かじりさしの竹輪
十五年。
止まっていた二人の時計が……少し動き始める……。
かじりさしの竹輪
「あの……元気」
「うん」
「久しぶり」
「……久しぶりだね」
まるで二人の空間が高校の時に戻った気がした。
なにを言っていいのかすら分からない。四人掛けの小さな座敷に乃中が一人だけ座っている。それなら……ここに俺が座っても……いいのだろう。
「この皿、橋本が持って行けって。……食いさしばっかり」
一口だけ食べられて放置された竹輪を見せると。乃中はクスクスと笑った。
鼻に右手の甲をつけて笑う仕草は、今も昔と変わらない。
クシャッとした笑顔は、今でも俺の心を釘付けにしてしまう――。
あれから十五年も経つのだ。変わったところが無いはずはなかった。乃中の薬指にキラリと光る指輪が見えたんだ。
「結婚……したんだ」
「うん。三年前に……」
そっと下をむいて、指輪を煩わしそうに触りながら呟くように答えた。
なんだか――やっと胸につかえていた緊張感が溶け、意識せずに呼吸ができるようになった。
長い間かけられていた呪縛から放たれたような気分に――。
「そっか。じゃあ、……苗字、変わったんだ」
「うん。今は……」
お酒のせいかあまりよく聞き取れなかった。乃中は橋本と違い、背は高いのに気は小さく、声も小さい。おしとやかな性格だった。昔も、そして今も……。
顔は少し痩せ、顎にはニキビが目立つ。あの時の好きでたまらない気持ちが、少しずつ距離をおく。遠ざかっていく……。
お互い歳をとったんだから仕方がない……。
「子供は?」
「いまお腹にいるの」
紺色のワンピースのお腹をそっと撫でながら、優しそうに微笑んだ。だから、お酒を飲んでいないのか……。
「三ヶ月なの」
「そうなんだ、おめでとう」
「ありがとう」
必要最低限の会話って……今の俺の会話なんだろうな……。
話していて楽しくもないだろうし、笑えるようなこと、なにも浮かばない……。
でも、今日、せっかく会えたんだから、連絡先かアドレスくらい聞いておかなければいけない――。
もしかすると、もう、一生会えなくなると考えると、目の前が真っ暗になりそうだ――。
でも……聞いても、教えてくれないかも知れない。迷惑なだけだろう――。
今はお腹の子供に必死だろうし、優しい母親になって欲しい――。
俺の存在なんか、過去の思い出の一ページの端っこに書きかけてやめたペラペラ漫画の一コマに過ぎないんだ――。
――でも俺は、――なんとしてでも今、聞いておかないと――、
一生、後悔すること疑いない――!
テーブルの上に置かれている、誰のか分からない生温いビールを飲み干した。
……しかし。
言葉が出ない。
合コンじゃ簡単に言えた一言が、乃中の前では禁断の呪文のように、唱えることができず、ただ口ごもる――。