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最初の犠牲者

 警報のようなそのけたたましい音に、トウヤは戦慄せんりつを覚える。階下から迫りくる殺気へと切っ先を向けつつも、心はまだ準備ができていなかった。

 それもそのはず。人と殺し合うことなど、およそ誰しもが経験せずに済むことであるのだから。

 だが、それを今から自分が実行しなければならないのである。その極限的な不安の中、トウヤはまだ煮え切らずにいた。

 戦う覚悟までは決めても、人と命のやり取りをするということは安易なことではない。


 だが、そうしている間も殺意は容赦なく間合いを詰める。忍び寄る足音はトウヤの耳には届かず、闇に溶け込んだ姿も目には映らない。

 対する敵、ハルカにはトウヤの位置が完璧に見えていた。そして、確実に仕留められる距離はどこなのか、慎重に測る。


 と、その時。


「今よ! トウヤ君!」


 サヨが廊下の明かりを点け、敵の正体がさらけ出された。


「なっ!? ハルカさん!?」

「お覚悟!」


 すぐさまハルカは反応し、飛びかかった。

 トウヤは敵の意外な正体に驚きつつも、咄嗟にナイフをかわす。だが、ハルカはすぐさま次の攻撃へ移り、トウヤを追い詰めてゆく。


「トウヤ君から離れなさい!」


 サヨはあらかじめトウヤから渡されていたナイフを投げつけ、加勢した。しかし、それは紙一重でけられてしまう。


「まずはあなたから消えていただきますわ!」


 ハルカは振り返った勢いのままサヨへと突撃した。


「やめろおおおおお!」


 刺されそうになっているサヨを見たトウヤは、我を忘れて行動に移っていた。瞬時にハルカの背後へとテレポートした彼は、そのまま包丁を背中へと突き刺した。


「きゃああ!」


 断末魔が響き、ハルカは倒れた。

 トウヤは目を大きく見開き、ただ手を震わせている。


「よくがんばったわね。これでまずは一人目……」


 言いかけてサヨはトウヤの様子に気づいた。


「トウヤ君……?」

「僕が……殺しちゃったのか? 僕が……?」


 ハルカを刺した時の生々しい感触がトウヤの手に残っている。人をあやめてしまったという、おぞましい感触だ。それはトウヤへと例えようのない不快感を与え、同時にハルカを殺したのが自分であるという事実を突きつけていた。

 トウヤは自らの手をじっと見つめ、ただたたずむ。そうしてしばらくの後、膝から崩れ落ちた。


「うそだ……。うそだ!」


 トウヤは叫び声を上げ、その場へうずくまった。

 サヨはそっと寄り添い、震えるその肩へと触れた。


「トウヤ君は悪くないわ。殺さなければ、自分が殺されていたんだもの。それに、このゲームはトウヤ君をいじめていた人たちをプレイヤーとして集めているのよね。それなら、ハルカも陰で何かしていたってことよ」


 トウヤは顔を上げ、ハルカの死体を見つめた。


「もし、そうだとしても……」


 トウヤの言葉は嗚咽おえつで途切れ、一呼吸置いた後に再び続いた。


「そうだとしても、僕は復讐ふくしゅうなんて望んでなかった。殺そうだなんて、なおさら思ってない! でも、こうしないと恐ろしい殺され方をするって言われたんだ。だから……。だから!」


 仕方なしにそうした。その続く言葉を発する前に再び嗚咽が止めなく溢れてきて、トウヤはただただ泣き続けた。


「大丈夫。誰もあなたを責めたりしないわ。殺そうと思って殺したわけじゃないってこと、その涙を見ればわかるもの」

「委員長……」

「騒ぎや明かりで他のプレイヤーが来るかもしれないわ。一度場所を移しましょう」

「……わかった」


 トウヤは手を震わせながらサヨの手を握り、テレポートを使用した。

 そして、移動先でトウヤは床とのにらめっこを再開する。


「今日はもう休みましょう。ぐっすり眠れば、気分も元に戻るわ」

「……うん」

「私が外を見張っているから、安心して」

「……ごめん」

「いいのよ。戦闘お疲れ様。おやすみなさい」

「おやすみ……」


 トウヤはふらふらと寝室へと向かい、ベッドへ横になった。


「ハルカさん……。何で……?」


 暗い部屋で一人、トウヤは疑問を漏らした。

 ハルカが普段からいじめっ子へ悪知恵を授けていたことなど、知る由もない。サヨの目を盗める場所や時間帯を教えていたことも、大人たちにあたかもトウヤといじめっ子の仲がいいように思いこませていたのも、いつも陰で嘲笑あざわらっていたことも……。

 何も知らなかったトウヤにとって、ハルカはクラスのマドンナでしかあり得なかった。

 だからこそ、そのハルカを手にかけてしまったことのショックはより大きいものだった。


「わからない……。けれど、僕が殺しちゃったんだ……」


 壊れた機械のように同じ言葉を繰り返すトウヤ。

 と、その時。


「全プレイヤーにお知らせします。ただいまより正午までの間、インターバルといたします。戦闘開始となるのは正午からとなりますので、ご注意ください」


 トウヤや他のプレイヤーの脳内へ、言葉が流し込まれた。声ではなく言葉として直接流し込まれたので、その声色を読み取れるプレイヤーはいない。

 だが、どのプレイヤーもルール説明の時の抑揚のない女性の声を思い浮かべていた。


「インターバル……? それってどういうことですか?」


 トウヤはその声へと疑問を投げかけた。


「プレイヤーの中に、殺し合いへの不慣れから心を傷つけてしまった方がおられます。そのケア期間として、猶予ゆうよを与えます」


 そのプレイヤーというのは自分のことを指している。それは彼自身すぐにわかった。

 だが、その情報は彼へ後ろめたい思いを抱かせ、それと同時に少なくとも今夜はこれ以上襲われることはないという安心を与えた。

 そして、トウヤは眠りについた。

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