第六話 学園の優良物件
「やぁだ、なんだか嫌な香りがしませんこと?」
「本当ですわ。何かしらね?」
「そういえば、庶民は汚らしい服を平気で着るといいますけれど、本当なのかしら?」
くすくす、と嫌な笑いが私の取り巻きから沸き起こる。意味ありげな視線を向けた先には、平民出身の女の子がいて。
彼女は、さっと顔を赤らめて足早に立ち去っていった。
――放課後、取り巻きと一緒に、お喋りに興じているときのことである。
「ああ、せいせいしましたわ」
「ふふふ、あれじゃあ自分が悪臭を放っているって認めたようなものよね?」
ころころと当たり前のように笑う彼女たち。
そんな中、私は一言も発さずに引き攣りそうな顔を必死で微笑に保っていた。
少し前まで私も彼女たちと同じようにしていたかと思うと、本当にいたたまれない。言外に「くさい」だなんて、男女問わず結構ダメージがでかいのに。あの子は確か寮に住んでいるはず、ならば洗濯は専門の人がいて、臭うだなんてそんなことあるはずないのに。
――ああもう、帰りたい……!
だが、いきなり彼女たちとの輪から外れてしまうのは不味い。悲しいかな、今の私には友達と呼べる人間がいないのだ。ぼっちを貫くのも悪くはないが、今の状態だと幾ら権力と財力に守られているとはいえ「裏切り者」として認識されかねない。つまりはありがちなイジメの構図と同じく、私が攻撃の対象になりかねないのだ。自己中心的だと言われるかもしれないけれど、それは勘弁してほしい。だってそうなったら最後、彼女たちばかりではなく今まで恨みを買った庶民の方々まで便乗して復讐してきそうだもの……!
それに、女の子の噂話の情報は馬鹿にできないものだ、と前世の知識が強く主張しているし。情報社会で生きていた記憶からみれば、情報源はあって困る事はないのだ、多分。彼女たちを利用しているような形だが、彼女たち自身も虎の威を借る狐の如く私を利用しているようなものなので、お相子だろう。
ふふふ、と若干死んだ目で相づちを打っていると、不意に「そういえば」と取り巻きの女の子A――伯爵令嬢のシャノン・ワディンガムが悪戯っぽくこちらに視線を向けてきた。
「――ヴィヴィアン様、そろそろ私たちにも教えてくださらない?」
「え?」
意味深な笑みで問われ、なんとなく後ろめたい気分だった私は反射的にどきりと固まる。けれどあまりに問いが曖昧すぎて、答えようがなかった。
しばらく次の言葉を待ったが、彼女は笑みを浮かべてこちらを見るばかりで。何かヒントはないかと他の面々を見回しても、私に期待の満ちた目を向けるだけだった。どうやら彼女たちには共通の心当たりがあるらしい。
仕方なく、私は小さく嘆息してから口を開いた。
「なんのことですの?」
「あら、とぼけるだなんてヴィヴィアン様も意地悪ですわ。私たち、いつ話してくださるのかと楽しみにしていますのに」
「だから、何の話ですの?」
私は思わず眉を顰める。本当に心当たりがないのだ。まさか、前世の記憶を得たことを悟られているわけではないだろう。……心を読むことのできる魔術を習得していないかぎり。
困惑している私を余所に、シャノンは「だって」と言葉を続けた。
「最近、ヴィヴィアンさまったら何かをじっと考え込まれているようにしていますもの。それに、お一人で行動することも増えましたし。――きっと、何かとても楽しいことを計画していらっしゃるのでしょう?」
「お手伝いいたしますわ」
「ぜひ、私達も混ぜてくださいませ!」
「ああ、ヴィヴィアン様が考えることですもの。素敵な殿方をお招きして大規模なお茶会を開くですとか、いっそ身の程知らずの平民たちを追い出す計画ですとか……」
にこにこと盛り上がる彼女たち。ひくり、と私は思わず頬を引き攣らせた。
その内容もそうだが、彼女たちの目がちょっと怖かった。
――どうして目が笑っていないんですの…!?
