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悪役娘の巻き込まれ恋愛譚  作者: 天野きつね
【原作前】篇
21/23

第十七話 そんな贈り物いりません(と言えたなら)

初めてのお出かけを終えて。何とか勉強の成績が中の下あたりに到達し、使用人たちの名前も覚え始め、それとなく自分改革も進んで、オヒメサマな私(ヴィヴィアン)も大人しめになってきたころ、気が付けばもうすぐ学年が変わるという時期になっていた。

 珍しくなんの予定も入っていなかった休日、テラスで本を読みながらお茶を楽しんでいた私は、かちゃんと置かれた紅茶のお代わりに、ふと顔を上げた。普段は音もたてずにおかれ、紅茶を変えたことに気づかないことすらあるというのに、珍しい。


「……見ない顔ね」


 思わずつぶやいた私の声に、「へっ? あ、はい! さ、最近入りました、ジェシー・フーグラーと申します」と顔を赤くさせて、いかにも緊張しています!とでもいうように直立不動であいさつを述べた。……名前を聞いてもいないのに答えるとか、何なのかしらこの子。いや、ある意味手間が省けていいのだけれど。名前を聞き出すのに一苦労だったほかの使用人たちのことを思うと、ある意味新鮮だった。……逆にどうしていいかわからない。


「そう。――そういえば、ロジーネやハンナたちはどこにいるのかしら? あなたと違って、最近見かけなくなったけれど」

「ロジーネさんと、ハンナさん、ですか? も、申し訳ございません存じません。私が入った時には、その名前の人はおりませんでした」


 ――何なのかしら、この子。


 思わず私は微妙な顔でその使用人――ジェシーを見た。なんというか、拙い微妙な敬語を操るさまはすごく新人っぽい。そしてどじっこ臭がする。普段、身近にこんな物言いをする相手はいないものだから、なんとなくイラッとした。いや、落ち着け(ヴィヴィアン)。メイドだって人間だもの。たまにはそんな子もいるわよ。

 とにかく、この子に聞いても答えは得られそうにないとそうそう見切りをつけて、別の使用人に目を向ける。まだ名前を憶えていない子だ。


「あなたは知っているかしら?」

「……その二人でしたら、一週間ほど前に別の屋敷へと移っております」

「別の屋敷?」

「……申し訳ございません、どの屋敷か、ということは我々は知らされておりません。必要でしたら、執事頭かメイド頭に聞いてまいりますが」

「……別にいいわよ。後で直接聞きますわ」


 私は、本に視線を戻しながらその使用人の提案を断った。


 ――そう、やめてしまったのね。せっかく少しは打ち解けてきたかもしれないと思ったのに、残念ですわ。


 ちょっとばかり気落ちして、本の文字をなぞる。頭には入ってこなかった。基本的に、使用人たちは持ち回りで私の前に姿を見せる。それにどんな法則があるのかは知らないが、二日続けて同じ仕事をしている使用人はあまりいないようだ、と気づいたのはいつだったか。ちょっとずつ名前を憶えて、使用人たちによく注意を向けるようになってから、自分が使用人の顔や名前をほとんど覚えていない理由の一つを知った気がした。私が興味を持っていなかったことはもちろんだが、固定の仕事をしている使用人があまりおらず、なおかつその入れ替わりが激しいのも原因なのだろう。自然と覚える前に、違うメイドになってしまうのだから、覚えられるはずもない。

 せっかく名前を憶えて、顔も覚えて。少しは打ち解けられるかもしれないと思った矢先に、いなくなってしまうだなんて。……使用人ごときに、と前の私ならば鼻で笑うのだろうけれど、少し、寂しい。

 そんなことを思っている私の耳に、ふと「あ、っていうことはそのお二人はもう卒業なされたってことですね。うらやましいなぁ」だなんてつぶやきが飛び込んできた。


「――卒業?」


 私が再び顔を上げて、声の主を見れば。ジェシーは、やってしまった!というように顔を青ざめさせて

「ななななな、なんでもございません無駄口聞いて申し訳ございませんでした!」と頭を下げた。……なんでわたくし、こんなにも怯えられなくちゃいけないのかしら、と思わず遠い目になった。別に何もしてないはずだけれど。

