アイアンメイデン
そして、長い夜は明けた。
カオルは無理にでも眠ろうとしたのだが、微睡んではすぐに目覚めるのを繰り返し、まともな休息は得られなかった。
「どうした? 意識がはっきりしていないぞ?」
例の能力者がカオルの脳内へと言葉を流し込む。
それに対しカオルは溜息を吐き……。
「……誰のせいだと思ってるのよ」
怒りをぶつける気力もなく、ただ悪態だけついた。
彼女の言う通り、眠れなかった理由はトウヤを殺すことを唆されたからだ。夜が明けたら殺し合いへと身を投じなければならないとあれば、気を静めることなど容易ではない。不安や興奮が必ずそれを妨げる。
「私を非難したところで意味はない。私はそもそもお前の敵なのだから、害を為すのは当然のこと」
「だったら私にこれ以上話しかけないでよ! あなたはどうせ私を戦わせる目的で情報を流しているだけでしょう!?」
「その通りだとも。だが、それがわかったところでどうする?」
カオルは閉口した。
「結局はお前も戦わなくてはならないのだ。隠れていればやりすごせると思っているだろうが、トウヤが何かしらの策をおもいつくやもしれん。例えば……」
能力者は数秒の間を置く。
そして……。
「火のついた布を一斉に空からばら撒く、といった感じに」
「……戦わなきゃそれをトウヤに教えると言いたいんでしょ?」
「その通りだ」
「……卑怯者!」
「心外だなあ。私はお前に加担してやっているのだぞ? 私は、このまま戦いが起こらず停滞するのを避けたいだけだ。お前に戦う気がなければトウヤを動かすというただそれだけのこと。それをお前に賭けてやっただけだ」
「もういい! わかったわよ! トウヤを殺しに向かえばいいんでしょ!?」
「わかればよろしい。最後に、奴が油断しきっている今がチャンスとだけ言っておこう」
言葉はそこで途切れた。
カオルは自分の心に残っている迷いを一つずつ振り払ってゆく。
どうして自分がいじめられなければならなかったのか。なぜ、助けてくれたミクを裏切るよう命令されなければならなかったのか。なぜその後もいじめっ子に利用され続けなければならなかったのか。なぜトウヤをも犠牲にしなければならなかったのか。
そして、なぜ今もこうして殺し合いなどしなければならないのか……。
答えなど出るはずもない理不尽な出来事へ、下してはならない答えを導き出した。
「私なんて、生まれてこなければよかったんだ……」
カオルは涙を一筋流すと、虚ろな目を開いた。そこにはもう、一切の感情はなく、ただただこの世への絶望が満ちていた。
「私なんて、生きている価値がない……」
そう呟くと、カオルは黒い鳥へと姿を変えた。
一方、トウヤたちは……。
「今日もありがとう。朝ごはん作ってくれて」
「気にしないで。それより、こういう時こそ襲われる危険があるから油断しないで」
「確かに。食料の支給時間が決まっている以上、そこを突いてくる可能性は高い」
トウヤがカーテンの閉まった窓と廊下へのドアへ視線を向けた。
その時。
「委員長、危ない!」
トウヤは瞬時にサヨの手を取り、テレポートで家の外に出た。同時に銃声が鳴り響く。
そう、彼は見たのだ。ドアの隙間から紙切れが入ってきて、すぐさま拳銃へと変形したのを。
「変身能力者だ! わざわざ向こうから来てくれたんだ。ここで倒そう!」
「ええ、そうね。どこかへ隠れられてまた奇襲されるより、今ここで戦った方がいいわ」
サヨの賛同を受け、トウヤは身構える。
すると……。
「トウヤ……殺す」
玄関の方からカオルが歩み寄ってきた。
トウヤはすぐさまカオルの背後へテレポートし、ナイフを勢いよく突き出した。
だが、それはカオルの体に弾かれてしまう。
「な、何だ!?」
慌ててトウヤはカオルのそばを離れ、距離を置いた。
「きっと、変身能力を利用して皮膚を堅くしているのよ。何か対策を練らないと勝てないわ!」
「そんな急に言われても、どうすれば……!?」
トウヤが考えている間にも、カオルは一歩ずつ間合いを詰める。そして、右手を拳銃へと変形させ、サヨへと向けた。
「危ない!」
トウヤはサヨを連れ、室内へとテレポートした。
「委員長は危ないからここにいて」
「でも……」
「大丈夫、必ず勝つから」
そう言ってトウヤはカオルの前へと戻った。
「カオルさん。悪いけど、委員長には手出ししないでもらうよ。相手はこの僕だ!」
トウヤは再び背後からの不意打ちを試みる。だが、結果は同じだ。
「お前を殺す……」
感情のこもっていない声が、譫言のようにカオルの口から漏れる。
「……わかるよ。カオルさんも怖いんでしょ?」
トウヤのその言葉に、カオルは一瞬動きを止めた。
「本当はこんなことしたくない。僕も同じだ。けど、やらなければ自分が殺されてしまうから、仕方なくこうして他のみんなを殺している」
「うるさい……」
「僕が寸前のところで平常を保っていられるのは委員長のおかげだ。僕一人だったら、とっくに壊れていたよ。カオルさんは、ずっと一人だったの? もしそうだとしたら、それってすごく不安だよね」
「うるさい!」
カオルは拳銃を向け、発砲した。だが、トウヤはそれをテレポートで避ける。
「このゲームに参加しているということは、カオルさんも影でいじめに参加していたんだね。体育の後、ノートがなくなってたことがあったけど、それかな?」
カオルは手を震わせた。
「体育は男女別々だからね。きっと、オサムたちの命令で仕方なくやったことなんだ。わかってるよ。僕は怒ってないから……」
「うるさい!」
カオルは嗚咽を混じらせながら叫び、発砲した。だが、同様にテレポートで避けられてしまう。
「もう……戻れないのよ……。全員殺すしか、私に生きる道はないの!」
「……そっか。残念だけど、僕も同じだよ」
カオルは大粒の涙を流した。
そして、そんなカオルを見ながら、トウヤはそれ以上何も言えなかった。




