悪夢
「おめでとう、トウヤ君。これで一人目を殺せたわね」
「そ、そんな……。委員長、僕は……」
トウヤは魘されながらその悪夢の映像を見つめていた。己の手には血みどろの包丁が握られており、足元にはハルカの死体が転がっている。
「何を言っているの?」
サヨの顔から感情が消え去り、ゆっくりと歩み寄る。
冷たい視線を向け、凍りつくような吐息と共にトウヤの手を握る。そして、その包丁を鼻先に向けた。
「……あなたが殺したのよ」
「うわああああああああ!」
トウヤは叫びながら飛び起きた。冷や汗を額に滲ませ、息を切らせている。しばらくはそうして目を見開き動揺していたトウヤだが、少しして脈拍は穏やかになり、ようやく落ち着きを取り戻した。
カーテンの向こうはまだ暗い。
「トウヤ君!」
叫び声を聞きつけたサヨがドアを開けた。
「大丈夫? どうかしたの?」
「委員長……。ごめん、何でもない」
「そう……」
トウヤは自分の手を見つめた。
「トウヤ君は悪くないわ。殺さなきゃ、自分が殺されていたんだもの」
「でも、人を殺すなんてこと、そんなに簡単に片づけられないよ……。昨日ハルカさんを刺した時のおぞましい感触が、今でも頭から離れない!」
「トウヤ君……」
トウヤは罪悪感に苛まれ、手を震わせた。
「もう少し休んでいた方がいいわ」
「でも、怖くて眠れそうにない……」
「無理にでも寝ておいた方がいいわ。いざという時のために、トウヤ君はしっかり休憩しておかないと。心の方もね……」
そう言ってサヨはドアを閉め、しばらくの間沈黙が流れる。
その静寂の中、先程の悪夢の余韻がトウヤを苛む。その重さに耐えきれなくなり、やがてトウヤはポツリポツリと言葉を零し始めた。
「……仕方がなかったんだ。殺したかったわけじゃない。僕は、ただいじめから解放されればそれでよかっただけなんだ。なのに……なのに、こんな恐ろしいゲームに参加させられてしまったんだ」
トウヤは夢の残響へと向けて弁明を始める。
「仕方ないだろ!? 他にどうすればよかったのさ? 僕だって、こんなことをしてうれしいわけじゃない。むしろ、刺した時の感触が消えなくて、この上なく気持ちが悪い。寝たら忘れられるかと思ったけど、無理だった。こんなの、ちっとも気分が晴れやしない……。なあ、教えてくれよ! 僕はどうしたらよかったのさ!?」
誰に問うでもなく、トウヤは悲痛な叫びを漏らした。
当然、それに答える声はなく、トウヤのすすり泣きだけが部屋に響く。
「わかってるさ……。わかってるよ。それでも僕はハルカさんを殺したんだ。それは紛れもない僕の罪で、決して許されるものじゃない。これが殺し合いのゲームだから、そうしなきゃ僕が殺されていたから、そんなものは理由にならない。これは僕が決めたことなんだ。だから……」
トウヤは大きく息を吸い込み、それからまっすぐ前を見つめた。
「だから、僕に敵対する奴は全員殺すよ。僕はそう決めたんだ。だから……悪く思わないでくれ。恨まないでくれ……!」
トウヤは覚悟を新たにし、それから再び眠りについた。
一方、その頃学校では……。
「ったく、何だって急にインターバルなんか挟みやがったんだよ。ルール作った奴は無能なのか?」
レイジが机に腰かけたまま悪態をついた。
床に胡坐をかくテツヤは、小さな火を宙へ浮かせながら溜息を吐く。
「さあね。どっかのプレイヤーの心のケアとか何とか言ってなかった?」
「どうせトウヤだろ? ああ、面倒くせえ。だからとっとと殺しちゃおうって言ったのに!」
「まあ落ち着け。焦って行動したって足をすくわれるだけだ。僕たちの能力は強いんだから、慌てることなんてないさ」
「はあん? 俺たちが強いなら、なおさら待つ必要なんてないじゃねえか! 早いところ片っ端から皆殺しにしてやろうぜ。いつも偉そうにしてるオサムだって、何も仕掛けてこないところを見ると外れを引いちまったに違いねえ! 何ならそいつから血祭に……」
「いや、このゲームは戦略が大事だ」
レイジの言葉をテツヤが遮った。
「誰から順番に殺し、誰と誰を戦わせ、最後に誰と勝負するか。それをしっかり計算しなければならない。そして、それを考えずにいきなりトウヤへ挑んだどっかのバカがどうなったか、見ただろう?」
「見た、というか聞こえた、と言うべきだけどな。あれはハルカの悲鳴だった。たぶん……死んだな」
「ああ。ここまでの情報を整理すれば自ずと答えは出てくる。まず、トウヤは瞬間移動能力者だ」
「間違いねえな」
レイジは頷く代わりに腕組みし、テツヤの生成した氷の塊を宙へ浮かせた。