 まあ、でもこの使用人はこの屋敷において非常に珍しいタイプだ。ここの使用人は、基本的になんでも完璧にこなす。多少の得意不得意はあるのだろうし、業務表表情(ポーカーフェイス)の崩れやすい崩れにくいはあるようなのだけれど。こうしてうっかり無駄口をとたたいたり、つたない動作をしたりする使用人は初めて見た。

 無性にいらっとする気がするけれど、これはある意味チャンスかもしれない。……使用人となれ合おう計画の第一歩として。完璧で主従の壁をきっちり作るタイプの使用人しかいなくて、いい加減めげてきたところだったし。


 ――完璧ではないこの子ならば、もしかしたら“うっかり”仲良くなってくれるかもしれないじゃない。


 そんな打算的なことを考えた私は「別に、かまいませんわ」と言ってから、にっこりと笑みを浮かべて、「それで、“卒業”ってどういう意味なのかしら?」と尋ねる。

 私なりに親しみを込めて笑みを浮かべたつもりだったのだけれど、なぜか彼女は「ひいっ」と小さく息をのんでますます顔を青ざめさせた。……意味が分からない。というか失礼ではありませんの、その態度!

 一瞬、イラッとしたがそっとなかったことにして返事を待つ。ジェシーは、困ったように視線を泳がせ、もう一人の使用人に視線で助けを求めたりしたが、結局はあきらめて口を開いた。


「このお屋敷を卒業なさったって意味、です……。ここのお屋敷、とても格式が高くて、作法やスキルが求められますから、ここで働いていたっていうだけで使用人たちの間ではとっても高いステータスになっているんです。旦那様も立派ですし、望めばほかのお屋敷への推薦状を書いてくださいますし。厳しいですけれど、その分ここを無事に“卒業”して他のお屋敷に移れれば、将来は安泰っていわれていて。国内外にたくさんのつてを持っていらっしゃる旦那様の計らいもあって、ええと、このお屋敷は特別な学校みたいな……、立派な使用人になりたい人たちはこの屋敷で働くのにあこがれているんです!」


 最後は目をきらめかせて、力強くそんなことをいったジェシー。私は、ややその勢いにひきながら、「そ、そうでしたの」と答えた。彼女自身は、その屋敷に勤めることができてうれしい、と思っているようだった。……なんというか、使用人の入れ替わりが激しいのには、そういう理由があったらしい。いわば前世でいう訓練学校みたいな側面があったのか。その割には、使用人たちのレベルはかなり高いように思うけれど……、とそこまで考えて、まあ当然なのかもしれないと思いなおす。訓練学校は訓練学校でも、話を聞くにエリート学校である。それなりに彼女たちにもプライドがあるのだろう。……たぶん、このジェシーが例外なのだ。


 ――でも、自分の住んでいる屋敷が次の仕事場への踏み台代わりになっているというのは、複雑ですわね。


 私は、ひっそりと眉をひそめて、紅茶を手に取る。少しばかりぬるかった。

 いや、この屋敷で働くことを誇りに思ってくれるのは、まあうれしい。私に仕えられるのだから当然でしょう、だなんて高飛車な思考がよぎるけれども、それはまあ置いておいて。

 でも、えりすぐりの素晴らしい使用人たちを、私につけてくれているものだとばかり思っていたから。ちょっとだけ、そんな裏の意図が使用人事情に隠れていたと知って、微妙な気持ちだ。そもそも、当たり前のように「えりすぐりの素晴らしい使用人たちをつけてくれているものだ」だなんて思っていたこと自体、私の身勝手な思い込みと傲慢さなんだろうけれど。


 ――でも、それなら辞める時にひとことぐらい挨拶をしてくれてもよかったのではないかしら?


