スパイ戦争
カイは目的地へと向かうため公園を横切った。隠れもせずに堂々と。それは慢心からではなく、さも自分が不死身であるかのように見せるための演技だ。そのカモフラージュにより、他のプレイヤーが真実に辿り着くのを困難にしている。
もちろん、カイの能力の片鱗すら知らない者であっても、迂闊に攻めるようなことはない。
もし、襲ってくるとしても……。
「っと、早速お出迎えかな?」
このように、自らは安全圏にいながらの遠隔操作などしかあり得ない。
カイは迫り来る二人のタイチをナイフで刺した。だが、本体もドッペルゲンガーもその場で傷が修復してしまう。
そもそも、タイチは既に死んでおり、倒すこと自体に意味がなく、また、死んでいる者を殺す手段など存在していない。傷が修復したことからもわかる通り、例え燃焼などによって消滅したとしても、すぐさまその場へ何度でも蘇るのだ。
「思ったより厄介だね。やっぱり早めに倒しておかないと、数にものを言わせて私の心臓を見つけ出される恐れがある」
言いながら、カイは自らの体を切り裂いた。
「けどほら、君たちでは足止めできないよ。いくら立ち塞がろうとも、私が細かくなってすり抜ければいい」
そう言って、バラバラのパーツとなったカイは、両の手を広げて通せんぼするタイチを振り切った。
そして、瞬時に元の姿に戻る。
「止められるものなら止めてみるがいい!」
オサムのいるマンションへと向かって、カイは猛ダッシュした。
「そうさ。この能力は止められない。私を殺すことなどできない!」
――初日、カイ周辺の出来事。
「なるほど、確かに君の言った通り、これは私の望む能力だ」
カイは自宅のリビングで、りんごを片手にテレビへ向かって話しかける。そして、ニヤリと笑いかけてから一口かじった。
「けれど、できればこんなの参加したくなかったかな。まあ、辞退は無理そうだからこれ以上は言わないけどね」
そう言って乾いた笑い声を上げ、りんごを食しきった。
視線の先にあるテレビは全くの反応を示さず、ただ一定の速度で文字を流している。
「言うだけ言ったら後は無視、か。まあいい。それなら早速、このスプリットという能力を試させてもらうよ」
スプリット。それは人体切断の能力。体のパーツを命に別状なく分解することができる。
「すごいね、これ。解体中の細胞なら傷つくこともないって言ってたけど、火傷とかはどうなるのかな? まあ、試したくないけど」
カイはそのまま能力を使用し、脳や臓器、血管などの命に関わるパーツを隠しに向かった。
――そして現在。
「これならオサムも怖くない。私はここにいるが、ここへはいないのだから。問題は、この能力がオサムを殺すにまで至るのかどうかだけだ」
カイは全速力で道路を駆け抜ける。
「これはいい! 最高だ! 今、私の体で唯一酸素を必要としているのは肺だけだ。そこから私の細胞一つ一つへ、人知を超えた能力により供給している。肺さえ無事なら息ができる。そしてこの切り離された体は疲労というものを知らない!」
狂気染みた笑いと共に、ついにカイはマンションへと着いた。そして、そのまま一気に階段を駆け上がる。
「居場所はわかっている。スプリットにより切り離した目で、直接確認したからね。覚悟してもらおうか、オサム。私はお前に恨みがあるから、存分に苦しんでもらうよ」
カイは邪悪にほくそ笑む。
と、そこへ死んだはずのハルカが現れ、襲いかかった。
「なるほど、役立たずはこうやって門番として扱うのか。情報によればハルカの能力はクレイボイエンス。いくら死体を使役できるからといって、感覚まで共有できないと見て取れる。なら、こうして単なる駒にするしかあるまい」
言いながらカイはつかみかかろうとしてくるハルカの腕を払い除け、そして、今度も体を細かく分解し間をすり抜ける。
「さあ、着いたぞ。鍵など私の前では無力だと教えてやろうか」
カイはドアの前に立ち、分離させた爪を侵入させ内側から鍵を開けた。
そのまま勢いよくドアを開け放ち、ナイフを手に飛び込む。
しかし……。
「いない!?」
オサムは部屋を移していた。
カイは予めオサムが拠点としている部屋を確認してはいたが、四六時中見張るわけにもいかない。スプリットにより目を分離し遠くへ飛ばせるとはいえ、その間は不便を強いられるからだ。それに、他の情報も得なければならないため、ずっとオサムだけを監視していればいいというわけでもない。
そもそも、カイにはもっと重要な身の安全の確認があるのだ。心臓や脳を隠している周辺へ、他のプレイヤーが立ち寄らないか常に警戒しておく必要がある。いくらオサムを倒すためとはいえ、自分が殺されてはどうしようもない。
「私が君を殺すのが先か、それとも君が心臓を見つけ出すのが先か……。面白い、このゲーム乗った!」
カイは片目と両足、それから左手を切り離した。それらを命の護衛へと向かわせ、残ったパーツでマンションの部屋を一つ一つ確認してゆく。
だが、オサムも死体を駆使し、カイの動きを封じようと襲いかかってくる。何とか押さえつけようとするハルカとタイチだが、捕まえても捕まえてもカイはすり抜けてしまう。
一方のカイも、万全を期すためにガードをより一層固める。塵になるまでパーツを分解し、悟られないように自分の本当の居場所を見守り続ける。
そうでもしなければ、視線を辿ることにより答えに行き着く恐れがあるからだ。透明人間のアキラと、物体にカモフラージュできるカオルがいつどこから見ているかわからない。後者はオサムの操る死体であるから、直接的に視覚をリンクすることはできない。が、例えば携帯に変身し、映像をオサムへと転送するなどという策を仕掛けてくる可能性はある。
お互いに瀬戸際の探り合いの中、徐々にそれぞれの居場所へと近づいてゆく……。




