トイレの触手様 前編
皆さんお忘れではないだろうか?
というか俺は完全に忘れていた。
忘れていたと言うより恐らく無意識に無かったことにしたかったのだ。
封印していたおぞましい記憶を―――
畑から剣、もとい剣のような大根が生えてきた事件から数日後
ラフィッカ曰くどうやら白くて長くて太い大根というのはあまりなじみが無いようだ。
こちらで大根というとラディッシュのような赤くて小さくて丸いものを差す様だった。
大根って白くて太い奴だろと聞くと
大根は赤くて丸っこくてもっと小さいですよと答えられた。
どうやら言語翻訳のスキルがうまくかみ合っていなかったのか
こちらの意図する大根の存在はラフィッカは知らず、
同じ大根という意味でも向こうはラディッシュと受け取っていたようだ。
どうにもややこしい。
こちらがその赤くて丸いのは俺の言葉ではラディッシュというんだと答えると
スキルがうまいこと翻訳してくれたのか
こちらの世界の赤くて小さくて丸いものはラディッシュ。
生えてきた剣状の大根はDAIKONということで落ち着いたらしい。
それは兎も角。
最近はDAIKONレシピの開発にいそしんでいた。
ちなみにこのDAIKON、刃物としても立派に扱える。
試しにじゃがいもや肉を切ってみたのだが思いのほかさくさく切れる。
DAIKON同士をぶつけ合うとギンッというまるで剣同士を撃ち合わせたような音がした。
しかし食べようとするとそれはまるで大根のようにぱきっと歯ごたえよく噛み切れるのだった。
煮ればちゃんとやわらかくもなる。おいしくいただける。
謎だ。
しかし
食べられるとわかったのなら多少見た目はインパクトあっても立派な食材だ。
ラフィッカとあわせて3本引っこ抜いたので(内一本は食べかけだったが)
早速食材としておいしくいただくことにする。
俺の知っている大根レシピといえば
鰤大根 :鰤がないので作れない。味付けのしょうゆも無い。
フロフキ大根:出汁となる昆布がない、味噌も無い。
おでんの大根:出汁がないし、しょうゆも無い。
ということでかなり八方ふさがりな状態だったのだ。
改めて大根というのは出汁としょうゆと相性がいいのだなと思いつつ懐かしき日本の味に思いを馳せる。
しかし感傷に浸ってばかりもいられない。
無いものは仕方ないのだ。
出来ないことを思い悩むより今出来ることは何かを考えることの方が大事である。
そんな中で現状できたのはロックボアの干し肉とDAIKONのスープである。
どうやら生のDAIKONは辛くてラフィッカのお気に召さなかったらしくそれなら火を通せばよかろうということでスープを作ってみた。
「おいしい!DAIKONも生でたべたのより甘くなってとろっとしてる!」
どうやらお気に召したようだ。
干し肉自体に香辛料を刷り込んであるのでDAIKONと一緒に水から煮込むだけ十分なおいしさとなるのだった。
しかし折角己の手で種から収穫できたDAIKONである。
何か他にレシピはと思い悩んでいるとラフィッカがそわそわとして席を立って行こうとする。
どうしたのかと尋ねるとちょっと怒ったような小さな声で「おしっこ」と一言だけ返された。
女の子にデリカシーのない質問をしてしまったなと思いながらまたレシピが何かないかなとうんうん唸っていると唐突に思い出す。
おしっこ…トイレ…?
あわてて2階の窓から下を見るとラフィッカが畑の向こうの小屋のほうに足早に駆けていく。
あの小屋は…!!
フラッシュバックする過去の忌まわしい記憶。
深淵に続くかのように地下に伸びる暗く深い小さな穴。。。
ケツに触れたおぞましいねちゃりとした感触。。。
一瞬見えた赤黒くぬめぬめとした表皮の触手のような何か。。。
その後ロックボアとエンカウントしたり
ラフィッカと名乗るけもみみ少女と出会ったり
DAIKONが生えてきたりと
身に降りかかる衝撃的な出来事が多すぎてつい忘れていたのだ。
その身におこったあのおぞましい体験を…!!
ラフィッカの貞操が危ない……!!
触手プレイは決して万人に受け入れられるものではないのだ!!
俺もゲームとしてのものはともかく実際にされそうになっていたかと思うと全身に泡立つような怖気が走る。
「ラフィッカ!」
叫ぶがもうラフィッカは畑の向こうに消えておりその声は届かない。
「くそっ…!!」
気づくと俺は無我夢中でラフィッカの後を追っていた―――
◆◇◆
一気に階段を駆け下り外へ出るがラフィッカの姿はどこにも見えない。
畑の奥の茂みに隠されるように立てられた小屋へと走る。
再びあのおぞましい触手と対峙することになってもかまわない。
今の俺はあの時半ケツで逃げ出したときの俺とは違う。
ロックボア先輩を仕留め、DAIKONの剣を抜いた者なのだ!
「――ラフィッカ!!」
ばぁん!と小屋の扉を壊れんばかりに開け放つ。
「ふぇ……?」
そこには触手に絡まれあられもない姿をさらすけもみみ少女ではなく
ただただ何が起こったのかわからず完全にフリーズ状態に陥り、
パンツを下ろしこちらに可愛らしいお尻を向けているけもみみ少女の姿があるだけであった。
よかった!まだあの触手の魔の手に落ちてはいなかったようだ。
だがまだ安心してはいられない。
次の瞬間にもあのおぞましい触手が現れるかもしれないのだ!
無垢なるけもみみ少女は深遠なる穴の淵に己の最も無防備な姿をさらしているとは知らない。
しかしラフィッカはけもみみ娘特有のするどい感性で危険を察知したのか
涙目で無言でぷるぷると震えだす。
はやくそこから離れろ!と有無を言わさずラフィッカを抱き上げようとすると
「ぇ…ちょっ……やめ……まだ……っっ!!…っにゃぁぁぁぁぁぁっっ~~~~!!!!!????」
ラフィッカを中心に凄まじい突風が巻き起こった。
小屋は跡形も無く倒壊し、更に周りの草木もカマイタチにめった切りにされたかのように散り散りに吹き飛ぶ。
俺もあえなく巻き込まれ、身体中に真空の刃を受けながら成す統べなく空中に投げ出される。
突然なんの心の準備も無く逆バンジーをさせられたようなものだった。
横隔膜がせり上がりまともに息が出来ない。
三半規管も狂い自分が今上っているのか落下しているのどうかさえもわからない。
がんっ、と唐突に後頭部に衝撃が走る。
どうやら地面に激突したようだ。
「くっ…ラフィッカ……っ」
薄れゆく意識の中必死にラフィッカに手を伸ばそうとする。
―――そこで俺の意識は途絶えた。