生えてきた”○○○”
剣は生えるもの。
この異世界においてはそういうものなのだろうか。
この畝は確か赤茶色の小さな種を蒔いたところだったはずだ。
ちなみに他の2つの種を植えた畝には変化は無い。
俺は今しがた畑から引き抜かれたばかりの”剣”(にしかみえないもの)を掲げまじまじと見る。
その握りの部分は木のような握り心地でこれはまだ植物感がある。
その鍔の部分はぎざぎざした緑色なのは植物のようだがその表面は光を鈍く反射しまるで金属のようだ。
その刃の部分は両刃の片手剣といった形で鍔近い部分先端に向かうに従い翡翠色から純白へと鮮やかなグラデーションを纏っている。
俺が知っている中でこの形に酷似した野菜がある。
そう
大根だ。
その純白の白さは料理によってまさに如何様にも染まり、受け入れ、包み込みんでくれる。
おでんではその他の具材から出た出汁を一心に受け止めその身にしみ込ませ、とろっとしてそれでいて確かな存在感のある食べ応えに。
焼き魚に添えられた大根おろしではぱっと見わきに添えられているだけのようだがそのピリッとした清涼感のある刺激としゃりっとした食感で魚の味を何倍にも引き立たせてくれる正に名わき役だ。大根に含まれているジアスターゼという酵素によってたんぱく質の消化も助けてくれるフォローも忘れない強力なサポーターである。
大根サラダのしゃきしゃきとした食感も変えがたいものがある。
その皮も捨てずによく洗ってきんぴやら切り干し大根に、葉っぱもみじん切りにしてミンチの肉と炒めたり、菜っ葉飯にすると独特のえぐみと青さくささがこれまた癖になる。
その大根である。
そんな大根によく似た剣のようなものを掲げて呆然と畑の真ん中で立ち尽くしているとラフィッカがやってきた。
「おはよー、イクト。どうしたのそれ?」
「生えてきた」
「え?」
何を言っているのといった表情だ。
俺も何を言っているのか自分でもわからない。
俺は無言でもう一本剣を畑から引っこ抜く。
そんな剣が一列に生えている光景を見てラフィッカは驚愕と困惑の表情を浮かべている。
恐らく俺も今さっきからずっとそんな顔をしているのだろう。
それでもまだ信じられないのかラフィッカは無言でとてとてと畑に入ってきて自分でも引き抜いてみる。
んーしょっと可愛らしい掛け声と共に引っこ抜かれる大根剣。
ラフィッカが抜いたものはそれまでのものより大きかったらしく引き抜いた反動で後ろにしりもちをついてしまった。
どうやら野菜よろしく剣の大きさにも多少のばらつきがあるようだ。
刃の部分に触ってみる。
まるで鋼のような手触り。
爪でたたいてみるとキンッといったまるで金属のような音がする。¥
「剣…かな?」
「剣…だよな?」
それをあわす単語を二人ともそれ以上持ち合わせていなかった。
「剣って生えてくるものなのか?」
だったらこの異世界に対する俺の見識を改めなければならない。
邪鬼や吸血鬼が跋扈する島なのかもしれない。
「そんなわけないよ!」
よかった。どうやらこの異世界はまだ一般的な異世界のようだ。
となるとこの生えてきた”剣”の異様さが際立つ。
「どっきりかな?」
「こっちが聞きたい」
どうやらお互いこの”剣”について未知の様だ。
…となるともしかして
これは俺の農業適正S+に付随してきたパッシブスキル【土地潜在能力開放】の力なのだろうか。
確かにじゃがいもが植え付けてから2週間ほどで収穫できるなどかなりチートな能力だとは思っていたが。
となるとここでもう一つの可能性が生まれてくる。
これは大根のような”剣”ではない。
剣のような”大根”であるという可能性だ。
「…………」
そう思って見つめているとただの剣の様な形の大根のようにも思えてくる。
「………………………………」
真の料理人はその食材の声を感じ取りその食材をどのように調理すればおいしくなるのかがわかるのだという。
それが俺の農業適正S+の能力なのか、はたまた大混乱の末のトチ狂った幻聴がなのかはわからない。
”おいしいよ、私は食べれるわよ”
と大根の声が聞こえた気がした。
「……………………………………………………」
俺は大きく口を開く。
ラフィッカがまさかといった表情で見ているのが視界の端に映った。
がぶっっと。
俺は大根剣の刃の部分にかぶりつく。
金属のような固い歯ざわりではなく刃で口が切れることも無かった。
その食感はまさに生の大根のようで。
剣身には俺の歯型に齧りとられたあとが残っている。
「んぐ………!」
「!?」
俺の突然の行動と呻きにラフィッカの耳と尻尾がびくんっと跳ねる。
「うまい…………!?」
自分でも信じがたかったがそれは正に大根の味であった。
しゃりしゃりとした食感で噛むたびに瑞々しく、仄かな甘みと後からくるわずかな辛味の清涼感…!
思わずもう一口かぶりつく。
うまい。
そして思う。
これは大根のような剣ではない。
剣のような大根なのだ。
俺はラフィッカも食べてみるよう薦める。
ラフィッカはその手に取った剣状大根と俺を交互に見比べて困惑している。
いまいち決心がつかないようだ。
わかる。
俺も大根の声が聞こえなければこれを口にしようとは決して思わなかっただろう。
散々迷った末にラフィッカは俺が食べたほうならまだ食べれる可能性があると判断したようだ。
恐る恐る俺の食べた場所から小さく一口甘噛みしてみる。
「!?」
ラフィッカの目が驚愕に見開かれた。
そのまましゃくりと一口齧り取り咀嚼するラフィッカ。
「うそ…食べれる…!しかも甘くておいしい…!」
ラフィッカは尻尾をふりふりしながらおいしそうに食べている。
そうだろうそうだろう。
自分の作った野菜を他人がおいしいと言って食べてくれると言うのはうれしいことだ。
たとえそれの見た目が多少インパクトがあったとしても。
造った本人でさえ予想外な見た目であったとしても。
「……!! 辛ぃょぉぉ…!」
そう思っていたらどうやら後から来る大根の辛味成分にやられたようだ。
涙目で舌を出し、ふるふると震えている。
ふっ、まだこの辛さはお子様には早かったのかもしれないな。
こうして俺の開墾した畑にじゃがいもに続いて新たな農作物が加わったのだった。