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手記

作者: 小夜時雨
掲載日:2018/04/21

多少のネタバレあり、蒼天のメインクリア前の方は注意です

長きに渡った戦いもついに終止符が打たれ、世界には想像以上の平和が訪れた。

休む暇もなく届いてた助けを求める連絡も途絶え、耳に残るリンクパールはただの飾り同然になっている。

いつかはこんな日が来る事は分かってはいたのに、途方もなく強大な敵と対峙し続けていたせいでどこか夢のように輪郭のない毎日のように感じている。



戦いを終えてからは各地から様々な声がかけられた。会えば皆感謝と共に労いの言葉をかけ、自分の地へ招こうとしてくれる。会食の続きをしようという者、復興した故郷を見てほしいという者、顔を出してくれという者…。

だから、旅に出ることにした。

自分を呼ぶ声に応えるためにではなく、姿を消すためにだ。

自分にかけられた声や目の全てが好意的なもので無いことは分かっている。これだけの力を心のどこかで恐れる者、利用しようと目論む者、排除したいと考える者がいるのは当たり前の事だ。ようやく訪れた平穏に水を差すような真似はしたくなかった。



今までの冒険の出来事をしたためた手記の様なものを見知った者達の元へ送り、誰に告げることも無く旅立った。



数多の脅威を打ち倒した武器や装備たちは置いてきた。もう自分には必要の無いものだから。

代わりに、まだ駆け出しだった頃に先輩冒険者に貰った杖を持った。それから商人から買ったローブを。そのフードを深く被って歩き出した。



それからというもの、英雄という肩書きや背負ってきたものを全ておろし身軽になった身体で各地を転々とした。ただ困っている人を見るとつい手を貸したくなる性分は変わらず、手助けをしては自分だと勘づかれる前に姿を消した。



自由気ままに旅をする冒険者としてあるべき姿に戻った訳だが、2つだけ困った事があった。

一つは平和が訪れたのだから当たり前の事ではあるが、戦えなくなったこと。

正確には、死の危険に晒されなくなったことと言うべきだろうか。

あの日、自分を守って友が死んだあの日。あの日以来、自分には変なものが見えるようになった。自分が死の危険に晒された時…例えば相手の一撃が自分の急所を貫こうとする瞬間、そんな時に決まって「危ない!」と叫びながら自分の前に飛び出す騎士が見えるのだ。幻覚であることは確かなのだが、なびく薄空色の髪や大きな背中がとても懐かしくていつしかその幻覚に心のどこかで縋っていたようだ。

もう戦う事も無いだろうから見ることもないと、諦めてはいるのだが。


二つ目…これが一番の悩みの種なのだが、せっかく姿を消したというのに自分を探し見つけ出そうとしている者がいるようだ。

大方、自分の力をものにしたいのだろう。見つかってしまえばそれこそ平穏な日々に水を差しかねないと、より一層身を隠すようになった。



息を潜めて生きることは苦ではなかったが、易々動けないので山奥の小屋や静かな川辺で物思いにふけることが増えた。大体はどうしたらこの先も平穏が続くだろうという事だったが。

ふと、考え浮かんだことがあった。今思えば、導きだったのかもしれないな。だって今の自分は振り返ってみて、馬鹿なことを考えたと少し後悔しているから。


もしも…もしも蛮神のように拠り所となる存在がいたら?

それが正しく世界を統治したら、果たしてどうだろう。争いが起こることは無くなるんじゃないだろうか…。

それに、この世界に自分より秀でて強い者は居ないのだから、自分は絶対的な存在として皆の平和の手助けになれるのでは…。



本気でそう考えたとか、実行しようと思って考えた訳では微塵もなく、ただ蛮神や絶対的な存在と多く対峙して来たから少し考えた、くらいの気持ちだった。

それが、甘かった。


冒険の中でクリスタルに関わることも多くそのエーテルが恐らくは残っていたこと、またクリスタルを多く所持していたこと。

英雄として崇拝・信仰の対象となっていたこと、数多の願いや祈りを捧げられてきたこと。

そしてさっきの考えに込められた、誰も困らない世界を作りたいという自分の願い。


神降ろしをするには、充分すぎるほどの条件が揃ったらしい。


今までに目にしてきた蛮神が降りたかはたまた、元々自分自身が蛮神のような存在でそれが色濃くなったか。

いずれにせよ、自分が自分で無くなったことは確かだった。力が溢れ頭は微かに霞がかったような感覚、ぼんやりするような、少しずつ何かを忘れるような…。


自身の体を眺め今起こった出来事を整理しているうちに人が来た。その内人数は増えていって、その中にどこかで見た顔がいたような気もした。ひどく親しい間柄の数人だった気もしたが、霞がかった頭では答えは出なかった。


