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悪役娘の巻き込まれ恋愛譚  作者: 天野きつね
【原作前】篇
17/23

side ヴィンス 庭園での邂逅

 逃げるように立ち去る紅の髪の令嬢を見送りながら、ヴィンス・マクローリンは顔を盛大に顔をしかめていた。

 ――やはり避けられている、と。


 彼女――ヴィヴィアン・エアルドットは、最近様子が変わったように思う。そう大きく変わったわけではない。いうなれば、そう、どこかつたなく(・・・・)なった。別に、前の彼女が大人びていたとは決して言わない。むしろ、前の彼女はわがままな子供だったと思う。

 そう。今までは、一貫して“馬鹿なわがままな子供(オヒメサマ)”だったのだ。それが今、まるでその仮面がボロボロになって使えなくなってきているかのように、ヴィヴィアン・エアルドットはたびたび、本来の性格を見せているように思う。


 それを顕著に感じたのは、最近行われた王妃様(エレーナ様)のガーデンパーティーだった。


「ルーカス様……! それにヴィンス様も」


 エレーナ様に群がるようにして挨拶をしているヴィヴィアン・エアルドットたちのそばを通り過ぎようとしたとき、彼女の取り巻きの一人――確か、アニタ・ハトルスだったか――が目ざとく自分たちに気づいて声を上げる。思わず顔をしかめるルーカスとおそらく無表情になっているだろう自分。それとは対照的に、嬉しそうにきゃあきゃあわめく女たち。……群がってこないのは、あくまで恐ろしい長がそばにいるからだろう。

 そこで、彼女はにっこりと笑みを作って、きれいな所作で礼をとる。この厄介な女は、作法だけはその身分にふさわしく一級品なのだ。


「こんにちは、ルーカス様、ヴィンス様。ここでお会いできてうれしいですわ」

「…………今日は、母の催したパーティーによくぞきてくれた。俺がいうことではないが、存分に楽しんでいくがいい」


 ルーカスが、嫌そうな顔をしながらも、エレーナ様やほかの招待客の手前、しぶしぶながらも最低限の返事を返す。ルーカスは気づいていないだろうが、最低限で済んだのは幸いだ。珍しく相手が余計な質問や言葉を紡がなかったのだから。

 さすがに、そのあとに当たり障りのない会話を2、3交わした後に、流れるように彼女の取り巻き達に群がられる。珍しくヴィヴィアン・エアルドットがひっついてこず、会話も最低限に終わったというのに、結局は変わらないのだな、と。内心で舌打ちをしたところで、ふとその珍しく群がりの中から一歩外に出ている彼女に目を向けて、ヴィンスは思わずわずかに眉根を寄せた。

 彼女が、どこか無機質な表情を浮かべていたからだ。


「面白いとお思いになりません? よろしければ、今度みなさんでご一緒に行きませんこと? ヴィンス様はこういった劇はお好きで、」

「――――皆様、あまりしつこくしてはいけませんわ」


 見えたのは一瞬。すぐに声をかけてきた令嬢のに視線を戻してしまったのでそれが見間違いかどうかはわからない。しかし、次に声をかけてきた彼女の表情は、いつも通りのもので。


「ガーデンパーティーは始まったばかり。後でいくらでもお話する機会があるでしょうし、ルーカス様たちのご挨拶の邪魔をしては迷惑になってしまいますもの」


 その内容は、しかしいつもとは百八十度ほど違うものだった。思わず「本当にこれはヴィヴィアン・エアルドットなのか」といぶかしげな視線を向けてしまう。いつもだったら、逆に積極的に絡みに来るのがこの令嬢だったはず。一体、どうしたというのか。

 そこで、はっきりとヴィンスは違和感を覚えたのだ。




 どんな意図かは知らないが、素直に引き下がってくれたのだから、とこれ幸いとばかりにその場から立ち去るルーカスとともに、あちこち挨拶を受けたり挨拶をしたりして本来の目的を果たしながら、ヴィンスはかのエアルドット令嬢について思考を巡らせる。

 あの時しぶしぶと引き下がる取り巻き令嬢たちをよそに、もう一度見たヴィヴィアン・エアルドットはどこかぼんやりと無機質な瞳をしていて。先ほど感じた違和とあわさって、どこか気味が悪かった。

 思えば、ここ最近あのわがまま令嬢は随分とおとなしい。取り巻き達と騒がしくしているのはいつも通りだが、こちらに関わってくることが減ったし、取り巻き達と媚を売ってくる時も、しつこくしてくることはあまりなくなった。……よく学園で催されていた、はた迷惑なサロンやわがままな思い付きも最近は聞かない。

