軍神事情
2話目です!
<Side of Zoe>
冥界へやってきた俺とハデス。久々と言っても数日ぶりの冥界だ。じめっとしていて陰湿、確かにここには来たくない。オリンポスがいかに華々しいく神々しいかを理解した。
「この先だ。目印は蛇で背中合わせにされて1本の柱にはりつけにされていることと、その柱の上にフクロウが泊まっていることだ」
「わかった」
「タナトス、頼む」
「ああ」
タナトスが護衛で付いて来てくれた。
「たぶんお前の方が強いけどな」
「御謙遜を」
タナトスとともに言われた通りの目印を見つけてやってくると、めっちゃ綺麗な顔の双子が縛られていた。
「彼らがアローアダイ?」
「そうだ」
双子が俺の方を見た。
「俺たちに何か用?」
「ああ。ゾーエーっていうんだ。よろしくな」
「オレ、オートス」
「俺はエピアルテース」
双子は答えた。
「で、何の話を?」
「軍神アレス」
「アレスさんのこと!? ―――ッ、まさか、懲りずにアレスさんに何かしたのかっ!!」
突然怒鳴ったエピアルテースに俺は驚いた。もしかして、と俺は神話を思い出す。
この2人はアレスを青銅の壺に13か月間閉じ込めて瀕死状態にしたと言われている。ではなんでそんなことになったのか。そこが気になる。そしてこの反応。おかしいだろ。
「オリンポスの神々に戦いを挑んだ理由にアレスが絡んでるなら教えてほしい。アレスは俺の上司なんだよね」
「ふん、教えることなんか何もないっ!」
「どうせお前もアレスさんを見下してるんだろ」
頑なだな。
「まさかそんなことあるかよ。いや、確かに情けない神話多くてかわいいなあなんて思うことはあるけど。それとも俺のアレスへの愛を語ってやろうか!」
「「……」」
さて、2人が固まったところでもう一度問う。
「アレスについて教えてくれる?」
「「うん!」」
今度は笑顔で言った、なんだこいつら。
アローアダイの話によると、2人がアレスに出会ったのは、アルキッペの一件のだいぶ後だったらしい。ポセイドンからはまあ、怒らせない方がいいと言われた程度だったらしいが、ちょっかいをかけたらしい。しかしそのちょっかいにいち早く気付いて逃げてしまった。仕方ないので追いかけてお話ししましょうと声をかけたら、すぐに信じて出てきたらしい。アレス単純だよなあ。愛おしいわ。愛すべき馬鹿だよお前は本当に。
そして、狩りの話題を振ったらかなり盛り上がったらしい。もうデイモスとフォボスが話に出てきていたらしい。
仲良くなって、気付いたのだという。
アレスは皆から嫌われている。
ならば、こんなに綺麗で優しい人を嫌うようなやつらからは引き離してしまえと思ったのだ、と。
「ぶっ飛んだな」
「だって、父さんすら、アレスさん付き合い悪くなったなあって言っててさ。なんで演技だって気付かないんだろうね」
ちなみにタナトスに聞いたら、この2人に捕まって以来アレスはフードを被るようになったのだとか。
ああ、これはもうなんかわかってしまった。
「……お前らまさか、アレスその時死にたいって言ってた?」
「! よくわかったね!」
「そうそう。そんな悲しいこと言うんだもん、俺たち悲しくて、でも何度も、殺して殺してってアレスさんが言うんだ……」
「……でも、神は死なない」
「うん。だから、何にもあげないで、閉じ込めたの。誰にも見つかりたくない、もう死にたいって言ってたから、閉じ込めた。なのに、俺らの養母がヘルメスに教えちゃったんだ」
「もう少しでアレスさんは死ねたのに」
オートスとエピアルテースは泣き出した。
「アレスさんを奪ったあいつらが憎かった。アレスさんを罵るヘラが、アルテミスが!! ヘルメスにもムカついたよ、でも、ヘルメスは、ねえ」
