、チグサが一人で食事をとっているのを見つけて声をかける。チグサは、シアンの顔を見て頷く。

「チグサ、隣良いかしら」

 ルキナがチグサの隣に座る。シアンたちもその周辺に座る。

「チグサ、ユーミリア・アイスよ」

 ルキナがチグサにユーミリアを紹介する。ユーミリアがぺこりと頭を下げる。

 マクシスとヒロインの出会いは、チグサと会った後。チグサと仲良くなると、チグサの紹介でマクシスに会うことになる。マクシスは、チグサの数少ない友達に興味を抱くのだ。しかし、チグサの友人は、ルキナをはじめとして、既にたくさんいる。心配しなくても、新しい友人に特段興味を示すことはないだろう。

 でも、念には念を入れよ、だ。勝手に知り合いになられる前に、自分を仲介として、チグサとユーミリアの対面をすませる。

「あ、姉様、どうして先に行っちゃったんですか」

 マクシスがやってきた。チグサは一人だと言ったが、マクシスと一緒に来る約束はしてあったらしい。

「やっぱり僕も普通科にしておけば、こんなことにならないのに」

 マクシスは、まだ普通科への転科を諦めてなかったようだ。でも、肝心のチグサがやめろと言うので、行動に移せずにいる。

「今日は授業なかった」

 チグサは無表情で答える。

「そういえば、ユーミリアは普通科だっけ。なんで魔法科じゃないの?」

 ルキナが首を傾げる。

 ゲームの設定では、ユーミリアの魔力は強く、特異なものだ。魔法科に入るのが適している。実際、ゲーム内では、魔法科に通っていた。攻略キャラは魔法科が多いので、授業のある時は、普通科のルキナに邪魔されることなく攻略を進めることができる。

 でも、ユーミリアは魔法科ではなく、普通科に編入するのだと言っていた。

「そんなの決まってるじゃないですか」

 ユーミリアがもじもじし始める。ルキナは彼女が何を言おうとしているのかなんとなく察して、嫌そうな顔をする。

「先生がいるからですよ」

 ユーミリアがルキナに向かって手を伸ばす。ルキナはユーミリアから身を引く。残念ながら、間に机があるので届かない。

「あれ?みんなも一緒だったの?」

 マクシスがシアンたちの存在に気づく。

「あー、そうそう。さっきチグサには紹介したんだけど。編入生のユーミリア・アイスよ。イリヤのお姉さん」

 ルキナは、ちゃっちゃっとユーミリアの紹介をすませる。マクシスは、にこやかに「よろしくね」と言ったが、すぐに興味をなくしたように視線を外す。

「姉様、はい、あーん」

 マクシスがチグサの食事を手伝い始める。とても幸せそうだ。

「よし、とりあえず、これでマクシスとのフラグは回避」

 ルキナが机の下でガッツポーズをする。

「食べ終わったらどこから行きますか?」

 シアンが皆に尋ねる。

「そうね。とりあえず、この上からかしら」

 ルキナが上を指さす。食堂の上のフロアを指している。

「あ、そういえば、私、校長室に行かないといけません」

 ユーミリアが校長室に呼び出されていたことを思い出す。

「それなら、最初に校長室付近を周りますか?」

 シアンが提案すると、ルキナが少し嫌そうな顔をする。

「生徒会室の近くには行きたくないんだけど」

 ルキナは、生徒会室付近でベルコルに会うことを心配に思っている。

 ルキナとしては、どうせユーミリアが攻略対象たちに会うのなら、自分の目の届くところにしてほしいと思う。しかし、ベルコルだけは別だ。自分がいる方が不利になる。ルキナを介して出会うキャラは、ノアルドとベルコルの二人だけ。ルキナがいる時に会ってしまったら、ゲームの状況と近くなってしまう。ノアルドはもう既に終わったことなので、どうしようもないが、ベルコルに関しては避けたい。だから、今はベルコルがうろついている生徒会室の近くには行きたくない。

「…まあ、大丈夫よね。生徒会室の前を通りさえしなければ」

 ルキナは、「食べたら中央塔に行きましょうか」と、校長室に行くことを同意した。ルキナが校長室に行きたくないと言えば、理由を問われるだろう。うまい言い訳が思いつかない以上、皆に変に思われる行動はできない。

