プロローグ
ギリシアの神様、なんでこんなに子供に厳しいのか……絶対性格歪んじゃう。
2025/06/28 読みやすくなるように、あと後続の物語と繋がるように編集し始めました。
「きゃああああああああっ!!!」
女の悲鳴が響き渡り、者ども一同驚き動きを止めること数秒。壮絶な姉の悲鳴と聞き取った者たちがどたどたと声のした方へと駆け出した。
他数名、元凶に心当たりのある者たちが続いて走りだし、その場は騒然となった。
「ヘス姉!!」
金髪、ワインレッドの瞳を持つ青年。水色のキトンとウルトラマリンのヒマティオンを身に纏っている。青年からヘス姉と呼ばれた女は柔らかなオレンジ色のキトンと控えめの宝石細工の施されたレモン色の頭飾りを纏っていた。零れる髪は美しい銀髪で、下を向いているため瞳は見えないが、顔を覆った手の指の間からボロボロと水滴が零れ落ち、泣いているのだと判断できる。
青年は目に留まった女の傍にしゃがんでいる赤い髪の青年を睨みつけた。
「アレス……!!」
アレスと呼ばれた青年は横の髪に金色のメッシュが入っており、三つ編みにしている。瞳は鮮やかな瑠璃色で、素晴らしく整った容姿をしている。
青年の周りにバチバチと火花が散った。アレスは立ち上がり、ヘス姉と呼ばれた女から離れる。青年が手を上げた。その時、後ろから追いついてきた女たちによって止められる。
「おやめください、父様!!」
止めた女は美しい若草色の髪とスカイブルーの瞳を持ち、髪は三つ編みにして結い上げている。青年は目を見開いた。
「退け、邪魔をするな、アテナ!」
「いいえ退きません、これ以上不用意にアレスを傷つけてはなりません、父様!!」
若草色の髪の女――――アテナはアレスを庇うように青年の前に立ち塞がる。が、アレスはアテナの肩に手を置いた。アテナは驚いて振り返る。アレスは、微笑んでいた。
「アテナ……ありがとう、でももういいんだ」
「そんなことを言うな! それでは今まで耐えてきた意味がなくなってしまう!」
「アテナ、俺、もう、誰も傷つけたくない」
「っ!」
アテナは息を呑んだ。アレスは青年を見た。
「父様、俺を罰してください。ヘス伯母上を傷つけた出来損ないを、消してください」
父と呼びながらそれを懇願するのか、と、青年の目に迷いが浮かぶ。
出来損ない、出来損ない。いつも自分がアレスに対して思っていることだったはずだ。何故こうも苦しいのかわからない。青年は胸の内で問答を繰り返す。アレスは柔らかく微笑んだままだ。
青年の服の裾をヘス姉と呼ばれる女が引っ張った。青年は女を見る。暖かなオレンジ色の瞳が光った。
「お願いよ、ゼウス。やめて、アレスを傷つけてはだめ、これ以上傷つけてはだめ、本当に壊れてしまうわ」
大粒の涙が床に落ちる。青年―――ゼウスは眉根を寄せ、火花を消し去った。アレスは表情から笑みを消す。アテナはアレスを抱きしめた。
「アレス、ヘファイストスのところへ行こう。お前の好きなココアを準備している」
「……ヘファ兄が……? ……ごめんなさい……」
「それは言わない約束だっただろう? 行こう」
アテナはアレスに次のごめんなさいを紡がせずに、体を離してアレスと手を繋ぐ。
「御一緒しても?」
「ええ、一緒にお茶しましょう、ヘスティア伯母様。鍛冶場で申し訳ないですが」
「それはヘファイストスの言葉ね」
「ふふ」
ヘス伯母上と呼ばれる女―――ヘスティアは涙を拭って微笑んだ。アレスはアテナに強く握りしめられた手を見て、幸せそうに笑う。
ゼウスは頭を鈍器で殴られた気がした。
そんな顔見せてくれたことないじゃないかとアレスに言おうとして、そのきっかけとなる言葉の一つもアレスにかけていないことを思い出す。アレスと目が合い、ゼウスは泣きたくなった。
「父様、―――」
「!!」
あまりにアレスが幸せそうに笑って言うものだから、気を抜いていてその言葉ははっきりと、あまりに残酷にゼウスの中に落ちてきた。ヘスティアがアレスを抱きしめる。
アテナをはじめとする、ゼウスの子供たちに連れられてアレスが部屋を出ていくと、ゼウスは膝から崩れ落ちた。ゼウスの横に瑠璃色の髪と海色の瞳の青年がしゃがんだ。
「アレスを虐め過ぎたな、ゼウス。あんなに壊れてしまって」
「……あんな素振り、なかった」
