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転生したらチートになった親友と俺  作者: 日風翔夏
第1章 こうして俺らはチートになる
10/33

ゼウスとアレス

「ゾーエー、話を聞かせてもらうぞ」

デイモスの底冷えするような声が部屋に響いた。ゾーエーはうなずいた。

「皆は知る権利がある、というか、俺がそもそも知らせたい」

ゾーエーは立ち上がる。ふらつくうえに、傷は全く塞がらない。

「その傷は何だ、ゾーエー」

ディオメデスの問いに、ゾーエーは苦笑した。

「俺の権能でついた傷だよ。言葉でね」

やはりか、とオデュッセウスがつぶやいた。ゾーエーは、ああ、やっぱりオデュッセウスは分かったかと苦笑する。

「皆に質問してもらいたいな、俺まとめて話すの苦手でさ。……その前に、アレスはまだ目を覚まさないはずだけど、アスクレピオスかアポロンは呼んだ?」

「アキレウスに走ってもらっている」

「ああ、なら大丈夫だな。まず何から聞きたい?」

傷の塞がらないままのゾーエー、血は相変わらず溢れているようだ。鮮やかな金色に輝く血液、イコル。ディオメデスは顔をしかめた。

「まずはその傷を何とかしろ」

「あー。それは無理」

「なぜだ」

「自分でヒーリング掛けたけどさ、治らないんだよね。これ、俺は確かに怪我をしてるんだけれど、アレスの傷だと思って。アレスが全快しないと俺の傷は消えないみたいだから」

「なんだと!?」

ディオメデスもオデュッセウスも、ヘラクレス、デイモス、フォボスまで、皆苦い顔をする。

「父さんの傷だっていうなら、お前は父さんのトラウマをわざと抉ったってのか」

「そうなるね」

「ふざけんな!!」

デイモスが掴みかかる。

「父さんがどんな思いでっ……!」

「アレスはね、いい父親だよ、子供たちに、俺が父親でごめんなさいなんて言いさえしなければな!!」

デイモスとフォボスの体が袈裟懸けに切れた。だがそれはゾーエーも同じだ。

「ゾーエー……」

フォボスがくしゃりと顔を歪ませた。痛い、痛い、どこが。心が。

「ゾーエー、その力で何ができるの」

「ゼウスは、自分とヘラを矯正したいらしい。傷が治らないのは好都合だ」

「!?」

ゾーエーの言葉にオデュッセウスが警戒を示した。

「ゾーエー、お前さんまさかその姿でゼウスの面前に出るつもりか?」

「当たり前だ。アレスが俺に吐き出した言葉、きっとまだまだ言葉にならなくて苦しんでる、その傷が目に見える形になったんだぜ。利用しない手があるもんか、アレスには幸せになってほしいんだよ、俺はアレスが好きだよ」

ゾーエーは静かに部屋を出ていこうとした。その時、どたどたどた、重い音、アキレウスの声が響く。

「アスクレピオス神連れてきたっ!」

ゾーエーはとっさに道を譲り、アキレウスがアスクレピオスを放り投げた。アスクレピオスはとりあえず着地して辺りを見回して、うわ、と驚愕の表情を浮かべた。

「ひどい……」

「アスクレピオス、アレスの傷は完治させてくれ」

「ちょ、ゾーエー! あなたの方が酷いじゃないですか!!」

「アレスの傷が治らん限りこっちには何の意味もないぜ!」

走り去っていくゾーエーの後を追うようにディオメデスが走り出した。アキレウスはヘラクレスからことの顛末を聞いて驚愕の表情を浮かべたのだった。






<Side of Zoe>

「どうしたそんなに急い……っ、あああなんだその傷はあああっ!?」

アテナの珍しく大きな声にきっと皆振り返ったことだろう。俺とディオメデスはゼウスに会うためゼウスの館の廊下を走っていた。無論血は止まっているが、それでもとんでもない姿になっている自覚はある。

ディオメデスが俺を止めた、時間ないのに!

「ディオメデス放して! 時間がねーんだよ!!」

「アスクレピオスがアレスを治療している間がタイムリミットだと? バカげたことを! 傷が必要ならば何度でもお前に刻んでやるわ愚か者!! アテナ女神よ、しばし我らにお付き合いくださいませんか!」

アテナは困惑の表情、他の神々もひそひそと何か話している。いやだわ、アレス様のところの。何を騒ぎ立てているのかしら。イコルを流すあの姿、アレス様に愛想をつかしたのでは?そうかもしれませんわ、いい気味ね。ああうるさいうるさいうるさいっ!!

