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トイレと猪と少女と


 その日の朝も魔法で新たに畑を開墾していた、最近ではジャガイモ以外に何か食べれるものが無いか探しているのだがなかなか見つからない。

 そもそもこの異世界のじゃがいもがたまたま自分が見知ったじゃがいもの見た目であり、食べても現状無事なことから栽培しているだけで、もしかしたら自分が知らない異世界野菜を雑草と思って引っこ抜いている可能性もあるのだが。


 そんな訳でちょっと張り切って開墾ていたのだが、特にこれといった成果は無かった。

 …まぁいい、農業適正S+のおかげかあれからもじゃがいもたちの育成は順調なようだった。

 毎日ぐんぐん葉っぱが伸びてくるので逆に大丈夫かとこれと思って少し掘り返してみたのだが、植えつけてから3日ほどで直径3センチほどのじゃがいもが十数個ほど出来ていた。


 このペースなら一週間ほどで収穫できる大きさまで育つ気がする。



 張り切って開墾したので思いのほか思い遅めの昼食となってしまった。


 人間食べるものを食べれば出るものは出る。

 自然の摂理だ。


 あの家の中をいくら探してもトイレらしきものは見つからなかった。

 まぁ実際には中世ヨーロッパでもトイレはおまるで溜まったら捨てるというのが常識だったみたいだからな…。町に住む人々は窓から外に投げ捨てていたというから道路は糞尿まみれだったらしい。


 ちなみにその対策として生まれたのがハイヒールなどといわれているがこれはどうやら真実ではないらしいぞ。

 道に人の汚物というショッキングさや今のお洒落要素なハイヒールとはまるで違う実用的な誕生秘話など思わず人に話してしまいたくなる話であるが、まさにトリビアの泉ではなくガセビアの沼である。


 話を戻すとあの家にはトイレが無い。

 仕方ないのでトイレは土魔法で穴を掘ってそこでしていたのだ。

 地味だが便利な土魔法である。



 そんなある日、俺は畑の奥に、かろうじて倒壊を免れていた掘っ立て小屋のようなものを発見した。

 あまり小さいのとその小屋の周囲だけ妙に草木が生い茂っていてわからなかったようだ。


 中を空けて見ると膝ぐらいまで石が積み上げられており真ん中に丸い穴が開いている。


「これは、井戸…か?」


 井戸にしては穴が小さいする気がする、天井付近を見てみたが井戸によくあるような滑車もバケツも見当たらない。

 しかし妙に見たことはある気がする。

 自分でも日常的に使っていたような…


「あ、トイレかこれ」


 そう、おそらくこれはトイレだ。

 自分が探していたトイレである。

 現代日本では恐らくもう絶滅危惧種の汲み取り式便所。いわゆるボットン便所だ。

 田舎のばぁちゃんの家のトイレがまさしくこの雰囲気で、夜に行くのはそんじょそこらの肝試しスポットよりはるかに怖かったものだ。



 人間に限らす排泄中というのはもっとも無防備な瞬間の一つであろう。

 逆にこの四方が壁で囲われているというのはそれだけで安心感が増す。


 便器(と思う)丸い穴に腰を下ろす。

 この瞬間はここが異世界であることを忘れてしまいそうになる。

 現状魔法が使えたということ意外に異世界らしきことは何も無いのだが。


 出すものを出し終えて一息ついていると、気配がした。

 


穴なの中から。


ぐじゅりと。


音がする。



 気のせいだと思う。

 気のせいだと思いたい。


 この異世界についてなんとかかんとかその日暮らし生きているが

 やはり身体は正直なのであろう。自覚はないが疲れているのだ。


 その疲れゆえの幻聴だと思う。

 幻聴だと思いたい。


次の瞬間


 お尻にひんやりしたべとべとしたものが触れた感触がした。


「――――ぅひぃ!!」


 声にならない間抜けな叫びを口から出しながら半ケツで小屋から転がり出るように飛び出す。


 途中降ろしたままのズボンに足をとられて転びそうになる。

 あわててズボンを元の位置に戻しなら草むらを駆け抜け一気に畑までやってくる。


 振り向くがその得体の知れない何かが追ってきているような気配は無い。


 先ほどのものは一体なんだったのか…。


 小屋から転がり出る瞬間、視界の隅にに何か触手のようなものが穴の奥に消えるのが見えた気がした。先ほど目にした光景がフラッシュバックし怖気が走る。


 やはりここは異世界、俺の常識の埒外にいる奴らが跋扈しているのだ。

 しかし…ここには異世界ながらもおれの常識の埒内であるじゃがいも達の畑もある。


 未知のモンスターの恐怖をとるか、今のじゃがいも畑をとるか・・・!


 そんな思いに逡巡していると今度は後ろから猛烈な視線を感じた。

 先ほどの得体の知れない恐怖感とは違う、こちらに対する確かな意思を感じる。

 しかもあまり好意的な意思ではないらしい。


 そして


 俺はこの異世界に来てからの初めての明確な「敵」に遭遇した。

 …ちょっとイベント渋滞しすぎじゃないですかね?