「うん……ヘルメスは、アレスさんが死んじゃうって、顔を真っ青にして飛んでった。だからいいの。どうせゼウスも父さんも、オリンポスの神々はそんな顔するわけない。だから、アルテミスをもう少しで捕まえられそうになった時は嬉しかったなあ」
アレスのあの態度は、こいつらをも狂わせたのか。
「オートス、エピアルテース。2人の話を聞いて俺は確信したわ」
2人には伝えてあげるよ。
「お前らのやったことは無駄じゃなかった」
「え……?」
「それ、どういう……?」
「アレスを壊したのが自分たちだってことに、オリンポスの神々は気付いた。俺は、そんなゼウスたちに神に召し上げられた人間だ。こうしてお前らの話が聞けて本当によかった。アレスが元気になったらまた会いに来る」
目を見開いたオートスとエピアルテースはこくこくとうなずく。
「また、アレスさん笑ってくれるかな。また俺たちの頭撫でてくれるかな」
「きっと大丈夫。じゃあな、オートス、エピアルテース!」
「「じゃあね、ゾーエー!」」
タナトスとともにハデスの方へ戻ると、ハデスが俺の頭を撫でた。
「……まったく恐ろしいなお前は」
「?」
ハデスは少し何か悩んだ。けれど、すぐに俺と目を合わせて言った。
「私は、お前につかぬことを聞くが―――ポセイドンに殺されたことを、どう思う」
「……は?」
ハデスの問いに俺は素っ頓狂な声を上げる羽目になった。何を言っているんだハデスは。ポセイドンが殺したんじゃないだろ。俺らのあの死に方は自業自得だろうが。
「ポセイドンのせいじゃないだろ、あれ。自業自得じゃん」
「……そうか。それならばいい」
「……?」
なんだそれ。ハデスはまた俺の頭を撫でて、仕事場へと戻っていった。俺の後ろでケルベロスがグルルル、と唸った。
「なんだよ~」
『グルル』
鼻をすり寄せてくるケルベロス。かなりでかい。俺はそんなケルベロスの鼻の上を撫でる。頭は3つあるので頑張っても1つずつしか撫でられない。すぐ横に首は降りてこない。
「すっかり懐かれたな」
「今日会ったのが初めてなのにな」
「綺麗な心の持ち主に動物は自然と懐くと言うが……アレスもすぐに懐かれていたな」
タナトスがそう言って俺を撫でる。
「どうした?」
「……お前と勝己は、ひどくアレスに似ている。まだ壊れる前のアレスに。ゆえにハデスもお前たちには甘いのだろう」
それはきっとゼウスたちも同じだ、とタナトスは言う。
「違いがあるとすれば、アレスが演じた出来損ないを、お前たちは演じていない。ゆえに人当たりがいいのだ。ヘラやゼウスがお前たちに優しいのならば、アレスは本来の自分を出しても問題ない。お前たちを合わせたらアレスだ」
「そこまで似てるのかよ?」
「ああ。無意識の自己犠牲精神辺りがそっくりだ」
おや。また聞いたぞその言葉。
「どのあたりがだよ、その自己犠牲精神」
「自分はどうなってもいいから! と、口には出さないうえに本人は助かる気でいてしかし助からなかったときにあれは自業自得だと既に完結しているお前やアレスのようなやつのことを言う」
「アレスに関しては思うところあったけど、俺もなの!? やっぱなんか納得いかない! 第一、俺はどうなってもいいからなんて随分な偽善者だな」
「ああ。お前はその振りがないから余計に恐ろしいのだ」
「?」
俺は首を傾げる。タナトスは笑う。
「……ハデスは聞くのをためらったがな、中には、こういうことに巻き込まれると、己を、選ばれた者か何かだと勘違いする輩が出てくる。お前は思ったことがないか? このために俺は死んだのではないか、と」
タナトスの言葉に俺はさらに首を傾げた。いや、思い当たる節がないと言えば嘘になるけれど、ちょっと趣旨が違ったような……?
