屈辱のラーメン
「こ、この店は……危険! 危険!」
聖痕十文字学園中等部二年、炎浄院エナの脳内ラーメンセンサーが、全力で彼女にそう警告していた。
謎のJCラーメンブロガー『なえタン』の中の人として、今日もラーメン取材に余念のないエナだったが、地元聖ヶ丘に突如オープンした謎の新店『教授ラーメン』の店構えに早くも心が折れそうになっていたのだ。
「うぅうぅ……」
エナはツインテールをプルプルさせながら、席上から店内を見渡す。
カウンターだけがピンスポットされた薄暗い店内。
厨房を埋め尽くすビーカーやフラスコ。
何故かコーヒーサイフォンでポコポコしているスープ。
『ハイパーコラーゲンラーメン』『ナノグルコサミンラーメン』『ヒッグス全粒粉ラーメン』といった謎メニューの数々。
『JC割』なる怪しい値引サービス。
店のそこかしこから睨みをきかせているのは、先頃惜しくも夭逝されたカリスマラーメン職人「ラーメンの鬼」こと天獄光実氏のブロンズ製の胸像だ。
「間違いない。この店は……『カルト系』!」
店主のラーメンに対する過剰な自信と拘りが脳内から溢れかえり店内を浸食しているだ。
この系列で、吃驚するほど美味い店というのもあるにはあるが、まあ大抵味の方はアレなラーメンが出て来るのが厳しい現実である。
「ふははー! ようこそ私の研究所へ! 全てのラーメンがお薦めだが、何にするかね?」
自称ラーメン学博士である店主の大月教授が、ツルツル頭を光らせながら自信たっぷりにエナを出迎える。
「ううう……じゃあ、その、味噌ラーメンください!」
エナは教授から目をそらしながらボソッとそう注文する。
いかにもダメそうな店では味噌ラーメンを頼むのが最も安全という、ラーメン者の定石に従ったのである。
「ふははーよかろう! 味噌ラーメン一丁!」
ガチョン。そして見ろ。注文を受けるや否や、教授の背負った機械式のバックパックから幾本もの金属製のサブアームが飛び出す。
「麺茹で完了! スープチャージ! チャーシューセットアップ!」
教授のメカアームが次々に麺を茹で上げ、スープを調合し、アームの先端から発射されたレーザーメスでチャーシューを切り分けて行くのだ。
「す、すごい!」
味とは全く関係ない教授のラーメンパフォーマンスに、エナも呆れながらしばし目を瞠る。
「そして見ろ、これが『阿修羅湯切り』!」
得意満面の教授が最後の仕上げ。
六本のメカアームが、それぞれ構えた平ざるで麺を高速回転させながら湯切をはじめた、だが、その時、
べちゃっ! メカアームの誤作動だろうか、狙いの外れた麺が平ざるからすっ飛んで、思い切り教授の顔に命中したのだ。
「ぶわっちゃあ!」
のけぞる教授。
出鱈目な方向に振り回されるメカアーム。
チャーシューを切り分けていたレーザービームが、カウンターのエナの方に飛んできた!
「ひっ!」
慌てて席から転げ落ちるエナ。
ビュー………。カウンターを切り裂いていく禍々しい光の刃。
そして、ゴトリ。
ビームが店内に鎮座していたラーメンの鬼の胸像の顔面を切り飛ばして、鬼の面が床に転がった。
「やや、すまんすまんお客さん。今作り直すから!」
教授が、そこかしこにビームを撃ちながら暴れ回るメカアームを必死に抑えつけながらエナに謝るも、
「も……もう結構です、帰ります」
面と麺とスープがまき散らされた床から立ち上がって、エナは悲しそうにそう言った。
「どんな店のラーメンでも必ず完食」が信念のエナが、初めて喫した苦い敗北だった。
お題:
今回の設定!
女性が薄暗い部屋に立っている! 足元の床には鬼の面が落ちていた! それだけではなかった!
細々とした物が散らばり、雑然としている! 女性は片付ける素振りも見せない! どこか物悲しい表情で立ち尽くす!
女性に何が起こったのか! どのような状況にいて、如何なる最後を迎えるのか! 全ては作者に委ねられた!