ある恋のはじまり。
恋ってヤツはさ、本当に突然やって来るんだよね。
それこそ、ドラマみたいな運命的な出会いじゃなくて、あり得ない程日常的なヒトコマに隠されてるモンなんだよ。
僕の場合もそうだった。
黒板に次々と書き足されてゆく積分公式から目を逸らした時、ふと美香の姿が目に入った。
美香とは小学校からの付き合いでさ、高校に入ってからは疎遠に成っていた、『一クラスメート』だったんだ。
特別な感情なんて、これっぽっちも抱いてなかったんだよ?
でもさ、その日の美香、なんか違ったんだよね。女っぽくなった、て言えば良いのかな?
僕はノートの片隅に美香の横顔を描き始めた。勉強も運動も駄目な僕だったけど、画力だけは人並みに持ってる心算だったからね。
黒板の中の方程式を真剣に睨んでる、美香の顔は見ていて飽きない。
後少しで書き終わる、という時、遂に僕は美香の変化に気が付いた。
――髪、切ってるのか。
不思議な話だよね。
今まで何とも思ってなかった筈の子の、ほんの少しの変化に気が付いたんだ。
それこそ、美香の親友達でさえ気が付いていない程の、本当に些細な変化に、だ。
美香の顔を書き終わると同時に、授業の終了を告げるチャイムが鳴った。
その休み時間、僕は美香の席の前に立っていた。
「美香、髪切った?」
僕の言葉を皮切りに近くに居たクラスメート達もそれに気付き、口々に髪型の評論を始めた。
思った通り、美香の変化に気付いていたのは僕だけだったんだ。
周囲の熱狂振りに困惑した僕は美香の側から一旦離れる事にした。暑苦しいのは苦手な性格だからね。
その時、後ろから細い指が僕の腕を掴んで来たんだ。
ひんやりとした、それでいてどこか温かい。
美香の体温だった。
満面の笑みを浮かべて「ありがとう」だってさ。
だから僕も思わず言っちゃったんだよ。
「好きだよ」
「……その、髪型」
これは恋だ。
始まりは至極日常的なヒトコマだけど、得てしてそんなモノ。