お嬢様、双子も兄妹です。
「浴衣はないのに、花火文化はあるのは何なのかしら」
ルキナが、腕を組んで首を傾げている。
昨日の祭りは、双子が誘拐事件に巻き込まれたため、花火を楽しむことができなかった。今夜は、そのリベンジで庭で手持ち花火を楽しむことになった。使用人たちがせっせと準備をしている。
「今日はいらっしゃるんですね」
シアンがベルコルの方を見て言った。昨日は祭りに行かないと言っていたのに、今日は、他の皆と一緒に庭に出ている。
「ベルコルはメリットでしか動かないけど、意外と情に厚いのよ」
ルキナは「何も驚くことはないわ」と付け足した。
「驚くと言えば、ベルコルが馬に乗ったのが信じられないんだけど」
「どうしてですか?」
「ベルコルは超がつくほど動物が苦手なのよ。馬にも乗らないくらいね」
たしかに、シアンも不思議に思ってはいた。
多くの貴族は、習い事に乗馬を選ぶ。馬に乗れて損はない。貴族の中には乗馬を趣味とする者がいる。一昔前に、貴族間で馬に乗って散歩するデートが流行ったくらいだ。社交界での交流の手段としても使える。
それなのに、よりによってベルコルが馬に乗れないとは思わなかった。ベルコルの父は厳しいと聞く。そんな人物が、社交界での武器ともなろう乗馬をできないままで許すとは思えない。
「それこそトラウマよ。ベルコルは小さい頃に犬に噛まれたことがあるの。本人は覚えてないけどね。ショックだったと思うわよ。そのことはベルコルパパも知ってるから、強く言わないのよ。いくら厳しいって言ったって、ベルコルは大事な息子だからね」
ルキナは、一息に言ってしまうと、軽やかなステップで双子のとこに向かった。
「シアン様、お客様です」
使用人がシアンに声をかけた。その使用人の後ろにはよく見知った人物が立っていた。
「シアン君、こんにちは…もう、こんばんはの時間かな」
サイヴァンが訪ねてきた。事前に近日中に来ると聞いていたが、今日来るとは思っていなかった。サプライズのようで、シアンには嬉しく感じる。
「ルキナさんもお変わりなく」
サイヴァンがルキナに笑いかける。ルキナは、サイヴァンが来たとわかると、シアンの方に引き返してきたのだ。
「どうも」
ルキナがよそ行きの笑顔を向ける。
「あ、先生。今日はノアルド殿下とミッシェルさんもいっらしゃるんですよ」
知ってるかもしれないと思いつつ、シアンはサイヴァンにノアルドとミッシェルの存在を知らせる。ノアルドたちの方も、サイヴァンに気づいて近づいて来る。
「ああ、そうでした。ノアルド王子、以前話していた月の石です」
サイヴァンが、カバンから小さな白色の石を取り出した。
「宇宙に行ってきたんですか?」
ルキナが驚いている。
「違いますよ。月の石というのは、魔力を高める効力のある石のことです。正確には、トリネラと言います」
サイヴァンがルキナの勘違いを訂正する。
「どうして月の石と言うのですか?」
「シアン君に少し関係があるかもしれないね」
シアンが尋ねると、サイヴァンがシアンの顔を見てニッコリする。自分に関係があると言われてもピンとこない。
「この国は愛竜国ですからね。名前の由来が竜に関わっているものも意外と多いんですよ。この月の石もそのうちの一つです。魔力を持つ者はすべて、その力が最大限に発揮できる時間が決まっていますが、ドラゴンの魔力は月光の下でもっとも強くなります。シアン君も、満月の夜が一番魔力が強いでしょう?」
シアンは、以前、サイヴァンに魔力が一番高まる時間を調べるよう言われたことがある。上級学校の魔法科でも、自分の魔力の性質は知るべきだと教えらえた。だから、シアンに限らず、魔法が使える者は皆、自分の魔力が一番強い時間、条件を知っている。
「竜の血が…と言っても、ただの偶然かもしれませんが。ドラゴンは月の光で魔力が高まる。この石は、魔法使いにとっては、ドラゴンにとっての月の光なんですよ。だから、月の石と呼ばれるようになったわけです」
サイヴァンは、説明を終えると、手にしていたトリネラをノアルドの手に乗せた。これはノアルドに渡そうと思って持ってきたものだ。
「この大きさでは、あまり効力はないかもしれません。希少な物ですから、簡単には手に入らないですし。でも、とある地域ではこれをお守り代わりに持つという話も聞きます。普段、身に着けておいても損はないでしょう」
ノアルドは、サイヴァンからもらった石を大切そうに握る。
「それでは、私はこれで」
サイヴァンは石を渡すために寄っただけらしい。忙しい人だ。別れを告げて、さっさと行ってしまった。