「シアン」

 チカがシアンの名前を呼んだ。手には料理の乗ったトレイと大きめの封筒を持っている。

「ちょうど良かった。届け物」

 チカがテーブルにトレイを置いて、封筒をシアンに手渡す。

「チカ、ありがとう」

 シアンは、封筒の中身を確認する。シアンの受けている授業の教授に提出してあった課題だった。チカも同じ教授の授業を受けているので、返却を任されたのだろう。

「なに?シアン、提出でも遅れたの?」

 ルキナがからかうように言う。そもそも課題が返却される方が少ないのだが、普通、課題が返されるなら、授業の時だ。

「違いますよ。何人か合同でやった課題です。違う先生の授業の人もいるので、班のリーダーの僕に渡されただけです」

 シアンの説明で、ルキナは納得した。シアンが仲良しメンバーの魔法科、魔術研究科で集まって何かをしているところを何度か目撃したことがある。その時、この課題をやっていたのだろう。

「学年またいで返すのね」

 ルキナが笑いながら言う。進級した後に返却なんておかしな話だ。

「僕もそれは思いました」

 チカも一緒になって笑っている。

「もしかして、チカのお母さん、無事だったりします?」

 ユーミリアが、シアンにひそひそと尋ねる。チカは、さっきトレイを置いた席に座って昼食を食べ始めている。

 チカは貴族に母親を殺されて貴族を恨むことになる。ユーミリアにしてみれば、チカがこんなにも多くの貴族とつるんでいるのが信じられない。

 シアンも、チカの事情は聞かされていた。今、目の前にいるチカも、母親をなくしているものだと思い込んでいた。ディープな内容であるし、本人に確かめたことはない。でも、たしかに、チカが一応、貴族であるシアンに心を許すのは早かったし、ルキナと出かけることになっても、そういった負の感情は見せなかった。それは、チカが隠すのが上手いだけだと思っていたが、違うのかもしれない。

 シアンも、少し気になってきた。ここは、思い切って聞いてみることにする。

「チカ、変なこと聞くけど…。」

 シアンに名前を呼ばれて、チカが顔をあげる。

「お母さん、今、どうしてる?」

「僕の?」

 チカは、急に母親のことを尋ねられて驚いている。シアンが頷くと、チカは、なぜそんなことを聞かれたのかわからないまま、答える。

「僕の祖父母と一緒に畑を耕してるよ」

 チカの返事に、ルキナ、シアン、ユーミリアが笑顔になる。チカは嘘をついているようには見えない。

「え?なに?」

 シアンたちが突然喜びだしたので、チカが戸惑う。

「なんでもないよ」

 シアンが誤魔化すが、チカは納得いってない様子だ。でも、チカは、シアンが隠したものが自分にとって悪いものではないのだろうと察し、それ以上問うのはやめた。

「この世界は、今までと何もかも違うんですね」

 ユーミリアがしみじみと言った。

 ユーミリアの十回目の人生は、今までと全然違う。出会う顔は同じでも、人は違う。自分が記憶を取り戻してから人生は変わったのだと思っていたが、どうやらそれ以前から変わっていたようだ。記憶を取り戻すタイミングが早まったのも、誰かがそれまでと違う行動をしたからかもしれない。最初は、ほんの小さなきっかけだったのだろう。でも、いつしか、それが大きくなり、ユーミリアを取り巻く環境を変えるに至ったのだ。