 そして、先ほどの表情が気にかかる。

 まるで、仮面をはがしたような、こちらに興味すら抱いていないような、あの表情。

 今までこちらを狙う狩人すら思い浮かばせるような瞳でこちらを見ていたというのに、それがまるで嘘だったかのような。


「嘘、ね……」


 ヴィンスは、小さくつぶやいた。あながち、間違いではないのかもしれない、と思う。


「ああ? どうしたんだ、ヴィンス?」

「いえ、なんでもありませんよ、ルーカス」

「ならいいんだが。――俺はこの後にスコット達に挨拶をしてくるが、お前はどうする?」

「スコットですか。……いえ、僕は遠慮しましょう。顔を合わせても互いに益はありません」

「そうか。なら、おわったらいつもの場所で落ち合おう。お前も少し休んでおけよ?」

「ええ、それではお言葉に甘えましょうか」


 マクローリン家と確執のある家の人間の名前を出されて、思わず苦い顔をしてヴィンスは首を振った。ルーカスは王子として特に隔てなく挨拶は必要だし、スコット家はマクローリン家と確執があるものの、王家と確執があるわけではない。ルーカスの言葉に甘えて、ヴィンスは先にいつもの場所(よく使う休憩所)へ行くことにしたのだった。

 ルーカスの友人であるヴィンスは、よく王白の庭園に来てもいた。そもそも、王子の学友として、また同じ年頃で身分も釣り合う遊び相手として幼いころから王城に出入りしていたのだ。遊び場所となった庭園は、自分の庭のようによく知っている。その中でもとある生け垣を曲がった先にある小さな空間(いつもの場所)は、二人の気に入った場所でもあった。

 ちょっと入り組んだ場所にあるため、人が来ることの少ない。こういった催し事の息抜きには、重宝する場所だった。


「――疲れましたわね」


 その場所にたどり着く直前、不意に聞こえた声。続いて、小さなため息。覚えのある声に、まさかこんな静かな場所に彼女がいるわけがないだろう、彼女がいるならば取り巻きもいるはずで、取り巻きがいれば騒がしいはずだ、と思わず自分の予想を否定して、がさりと角を曲がる際に音を立ててしまった。

 途端、緑の瞳と視線がかち合う。


「………」

「…………ごきげんよう、ヴィンス様」


 なぜ、こんな場所にヴィヴィアン・エアルドットが一人でいるのか。


「…………失礼、お邪魔をしたようですね。すぐに立ち去ります」

「あら、邪魔だなんてとんでもございませんわ!」


 とっさに踵を返そうとしたヴィンスを引き留めるように、いつも通りのエアルドット令嬢が立ち上がっていつも通りに媚びをうるようににっこりと笑みを浮かべる。


「どうぞお座りになって? ヴィンス様も少し息を抜きにきたのでしょう?」


 先ほど考えた彼女の違和は、気のせいだったのか。ヴィンスはそう思いいたって、それからうっとうしく思う。息を抜きに来たのであれば、お前がいないほうがよっぽど気が楽になるし、媚びを売るしか能がない女を侍らせる趣味もない。このまま腕をひかれでもしたら、せっかく人気がないのだ、この辺ではっきりと言ってしまおう。そのほうが、自分にとってもルーカスにとっても益になる。


 そう思っていたというのに、ヴィンスの予想に反して、聞こえてきたのは小さなため息。

 思わず眉を上げれば、あきれたような、少々うっとうしそうな、そんな皮肉気な笑みを浮かべるヴィヴィアン・エアルドットだった。……今まで自分たちに見せたことのない表情に、思わず眉根を寄せる。


「……私わたくしはそろそろ友人たちを探しに行かなくてはいけませんの。ですからとても残念ですけれどもう行かなくては。もっとお話ししたかったのですけれど、それはまたの機会にぜひお願いいたしますわ」


 内容も、自分たちに興味のない社交辞令なのがありありとわかるもので。

 これは、とますますヴィンスは目を細めた。


 ――どちらが、本当の彼女なのでしょうかね?


 先ほどの完璧な“わがまま令嬢(エアルドット令嬢)”と、今のやや不機嫌そうな彼女。違和があるのは、ふと見せる二つの表情に妙な差があるからだ。

 どちらか(仮面)だというのなら、その可能性が高いのは。


「……、君は」

「っ、え?」


 すり抜けていこうとする彼女の腕をつかんで引き止めれば、彼女はあっさりとバランスを崩しかける。

 その後、「何をするんですの!?」と怒ったような顔を向けてくる彼女に、ああやはり、とヴィンスは眉をひそめた。


「それがあなたの本性ですか」


 あのわがまま令嬢(オヒメサマ)のほうが、(仮面)だったのか。そうじゃなければ、あれほど執着していた自分たちに、あんなに急に興味のなさそうな表情をするのだろうか。むしろ、執着が見せかけ(フェイク)だったといわれたほうが、よっぽど納得がいく。


「最近随分と演技が下手になったようですね。……まあ、そうなったからこそ僕もあなたの演技に気付けたのだからあまり言えたことではないのですが」


 そう、他人を見る目はなかなかあるほうだと思っていたのだが、見事に騙されていたようだ。最近の違和感がなければ、今までもこの令嬢を「わがままで手に負えない令嬢」だと思っていただろう。内心でうっそりと自嘲する。「……何の話ですの?」と怪訝そうな顔でとぼけて見せるエアルドット令嬢に少しばかりイラついた。