「ちょっと違うけど、思い当たる節はあるよ」
「それを聞かせてもらいたい」
「おー」
タナトスの赤い眼が真剣さを帯びている。綺麗な顔なのにしかめっ面だ。面白くねえ、アレスより表情固まってんじゃないの。
そんなことを思いながら、俺はその思い当たる節を話した。
「殺してくれてありがとう、とは思ったな。不死身だから、不死身の神になったから。アレスの傷に寄り添うことが出来た」
「神になったのはお前が美しい心を持っていたからだ。お前が何の神になるかなんてわかりはしなかった」
「それでも、神になった、神になったのは死んで転生することになったからだ。死んだのはなぜだ。ポセイドンの手違いによるもの。ならポセイドンに感謝するしかないさ。……そりゃ、いきなり地震なんぞ起こしやがって、とは思ったけど」
地震じゃなかったらさ、あの8人も巻き込まれたりしなくて、俺は神じゃなくただの転生者になっていたかもしれない。そしたら勝己と一緒に冒険してたかもしれない。でも、アレスの傍にいられたかどうかは分からない。死ななかった可能性の方が高いしな。
今の状態がたぶんもう死んじまった俺にとっては一番いい。アレスが笑うの見るの好きだし、勝己とは能力の制限をすれば一緒にやっていける。
そこまで思って、俺はふとタナトスの言葉に引っかかった。
「なあタナトス」
「ん?」
「転生して成った神の権能って、ゼウスとかハデスが決めてるんじゃないのか?」
「違う。そんなものを決められるものなどいない。くじ引きみたいなものだ。たとえお前がそこまで高いスペックを持たずともゼウスの権能である程度は引き上げることが出来るが、お前は完全にゼウスの神力の量を超えている。ゼウスは何もしていない」
「え……人間、だったんですけど?」
俺が言うと、タナトスはくつくつと笑った。
「極東の人間は特に精霊や神と相性がいい。お前たちの魂を連れてきたのは天狗だったのだが、閻魔が少し里帰りしていてな、その間にお前たちの魂は俺とヒュプノスで拝借させてもらった」
「横暴だ!」
そう言えばタナトスが俺を抱き寄せた。タナトスの肌は真っ白だ、陶器みたいで。冷たい。これが死神。そんなことを思ったけれど、何の言葉だったかな。“死とは命の終わりというだけではなく、次の命のスタートである”とかいう趣旨の言葉を使った小説があったな。
転生の概念がないとこの言葉はなかなか出てくるものではない気がするけれど、今の俺にはよく馴染む。
「タナトス」
「なんだ」
「タナトスもエロスも同じとこにいる」
「!」
死がスタートだというのなら、愛もスタートだろう。俺は、アフロディテとよく一緒にいる青年神を思い浮かべた。真っ白な翼と、某大人気ゲームの参戦者の天使のような姿で、赤い髪の青年。
「……アフロディテとエロスって、親子扱いされても仕方ない気がしてきた」
「……ああ、あの赤い髪か。アレスにそっくりだから余計あの神話は信憑性を増してしまったようだったな」
「実際はアレスが先祖返りなのか?」
「ああ、俺とヒュプノスこそ髪は黒と白だが、ガイア叔母上も赤毛が混じっている」
赤土の役目ですかね。話を聞いたら黒、金、赤、灰、白とあったらしいから、やっぱり土の色だと思われます。金は黄土だろうな。白は……石灰かな。
タナトスの冷たい手に俺の体温が移って、ちょっと温かくなった。
「タナトスの手が温まったな」
「生きているモノの体温は、火傷してしまうな」
「そんなに酷い?」
「ああ、なんせ“死”そのものだからな」
タナトスの指先は赤くなっていて、火傷してしまったのだと気付いた。
「まったく、すぐにこちらに感情移入してくれて、これではとても無下には扱えんな」
「俺に何しようとしてるの!?」
ツッコミを入れて、そろそろ帰れと言われたのでおとなしくオリンポスに帰ることにした。すると、ハデスが急にやってきた。
「ゾーエー」
「?」
「これをヘファイストスに持って行きなさい」
渡された革袋。
「中を見てはいけないよ」
「うわ、それ言ったら開けたくなっちゃうんだって!」
触っただけで大きな石か何かとわかるもの。ヘファイストスの工房へ持っていけば、それはそれは上等な宝飾品に生まれ変わるのだろう。
「じゃあ、また!」
「ああ、いつでもおいで、戦神ゾーエー・クスィフォス」
「!」
俺はうなずいて、ハデスたちに背を向けてオリンポスを目指した。
そっか、やっぱり俺って戦神だったんだ。
なんか、胸がほっこりしてきたぞ。
ディオメデスは息を吐いた。忠告こそしたが、あのアレスのファミリアがどのような行動に出るのかはわからなかった。素直そうな少年だった。おそらく勝己やゾーエーと同類ではないかとディオメデスは考えている。音の響きが似ているのだ。