サイヴァンの様子が以前と変わりないことに、シアンは安心する。アイザックが怪しいと言っていたのは、ルキナだけではなく、サイヴァンもだった。ルキナの名を出されて怒りはしたが、信用に足らないのはアイザックの方だ。
「ねえ、シアン」
サイヴァンを見送ると、ルキナがシアンの服を引っ張った。
「双子、様子おかしくない?」
ルキナが小声で言う。シアンはルキナに言われて双子のいる方を見る。
「なあ、お前、良い場所に連れて行ってやるよ」
近所の子供だろうか。三人の少年がいつの間にか庭に入ってきていた。別にそのことを注意するつもりはない。ただ、そのうちの一人が、リュカのスカートを引っ張っている。リュカが可愛くて気に入ったようだが、強引なことをするものだから、リュカはすっかり怯えている。
「リュカに意地悪したら駄目!」
ミカが、リュカの服を引っ張る男の子に飛び掛かる。
「なんだお前!」
男の子は、ミカから逃れるためにリュカから手を離した。リュカがその場に尻餅をつく。
「い、行こうぜ」
少年たちは、ミカに恐れおののいて、庭から走り去っていく。
「リュカを泣かせる奴は許さないから!」
ミカはぷんぷん怒っている。少年たちの姿が見えなくなると、ミカは尻餅をついたままのリュカに手を差し出す。
「何もおかしいようには見えませんが」
いつも通り、しっかり者のミカが泣き虫のリュカを守っている。おかしいと感じる要素などない。
シアンが小声で返事をする。すると、ルキナは、双子から目をそらしたシアンの両頬を両手ではさんで、ぐいっと首を回させた。強制的に双子の方を向かせたのだ。
ちょうどその時、リュカがミカの手を取らずに自分で立ち上がった。リュカはミカが手を差し出していることに気づいているはずだ。それなのに、手を借りようとしなかった。
「ね?おかしいでしょ?」
ルキナがもう一度シアンに尋ねる。
「はい。変な動きをしたので」
シアンは自分の首をさする。
「ごめん、痛かった?」
ルキナが心配そうにシアンの方を見る。
「筋の方を少し」
「なんか年より臭い」
「誰のせいですか」
「竜の血でなんとかして…じゃなくて、双子よ、双子。リュカの方がミカから距離をとろうとしてるみたいなのよ。あんなに仲良しだったのに」
ルキナの視線の先では、リュカがミカから離れて一人で遊ぼうとしている。ミカは寂しそうに立っている。
「まあ、ずっと同じじゃいられないわよね」
ルキナが残念そうに言う。
「双子だと複雑よね。どちらかが先に大人になっちゃったら、一緒にいられないもの。ミカには酷だろうけど、受け入れるしかないのよね」
「変わろうとしてるのは、ミカの方だと思いますよ」
シアンがポツリと言った。ルキナは意味がわからなくて首を傾げる。
「大丈夫ですよ。リュカはお兄ちゃんだから」
シアンはそう言って微笑む。そして、ルキナに、そろそろ双子の着替えをさせに行ったらどうかと言う。今日は内輪で花火を楽しむだけだが、双子にはまた浴衣を着せてあげる約束をしてある。
「わかった」
ルキナは、双子に着替えに行こうと声をかけに行く。シアンも後ろについて、手伝いに行く。
双子をルキナの部屋に移動させ、昨日同様、着替えを始める。しかし、いざリュカに浴衣を着せようとしたら、リュカは「今日はミカにこれを着せてあげて」と言って、浴衣に腕を通そうとしなかった。
ルキナは、浴衣と甚平を二着ずつ用意してきた。でも、昨日の誘拐事件で、リュカが着ていた浴衣は汚れてしまった。だから、今、浴衣は一着しかない。ルキナは、それを当然のようにリュカに着せようとした。今まで、リュカは可愛いものを、ミカは動きやすいものを選んでいた。昨日もそうだった。今日も同じように着せてあげれば良いだろうと思うのが自然だろう。
「どうしたの?」
ルキナがリュカと目線を合わせて尋ねる。
「僕はあっちを着るから、これはミカに着せてあげて」
リュカは浴衣をミカに譲ると言っている。だが、それを聞いたミカが戸惑い始める。いつもと違うことを言う兄の考えていることがわからないのだろう。
「私は良い」
ミカは、シアンの手から甚平を奪い取って自分で着始める。すると、リュカがそれを止めに行く。ミカが甚平を着るのを邪魔する。
「リュカのもあるじゃん。そっち着れば良いじゃん」
ミカはベッドの上にあるもう一つの甚平を指さす。同じ色で同じ柄だ。一つを取り合う意味がない。
「駄目なの」
リュカはミカの甚平を引っ張る。いつになく強気だ。
「私とお揃い嫌なの?」
ミカは、目に涙をため始める。ミカが泣きそうになると、リュカがはっとして、甚平を放した。
