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猪肉いただきます


 肉の焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


 今焼かれているのは岩猪先輩の心臓の部分だ。

 内臓部分は傷みやすいらしく先に食べてしまおうとのこと。

 後ろ足などの筋肉質で赤みが多い部分は「あとで保存食にします!」ということで保冷と血抜きをかねて小川にさられている。

 

 ちなみに俺が勝手に岩猪と呼んでいたこのモンスター、この異世界にもロックボアというらしい。体は名を表すようだ。

 岩のような体毛はまさに土を岩のように硬くして土魔法で纏ったものらしい。土魔法においてまさに先輩だったというわけだ。

 このように魔法の力を己の身体に付与することが出来る種族を魔物というらしい。


 おれは魔法は使えるが魔物ではないので土魔法を鎧のように纏うことは出来ない。

そもそも畑を耕すのにそんな必要は無いと思う。


 そんな魔物の岩猪でも体長2mクラスというのはめったにいないらしく、ラフィッカも


「すごーい、うちの村でもこんな大きなロックボア獲ったなんて聞いたこと無いよ!」


 とのこと。

 獲ったというか、じゃがいもを賭けての戦いにこちらがかろうじて勝ったといった感じだったのだが。


 そんな大きなロックボアの心臓はそれだけで20センチちょうどフットボールぐらいの大きさだろうか。ラフィッカによって手際よく捌かれて、かまどに網を直接置いたその上でじゅうじゅうと焼かれている。

 俺もラフィッカも皿とフォークを手にかまどの前で全力待機中だ。

 机も椅子もあるのだが焼肉というのは焼けたら出来るだけ迅速にいただくのがおいしいと思う。

 ラフィッカの澄んだ青い瞳から注がれる視線は目の前のお肉に集中している。

 完全に獲物を狙う肉食獣の瞳だ。


 …てっきり猪肉のバラ肉やロースといった部分で猪肉BBQが出来るのかと思っていたがどうやらそれはお預けのようだった。

 いや、猪の心臓だってめったに食べられるものではない。

 貴重なたんぱく質だ。久方ぶりのたんぱく質である。


 肉から脂が滴り落ちじゅっっと音を立てる。


 この得も言われぬ食欲をそそる香りはじゃがいも達には無いものだ。

 いや、じゃがいもを決して責めている訳ではない。

 じゃがにはじゃがの、肉には肉の良さがあるのだ。

 みんな違ってみんな良い。

 ただ今俺の身体が求めているのがたんぱく質であるというだけなのだ。


「ぃよし!今だよ!食べよう!」


 肉の焼けるベストなタイミングを窺っていたらしい。

 焼肉奉行だ。


「おお!いただきます!」


 とはやる気持ちを抑えながら手を合わせる。

 これはもう日本人としての生活に染み付いた風習のようなものだったが改めてこうしてつい先日まで生きていたものを自分の手で捕らえ(かなり偶発的にだが)、自分で食べる(解体してくれたのはラフィッカだが)となると実感として命をいただくということがわかる気がする。


「ふぁにしてるの?」


 いち早く肉を頬張りながらラフィッカがたずねてくる。


「これは俺の国の食事のときの挨拶みたいなもんだ。」


 糧となってくれた動植物たちへの命や食事を作ってくれた人への感謝の意味だと伝える。


「ラフィッカのところにはそういうのないのか?」


「んー、食べた後に神様と食材に感謝のお祈りはするかな?

あとはロックボアを解体する前にお祈りはしたよ?」


 もぐもぐと食べながらラフィッカ。

 そういえばロックボアの血抜きをしてくれたり皮をはいだり肉を切り分けたりしてくれたのはラフィッカだったと改めて感謝する。


「でもそれなんかイイね!」


 そう言って「イタダキマス」と見よう見まねで手を合わせてくれた。

 すでに食べ始めたあとではあったのだがこういうのは気持ちが大事だろう。


 そう思っているとラフィッカがすでに目の前の肉を3分の2ほど平らげている。


 くっ、こいつ!

