泥酔
宮前と乃中が黙っているところへ、橋本が戻ってくる。
橋本もかなり酔っている……。
泥酔
「あらら? おじょもでしたでしょうか~?」
ろれつが回ってない橋本が戻ってきた。俺が飲み干した生温いビールは……橋本のだった。
「あー、誰よ私のビール飲んだの〜」
「宮前君よ」
乃中にそう告げられると、酒とは別で顔が赤くなってしまう。
「……橋本、机に置きっぱなしにして新しいビールをもらうなよ。一人でいったい何杯注文したんだ?」
「いいのいいの。冷たい方が美味しいじゃない」
そういって俺の横へ橋本が座ったのだが……距離感がおかしい。
肩をくっつけるように座ってくる。
乃中の前でそんなに……近くに座らないで欲しいのだが……困った顔を見られるのも大人気ない。
「あ、そーだ! 宮前君、連絡先教えてよ~。美恵も宮前君の連絡先知りたいでしょ? また弓道部だけで同窓会しよ〜よ」
コクリと頷いて、乃中は鞄から小さく揺れるストラップが付いたスマホを取り出した。
慌ててズボンのポケットからスマホを取り出そうとする。橋本が作ってくれた――最後のチャンスだ。
いつもふざけているように見えて……橋本って、凄いや。
――ズボンのポケットに、スマホが……ない――!
――どうしたんだっけ……! しまった! 七木とパズルゲームのフレンド登録するために取り出して、テーブルに置いたままだった――!
「ちょ、ちょっと待ってて、スマホ取ってくる……」
立ち上がると、少し足がフラついた。
「別に後でも構わないよ」
そう言ってくれる橋本と壁の間を抜けて、靴の踵を踏んで履くと、自分のテーブルへと向かった。
――七木と河崎に何処へ行っていたのか聞かれたら、なんて答えようか……。
二人を連れて行くと……また連絡先を聞けないかもしれない……。
不安からこみ上げるゲップは、少し酸味が効いていた――。
テーブルには七木も河崎もいなかった。……ほっと胸を撫でおろす。
急いで箸立ての横に放置されていた自分のスマホを手に握ると、また奥の座敷を目指す……。
今度は、七木と河崎が奥の座敷にいるのではないかと不安が押し寄せ、また酸っぱいゲップが出る――。
奥の座敷では……乃中と橋本がまだスマホを出して笑いながら話を続けていた。
「遅くなってごめん」
なにを誤っているんだ俺は……。
「全然まってないよ~。って、そう意味じゃないよ~」
橋本は、かなり酔っているなあ……。
靴を脱いでまた橋本の横へと座り、スマホのホームボタンを押すのだが……、スマホの画面……ユラユラと見える。
――どうやって登録すれば良かったのかが、……あれ? 分からない……。
――完全に飲み過ぎてしまった。
いつもいつもそうだ。肝心な時に俺は……詰めが甘いんだ。
「私の番号はね~、ええっと、ちょっと待ってね……あれえ? どうやって出すんだっけ~?」
「沙里ちゃん自分の番号覚えてないの?」
「へへ、最近スマホに変えて、番号も変わったのよ~」
二人の声が子守歌のように優しく耳に入ってくる……。
今、覚えないと忘れてしまう……。乃中との間が消えてしまうっていうのに……。
天井がグニャリと歪んで、クルクル回りだすような感覚……。
醜態だけは見せないように、飲む量をセーブするつもりだったのに――。
これじゃ……なにもかもが……水の泡じゃないか~……。
河崎の声も聞こえてきた気がした……。
「これじゃ……なにもかも……水の泡じゃないか……」
うん?
それは俺のセリフだったような……?
――スーッと暗くなっていく感じ……。
乃中と橋本の声が……心地いい……。