 初めからほかの屋敷に移るつもりだったかもしれないとはいえ。それなりに話して、この屋敷の使用人たちの中にしては、わりと中の良い部類――彼女たちから見れば、屋敷のお嬢様に目をかけられているといえる状態――だったというのに、何も言わずにいなくなるだなんて、薄情ですわ、と少しばかりロジーネとハンナに憤りを覚えて。 


「……、新しい紅茶をいれてきてくださるかしら、ジェシー?」

「ぅえっ!? あ、はい!」


 ぬるい紅茶を飲んで顔をしかめた私は、でもきっと、そう思うのは私の一方的な身勝手なんですわよね、と自嘲したのだった。




 結局、なんとなく彼女たちがどこに行ったかを聞けないまま(だって聞いたところでどうするつもりなんだろう)、ちょっとだけさみしい気持ちを持ちながら一日を終えて。

 やっぱり予定の入っていなかったはずの休日二日目の朝食の席で、私はいつも通り(のはず)の朝を過ごしていた。


「――そうだ、ヴィヴィアン。今日は東にあるヴィトラ湖の湖畔にいかないかい? 素敵なプレゼントを用意ししてあるんだ」


 私は、口に運びかけていたフォークを中途半端な位置で停止させて、思わずきょとんとお父様を見つめた。


「ヴィトラ湖、ってこの前おっしゃっていた?」

「ああ。この前は仕事に邪魔をされて一緒にお出かけができなかったろう? そのお詫びに、素敵なプレゼントを用意したんだ。それに今は特に見ごろの花も咲いているから、景色も素敵だからね、君にぜひ見せてあげたいと思っていたんだよ。アイリーンも、あの場所の景色をとても気に入っていたんだ」


 にっこりととろけるような笑みを浮かべて。断る理由も思いつかなかった私は、「ええ、ぜひ」と快諾した。そういえば、あのラミゼット商会に行ったとき、そんなことを言っていたのような気がするけれど。わざわざ覚えていて、そのお詫びにプレゼントだなんて、どれだけ私に甘いのかしら、お父様は。そんなことをあきれながら思って。


「それで、素敵なプレゼントってなんですの?」

「おや、ヴィヴィアン。楽しみは後にとっておくものだろう?」

「もう、お父様ったら意地悪なんだから」


 そっと口元に人差し指を当ててそんな風にお茶目にいうお父様は、どこか少年じみていて、私は苦笑をする。今までのお父様の贈り物を思い出すに、きっとドレスか装飾品、もしくは珍しいお菓子だろうか。わざわざ場所を変えるのだから、東屋を一つ特別に立てたのだと言われても不思議じゃない。

 そうだったらどうしよう、だなんて内心ひきつらせながら、私はお父様に連れられて馬車に乗った。前に出かけたときに乗った透明なガラスの窓の馬車ではなく、いつも乗っている色ガラスの窓の馬車だ。そのことにちょっと残念な気持ちになったけれど。どちらにせよ、お父様との話は尽きることがなかったから、外を見る暇なんてなかっただろうと思う。

 途中、休憩をはさみながら馬車に揺られてたどり着いた先は、とてもきれいな場所だった。


 涼やかな空気。屋敷は広葉樹の林を背にして建っており、その正面に広がるのは、広い湖だった。

 静かな湖面は、空と、湖畔の景色を反射していて。

 その合間に、時折ふわりと紫が舞う。


 ――何かしら?


 ふわり、ふわりと湖畔の上を舞う紫のかけらに、私は手を伸ばした。一枚がふわりと手の上に落ちて、それが花びらだったことを知る。


「綺麗……」

「そうだろう? これはこの湖しか咲かない花でね。ヴィトラの花、と呼ばれている。水草の一種で、今は花びらしか見れないけれど、夕暮れごろにはこの湖一面に咲いて湖が紫に染まるのだよ」