「まあ、これで俺も合点がいった。ヘラを泣かしたのはあの顔だな」
青年は声を殺して泣いている、金髪の、白いヴェールを纏い宝飾品で胸元を飾った女を見る。
「ヘラ」
「もう、……どうしようもないの、壊れちゃった、アレスが。私が、壊しちゃった」
ヘラは泣きじゃくる。青年ははあと息を吐いた。
「ま、あの性格じゃ2人の態度もわからなくはないがな、やり過ぎた。兄者に懐くわけだ。それにあの子たちもお前らから離れていきたがるわけだよ。ということで俺から一つ提案だ」
ゼウスは青年を見上げる。いつ以来だろうか、彼を見上げたのは、そんなことを考えた。アレスのことで頭がいっぱいだ。笑っているはずなのにどうしてこんなに胸を抉っていくのか、睨みつけてきていたころのアレスの表情が懐かしかった、もう反抗するあの目はない、どこにもない。親に向けた牙を折られた彼は、もう親を傷つけまいと自分を諦めたのだと、その結論に辿り着くのに時間はいらなかった。
「お前ら、ちょいと変わり種の神格を作ってみねえか」
「……また子を作れ、と」
「ちげーよ色馬鹿め。アレスやヘファイストスの二の舞になられちゃ困る。お前らとは全然関係のない血統から持ってくるんだよ」
「……」
ゼウスの家族は皆神である。というより、ゼウスの家族は本家の”神族“である。つまり、この男の言うことは。
「……人間を神に転生させよ、と?」
「そういうこった。人選は兄者たちに任せる予定だ。つーかこれ企画書」
「……」
紙を取り出した青年はゼウスにそれを渡した。ざっと目を通し、だいぶ前から企画を練っていたと気付く。
「……親父の字まであるんだが」
「アレスがお前より親父に懐くのはもう仕方ねえだろ、タルタロスに投げ入れちゃる発言した親に懐くんだったらそれこそ壊れてる、それ書いたときはまだアレスは正常だったぞ」
「……」
泣きはらしたヘラが涙を拭い、企画書を覗き込んできた。ゼウスは見やすいようにヘラに企画書を渡す。ヘラは頷いた。
「人間をというなら、ハデスが適任でしょうね」
「もう何人かストック入れてると思うぞ。一番アレスが懐いてるのが兄者だからな」
「あの子がまた普通に笑ってくれるならなんだってするわ」
「言ったな。ステュクスに誓え」
「誓うわ」
ヘラは決して破ってはならない約束としてさっさと結んでしまう。ゼウスもそれに倣うことにした。
「私も、ステュクスに誓おう」
「よし。んじゃ、俺はヘルメスんとこ行ってくるわ」
「行ってらっしゃい……って、ポセイドンお待ちなさい! ヘルメスはアレスたちと行きましたわよね!? あの子たちと一緒にお茶するつもり!?」
「幸い俺はまだ伯父“上”なものでな!」
青年ことポセイドンは全速力で走って行った。
神界、オリンポスでの話である。
♢
―――ここ、どこだろう。
辺りを見回すと、隣には親友の無悪勝己が眠っていた。本当にここはどこなんだろうと思いつつ、三途の河らしきところを船で運ばれて、真っ白な髪の間から羽耳が覗くやつと真っ黒な髪の間から羽耳の覗くやつの2人組に会った。
「わあ、すごいなあこいつら」
「……ああ。こいつらの魂なら」
目元の見えない黒髪のフード野郎は手に鎌を持っている。死神ってやつなのかもしれない。もう1人の白い方は羽がパタパタしていてちょっと可愛らしいとか思ってしまった。どちらも背中からも翼が生えている、綺麗だなあ。
これあれか、俗にいう神様たちですかね。小説読み過ぎたな。
「神っていうのはあってるけどね」
俺の思考を読んだらしい白い髪の方が言った。
「ギリシア的な服装ですな」
「ああ……、お前たちのところではギリシアが我々を写し取った神話を語っているからな」
今度は黒い髪の方が答えた。俺ギリシア神話は大好きですけれども。羽があるとか知らねーぞ。鎌とかクロノスじゃね。ああでもさっきの川、川の舟渡がいたなあ。
「…さっきの舟渡ってカロンか?」
「そうだよ」
「……ここは冥府」
「そう……」
冥府にいるギリシアの2人組は1組しか知らない。こいつらで決定だ。その時、勝己が目を覚ました。
「うう……」
「よ、勝己」
「……おー」
勝己は身体を起こして、あたりを見回して、ここが真っ暗なもので、死後の世界だと悟ったようで。そして俺に笑いかけてきた。
「……流石に死んだな」
「ホントにな。今目の前にギリシアの神様居るけど」