「良かった…。」

 ユーミリアが少し涙を流す。ルキナはそれを見て優しい顔をする。

 この世界は、ユーミリアの救いとなっただろう。己の結末しか変えられなかった人生を繰り返し、ついに、救いたいと思っていたものを全て救えたのだ。

「この人生が最後だと良いな」

 ユーミリアが小さく呟いた。

「そうね」

 ルキナが頷いた。

「先輩、そろそろ行きましょうよ」

 イリヤノイドがシアンの肩をゆする。シアンたち三人が内緒の話をしているのが気に入らなかったよだ。

「それじゃあ、みんなまた」

 イリヤノイドに急かされ、シアンたちはトレイを持って席を立った。ルキナがチグサやマクシス、チカに手を振る。

「はい、行きましょう。さあ、行きましょう」

 イリヤノイドがシアンの腕を引っ張る。

 シアンたちは、トレイや食器を片づけると、予定通り、中央塔にある校長室に向かった。

「校長室は四階。生徒会室は三階」

 ルキナがぶつぶつと言いながら歩いている。生徒会室の前を通らずに行ける道を考えているのだ。

「西館から行ったらどうですか?」

 ルキナが悩んでいることを察し、シアンが提案する。

 中央塔というだけあって、校長室と生徒会室のある建物は、いくつかの建物と繋がる渡り廊下がある。そのせいで、中央塔の階段は複雑だ。中央階段以外の階段は、渡り廊下に邪魔されて、上まで真っすぐ繋がっていない。途中で、別の階段に移らなければならなくなる。その際、必ず三階の生徒会室前を通らざるを得なくなってしまう。中央階段を使う方法もあるが、その階段でベルコルに鉢合わせる可能性がある。それなら、渡り廊下を有効活用して、遠回りをした方が良い。たとえば。西館の階段で五階まで行って、渡り廊下で中央塔に移動して一階降りる。かなり遠回りだが、生徒会室の前を通らなくてすむ。西館には、この学校で一番大きな図書室がある。そこに案内すると言えば、イリヤノイドとユーミリアも納得するだろう。

「じゃあ、その手で行きましょ」

 ルキナはシアンの提案をのんだ。

 四人は、作戦通り、西館から校長室を目指す。途中、図書室も案内した。渡り廊下から中央塔に移って、階段を下りて四階へ。

「校長室はここ…よ…。」

 ルキナが、階段を下り切って、校長室を指さす。しかし、視線の端に映ったものに気づいて、ルキナの動きが固まる。

「リュツカ君たちも校長室に用事かな?」

 ベルコルが笑顔で立っている。

「ノー!」

 ルキナが頭を抱えて叫び出す。わざわざ遠回りをしたのに、このざまだ。ユーミリアは、突然ルキナが叫び始めたので、おろおろし始める。イリヤノイドは、ふっと鼻で笑っている。

「どうかしたのか?」

「いえ、気にしないでください」

 シアンは愛想笑いをしながら、困惑しているベルコルへフォローする。

「お嬢様、どうするんですか?」

 シアンは、ルキナを早く正気に戻さなくてはいけないと思い、耳打ちする。こうなってしまった以上、自分たちの力で何とかするしかない。

 ルキナは、シアンの声にはっとして我に返る。そして、ベルコルに笑顔を向ける。

「すみません。紹介したい人がいまして…こちら、ユーミリア・アイスさんです」

 ルキナは、ベルコルにユーミリアを紹介する。ベルコルとユーミリアが互いに会釈する。

 ユーミリアには、ベルコルの紹介をしない。彼女は既に知り合ったことがあるので、顔と名前は覚えているだろうから。

「…。」

「…。」

 ユーミリアとベルコルが目を合わせて黙っている。

「…ユーミリアを生徒会に勧誘しないんですか?」

 ルキナが不思議そうに首を傾げる。

 『りゃくえん』のシナリオだと、ベルコルはユーミリアを生徒会に誘う。編入試験で優秀な成績だったから、と。シアンとチカにそうしたように。そこで、ユーミリアはベルコルと親密度を高めていくことになる。

 しかし、ベルコルはいっこうに生徒会の話題を出そうとしない。むしろ、ユーミリアを紹介されてどうすれば良いのか困っているようだ。ルキナとしては、生徒会に勧誘しないなら、それで構わない。でも、こうも反応がないと心配になるものだ。

「あぁ、まあ、そうですね。人手は充分足りてますし」

 ベルコルは、困ったように言う。

 シアンとルキナが生徒会に参加すると、チカやノアルドたちがぞくぞくとメンバーに加わった。仲良しメンバーのうち、タシファレド、アリシア、ハイルックの三人以外、全員生徒会に参加している。ゲームの設定とは違い、生徒会役員は既に十分集まっている。わざわざこれ以上役員探しをする必要がないのだ。