「前のほうが、まだましでしたよあなたは。僕たちを完璧に欺いていたという点でね。……それとも、それ自体が僕らの興味を引くための新しい演技なのですか?」

「意味が分かりませんわ」


 これまでの完璧に自分たちを欺いていたことを考えれば、急にこうして拙くなったというよりも、つたなくなった演技をしているということもあり得る話だ。

 ただ、それにしてはやはりごまかし方がつたない。


「ごまかすのも下手になりましたね。……あの優秀なエアルドット侯爵の唯一の汚点が、媚びを売るしか能のないあなたのへの溺愛だと思っていたのですが、なかなかどうして」


 ヴィヴィアン・エアルドットの父に当たるオズワルド・エアルドット侯爵は、非常に優秀な人で。ヴィンスも、ルーカスも尊敬をしていた。……だからこそ、前までの「わがまま令嬢」のヴィヴィアン・エアルドットに大いに落胆したのだ。近寄る気にもなれないぐらいに。だからといって侯爵に失望することはなく、むしろ侯爵にも欠点があるのかというわずかな呆れと親しみを覚えたものだが。

 だが、この娘への溺愛が、この完全に周囲を欺くことのできる優秀な娘への正当な評価だとしたら。


「……意味が分からない、と言っているんですの。それよりも腕を放してくださいます? ヴィンス様。(わたくし)、お友達をさがしに行きたいのですわ」


 腕を振り払われて、「それでは失礼いたしますわね」とつんとした様子で言われて、逃げられる。……そう、あれは立ち去るというよりも逃げられるというのが妥当だった。


「……まったく、あの女どもは飽きもせず群がってきやがって」

「ルーカス、言葉遣いが悪いですよ」

「そうでもしないとやってられるか」


 彼女がいなくなった少し後に、ルーカスがやってくる。王族らしくないしゃべり方に(もともとやや粗い尊大な口調ではあるのだが)指摘すれば、はあと疲れたようにため息をつかれた。こちらもため息をつけば、「どうかしたのか」と何気なく聞かれる。

 その問いに少しだけ考えて、ヴィンスはそれから首を振る。


「いいえ、特に何も」




 あれから、少し注意深く彼女に気を留めるようにしていた。

 相変わらず取り巻きたちとおしゃべりに興じ、我々に媚びて、学園内を我が物顔で歩く。しかし、ところどころで彼女が「まともなこと」をいう姿が見受けられ、時々急に人間味を帯びたようなつたない表情や態度になること、そして図書館に通うようになっていること、時折取り巻きから離れて一人で行動することが増えたということ。……そういえば、前にロイドに「紅の髪に緑の瞳の女の子を知らないか」と尋ねられたことがあったが、そのときには「エアルドット令嬢が一人でいるはずがない」ということでルーカスとともに否定した記憶があるが。もしかしたら、……いや、さすがにそれはないだろう。

 どうやら、彼女が変わったのは母親が亡くなった後あたりであるらしい。……だとしたら、仮面がはがれるきっかけとなりうるのは間違いなく母親の死だ。動揺から、今までの仮面がはがれかけている?


 ――あるいは。


「危ないですわ、きちんと前を――」

「――前を見るのはお前だろう、エアルドット」


 とそこまで考えていたところでヴィンスは我に返る。学園にあるとある廊下で、ルーカスとともにくだらない話をしながらロイドを探して歩いていた最中。頭の片隅でエアルドット令嬢のことをふと思い出していたヴィンスは、どうやらそのエアルドット令嬢とかち合ったようだ、と思わず足を止める。


「……あら、ごめんあそばせ、ルーカス様、ヴィンス様」


 一人きりでいる彼女。その表情は、にっこりはしているもののどこかしぶしぶ、というようなもので。


「折角お会いできたのは嬉しいですけれど、私わたくし、そろそろ迎えが来てしまいますので失礼致しますわ。それでは、お二方、ごきげんよう」


 こちらをちらりとしか見ることなく、主にルーカスに向かってあっさりとそういっていなくなってしまう。

 逃げられた、と思うと同時に、果たしてあの令嬢のどこからどこまでが偽りで本性なのだろう、と目を細くする。わからないから気味が悪いし信用ができない。


「あのエアルドットが食いついてこないなんて珍しいな」

「……そう、ですね」


 あるいは、最初から最後まで偽りなのかもしれない、とも。

 だとしたら、きっとこの最近感じる拙さは、何かを企んでいるからこそで。

 うっかりと、自分やルーカスがその企みに引っかかってしまわないように気をつけねばならない。

 さて、どの段階でルーカスに相談をするべきか、とヴィンスは束の間、頭を悩ませたのだった。


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