ルール
抑揚のない声は淡々と言葉を続ける。
「まず、殺傷方法についてですが、特に指定はございません。後程改めて説明する能力を用いるのも可、刃物やロープなどの使用も認めます。もちろん、腕力に自信がおありでしたら素手での格闘もよいでしょう」
事務的に説明がなされているが、当然それを聞いているトウヤにはそのような身体能力はない。だがそれは、そのような戦闘スタイルをとる敵もいるということを暗にほのめかしている。
トウヤもそのことに気づき、いじめっ子のリーダーを思い浮かべた。
「どのような戦法を選ぶかはあなた次第です。が、各プレイヤーの家にナイフと包丁をご用意いたしましたので、そちらを使用することをおすすめします。キッチンをお確かめください」
トウヤは反射的に台所へと目をやったが、声が説明を続けようとしている気配を読み取り、視線を戻した。
「なお、公平を期すため既に家にあった凶器はこちらで全て回収させていただきました。それらは明日以降に、各プレイヤーの家を除くランダムな場所へ配置されますので、探索してみるのもよいでしょう」
公平。その言葉の正当性にトウヤは疑問を抱いた。何しろ自分一人に対し敵はいじめっ子全員であり、戦闘能力においても劣等感を抱かずにはいられない程の差があるのだ。それは、ただの一度でさえ歯向かおうだなどと彼が思いもしなかった要因の一つでもある。
だが、そんなトウヤの気持ちを無視し、声は続ける。
「さらに、各プレイヤーには固有の能力を一つずつ与えます」
「能力……?」
トウヤは身を乗り出し、テレビ画面を凝視した。
「はい。それらはあなた方が望んだ内容のものとなっています。もしも自分に特別な力があれば……。誰しもが一度は思い浮かべたことでしょう。しかし、その具体的な中身は人それぞれで、このゲームの参加者においても欲する力はバラバラでした。ですから、各プレイヤーに与えた能力は一つとして被ることなく割り振られています」
説明がこのゲームの根幹へ差しかかったのを感じ取り、トウヤは生唾をごくりと飲んだ。
「あなたの場合を例として話します。あなたはいじめられている時に心の中でこう叫びました。この場から逃げたい。今すぐ消えてしまいたい、と……」
内に秘めていた情けない思いが暴露され、トウヤは顔を赤くしながら俯いた。
「なので、あなたにはテレポートの能力を授けました。念じるだけで、好きな場所へと瞬時に移動することができます。また、触れているものも移動させることが可能であり、衣服や武器など身に着けているものは自動で一緒に移動します」
「テレポート……。それが僕の能力……」
それはまさしくトウヤが望んだ能力だった。嫌なことや怖いことがあればすぐさま逃げ出してきた彼にとって、それはぴったりの効果だ。
「ただし、テレポートを使用する際には移動先のイメージが頭にないといけません。家具の配置などまで正確に把握している必要はありませんが、一度も訪れたことのないような場所へは移動できないということです」
「本当に……本当にどこへでも行けるんですか?」
「より正確に言うのであれば、ステージ内のどこへでもということになります。あなたの元いた世界へ行くことはできませんし、この町内から先へも行くことができません」
ステージ、という唐突な単語にトウヤは困惑した。声もそれを汲み取って解説を付け加えようと続ける。
「このゲームに期限はありませんが、戦場の広さには制限があります。それが先程述べたステージであり、その範囲は町内へと限られています。そこより先へは空間の断裂により踏み入ることができません。見えない壁があると考えていただければよいでしょう」
トウヤは改めて自分の置かれている状況を認識した。彼が今いるこの世界は、元いた世界そっくりとはいえ全くの別世界である。自分たちだけが連れてこられた世界であり、現実世界とは隔離されている。
もう、その非現実的な事実を受け入れるしかなかった。
「戦闘可能となるのは明日以降で、本日は準備期間となります。また、食料は午前6時、正午、午後6時に全ての家へと支給します。これは、初日の準備期間に食料を独占するなどの過度な兵糧攻めを抑制するための措置です」
それは、度重なる現実離れした話によりトウヤが忘れかけていたことだった。ゲームは何日間続くのかわからないのだから、それまでの間生き延びなければならないのだ。そう聞くと、他のプレイヤーに殺されないことを考えがちであるが、当然として日々の生活を送らなければならないのである。
そのことへ考えが至ったプレイヤーが初日に食料を独占したらどうなるか。もちろん、それも戦術の一つであり、そのことへ気づくこともプレイヤーの実力とも言える。しかし、その際に無視できない要素の一つに住宅の位置関係が存在する。
声の主は、そのようなプレイヤー本人の実力によらない有利不利をできる限り排除したかったのだ。これは先に説明にあった公平性にも関係することである。
「まとめますと、武器は使用可、食品は支給性、時間無制限、ステージは町内、プレイヤーは超能力者となって戦闘、ゲーム開始は明日、となります。そして、これで最後になりますが、私からあなただけに一つ情報を差し上げましょう。現在、既にルール説明を聞き終えたプレイヤーは、あなたを除いて1名のみです。他、10名の方は未だゲームの存在すら知りません」
「なっ!? ちょっと待って! 10名って一体どういう……」
トウヤの頭に浮かんでいたのはいじめっ子グループ6名。既にルールを聞き終えたプレイヤーを含めて5名も身に覚えのない敵がいるということに驚愕し、トウヤは問い詰めようとした。
だが、抑揚のない声はトウヤのその言葉を遮る。
「そのアドバンテージをどのように生かすかはあなた次第です。健闘を祈ります」
そう言って声は途絶えた。テレビ画面には、先程のルールが青い文字で延々と流れ続けている。
トウヤはしばらくの間はそれを呆然と眺めていたが、不意に口を一文字に結び、拳を握りしめた。