「そしてハルカ。あいつはおそらく透視能力者だ。おまけに暗いところでも目が見えたと推測できる。だが、それはあいつ自身は接近戦において生身の人間でしかないことを意味している。ならば、トウヤは最後の敵に残しておくべきだったんだ」
「何でだよ?」
「考えてもみろ。透視能力程度で僕らのような戦闘に特化した能力者を相手できると思うか? あいつにとっての最善はな……」
テツヤは一呼吸入れ、それから続けた。
「あいつのとるべき戦略は、プレイヤーを上手くコントロールし戦わせ、最後に逃げることしか能がないトウヤを残す、といった感じだ。そうすれば、建物も壊れるであろう後半戦に気配を悟らせずに仕留めることができただろうな」
「へえ、そうかい……。で、俺たちは誰から殺せばいいんだ?」
「あまり目立ったことはせず、できるだけ能力は隠したままにしよう。その上で、まずはもう少し能力者の様子を見るのが先だ。順番はそれから決める」
「おいおい、冗談だろ? それまで黙って大人しくしてろってのか?」
レイジが異議を唱えたその時。
「そうはさせない」
二人の脳内に言葉が響いた。
「なっ!?」
「誰だ!? 出てこい!」
二人はナイフを構えつつ、辺りを火で照らし見回した。だが、誰の姿も視界に映らない。
「お前たちには、明日の正午にトウヤを襲ってもらう。場所は私が能力で見透かし、教えてやろう」
「……断ったら?」
「お前らの能力を全員に公表する。そしてさらに、お前たちの居場所、思考内容、作戦、警戒している能力も常に全プレイヤーへ晒し続ける」
「それができるという証拠は? ただのはったりじゃないのか?」
「よろしい。ならばテツヤ、お前について言い当ててやろう。お前の能力名はエレメント。その効果は……火、水、風、土、氷、雷を、半径3メートル以内の任意の場所へ発生させ、操ることができるというものだ」
「それだけか? そんなもの、僕が能力を使っているところを見ただけかもしれない。実際のところ、考えていることまではわからないかもしれない」
「では、これならどうだ? 各々の頭の中を覗き見てやる。最低限の配慮として、それぞれの脳だけに届けてやろう。まずはテツヤ、お前からだ」
テツヤは生唾を飲んだ。
「お前はレイジを倒す機会を窺っている」
「っ!?」
テツヤは驚愕のあまり声が出そうになったのを押し殺した。
「今はまだ利用できるから組んでいるが、時期を見て切るつもりでいる」
心の内を言い当てられ、テツヤは押し黙る。
「トウヤのように攻撃的ではない能力者は最後の敵に回したい。そして、先程の言葉とは裏腹に、本当はオサムは早く処理しなければならないと考えている」
オサム。レイジが先程の会話で出した名前。その男はいじめっ子のリーダーであり、テツヤとレイジを元々いじめていた。
「お前はオサムの能力がある程度予想できている。だからこそ、その真価を発揮される前に何としてでも倒しておきたい」
「……そんなの、全部お前が俺の考えを推測して言ってるだけじゃないのか?」
テツヤは声に出さず、脳内に言葉を浮かべた。
すると……。
「いいや、私にはお前の考えが透けている」
「っ!?」
「そもそも、お前の頭脳ならば本当はわかっているだろう。ルール説明にあった通り、能力は一つも被りが出ないように付与された。ならば、ハルカが透視能力者である以上、私にはお前らの動きが一つ一つ見えてなどいない。代わりに、お前らの考えていることは全て筒抜けだ」
「……」
「繰り返す。私はお前が本当はわかっていることを能力で知っている。お前はそれを認めようとせず、目を背けているに過ぎない。残念だが、お前は私の手の上で踊ることになるのだよ」
「……ハルカにも、こうやって脅したのか?」
「その通り。お前も私に逆らおうなどと考えないことだな」
テツヤは顔をしかめ、舌打ちをした。
「さて……。待たせたな、レイジ。テツヤはしっかり理解してくれたようだ」
「ああ? 何を言って……」
レイジの声を遮り、言葉が流し込まれる。
「お前は、本当はオサムを恐れている」
「……は? はあ!?」
「声に出さなくても私には通じる。テツヤに聞かれたくないであろう?」
レイジは慌てて口を押さえ、それから虚空を睨みつけた。
「……で、何て言った? ふざけんなよ?」
「誤魔化さなくていい。誰にも言わないでおいてやる」
「くっ……! わかったよ。お前が思考を覗き見ることができるってこと、認めてやるよ」
「……さて、これで二人とも納得したようなので、個別ではなくまとめて言葉を送る。言いたいことは一つ……。明日の正午にトウヤを襲え」
その命令に、二人は屈するよりなかった。