 それはそれはきれいなのだ、と柔らかく微笑むお父様に、私も思わず頬を緩めた。


「それはぜひ、見てみたいわ」


 そのままでは冷えるから、と屋敷の中に案内されて、私はそういえばと口を開いた。隣を歩くお父様のを見上げる。


「贈り物、というのは、もしかして先ほどの景色のことでしたの?」


 だとしたら、ある意味拍子抜けで、いい意味での予想外のプレゼントだ。

 そんなことを考えながらそう尋ねれば、お父様はいたずらっぽく笑って「いいや、まさか!」と告げた。


「そんなにも景色を気に入ってくれたのならうれしいけれどね、ヴィヴィー。今日の贈り物はもっと素敵なものだよ」


 かつん、といつの間にやらついたらしい一つの扉の前で、お父様は足を止める。併せて私も足を止めた。そこにある大きな、そして豪華な装飾を施された扉のノブをさししめして、「開けてごらん?」といった。

 私は、どんな贈り物だろう、と楽しみ半分怖さ半分でその扉をゆっくりと開いた。


 広い部屋。サロンを開くのを目的にした部屋なのか、中央には装飾の施された丸テーブル。そして、その前に不機嫌そうに座っている、ピンクがかった金髪、青い瞳をした――


「ルーカス、様……?」

「――お前と、殿下との婚約が成立してね。ヴィヴィー、君は今日から彼の婚約者だ」


 どくり、と心臓が嫌な音を立てた。

 彼が好きだと言っていただろう?というお父様は、まるで私が喜ぶことを微塵も疑っていないような顔で、微笑む。

 立ち上がって、小さくお父様にだけ(・・・・・・)挨拶をするルーカス様は、無表情ながら心底いやそうな雰囲気を漂わせていた。ずいぶん器用なこと、とぼんやりとした頭が現実逃避のようにそんなことを思う。


「正式な婚約発表は、学期が終わった後、休みの間にあるパーティーで行われる予定だけれどね、その前にあっておいたほうがいいだろう?」


 どくり、ともう一度。焦燥ににた何かが、私の心臓をたたいた。


「お、とうさま……」


 絞り出した声は、震えていて。

 確かに、前の私はルーカス殿下を好きだと言っていた。もちろん、ヴィンス様も素敵ね、ロイド様はかわいらしいと言っていたはずだ。

 だけれども。最近の私は、そんなことは口にしていなかったはずだし、このルーカス様の顔を見れば、彼が嫌がっているのは一目瞭然だろう。

 そもそも、だ。

 素敵なプレゼントが、ルーカス殿下との婚約、とは。彼はものじゃないといえばいいのか、それともどうやってこの婚約を成立させたのだと聞けばいいのか、――それとも。

 こんなプレゼントは、いらないといえばいいのか。


 どう答えればいいのかわからなくなっているうちに、お父様は「ん? なんだいヴィヴィー?」とこちらを優しい笑顔で見つめてきて。

 私は、とっさに笑みを浮かべていた。


「なんて素敵なの、お父様!」


 ごまかすように喜んで、お父様に抱き着いて見せる。内心で、違う、そうじゃないわと叫ぶけれど、たとえばこれを拒否してしまってお父様に(・・・・)嫌われるのが怖くて(・・・・・・・・・)、喜んでいるふりをしてしまう。


 それから、私は喜んだ演技のまま、お父様に「ルーカス様と二人きりになりたい」と駄々をこねて見せた。冗談じゃないといわんばかりの彼を無視して「いいとも」とお父様はほほえむ。ああ、私を溺愛する父親とは思えないぐらい、あっさりと了承して、「じゃあ、しばらくしたらお茶を運ばせよう」と出ていくお父様に、私はひどい焦燥感を覚える。


 そして、ばたんとしまった扉の音を背後に、私はひどく不機嫌そうな顔をしているルーカス殿下と向き合った。どくり、どくりと心臓がきしむように胸を叩く。

 そんな中、こわばったように笑みをうかべたまま、私は内心で血を吐きたいぐらいの思いでうめいたのだった。


 ――こんな贈り物、なかったことにできたらどれだけ良いことか……!

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