お嬢様、どうしてこうなるんですか。
「今度、ホームパーティを開こうかと思ってるんですけど、来ていただけますか?」
夏休みが終わり、景色がすっかり秋になった頃、シェリカがそう切り出した。夏休みを一緒に過ごしたメンバーで集まったタイミングでの招待だったので、おそらくここにいる全員を誘うつもりなのだろう。
「そういえば、もうすぐシェリカの誕生日だったわね」
ルキナが独り言を呟いた。
この国では、誕生日は家族で祝うもので、友人といえども、互いに誕生日を把握していることの方が少ない。プレゼントを贈り合うくらいのことはしても、誕生日パーティに友人を呼ぶことはほぼない。逆に、そのパーティに招待してもらえのであれば、かなり親密な関係にあると捉えることもできる。
そういう意味で、『りゃくえん』における誕生日会はかなり重要なイベントである。「誕生日を一緒に過ごしたい」「誕生日を祝ってほしい」などというセリフを言わせられたら、そのキャラはほぼ攻略できたことになる。とある考察チームは、誕生日が早いキャラから順に攻略するのがハーレムエンドの近道ではないかと述べていた。誕生日は、ゲーム内の時間で一年に一度。誕生日イベの時期は固定されている。全キャラの誕生日イベをこなそうと思ったら、効率良く、誕生日が近い者から攻略するのが良いのは間違いない。しかし、残念ながら、その攻略方法を試す前に死んでしまったので、ルキナはその真偽を知らない。
シェリカは、親密度を試すような、そんな重苦しいパーティにするつもりはないので、自分の誕生日を祝う会なのだと一度も口にしなかった。皆はシェリカの誕生日を知らないので、そんなことは気づいていない。ルキナだけは、たまたま十月が誕生日だという設定を覚えていたので、気づくことができた。
「どうでしょうか」
シェリカがもう一度尋ねる。すると、皆、行くと答えた。そうして、二週間後の週末、シェリカが一人で住んでいたルース家の別邸でパーティを行うこととなった。
しかし、シェリカの身に問題が発生した。パーティの約束をしてから一週間。皆がそれぞれパーティの日を楽しみにしていると、シェリカの元に一通の手紙が届いた。
「ティナ・エリ!どうしよう!」
シェリカが手紙を手に、ティナに泣きつく。
「シェリカ様、どうかしたんですか?」
シアンがシェリカに声をかける。
ここは、いくつかある魔術研究室のうちの一つだ。放課後に研究室を借りて、魔法科のシアン、ノアルド、マクシス、タシファレドと、魔術研究科のチカ、ティナが集まって合同研究を行っていたところだった。
「パパから手紙が来て…。」
シェリカが本当に困ったようにティナに手紙を見せる。
「ジョルジェ様から?」
ティナは、主人に届いた手紙を読んで良いものか、一瞬ためらった後、手紙を広げる。皆の視線を浴びながら、ティナは静かに手紙を読み進める。
静かになった研究室にバタバタと走ってくる足音が聞こえてくる。
(もう一人来たな)
誰が近づいてきてるのかだいたい予想はつく。
コンコンというノックの音の後、ゆっくり扉が開く。顔をのぞかせたのはルキナだ。中にシェリカがいるのを確認すると、研究室に入ってきた。
「シェリカ!部屋番号間違えるなって何度言ったらわかるのよ」
ルキナの手には、シェリカ宛と思われる封筒が一つ。教授や生徒からの個人宛の荷物は寮の部屋に届けてもらえるのだが、シェリカはいつもルキナの部屋の番号を伝えてしまう。ルキナの部屋にちょっかいをかけに行くために、ルキナの部屋の番号は忘れないようにしている。そのせいで、人に部屋番号を伝えるとき、自分の部屋の番号より先に出てきてしまう。こうして、シェリカの荷物がルキナの部屋に届けられるのは一度や二度じゃない。
「どうしたのよ」
シェリカがなんだかしょんぼりしているし、他の皆の様子もいつもと違う気がする。ルキナは、怒鳴るのをやめて問う。
「ルースさんのお父様から手紙だそうですよ」
ノアルドが答えて、ティナの手元に視線を送る。ルキナもティナが手紙を読んでいることを確認する。