特にシャノン。あの目はきっと「抜け駆けは許しませんわ」って目だと思う。ちょっとぎらぎらしている。
他の子たちも、まるで私を崇拝しているようなことを言っているが、意識しているのか無意識なのかその内容は「一人でずるい! 自分たちも混ぜて!」というところだ。
そして私が計画しそうなことが、大規模なお茶会だとか平民追い出し計画だとかなのが笑えない。大規模なお茶会は、つまり素敵な殿方を招いて他の人たちの見える場所でこれ見よがしにお茶会を開き、他の人たちに自分達の権威を見せびらかすということ。私達は特別なのだという主張である。平民追い出し計画はそのまんま過ぎてちょっと。
そして彼女たちがそれを軽々しく口にするのは、実行した場合全ての矢面に立つのが彼女たちではなく私だからだ。不平不満をぶつけようにもエアルドット家の権力に阻まれるし、万が一咎められたとしても私に言われてしかたなくやったのだと主張すれば、力関係が明確であるがために納得できてしまう。
……たしかに、少し前の私だったら、そのぐらいやってしまったかもしれないけれど。
でも、そうか。どうやら最近、ちょっと嫌味を控えていたり彼女たちと別行動をしてこっそり図書室にいったりとしていた私は、彼女たちから見れば何か企んでいるように思えたらしい。不自然のないように慎重にしていたのだけれど。
ちょっと落ち込みつつ、私は首を振った。
「残念ですけれど、そんなことは考えていませんわ。――そうですわね、でも……、そう見えたのだとしたら、きっとお母様の所為ですわ」
やっぱりいなくなってしまって寂しいですもの、と目を伏せる。嘘ではない。確かに、ヴィヴィアンとして生きていた私にとって、母がいないことは不自然で、――前世の私が、その感情を“寂しい”なのだと教えてくるのだ。
けれど私の内面の変化に気づくはずもなく、シャノンはこちらの真意を窺うように可愛らしい顔で下から覗き込んでくる。
「……嘘はなしですわよ? だってヴィヴィアン様、嫌いなお母様がいなくなってほっとしているっておっしゃっていたではありませんか」
「亡くしてしまって初めて気づくものもあるのですわ。――それに私があなたたちに嘘をついたことがございまして?」
……確かに、言った。亡くなったあと、心配する取り巻きに対してあの時の私はそんなことを口にしていた。ああ、思い返すだけでも自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。
「……まあ、いいですわ。でも、何か面白いお話があったら、必ずお誘いくださいませね?」
ふう、とやや納得はしていないものの、私の言葉にシャノンはにこりと笑った。……だから本当にあなた方が考えているような事はなにもないのに。私はけれど、引き攣った笑みを浮かべたまま頷いて見せたのだった。
「――あら、皆様、ご覧になって? 向こうにルーカス様たちがいらっしゃるわ」
話に一区切りついたところで、ふと取り巻きの誰かが声を上げて、窓の外を示した。その場にいた皆が、一様に窓の外へと視線を向ける。
「本当だわ。ヴィンス様にロイド様もご一緒ね」
「まあ、相変わらず麗しい……」
「こちらを見てくださらないかしら?」
途端、色めく取り巻き立ち。そんな彼女たちを視界の端に収めながら、私も少しばかりどきどきした面持ちで窓の外、少し遠くの校庭を横切って歩いている、数名の男子生徒たちを眺めた。
その中の中心人物ルーカス・マクヴィーは一つ年上で、このカナリスタ王国の第二王子である。ピンクがかった金髪に意思の強い青の瞳。彼はその容姿と身分、そしてやや強引とさえ言える強烈な“俺様キャラ”とで、フォトス学園一の人気を誇っている生徒だ。彼は、自信に満ちた微笑を浮かべ、隣に並んだヴィンス・マクローリンと何事かを話していた。
そのヴィンス・マクローリンは、マクローリン公爵家の長男だ。紺の髪と瞳、そして理知的な表情が特徴的で、眼鏡をかけている。父親はこの国の宰相をしており、同時に学内では成績も優秀。常に丁寧な態度を崩さないが、その実かなりの毒舌家で、「あの人になら罵られてもいい!」という人間が男女問わず存在する。ルーカスと同じく一つ年上だ。
その二人の少し後ろには、表情の乏しい整った顔立ちのロイド・パウワーがちょこちょことくっついていた。時折会話を振られているらしく、こくりと頷いたりふるふると首をふったりしている。
彼は、パウワー伯爵家の末息子。魔術に関しては天才だと言われている逸材で、将来には宮廷魔術師になることが約束されている。しかし変化に乏しい表情と、極端に無口であるために交友関係は狭く深い、らしい。女の子の間では、その狭い交友関係に食い込みたいと望んでいるものも多かった。小動物のような印象を受ける彼は、三つ年下。しかし飛び級をして、学年は私と同じ。どちらかというと魔術以外には頓着しない、一点集中の研究馬鹿な性格だろう。
あの三人は学園のアイドル的存在であり、令嬢たちが虎視眈々とその隣を狙う将来有望な男たちのうちの三人ある。事実、私もかつては彼らの隣――いわゆる恋人になることを狙っていた一人だった。
今もこうして眺めれば確かに感嘆の息を漏らすし、声をかけたいかけられたい、この人の特別になってみたいと思う気持ちが沸き起こらないでもない。
しかし、だ。
前世の記憶が戻ってしまった今、彼らへの今までの態度を振り返ると、思わず穴に埋まりたい欲求にかられるのも確かで。
ついでに前世の知識が、天はニ物を与えない、ああいう無駄に濃い人間はその利点を上回る厄介ごとを抱えているに違いない、と半ば偏見に満ちた確信を与えてくる。
――思えば、この学園にはとても濃い方々がそろっていますのね……
確か、他にも女子に人気な人たちは数人いるが、どれも中々に濃い性格の人間だった気がする。私の食指が動かなかった庶民から、かの王子サマまでよりどりみどり。
その品揃えに妙な既視感を覚えた私は、はたとそういえば前世にはこういう癖の強い美男子たちがたくさん出てくる少女漫画や乙女ゲームやらがあったなぁと思い出して、思わず渇いた笑みを零した。
まあ、これは現実。物語の世界ならばいざ知らず、現実に関わり合いになると大変そうに見えた私は、うっかり遠い目になって、そこで考えるのをやめる。
この時にどうしてそんな“妙な既視感”を感じたのか、もっと深く考えていれば良かった、と。
一年後、私は後悔することになるのだが、このときの私はただのほほんとこの後の予定をこっそり練っているのだった。
――さて、今日はどんな口実で一人になろうかしら……?