「ミカ、僕がしっかりするから。お兄ちゃんするから。だから、泣かないで」
リュカは慣れてない手つきで、泣いているミカの頭を撫でる。
「オジョウ、ユカタはミカに着せてあげて」
リュカがルキナの目を真っすぐ見る。ミカはもう何も文句を言ったりしなかった。
「わかったわ」
ルキナは、双子には双子の事情があると思い、踏み入ったことは聞かない。ミカをそばに寄せて、浴衣を着せ始める。
「リュカ」
シアンはリュカを呼んで甚平を見せる。リュカは顔をぱっと明るくしてシアンのところへ駆け寄ってきた。
シアンにも、リュカが何を思って浴衣を着たがらなかったのかわからなかったが、兄としての行動だったのだろうということだけは理解していた。シアンは、何も言わずにリュカの頭をなでた。
それ以降はもめることなく着替えを続けられた。
「やっぱり二人ともそっくりね」
ルキナは、着替え終わった双子を見て唸る。昨日見た完成形とほぼ同じに見える。
「ミカは可愛いよ」
リュカがミカの手をとって言った。
「ミカはちゃんと女の子だよ」
リュカはミカの双子の兄だ。妹のことが手に取るようにわかるのだろう。
それなりのきっかけはあったろうが、おそらく、ミカも女の子らしい恰好をしたいと思い始めていた。しかし、可愛いものはリュカのもの。そう決まっていた。なかなか自分から言い出せなかったのだろう。
リュカは、自分が情けないから、ミカは言い出せないのだと思ったようだ。だから、ミカの手を借りないで自分で立ち上がり、可愛い浴衣はミカに譲った。本来、男の子らしい恰好をするのは自分なのだと。
「でもね、違うよ」
ミカがリュカの手を握り返す。
ミカだって、双子の片割れだ。リュカの考えなどお見通しだろう。
「リュカが我慢するのは違うよ。好きなことは好きって言わないと駄目だって、お父さんが言ってた」
「知ってるよ。ミカのお父さんと僕のお父さんは同じだもん」
「そうだね」
リュカとミカは互いの額を押し付け合って笑う。
「双子ってわかんないわー」
突然、喧嘩したり、いつの間にか仲直りしていたり。ルキナは、腰に手を当てて言う。
「でも、双子って良いですよね」
「そうね」
シアンの言葉に、ルキナも同意した。
双子たちは、準備が整うと、すっかり暗くなって涼しくなってきた庭に飛び出した。だが、はしゃぎすぎたのか、庭に出た途端、リュカが転んだ。タシファレドが慌ててリュカに近づき、抱き起こす。
「ミカ、大丈夫か?」
残念ながら、今回もはずれだ。タシファレドはリュカとミカを見間違えている。
「反対よ」
ルキナが呆れつつ指摘する。
「あり?」
タシファレドが首を傾ける。浴衣と甚平。昨日と同じ組み合わせだったので、どちらが何をきているのか、昨日と同じと思ったらしい。顔で見分けがつかないからこうなるのだ。
「ベルコル!」
ミカは、あんなに警戒していたベルコルに向かって真っ先に走って行った。リュカの方は、まだ怖いと思っているようで、タシファレドの脚に隠れて、妹にすら近づけないでいる。
「ねえねえ、ベルコル、可愛い?」
ミカがもじもじしながらベルコルに尋ねている。ベルコルは、深く考えないで「可愛いと思う」と答えた。ベルコルの返答を聞いて、ミカが心底嬉しそうな顔になる。
「へー、ほー、ふーん」
ルキナは、ミカのベルコルに対する態度を見てピンときたようだ。口元が緩み始める。
「なるほどね。女の子は恋をすると可愛くなるものね」
誰だって、女の子なら好きな人の前では可愛くありたいものだ。リュカは、ミカのそんな純粋な気持ちに気づいて、兄らしく、浴衣を譲ったのだ。
「まさか、ミカの初恋がベルコルとはね」
「失礼じゃないですか?」
ルキナがやれやれのポーズをとったので、シアンがつっこむ。
「そう?あ、待って!それ、私が目つけてたやつ」
ミッシェルが最初の花火を手に取った。ルキナは、目をつけていた花火をミッシェルにとられてしまわないように、急いで止めに行く。
シアンは、ぼーっと花火を選ぶ皆を見る。
「先輩は行かないんですか?」
イリヤノイドが声をかけにきた。シアンが不自然に離れたところにいたので気になったようだ。
「またルキナのことを考えてたとか言わないですよね」
イリヤノイドが嫉妬顔で言う。シアンは首を振って否定する。
「じゃあ、何考えてたんですか?」
「キールが来ないなって」
「キール!?誰ですか、それ?僕の許可なしにライバル増やさないでくださいよ!」
シアンの上の空な回答に、イリヤノイドは勝手にわめき出す。
今年の夏、キーシェルは一度も姿を見せなかった。シアンはなんとなくもう二度と会えないような気がしていた。