「! ゾーエー、ここで権能を使うな、ヘファイストスがリミッターを作ってくれたのではなかったのか!?」

「アテナ女神、ゾーエーはその程度で収まるような神力の量ではありません、破壊されました」

「なんだとっ……!」

アテナはディオメデスが見せたヘファイストスの首飾りをまじまじと見つめた。

「すさまじいな。事情を話せ」

「はい」

ディオメデスが話し始めた。簡潔に要点のみ押さえて。

わざとおいてきた手首と小指はいいとして、かすり傷みたいなのはどんどん塞がり始めている。時間がない、本当に。

ディオメデスがアテナに話したのは、俺とアレスの間で何かがあったこと、結果として俺とアレスが重傷患者状態になったこと、俺がこの傷をゼウスに見せつけてやると息巻いていることの3点。アテナは苦笑したが、協力すると言ってくれた。

「ごめん、アテナ」

「謝ることはない。それにしても、権能でアレスの言葉をそのまま傷に写し取るとはまた恐ろしい力だな」

「本当はこれ全部ゼウスにたたきつけた方がいいかなと思ったけど。それじゃゼウスが楽になるだけだ。息子を蔑ろにしてきたんだから、これくらいの罰は受けてもらわないとね」

「最高神に罰を与えるのか、お前が?」

「そのために俺にこんな危なっかしい神格確立してくれたんだろ」

ゼウスの部屋の前についた。ここはドアがあった。俺はノックする。

「誰だ」

「ゾーエーです、夜分遅くに申し訳ない」

「入れ」

ドアが開いた。ゼウスは酷くやつれていた。ヘラとの喧嘩の後だろうか。

「!? どうした、その傷は!?」

ゼウスは目を丸くして、椅子から立ち上がる。でもふらついていて、アテナが慌てて駆け寄った。

「父様」

「おお、アテナか……お前は……ディオメデス、だったね。お入り」

「失礼いたします」

ディオメデスは中に入ってドアを後ろ手で閉めた。俺の傷はどんどん治っていく。

「……よかった……ちゃんと治るのだな、この傷は」

ああ、この傷を、この人は、俺の権能でついたものとわかっているのだ。

「疲れてるな、ゼウス」

「ああ……浮気じゃないって言ってるのに聞いてくれないヘラがね」

「この傷ヘラにも見せれたら最っ高だったよ大馬鹿最高神」

「……アレス絡みか、」

「御名答」

ゼウスをソファに座らせて、向かいのソファに俺たちは座った。

「アレスと喧嘩をしたわけではあるまい。何があった」

「……今のあなたに話すのがこんなに躊躇われるとは思わなかった。だからなるべく淡白に簡潔に話す」

顔色の悪いゼウスの体調をこれ以上崩したくなくなってしまった。ああもしかしてさあ。

アレス、お前ゼウスがたまにこうなって、気にかけて、何も言わなくなっていったのかな?

きっとゼウスは体調が万全の時は憎たらしかっただろう。でももしも。こうやって、青ざめた最高神の、父親の姿なんか見せられたら。


子供は遠慮を覚えて何も言わなくなっていく。


兄貴もそうだったんだろ。

ねえ。


「……実際はもっと多かったんだけどな、これ全部、アレスの傷だよ」

ゼウスの表情が凍った。ゼウスの手は俺の右手を掴んで、小指がないことにゼウスはさらに青ざめて、左手を見て、そっちは手首の先がない。失神寸前のゼウスに俺はなるべく優しく声をかけた。

「これはほんの一部に過ぎない。俺はまたこうなったらあなたに見せに来る。あと、これ以降俺はあまりアレスには近づかないようにするよ、地上での活動を主にする。家族の問題は家族が一番よく知っているはずだ」

言いたいこといっぱいあったけれど、怒鳴り散らせば俺の自己満足になる。だから何も言うまいよ。

さあアレス。

あとはお前が向き合えばきっと幸せになれると思うんだ。

「……アレスの傍を、離れるのか?」

「ヘマしたもんでね、俺が近くにいるときっと彼は幸せになることを恐れるだろうから」

「願いは使わぬと豪語したばかりじゃないか」

「アレスには幸せになってほしいんだよ。今日、それを言ってしまった。アレスは俺に従属を望んでなかった。俺は嬉しかったけど、でもそれは同時に俺が傍にいたらアレスが幸せを拒むってことだ。自分の幸せと友達で友達とるだろ、アレスなら」