 負けじと岩猪の心臓にかぶりつく。


 軽く塩をふって焼かれただけのそれはこりこりしゃきしゃきとした歯ごたえで

 それでいてやわらかくしっかりと肉の味がした。


「・・・・!」


 久々にたんぱく質を摂取したことと肉自体のあまりのうまさに言葉を失う。

 うまい!


「やっぱり新鮮なお肉はおいしいよねー!得に内臓系は新鮮な内しか食べられないから!」


 それ以降はお互いお腹がすいていたのか黙々とがつがつと残りの肉を食べ終えた。



「ご馳走様でした」


 そう声に出し手を合わせる。

 ラフィッカも食べ終えたのか手を胸の前に組んで静かに黙祷をささげている。

 聞くとどうやら糧となった食べ物への感謝の祈りらしい。

 俺も倣って目を瞑り心の中で祈る。


 ありがとうロックボア。

 お前は確かに俺の血となり肉となってくれるだろう。


 ◆◇◆


 ロックボアの他の部位は明日ぐらいまで血抜きをしていたほうがいいそうだ。

 保存食を作るといっていたので干し肉を作るのかと聞くとちょっと違うよとこたえられた。


「今の季節だとまだ気温が高くて干してる間に腐っちゃうからね。燻製にするよ。でも大きいから全部作るのに一週間ぐらいかかっちゃうかもね」


「ん、ということはしばらくいるつもりか?」


 旅の途中みたいなことを言っていた気がするのだが。


「しばらくっていうか・・・え・・・?どうして? もしかして私がお肉を食べ過ぎちゃったから・・・!?」


 まぁラフィッカさん一人でロックボアの心臓とレバーをあわせた8割がた食べていましたからね・・・。

 多少の罪悪感はあったらしい。

 しゅん、とラフィッカの耳と尻尾が悲しげにしぼむ。

 雨の中の捨てられた子犬のような表情だ。

 ぐっ・・・、その表情は卑怯だ。


「ま、まぁ俺ももう年だし肉の食べすぎは良くないからな。

全部綺麗に食べてもらってよかったよ、折角の貴重な部位なのに余らせたらロックボアに申し訳ないからな・・・!・・・その代わり燻製肉できたら少し分けてくれよ?」


 人はごまかしたいとき多弁になるという。


「うん、任せて!燻製肉作りは得意だから!」


 先ほどのしゅんとした表情とは打って変わってうれしそうに言うラフィッカ。

 本当に表情がころころとよく変わるけもみみ少女だ。


 ◆◇◆


 それから夜寝る場所の件でひと悶着あった。


 そういえばこのボロ屋敷には寝床がひとつしかないのだ。


 現状俺は2階部分に藁にシーツをかぶせただけのベッドで寝起きしている。

 ラフィッカは旅で使っていた簡易テントと寝床があるらしい。

 流石に屋根がある家があるのに外にテントをはる必要はない。

 どうしようかとラフィッカに軽く相談すと


「お肉ももらっちゃったけど・・・まだ、その、一緒に寝るっているのは…」


 などと藁のベッドのほうを見ながら真っ赤になって俺の理性にダイレクトアタックをかけるようなことを言ってくる。

 というか何を勘違いしているのだこのけもみみ娘は。


 このままでは俺の理性がやばい。


 というわけで次善策としてラフィッカは屋根のある2階の居間でラフィッカの持っていた寝床で。

 俺は雨が降っても大丈夫なようにラフィッカの簡易テントを借りて藁のベッドで眠ることになった。



 眠ることになったのだが。


 先ほどのラフィッカの表情と発言が頭の中をぐるぐるまわり結局その夜は眠れず、夜通し畑のじゃがいも達に「大きくなれよー」「元気に育てよー」などと話しかけ続けていた。


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