お嬢様、前世の記憶が何ですか。
その血が示すままに───。
シアン・リュツカは、竜の血を引く一族の末裔として生まれた。銀髪に赤い瞳。その容姿こそが、リュツカ家の最大の特徴である。
竜の血を持つ者は、人離れした身体能力と魔力を併せ持つ。かつては、自身の力で家を栄えさせ、王国有数の貴族にまで成り上がった。
しかし、時が流れるごとに竜の血が薄くなり、最盛期ほどの力はない。すでに家も落ちぶれている。
現在、シアンは、第一貴族のミューヘーン家に仕えている。
「ふぅっ」
シアンは、持ち場の庭掃除を終え、大きく息を吐いた。今日の業務はこれで終わりだ。常人以上の力を有しているとはいえ、彼はまだ七歳になったばかりの子供だ。過度な仕事は与えられない。
雇い主のハリス・ミューヘーンは、シアンを自分の息子のように大切にしており、使用人というよりは養子のように扱っている。実際、リュツカ家には時代をまたいで恩があった。その子孫を邪険に扱うようなことはしない。屋敷の維持すら危うくなったリュツカ家に支援を申し出たのも、それが理由である。
シアンは、掃除道具を片付け、屋敷の中に入る。読みかけの本があることを思い出し、うきうきしながら自分の部屋に戻る。
狭くない部屋の隅にあぐらをかき、分厚い本を膝にのせる。ペラペラとページをめくり、栞代わりに挟んでおいたメモ用紙を探す。
その時、ドカドカと、優雅な屋敷に似つかわしくない足音が聞こえてきた。シアンは、すぐに、足音の主はルキナ・ミューヘーンだとわかる。
「シアーン!シーアーン!」
彼の名を呼ぶ可愛らしい声が近づいてくる。
(せっかくの楽しみが…)
シアンは、本を閉じて、慌ただしい客を待つ。ルキナがシアンの名前を叫びながら走ってくる時は、だいたい面倒事が持ち込まれる。
前回は、「すごい夢を見たから再現したい!」と言って、池の上を走るよう命令された。いくら竜の血が混じっているとは言っても、できることには限度がある。魔法を使っても、せいぜい十歩くらいが限界だ。それなのに、「端から端まで濡れずに渡るまで帰らない」と言って、本当に暗くなるまで何度も挑戦させられた。結局、シアンが風邪を引いて、ルキナは母親にこっぴどく叱られていた。
「入るわよ、シアン!」
そう言って、ルキナがバンッと大きな音を立ててドアを開ける。七歳の女の子が、息を切らして部屋に入ってくる。
「シアン、聞いてよ!」
ルキナがガシッとシアンの肩を掴む。耳元で大声を出されたので、耳がキーンとなる。
「ねえ、聞いてる!?」
「聞いてます」
シアンの返事を聞くと、ルキナは大きく息を吸う。
(何も話してないのに、何を聞けって言うんだ)
若干、呆れ気味のシアンに、ルキナは興奮を隠しきれずに言った。
「私、前世のこと思い出したの!」