「……」

ゼウスが苦い顔をする。苦しそうだった。頭痛もしてるんじゃないかな。なんか言えよ。最高神様は俺を傷つけないために不用意な発言をしようとしないらしい。あたりさわりのない言葉で俺を撫でていく。

「ゼウス、何か嫌みのひとつでも言えよ」

「……嫌だ。アレスは本当にお前を大事にしようとしている。お前たちの間を割くことだけは許さん」

強い眼が俺を射抜く。少しでもアレスの父になろうとするゼウスがそこにいた。

それでいいんだよゼウス。

これこそが俺の役目。

「その言葉が聞けて安心した。ゼウス、アレスとの時間は大事にね」

顔の傷が消えた。そろそろお暇するよ、と声をかけると、待て、とアテナが言った。

「?」

「ここで言わねば後々アレスの命に関わってくる」

「え?」

アテナの物騒な言葉に俺は目を白黒させた。ゼウスはそれだけで何なのか悟ったらしい。

「彼もか?」

「いえ、どちらかというと、アレスの封印が彼の神力よりもアレスの神力を押さえつけている状態のようです。ヘファイストスが作ったばかりの封印宝具がひしゃげていました」

「なんだと……?」

ディオメデスが首飾りをゼウスに見せた。ゼウスは力なくソファに寝そべった。

「なんということだ……ここにきてこうなったか」

「やはり、アレスの封印を外すべきです」

「そうなれば今度はアテナ、お前が危うくなる」

「構いません」

どういうことだとディオメデスに問う。ディオメデスは答えなかったが、ゼウスは聞こえていたらしい。

「……ゾーエー、お前は聡明だ。アレスに問うただろう、あまりに飾りの少ない宝飾品は何のためのものかと。そしてアレスはこう言ったはずだ。『答えられない』」

全く持ってその通りだった。俺はああ、と小さく肯定を示した。

「……アレスは、変わってしまった」

「……変わらない奴なんていない」

「私たち神は変わるべきではない」

「優しいやつは優しいままではいられない」

「どうして」

「優しいからだよ」

ゼウスと目が合った。失礼を承知でゼウスの手を握った。

「……?」

「ゼウス、部屋が汚れるかもしれない、その時はごめん」

先に謝っておく。

「ゼウス、あんたはアレスの父であることを不愉快に思ったことがあるか?」

「……ないと言えば嘘になる」

「うん。じゃあ、不愉快じゃなくて、後悔したことはある?」

「ない! あるはずがない、あの子は才能に溢れた武神だったのだから!」

ああ、やっぱりな。

最高神がボロを出したよ。

「それについて聞きたいが今は後回しだ、忘れるなよ」

「?」

「アレスの子供たちはゼウスの前で笑ったことがあるか?」

「……いや、ない。ほとんど会ったことがない」

「どうしてか考えてみたことは?」

ゼウスは小さく、ない、と言う。

「たぶんそれは、アレスの姿を見ているからゼウスを嫌っているんだと思う」

「え?」

「この右出と左手の小指は、アレスが、ハルモニアやアルキッペの不幸も、テーバイのドラゴンが死んだりアマゾネスが死んだりするのは全部自分のせいだ自分が悪いんだって言った時に吹っ飛んだんだ。そんな父親の姿を見たらね、子供って遠慮していくものなんだよ、そんでわけもなく親を苦しめてるものを憎んでいくんだよ、最後にはそれはただの憎しみの連鎖になるんだよ。だから優しいやつは優しいままじゃいられない」