ああそうか、蛮神は怖いものだと思っているのかもしれない。

否定をしたかった、自分である事を伝え皆の幸せを護りたいのだと伝えたかった。だが言葉は出なかった。代わりに雄叫びのような唸り声のような音が聞こえた。



群衆の中にいたララフェル族の女の子が何か言うのが耳に入る。

「……さん、どこにいるでっす」

彼女が呟いた誰かの名前は酷く懐かしくて、けれどさっきと同様誰のものか分からなかった。

ララフェル族の発言を聞いたミコッテ族の少女が近寄ってくる。近寄らないでほしい、自分がどれほど普通の者達に害を成すか分からずまだ怖い。

「あなたもしかして…なの?」

分からない。懐かしくて仕方ないけれど分からないんだ。思い出そうとすればするほど頭が締め付けられるようで苦しい。もどかしさで再度雄叫びをあげると、どこかで見たその者達は酷く悲しい顔をした。


それぞれが、武器をとる。

皆の瞳は哀しい色をしていた。その瞳は何時ぞやの自分のようだった。


四方から様々な攻撃が飛んできた。痛みと悲しさとでそれらを振り払う。と、自分を囲んだ者達は簡単に吹き飛んだ。

もう指先足りとも動かせない。平和を望んだ自分が、大切な者達を傷つけたことが許せなかった。

自分は、強くなりすぎた。抵抗すること無く皆の攻撃を受け入れることにした。

初めのうちは衰弱もせずにいたが、この醜き神が自分であると皆が分かるうちに信仰は離れ徐々に衰弱していった。



ふと、思う。

平和であり続けるには何が必要だろう。

争いが起こらないためには、強さはいらない。不用意で強すぎる力は争いの種にもなりうる、脅威にもなりうる。

この世界で唯一残った不用意な力は、自分だ。

その自分がこの者達に討伐される事が一番手っ取り早い安寧を象徴し、この者達への信頼も高まり統治がしやすくなる…。

この場で討伐される事。それが、英雄として光の戦士として正しく最期の使命なのかも知れない。



眩い閃光が瞳を突く。

恐らくこの光が自分を貫き、終わらせる一撃だろう。

死の間際、世界がゆっくりと動くのは本当のようだ。目の前に迫る光はゆっくりと近づいてくる。

と、誰かが叫んだ。

懐かしい、2度と見たくはない景色。私を護ろうと立ち向かってくれる大きな背中。

英雄でなくなった今も、私の傍に居てくれたんだね。ありがとう。ずっと、ありがとう。ようやくまた、会えるね。


変身は溶けた。元の自分の姿だ。

ゆっくりとエーテルに還る自分を見て安心と誇りを感じる。

もう周囲に人はいなかった。最期の時を独りで迎えるのは寂しくも嬉しくもあった。

独りでいるとより一層、彼を強く感じられるから。


光の戦士は、いずれ名前も顔も人々の中から消える。それに不満はない。けれど今まで出会った数々の人や出来事が、自分の中に留められ消えるのが勿体なく感じた。

自分の理性の戻ったこの間に、最期の手記をしたためたわけだ。

もしも誰かがこの手記を見ることがあれば、問いたい。




私は、英雄であれただろうか。




どこかで彼の声が聞こえる。

時間のようだ。

これからの世界を、











異形の蛮神騒ぎから数日後、クルザス中央高地にあるオルシュファン卿の慰霊碑の前に1冊の手記と思しき書を発見。

周囲に人の姿はなく、小さな石が積み重ねられた塔のようなもののみが見受けられた。

手記を残した彼女はあの光の戦士だったのだろうか。


そういえば最近、妙な噂を聞く。

黒魔法で用いられる杖と共に穴の空いた盾を背負ったララフェル族の少女がいるという。戦う必要の無い今、なぜ武器を持つのだろうか。特に使えないはずの盾を。

誰かが「なぜ盾を背負っているのか」と問うたそうだ。

すると、その少女は消えそうに笑ったのだという。

少女がその杖や盾を使う日が、これから先も来なければいいと思う。

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