「小説読み過ぎなんじゃね?」
「いや、マジマジ」
勝己は胡坐をかいて、目の前に立っている2人を見た。勝己はそこまで神話に詳しくない。でも、冥府にやたら詳しいんだよね。
「……タナトスとヒュプノスか?」
「なんですぐわかるのかな」
「……ほんとにそれ聞きたいな。あまり時間はないが」
ちょっと話を聞いたら、黒い方がタナトス、白い方がヒュプノスだそうだ。2人に連れられて俺たちは裏の扉を通って大広間に通された。そこには真っ黒な髪の、白い肌と闇色の目をした青年と呼ぶべき容姿の人がいて、横に白い百合の花が活けてあって、冥府では百合が咲くんだなとぼんやりと思う。
「ハデス~」
ヒュプノスが声をかけると、男性は机に積まれた書類の山から顔を上げた。まさかとは思うが死者全員この人が裁いてるの?
絶対過労死する。ギリシア神話の神々には不死身の肉体というボーナスついてるけど。
「ヒュプノスか。タナトス、御苦労」
「いや……」
「今回はその2人か」
「ああ……」
タナトスに促されて俺と勝己は前に進み出た。男性ことハデスは席を立って俺たちに近付いてきた。黒い長髪を金色の環で少し抑えていて、目は紺色、光が当たると青っぽく光る。肌は陶器みたいに白い。綺麗な人だなあと思っていると、頭を撫でられた。なんか気持ちいいや。
「……ずっと撫でていたいくらいだが、本題に入らせてもらうぞ、無悪勝己、慄木勝」
ハデスの手が離れていって、俺は無意識に瞑っていた眼を開けた。ハデスは椅子に腰かけている。冥王、って感じだけれど、とてもきれいな椅子だった。
「結論から言う。お前たちは寿命でもなければ運命の女神たちの紡いだ人生通りに歩んで死んだわけでもない」
「……転生フラグですか」
「話が早くて助かるぞ」
ハデスすごく真面目な顔してて俺は笑うに笑えず勝己を見た。勝己も笑いをこらえている。俺たちは同じような小説ばっか読んでいたから、ネット小説の趣味も大体一緒で。ファンタジー大好きです。
「あれですか、元の世界ではもう死んじゃったから別世界に転生させてやんよ、的な」
「そういうことだ」
ハデスは柔らかく笑った。
俺と勝己の死因はたぶん圧死だ。地震に遭ってしまった。2人で偶然ショッピングモールで会って、被災した。1回目は瓦礫が降って来たものの大丈夫だったから、近くにいた子連れの夫婦の避難を手伝った。奥さんは妊婦さんだったからあまり急ぐこともできなかった。子供は3人いて、お父さんは子供を連れていくので必死だった。
奥さんを1階に降ろしたとき、人の声がして、俺たちは振り返ってしまった。見つけてしまったらほっておけなくて。2人で走り寄って、瓦礫にはさまれた中学生の女子を助けようとして。瓦礫を持ち上げて、中学生が、2人いた。2人とも瓦礫から抜け出したとき、2度目のでかい揺れが来た。
そこはホールだった、表面はガラス張りで、ガシャーンと高い音がして、俺は勝己をガラスから離すために突き飛ばした。長い揺れ。立ってられなくなって、俺は倒れた。
その背中に、ガラスがぐさぐさ突き刺さってさ。痛かったなあ。勝己が這って俺のトコ来ちゃって、引っ張って俺を頑丈であろう柱のとこまで引き寄せようとするわけ。でも間に合わなくて、崩壊した屋根のコンクリに俺たちは潰された。
「……あの地震が、本来はあり得ないモノだったと?」
俺が思い当たったことを口にすると、ハデスが答えた。
「そうだ。アレは……すまなかった、アレは俺の弟がしでかした」
「ポセイドン何しやがるいい迷惑だぞ地震大国日本に何するんじゃ」
「弟に代わって、すまなかった」
ハデスの弟はゼウスとポセイドンだ。地震はポセイドンの管轄だし。ハデスに頭下げられても困るぜオイ。でも、まあ。一度死んだ世界じゃどうしようもねえよな。死んだ自覚があるのが何より辛い。おとなしく転生させてもらおうかな。
「ひとついいか」
「なんだ?」
「あの人たち助かったのか?」
勝己がもっともなことを聞いた。俺も知りたいよそれ。
「ああ。五体満足ではないが、お前たち以外の死者は今のところ居ない」
「五体満足じゃないだって? 誰、どこ」
「中学生の、眼鏡をかけていた方は腕の骨を粉砕骨折していた。ショートヘアの方はあばらを4本折っている」
「粉砕、だと……」
それってもしかして、全快を望めない?