“テツロー”と呼ばれていた彼と、“勝己”と“勝”。おそらく同じ極東の国から来たのだとディオメデスは思っていたが、時代に隔たりがある可能性は“隆志”がいたため考えていた。しかし、話す言葉遣いといい、勝己たちに近かった気がする。
パンテオンを離れて彼らを見守ることにしたディオメデスは唸っていた。
どうすればいい、どうすればこの戦を避けられる。アテナはとてもではないが戦える状態にまでは回復しない、それくらいは分かってしまうのだった。
(アレスに直接聞くしかないか……)
アテナは考えれば大体、アレスは直感で大体相手の考えを読んでいる節がある。そしてこれからのことは神託等、予言の神々のみぞ知るところ。ディオメデスはこれから彼らがどのような行動をとるのかもわからなければ、戦が始まってもどれほどの規模になるかはわからない。アレスのファミリアがいる以上、大規模化するのは避けられないが。
ディオメデスはふとゾーエーを思い浮かべた。
うまくアレスと他の神々を和解させてくれるといいが、と考えて、そもそもその努力を怠ってきたのは自分たちの世代か、と、語られた神話を思い浮かべた。
トロイア戦争で本当に、敵陣営にいたのに見ていて微笑ましかったよねとアキレウスとの話を思い出す。敵陣営についていたのにもかかわらずアテナの言葉を信じる。城壁から引き離されてトロイア軍の動きが鈍った。神話では貶され続けるアレスが、実際は絶大な力を持っているとディオメデスが悟った瞬間だった。アテナからアレスに挑めと言われた時は、口にこそ出さなかったが“詰んだ”と、柄にもなく思ったものだった。
槍で刺してしまった時など、アテナもアレスもディオメデスも真っ青になった。あまりに刺さった位置が酷かった。
『……アレス、何故避けん』
『今お前俺の避ける方ディオメデスで塞いでたよね?』
『ど、どうすればよいのですかアテナ女神』
『……アレス、とりあえずアスクレピオスのとこ行け』
『耳塞いでろ』
大声で吠えたのはあくまでも腹筋を使っての簡易的な止血のためだったようで、無事にオリンポスに行けたようだったのでそのまま戦闘を再開したが、兜の下から覗いた整った目鼻立ちと、アテナの若草色とは真逆の緋色の髪には目を奪われ、忘れられず。アレスは特にディオメデスを呪うこともなく(最低限の嫌がらせはしてきたが)、ディオメデスは死後軍人であったことからアレスとアテナどちらかの下につくことになった。
ディオメデスはアテナに断ってアレスの下についた。
アレスとの馴れ初めを思い出して、ディオメデスはふっと微笑んだ。アテナには悪いがアレスの許にいるとアレスの神話に語られなかった優しい面を垣間見ることになった。それがたまらなく嬉しくなった。意外と子煩悩で、子供の話では盛り上がり、父親がアレスの許にいたこともあって、アテナに気に入られるほどの頭脳の持ち主が2人アレスを支える役目を担っている。
戦場での凶暴さというのがアレスは分かりやすく喜々として笑っていることを指すらしい。神話に語られていくうちにアレスの神格はアテナに取り込まれていったことに気付いたディオメデスは、アレスが自分を保つために不名誉を司るようになったのだと思った。その途端何故か無性に悲しくなったものだ。
ディオメデスの干渉がこのアヴリオスで許されるようになり、ディオメデスはあしげく図書館に通った。神話の伝わり方は世界によって異なるためだった。
アレスについて詳しい神話が残されていたのは幸いだった。
ファミリア、地球で言えばディオメデスのような者たちがこの世界にはゴロゴロと存在していること。アレスはファミリア以外の者にもその恐怖を打ち払い敵へと突撃する勇気を与える軍神で、ファミリアは皆軍神と恐れられるほどの戦闘技術を身に着けていること。アテナの兄で、アテナと自分の神格が重なったためにアテナが虚弱に生まれたことを嘆き、皆に称え崇められることで立つことが出来るようにと戦の狂気と恐怖、力のごり押し等、単純なものを司るようになっていったこと。
その影響で、アレスのファミリアが弱ってしまったこと。魔法への耐性が著しく下がったこと。もっとも死にやすく、狂気に呑まれやすくなったこと。
それを語ったのが兄であるヘファイストスと祖父であるクロノスであること。
ディオメデスは息を吐いた。
アレスのファミリアが絡んだ以上戦場に狂気がはびこるのは必須。本人にその気がなくとも周りに狂気を振りまくアレスのファミリア。早くその狂気をアレスがコントロールできるようになればいいがとディオメデスは思った。
日は傾き、空をオレンジ色に染め上げる。
「お勤めご苦労様です、ヘリオス」
ディオメデスはつぶやいて、姿を消した。