アレスはあまりにも優しすぎた。

アテナが急に叫んだ。

「あまりにも横暴だ! アレスの持論なのかもしれないが、自惚れにもほどがある! すべてが自分のせい? そう考えることでアレスは何を得る!?」

「何も得ていません、アテナ女神」

「ディオメデス……」

ディオメデスが口を開いた。彼はアテナの加護の下でアレスを倒したことがある人間のひとりだ。そのディオメデスが、苦しげに表情を歪ませた。

「アレスは何も得ないのです、アテナ女神。そしてそれを当然と受け入れ、己が認められることを諦めていきました。アテナ女神が輝くほどに貶められていった。それを当然と享受した。地球でも!! そして今彼が寵愛する他の世界でも!! アレスは変わりました、皆に優しかったアレスはもういない、死なせてしまった、我々が!! アレスの”皆”からアレスがいなくなった今、もうアレスは何も得られない! 歪めたのだ、俺たちが。あなたの寵愛を受けながら最後血に狂った父をそれでもここへ招いてくれたのは他でもないアレスだった!! なのに父はアレスを支えられなかった。傷つくアレスを見ていることしかできなかった。地球でなぜアレスがファミリアをほとんど持とうとしなかったのか今ならわかる。今だってそうだ。彼は何も得ない。失うだけだ」

ファミリアの命を。

彼の司る敗戦によって、封じられた加護の調節の力の不能によって。

ディオメデスの声は最後。聞き取り辛いほどに小さくなっていった。それでも、それで分かったよディオメデス。

アレスのファミリアがやたら死ぬのは、封印のせいだ。そして、封じられさえしなければ、アレスは相当強いのだろう。ファミリアを欲しがらないのは、追い帰そうとするのは、死なせたくないからと言っていた。死ぬ理由は加護があっていないから、それは量の問題だと言っていた。寵愛が深ければいいわけではないのがアレスの加護。その調節機能を失っているならば。

「アレスは敗戦を司るわけじゃないだろ」

「……」

板についた敗戦の軍神の呼び方は、本来はなかったはずのもの。

「アレスは狂乱と戦闘の神格だろ。優しいの当たり前じゃねーか。最初っから狂ってるやつはああそうですかで終わるもんなんだよ。戦争は、血は、人を狂わせるというけれど。アレスはそれだろ。狂っていくその過程と狂ったバーサーカー司ってるだけだろ。単純にしか動かないから作戦勝ちするだけだろ。1対1の決闘だったらどうせ負けるんだろ。枠にはめなきゃ勝てないんだ。アレスが司るのが野性的な部分だろ、アレスいなくなったら人間なんて動物やめてるっての」

なるべく声のトーンを下げたまま、淡々と言った。ゼウスが俺の頬に手を伸ばしてきた。

「?」

「あの子に―――アレスに会いたい……会いたいんだ……謝らなくちゃ……閉じ込めたのは僕なんだ、あの美しい子が他の者の目に晒されるのが嫌だっただけなんだ、何も奪いたくなんてなかったんだ、甘やかして―――」

ゼウスが泣いた。

「―――あげら、れ、なかっ、た」

俺はゼウスに声をかける。

「気付いたなら、もう大丈夫だろ。もう休んだ方がいいよ、ゼウス。押しかけて悪かった」

ゼウスは焦点の合わない眼で俺を見る。

「ゾーエーも、いなくなっては、いけない」

「俺はいなくなったりしないよ。親友と遊んでくるだけだから」

ゼウスをベッドまで運んで、寝かせた。神々の父とはよく言ったものだ。

「では、失礼しました」

部屋を出た時にはもう俺の傷はすっかりなくなっていた。アテナとディオメデスには礼を言って、俺は館に帰った。


ベッドに倒れ込んで、そのまま泥に沈むように眠った。

ゼウスとヘラが笑っているその場所に、ヘベとエイレイテュイアとヘファイストスがいて、アレスを待っている。おいでと彼らは言うのに、アレスは背中を向けた。そして俺に近付いてくる。風が吹き抜けて、アレスの綺麗な髪が風に舞う。

アレスは俺の手を掴んだ。俺はその手を振り払うことが出来ないまま。

アレスを待っているゼウスたちが消えていく。

ああ、眠りの神ヒュプノスよ!

どうかこの夢をただの夢で終わらせてくれ!

アレスが幸せを投げ捨てるほどの価値が俺にあるだろうか、それとも俺がこうしてほしいと望んでいるのだろうか。わからないからこそ恐ろしい。アレス、哀れなる軍神アレスよ。あなたを愛する者たちが待つ場所へどうか還るがいい。

ああ、どうせなら俺の願いをすべてアレスの幸せに捧げようか。

アレスが笑っていられるなら、その顔を見ていられるなら、いやたとえ見ることが出来なくなったって、聞き伝えでもいいからアレスの幸せを聞くことが出来たら。


「―――そんなこと願うなんて、お前は大馬鹿者だ、勝」


誰かの声が聞こえた気がした。

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