「でも、手を貸してもらえるなら、ありがたい話だ。興味があるようなら、いつでも声をかけてください」

 ベルコルはそう言って、階段に向かう。校長室での用事はすんで、生徒会室に戻るところだったのだろう。

「先生は生徒会に入ってるんですよね?」

 ユーミリアがルキナに確認をとる。ルキナが肯定すると、ユーミリアはベルコルを追いかけ始めた。

「バリファ先輩、私、生徒会入りたいです!」

 ユーミリアが言うのを聞いて、イリヤノイドも同じように動き始める。

「僕も!」

 イリヤノイドは、シアンが生徒会メンバーなのを事前に知っていたので、もともと役員になるつもりだった。

「えっ?ちょっと、校長室に用事あるんじゃなかったの!?」

 ベルコルがユーミリアの存在を把握していなかったことや、特に興味を示すような態度ではなかったことで、ルキナは安心していたが、ユーミリアたちが勝手に行動し始めたので驚く。シアンは、二人を追いかけようと一歩目を踏みだした。

「皆さん、元気ですね」

 シアンはピタリと動きを止めた。校長室からルイスが出てきた。廊下が騒がしくて様子を見に来たのだろうか。でも、怒っている感じはない。朗らかな笑顔を見せている。

「ルイス殿下…。」

 シアンがぼそりと呟く。その直後、心臓の鼓動が速くなった。ドクドクと心臓の音がうるさい。ルイスと会ったときはいつもそうだ。

(離れないと)

 チグサに何度も忠告されている。わかってはいるのだが、足が動かない。目がルイスを捕らえて離さない。

「あ、皆さん、生徒会に入られてるんですよね。楽しそうです。私もやりたいです」

 ルイスがほのぼのとした空気をまとったまま言う。それなのに、シアンの胸は苦しくなる一方。だからといって、王子に向かって、生徒会に入るなとは言えない。

「バリファ殿、私も生徒会に入れてください」

 ルイスは、ユーミリアたち同様に、ベルコルを追いかけ始める。ルイスが離れると、シアンは体のだるさがスッとなくなった。

「そういえば、ルイスもたぶんユーミリアとはもう知り合いよね。ノアルドが知り合いなんだから」

 ルキナは、ルイスの背中を見送りながら言う。

「シアン、大丈夫?」

 ルキナがシアンの異常に気付いた。シアンの顔色は明らかに悪い。

「大丈夫です」

 シアンは冷や汗をぬぐいながら答える。

「あれ?ルキナ?」

 今度は、校長室からノアルドが姿を現した。ミッシェルも一緒だ。ノアルドの言っていた用事は、校長室に来ることだったのだろう。

「校長室に用があって来たんですけど、肝心の人が今消えちゃって」

 ルキナが苦笑する。

「そうですか。でも、私は嬉しいですよ。こんなところでルキナに会えるなんて」

 ノアルドがルキナの腰に腕を回して抱き寄せる。二人は体を密着させる。

「ノア様、二人が見てますから」

 ルキナが照れたように言う。シアンは、いたたまれなくなって、あからさまに顔をそらす。

「ノア、おあついところ申し訳ないけど、次の予定が迫っている」

 ミッシェルが、いちゃついてる時間はないと言う。

「それは残念ですね。じゃあ、ルキナ、また後で」

 ノアルドがルキナから離れて、ミッシェルと共に去って行った。

「あとは、タシファレドだけね」

 ルキナは平常心だ。今さっきまで婚約者とイチャイチャしていた人には見えない。

「…そうですね」

 シアンは複雑な気持ちになりながらも、頷く。ルキナは、ミッシェルもユーミリアと顔見知りだろうと考えているようだ。

「フラグ回避なんて、ちょろいもんね」

「ですから、そんなに必死にならなくても良いと思いますよ」

 シアンがため息をつく。

「あら。必死なのはどちらかしら」

 ルキナがニヤリと笑ってシアンを見る。

「どういう意味ですか?」

「べっつにー」

 シアンが真意を尋ねても、ルキナははぐらかすだけ。

「さっ、ユーミリアたちを呼びに行きましょうか」

 ルキナがシアンの手首を掴んで歩き始める。

(心臓、うるさい)

 シアンの鼓動は、ルイスに会った時とは違う速まり方をしている。ルキナに、ドキドキしているのがバレてしまいそうだ。

「自分で歩けますから」

 シアンは、腕を引いて、ルキナの手から逃れた。

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