「あばら4本って……ひっでえ」
勝己も苦い顔をする。ハデスはたくさんの石を俺たちの前に出した。
「日常生活に支障はないくらいにまで回復する。これはアスクレピオスとアポロンが保証している」
「本当か!?」
「ああ」
よかった。勝己はあからさまにほっとした表情をした。でも俺はひとつ気にかかったことがある。
「次はお前たちの番だ。その石に触れればどういった能力になるかわかる。お前たちに行ってもらう世界の名は“アヴリオス”。お前たちがファンタジー、幻想世界と呼ぶ世界のひとつだ」
勝己。お前はめっちゃ真面目で責任感が強くて、すっげーいいやつだわ。チート能力一個くらい持って、大好きなファンタジー世界の生活謳歌するっての、アリだろ。
勝己が石に触れて選び始めた。俺はなんだかそれを遠いもののように見ていた。
「……これがいい」
「……“守護方陣”か。よろしい。タナトス、ヒュプノス、準備を」
「はーい」
「わかった」
タナトスとヒュプノスが何かごそごそやると、勝己の足元に青い魔法陣が現れた。ハデスは俺と視線を交わした。
「次はお前だ、慄木勝」
「……ああ。俺はいらねーですわ」
「!?」
「勝!?」
ハデスも勝己も驚いている。タナトス、ヒュプノスはニッと笑った。まるで俺がこう言うのが分かっていたかのように。
「なぜだ? 転生は嫌か?」
「違うよ。転生はしたい。でもな、」
あの中学生たちが逃げた時。荷物の中に、テニスラケットがあった。俺もテニスしてたからわかる。あの2人は、テニスをしていたんだ。腕の骨を折った?あばらが折れた?ふざけるな。
「あの中学生たち、完治して、部活とかやってって、そんな生活できるのか? 日常生活、うん、そこまで保証してくれてありがとう。でも俺はそれ以上を望むね」
やりたくない運動系部活にはたぶん入らない。2人はきっとあのスポーツをやりたかった。
「だから、俺にチートはいらない。彼女らの怪我を完治させて。あの2人があのラケット振れるようになるまで。時間も最短だ、何か他にいるなら俺から取ればいい」
「……」
最近はほら、チートなしのスローライフとかも多いしね?
ハデスは目を細めた、勝己はふざけるなと横で叫んだ。
「オイなんだよそれ、勝! なんで言ってくれなかったんだよ! そんな、俺だけっ」
「勝己、お前は俺を助けようとして死んだようなもんだ。お前には次の人生謳歌してほしいんだよ」
「ふざけんな、俺はお前とっ……!」
「うん、ごめん」
ハデスは俺の頭に手を置いた。
「お前の願いを受諾する」
「そんな……!」
勝己の悲痛な声。ごめん、ごめん勝己。俺も一緒に行きたい、けどもう俺死んじまったんだよ、そうなったら何もかもに諦めがついてしまった。次の自分がまだ持っていないものなら、別に持っていなくても問題ない。あの8人が生きてるならそっちに何かしたいんだよ。
「何に転生しても文句は言うな」
「ああ、何も言わねえよ」
俺の足元にも魔法陣が現れた。黒い魔法陣だ。
「無悪勝己、安心しろ。こいつもちゃんと転生する。人間ではないが、2人が再び会うことが出来るようにしておく」
「本当か!? ……ありがとう」
なんで俺のことでそんなに安心した顔するんだよ、勝己。ハデスははっと目を見開いて、勝己の頭を撫でた。
「2人とも、転生と言っても、肉体の外見年齢はそのままだ。生まれ直すわけではないから、最初はサポートとしてフェアリーをつける。担当はヘルメスだ」
ハデスの声はそこまでしか聞こえなかった。全身が光に包まれて、俺は意識を失った。