「シェリカ様はどうするおつもりですか?」
手紙を読み終えたティナが顔をあげる。
「私の方が決めたの先だもん。パパのことは無視する」
シェリカはむすっとした顔で答える。
「ジョルジェ様、お泣きになるでしょうね」
「えー、でも…。」
手紙の内容を知らない人たちは、二人の会話に全くついていけない。
ルキナは、シェリカに手紙を読んでも良いのか尋ねる。返事は期待していなかったが、シェリカは何も知られて怖い物がないのか、了承した。許可を得たルキナは、ティナから手紙を受け取って読み始める。
「シェリカ様のお父上が、今週末、シェリカ様を本邸にお呼びなのです。パーティをするから、と。ご友人が一緒でも良いとのことでしたが…。」
どうせみんなにも関わりのある話なので、ティナがかいつまんで説明する。
「私たちは会場がどこになろうと大丈夫ですよ」
ノアルドが気にしなくて良いと答える。
正直、どちらでも構わない。王都からルース家の本邸も別邸も同じような距離にある。方向が違うだけ。あとは、身内だけのパーティでなくなるという違いがあるくらいだ。ノアルドたちはシェリカに招待されている身。文句を言うようなほどのことじゃない。文句があるなら行かなければ良いだけだ。
「シェリカ、あなた、よく親と恋バナできるわね」
ルキナが手紙から目を離さずに言う。シェリカの父、ジョルジェからの手紙には、シェリカの好きな人を紹介しなさいと書いてある。
「好きな人を紹介ね…そりゃあ、渋るわけね。ま、適当に誤魔化しておけば良いんじゃない?」
「それが…特徴を伝えてしまったんですよ」
ティナが、ルキナの提案を受け入れられないと言う。ティナがルキナの手にある手紙に視線を送る。ルキナは最後の文を読んで理解した。そこには、「銀髪の君に会えることを楽しみにしているよ」と書かれていた。
シェリカが心配しているのは、告白をしてもない想い人本人に自分の気持ちを知られてしまうこと。気づいてほしい気持ちもあるが、父親の言動でバレるのは嫌だ。
一方、ティナが心配しているのは、娘ラブなジョルジェが、シェリカの好きな人を前にして平常心でいられるわけがないということ。シェリカと一緒にいられる時間が短かった分、ジョルジェは娘に依存している。最近は、まだ先の話なのに、嫁にやるのは嫌だと泣いてばかりだと聞く。でも、だからと言って、シェリカがジョルジェの誘いを断ったら、それこそジョルジェはしばらく立ち直れないだろう。最悪、この学校に押しかけて来かねない。
「一人だけおいてくわけにも行かないか」
ルキナがぶつぶつと呟く。ルキナは、シェリカとティナの事情を組んで、自分が協力してあげるしかないのだと理解した。
「まあ、大丈夫よ。私が何とかするわ」
ルキナがふふっと笑う。良い作戦を思いついたのだ。
「大船に乗ったつもりで私に任せなさい」
ルキナが胸をどんと叩く。
(嫌な予感しかしない)
今回は自分はあまり関係ないと思っていたシアンだが、ルキナの自信満々な笑顔を見たら、余裕こいている場合じゃないように思えてきた。
さすがはシアン。十年以上ルキナを傍で見てきただけのことはある。ルキナが何かを企む顔をした時は、いつだってシアンが迷惑を被るのだ。
ルース家でのパーティ当日。シアンは、ルキナに連れられ、王都にあるルシュド一家のレストランに来ていた。
「「オジョウ、何しに来たの?」」
ルキナとシアンが訪ねてくることを知らされていなかったので、二人の姿を見て、リュカとミカはたいそう驚いた。
今日は二人とも女の子の恰好をしている。兄妹というよりは姉妹だ。
「遊ぼ!」
「遊ぼ!」
双子たちは、シアンを中心にぐるぐる回っている。
「捕まえた」
シアンは、しゃがんで、ガシッと双子を捕まえて抱き上げる。双子はキャーキャー大喜びだ。
「お嬢様、お久しぶりです」
厨房から、ミーナが出てきた。開店前の仕込みをしていたのだろう。今はまだレストランに客はいないが忙しそうだ。
「急にごめんね、ミーナ」
「いえいえ。こちらの方こそ、いつもお世話になってばかりで」