 ◆◇◆


 「イノ・・・シシ・・・?」


 それはイノシシのような動物であった。

 しかし、俺が知っているイノシシという動物には角は生えていない。


 目の前の動物は体長約2m。鋭い牙のほかに眉間に一本、相手を突き殺すという確固たる意思をもった角が生えていた。

 その身体は毛というより岩で覆われているといったほうがいいほど歪でごつごつと硬そうだ。

 見上げるほどの巨体ではと言うわけではないがステータスオールEの何も武器を持っていないしがない農民にとってはモンスター以外の何者でもない。あんな一本角で突進されたらあえなく体に大穴が空くだろう。


 その岩猪が


 畑の中のジャガイモ達を食べているのだ!!

 やっとここまで順調に育ってきたのに!!

 俺の身体は今このじゃがいも達によって支えられていると言っても過言ではない!!



  体はじゃがいもで出来ている


  血潮は白湯で心は硝子のアラウンド40(フォーティー)


  幾たびの畑を耕し


  身体は疲労 心は充実


  しかしまだただ一度の収穫もなし

 

  耕し手はここに独り

 

  荒れた畑で土を鍛つ


  ならば我が生涯は理想のスローライフ


  この体は、


  きっと無数のじゃがいもで出来ている―――!!



 そのじゃがいもを奪うお前――!


 お前は「敵」だ。


 紛うことなき「敵」である。


――俺と岩猪はこの自然の中で己の糧を奪い合う敵同士だった。



 向こうも俺のことを敵と見なしたのか、その鋭い一本角の奥から更に鋭い眼光をこちらに飛ばしてくる。


次の瞬間


 放たれた砲弾のように岩イノシシが突進してきた。


 くっ…!


「【隆土(グランドライズ)】…!」


 畑を耕していたのとは違う硬い壁のようなイメージを持って土を隆起させる。


 しかし


 どごっぉという音と共に岩猪が壁をぶち破って突進してきた!


「な……!」


 それでもある程度勢いを殺すことは出来たのかかろうじて横に転がりながら岩猪の突進をさける。


 硬い壁をイメージといっても出来るかどうかは賭けに近かった。

それでもそれまでの魔法の発動よりも急激な疲労感と岩猪の突進によって砕かれた破片を見るに、ただ土が隆起したというわけでもないと思う。


 岩猪のほうは突進したスピードのそのままかけ巧みな重心移動でドリフトターンを決めていた。

 無様に地面を転がる俺とは大違いだ。敬意をこめて岩猪先輩と呼ぶ。


 しかもこちとら朝からの魔法の連続使用と先ほどのイメージを固めての【隆土】でこちらの精神力もそろそろ限界である。


 岩猪先輩は再度こちらに突進するように頭を低くし後ろ足で地面を掻いている。


来る…!


 再びこちらに向けて一本角を突き出し突進してくる岩猪。


「【隆土(グランドライズ)】!」


 岩猪先輩の眼前に土の壁を出現させる。今度は硬い壁のイメージとは違う、ただ土を盛り上げただけで強度など端から考えてはいない。

 先ほどの土壁の硬さをもってしても岩猪先輩の突進を止めることは出来なかった、恐らくあの一本角と岩のような体毛が衝撃を吸収しているのだろう。

ならば――


 岩猪の一撃を受けて脆くも崩れ去る土の壁、しかし今回は土塊ではなく土砂が岩猪の顔面を覆った。

 視界を奪われて一瞬ひるんだかに見えたがそれでもなお文字通り猪突蒙進してくる。


 流石は岩猪先輩、その根性見上げたものである。

ああ、アレだけ綺麗なドリフトターンを決めてくれた先輩だ。

土砂が目に入って視界を奪われたぐらいでは止まることはないと思っていた。


 もしここで岩猪が怯んで足を止めていたら結果は違ったものになったかもしれない。


 岩猪が視界を奪われてもさらに猛進しようとしたその刹那。


「【落土(グランドフォール)】――――!!!!」


 岩猪の踏み出そうとしたその地面が消えうせる。

 否、消えうせたような猛烈な勢いで穴が穿たれた。


 どっっというくぐもった音とぶぎぃという岩猪の悲鳴が穴のそこから聞こえた。


 恐る恐る穴を覗き込むと、10mほど落下したところで岩猪先輩は動かなくなっていた。


 ◆◇◆


 それからの記憶は曖昧だった。

 一先ず安心したらどっと魔法の連続使用の疲れがでたのかその場でへたり込んでしまった。


 このままではまずいと家におぼろげながら向かったはいいが藁の寝床に着く前に家の入り口で倒れこんでしまっていたようだ。


 気がつくとだいぶ日が高くなってしまっていた。

 一瞬気を失っていただけなのか一昼夜かそれ以上気を失っていたのかはわからないが。

 とりあえず水分だけを摂取して岩猪先輩との激戦の跡地へ向かう。


 崩れ去った2つの土塊の跡が、確かにここで岩猪先輩と戦ったのだということを思い出させてくれた。


 と、その土塊の影で気配がする。



 肉塊となった岩猪と、岩猪をナイフ一本で見事に解体している途中の血まみれの少女と目が合った。



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