おでんの卵
アイドルのようなイケメンの河崎は、昔から女子にモテまくっていた。
宮前はそれが羨ましくて嫉妬していた。
昔から。そして今も……。
おでんの卵
「生中おかわりくれる?」
「ハーイ」
愛想のいい若い店員の女性に河崎が生ビールを注文すると、自分の皿を持って立ち上がった。
「ちょっと食いもん取ってくるわ」
「じゃあついでに卵取ってきてくれよ」
「はあ? 欲しいもんは自分で取りに行けよ」
七木のお願いを、河崎はあっさりと拒否してオードブルを取りに行ってしまった。
「ケチだなあ河崎は」
「ああ、昔からだけどな。それに、七木は卵食べ過ぎだ。もう四個は腹の中に納まってるんじゃないか?」
「へへへ、おでんといったら、やっぱ卵だろ。家だったら一人一個しか食えないからなあ」
七木は結婚してから……肥えた。
部活をしている頃は筋トレに燃えていて、よく腹筋やら胸筋やらをワザと見せていたのだが、今はズボンのベルトの穴が、いささか横長に引っ張られて苦しそうだ。
幸せ太りか、ストレス太りだろう――。
三十三歳で健康診断を気にするってことは……おおかた、コレステロール値でも引っかかったのだろう。
「卵ばかり食べてると、コレステロール引っ掛かるぞ」
「ブウ!」
食べてた途中の焼きそばを吹出した。……図星だな。
「――今日はいいんだよ! 俺は外では気にしないのさ」
「いやいや、外でこそ気にした方がいいんじゃないのか? 焼きそばにチャーハン食べてビール飲んでるの七木ぐらいだぞ」
炭水化物好きめ!
いや、炭水化物め!
同窓会の会場が、おでんが有名な地元の居酒屋というのが妙に可笑しい……。
おでん屋の割に……店は広く、テーブル席と座敷が半々くらいで数十席はある。席と席が間仕切りされており、他の席では誰がどこに座っているのか、よく分からない状態だ。
連絡がとれていた七木と河崎の二人と一緒に来たからいいものの……同窓会へ来て見ず知らずの奴と同じテーブルになっていたら、気まずくてトラウマになりそうだ。
――一言も喋らずに飲んで食べて帰るだけになったかもだ。
最初の挨拶もなければ、あちこちで勝手に乾杯が始まり、……同窓会と言うよりは、ただの田舎の飲み会だ。
飲み放題、食べ放題なのは嬉しいのだが、厨房前に並んでいるカウンターから取ってこなくてはならないセルフサービス。……おでん屋なのに、おでん以外にもサラダやオードブル、焼きそばやチャーハンなど、色々な物が並んでいた。
「あれ……ほとんどプラントのお惣菜がそのまま乗せてあるだけだぜ」
「え? そうなのか?」
七木に言われると、白身フライの形や味、食感にようやく意識を集中した。
最近、近くに出来た『プラント』と呼ばれる大型スーパー。この白身フライは、この店で揚げたのじゃなかったのか――。
どおりで……サクサクしていないし、アツアツでもないわけだ……。
美味いと賞賛していたのが、急に恥ずかしくなり箸が止まる。
「ハハハ、でもプラントの方が旨いって。うちの晩飯も殆ど出来合いのお惣菜! プラントのお惣菜は殆ど網羅したぜ」
豪快に持ち上げた焼きそばを頬張る。その焼きそばもプラントなのだろう。
――おでん以外はプラントなのだろう。
おでんの鍋を遠目にチラチラ見ていると、ようやく河崎が席に戻ってきた。
「はー。おでんもプラントになってきたなあ」
ため息混じりにそう言いながら、取ってきた皿から卵を割りばしで突き刺し、七木の焼きそばの上へと乗せる。
「おお、サンキュー。まだ卵あったのか?」
「ああ、でも、これはたぶん……プラントのおでんに変わってきてる。色が全然薄いからな」
河崎の皿には……、濃い色のおでんだけが乗っていた。……濃い色の卵も乗っていた。
「大根も次のバッチからはプラントだな。スジ煮込みも人気だから急がないと危ういぞ」
運ばれてきた生ビールを受け取ると、河崎はスジ煮込みを食べて飲み始めた。
河崎は最初からおでんしか食べてない。俺や七木と違い、他の物には目もくれずに店の一押しだけを吟味していたのだ。
河崎翔は中学からの友達だが、昔からあなどれない……。
咀嚼することを忘れてしまったかのような細く尖った顎と、優しく凛々しい瞳。整った顔立ちと高い身長。高校の時から彼女がいたし、それを知ってでも、他の女子から何度か告白されていた。
イジイジしている俺は……この年になっても嫉妬していた。
遠目にずっと見ていたが、おでんを取りに行っただけでも河崎は、数人の女性に、「あ! 河崎君、久しぶり~」と声を掛けられていた。スマホで写真も撮られていた……。
見て見ぬフリをしていたのだ。……七木と。
河崎と同じ席にいれば、あわよくば女性が一人くらいは近づいてくるかなあと期待していたのだが、四人掛けのテーブルは、終始一人分空いたままだった。
「バッチってなんだ? 次のバッチってどういう意味だ?」
七木が不思議そうな顔をして河崎を見ていた。
「ああ? 次のバッチだよ。鍋とかで一度食べ尽くして、次の具材を入れる時あるだろ、あれは第二バッチさ。要するに、ターンだな」
「そんな方言……聞いたことないぞ」
地元歴が二人より短い俺は当然聞いたことがない。
「会社でよく使うんだよ。バッチ式とか昨日の三バッチ目とか」
なんだローカルネタかよ!
そんなもん分かるわけないわい!
「で、七木は生ビール、なんバッチ目だ?」
「はあ? ……ああ、五バッチ目だぜ」
「俺はこれで四バッチ目」
「なんだよ、全然まだまだ飲み足りないんじゃないのか?」
河崎はそう言いながら生ビールを一気に飲み干した。
「河崎こそ喋ってばかりで全然飲んでないだろーが。それで、やっと三杯……じゃなくて、なんだっけ?」
「三バッチだな。もう忘れたのかよ、酔っ払いかっつ~の」
七木はもう酔っぱらっている。顔も赤いから分かりやすい。
俺も少し、焦点が定まらなくなりつつある。
あんまり酔っぱらって醜態をさらしたら駄目だ。
かといって……しらふでいたって駄目なんだ……。