ミーナは、双子に服をプレゼントしてくれたり、遊び盛りな子供の遊びに付き合ってくれるルキナとシアンに感謝している。だから、ルキナのお願いとあらば、たいていのことは喜んで引き受ける。
「この子たちも大喜びですし」
ミーナが双子を見て母親の顔になる。双子の瞳は、母親のミーナと同じライアの花のような青色。まだまだ若いが、屋敷にいた時とは違い、彼女は母親だ。
ルキナは、ミーナの幸せそうな顔を見られて満足する。
「どうぞ、上を使ってください」
ミーナが、階段のある方を手のひらで示す。ルキナは、短くお礼を述べ、シアンを呼ぶ。シアンは双子とじゃれあっている。
「シアン、早く」
シアンは、ルキナに急かされ、急いでルキナの近くに寄る。
「「もう終わり?」」
双子は遊びを中断されてしまって不服そうだ。
「後で時間があったらつきあってあげるから」
ルキナは双子に適当なことを言って、シアンの腕をひいて階段を上る。レストランの上は、ルシュド一家の居住スペースだ。ルキナは、そのうちの一室にためらうことなく入っていく。ここに遊びに来たときは、いつもこの部屋で双子を着せ替えさせていた。
「何をするんですか?」
シアンは、部屋の真ん中で立たされたので、困惑気味にルキナに尋ねる。ルキナはくるりと回って体の向きを変える。
「シアン、命令よ。女装しなさい」
ルキナは仁王立ちで言った。
「はあ!?」
シアンは、あまりに唐突な言葉に驚きの声を発する。
「だから、女装」
ぽかんとしているシアンに、ルキナがため息をつきながらもう一度言う。
「誰が?」
「シアンが」
「なぜ?」
「男の恰好じゃいけないの」
シアンは開いた口が塞がらない。ルキナに命令をされたので、ほぼ拒否権はないわけだが、女装する意味が理解できない。
「ほら、時間なくなっちゃうから、これ着て」
ルキナは肩に下げていた大きな袋から新品のドレスを出す。
「どうしても女装しないと駄目ですか?」
シアンはルキナの勢いに圧されてドレスを受け取ったものの、とても着る気にはなれない。
「うん、駄目。女装しないとパーティ連れてかないから」
ルキナはそう言い残して部屋を出て行く。シアンは一人残され、ルキナの指示に従うか葛藤する。
(ええい、ままよ)
シアンは諦めて着替え始める。ドレスを着、ルキナが置いて行ったかつらや靴を身に着ける。着替え終えた頃には、自分な大事なものを失ってしまったような感覚になり、なんだか疲れてしまった。
「シアン、終わった?」
ルキナが、シアンの着替えが終わった頃に戻ってきた。シアンの返事を待ってからドアを開ける。
「やっぱり似合うじゃない」
ルキナは満足そうにシアンを見ている。
「嬉しくないです」
シアンは椅子に座ってズーンと沈んでいる。
「「シアン、きれー」」
双子もルキナについてきた。シアンの女装を見るなり、目を輝かせる。
「うん、ありがと」
子供たちが純粋に褒めてくれていることはわかるので邪険に扱ったりはしないが、ショックではある。
(女装が似合うって…)
シアンは、自分がなかなか成長しないことを気にしていた。身長は伸びないし、友人たちのように男らしくない。
「お化粧はなくても大丈夫そうですね」
なぜかミーナもいて、シアンの女装を見て微笑んでいる。シアンの肌は白いので、化粧をしなくてもそれっぽく見えるのだ。
「口紅くらいしてく?」
ルキナがニヤニヤしながら言う。目的があって女装をさせているのだろうが、面白がっているのは火を見るよりも明らかである。
「これ以上男を捨てたくないです」
シアンは力なく答えた。
「ヒールは慣れるまでがしんどいから、今日はあんまり動かないようにした方が良いわよ」
ルキナは、シアンの耳にイヤリングをつけながら忠告する。
「まあ、私よりちゃんと女の子できそうだし、問題ないだろうけど」
「問題大ありです」
ルキナは自由な人間だが、さすがにこんなことになるとは思わなかった。ルキナに振り回されている中でいろいろな経験をしてきたが、こんな体験は一生したくなかった。




