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悪役娘の巻き込まれ恋愛譚  作者: 天野きつね
【原作前】篇
16/23

第十三話  一歩進んで、増加中の撤退

 全然息抜きにならなかった息抜きの後、学園での日常がまた訪れて。さりげなく(のつもりで)嗜め始めた平民いじめは私の取り巻き達の中ではブームがやや下火になり、どちらかと言えば娯楽の中心は見目麗しい殿方談義や、家族たちから仕入れたらしい社交界のゴシップに関するおしゃべりになっていた。

 ちなみにこの前の王妃様との会談については、当然のごとくシャノンたちにこってり探られた。それに対して正直に「お母様の話をしていましたの」と答えたけれど、あまり納得してはいなかった模様。……ホント、私には信用がないんだなとしみじみ噛み締める今日この頃だ。

 加えて、どこからかヴィンス様と二人でいたことがばれたらしく、「まあ、なんてお羨ましい」「ずるいですわ、ヴィヴィアン様。私たちもお誘いくださればよかったのに」だなんて羨ましがられた。……これ、次は呼べよゴラァってことなんだろうな、と思わず遠い目をしてしまう。私をおだててかわいくいってはいるものの、心の声(はあくまで私の予想だけれどおおむねあってると思う)を察してしまうと女の世界って怖いな、と。

 まあそんな彼女たちもそろそろ私の単独行動にはなれてきたらしく、ぷりぷりしながらも「またですのね」と見送ってくれるようになっていて。その後、「ご計画の実行の折には、必ず手伝わせてくださいましね?」と釘は刺され続けているから、陰謀説はまだ覆って無いようなんだけど。

 ……いっそ、一緒に勉強会でもしてしまおうか。「聡明な女性のほうが殿方からしたら魅力的だと最近気づきましたの!」とか言えば、疑われはするだろうけれど一応納得はしてくれるんじゃないかしら?

 いえ、でもきっとダメですわ。と私は眉を寄せる。多分、それは私が受け付けない。彼女たちの学力が、私よりもはるかに高い可能性があるんだもの(というかその可能性のほうが高い。類は友を呼ぶといって、同じような学力の子が集まっている可能性もあるけど)。そうなったときに、はたしてヴィヴィアン(わたくし)が他人よりも下であることが耐えられるのか? 答えはノーだろう。


 ――そんな恥ずかしい思いをするだなんて、許されませんわ……!


 だってほら、考えただけでも拒否反応がでるもの。……ああ、本当に、先が思いやられる。こんな意味のないプライド、捨てられたらいいのに。そうもいかないのが悲しいところ。

 その肝心の私の学力だが、多分やっと中の下ぐらいにはなったと思う。ペーパーテストやレポート課題もなんとかこなせるようになってきた。もちろん、満点には程遠いのだけれども。教師によってはもともと成績に色をつけている人もいて、参考にならない教科もあったけれども! ……あと、なんとなくうろんげな目で見られることも増えた。もしかして、カンニングとか課題の代筆とか疑われて、いませんわよね……? と怖くなったりもする今日この頃。悲しいかな、前の私ならばやらないとは言い切れない。

 集中力も何とか鍛えられてきていて、読書に費やせる時間が増えたし、授業中に意識がふらふらとべつのところへ向くこともなくなった。……思えば、ものすごく低レベルなままだけれど、それでも私には重大な進歩である。


 ちなみに、もう一つ進歩したことがあった。

 図書館から少し離れた人気のない建物裏の一角。前にロイド様に出会ったのとは別の穴場スポット(と私は勝手に呼んでいる。ちなみに窓からのぞけばこちらが見えるが、そもそもその窓がある廊下を利用する人なんていないらしいので問題はほとんどない。たぶん)場所のベンチに腰掛けた私は、手元にある本をみて小さく笑みを浮かべる。

 そう、ついに私は図書館で本を借りることができるようになったのだ!

 今回借りたのは、恋愛小説が一冊と詩集が一冊、たしなみの本が一冊にこの国の最近の出来事が書かれた本が一冊。これを借りるのに、どれだけの羞恥心と緊張に打ち勝つ必要があったことか……! きっと図書館で貸し出しを担当してくれた人も恐怖と戸惑いと戦っていたんじゃないだろうか、とひっそり申し訳なく思っている。今思い出せば(その時は自分のことだけで必死で気に留めていられなかった)ずっとうつむいていたし、本を持つ手が震えていた気がする。

 家に持ち帰るのにはやや不安が残るけれど(お父様的な意味で)、それでも勉強ができる場所が広がったのは大きい。加えて、「読書にめざめましたの」とかいって適当な恋愛小説とか読んでいる姿を見せれば、図書館に通うのにも違和感がないんじゃないだろうか。

 我ながら悪くない考えじゃないかしら、とちょっとだけうきうきとしてしまった。こうも心が高揚しているのは、本を借りるときにとても緊張していたせいかもしれない。


 果たしてこの状態で集中できるのかしら、と思いながらも私はこの国の最近の出来事が書かれた本(『現代 カナリスタ王国』とかいう本だった)を開いて、ぱらぱらと興味の惹かれるところから拾い読みしていく。最初から読むのが一番いいのだろうが、今私が一番知りたいのは今の国王陛下がどんな王であるのか、だ。生きている人なのだから、それこそ王宮で働いているという父に聞けば詳しい話が聞けそうなものだが、できることなら客観的な情報を得てみたい。……そうすると、他国の人が書いたこの国の歴史とかこういう本のほうがいいんだろうけれど、と前世の価値観が入れ知恵してくる。本当は、あの『オークでもわかる』シリーズでこういう本があってほしかった。さすがに見つけられなかったのだけれど。

 陛下の名前を探して、ページを繰る。恥ずかしい話だが、陛下の名前がルバードというものだというのを最近始めて知った。今まで興味も関心もなかったものだから、気にも留めていなかったのだ。

 気になる箇所でときどき手を止めながら、メモを取るならば結局図書館の方が楽だわ、と気づく。外で本を読むのは確かに心地よいのだけれど。まあ、そのことに気付けただけでも良かったとしよう。……借りる前の段階で気づくべきだったけど。

 陛下が即位されてから、近隣国との小競り合いは数度。どれもカナリスタ王国の勝利で終わっている。また、先代の国王がこの中央大陸の西側をまとめて「西側連盟」を構想したのを引き継いで、連盟の結成を実現化している。……この連盟がどんなものなのかは後で調べるリストに追加しておこう。前世の記憶にある国連みたいなものなのだろうか?

 そのほかにも、国の東側は魔境にほど近いために魔物対策を強化したりだとだか、北のほうには大きな神殿を建設したりだとか、南に向かって大きな道路を整備したりだとか、いろいろ積極的に行っている国王で、本いわく「賢君と称えられるべきだろう」人物なんだとか。

 そこまで読んだところで、集中力が途切れた。なんとなくわかったようなわからないような。業績を並べられても、今まで生きてきた中でかかわるようなことがなかったからだろう、まったく実感がわかずに「ふーん……?」と思う程度だった。情けない。

 ぱたん、と本を閉じて、はあと息を深く吐いた。しばらく目を休めるように閉じて、それから息抜きがてらにでも、と詩集を開いてみる。

 開いたページには、小さな鳥の絵がかかれていて。空だとか鳥だとか愛だとか、そんな言葉が連ねてあった。私には綺麗な言葉だなぁと思うくらいで。……これにも、解説書があればわかりやすいのに。

 貴族のたしなみとして、詩はいくつか暗唱できるぐらいには学んでいるのだけれど(ちなみに私が勉強していた中で唯一まともにやっていたジャンルだった)。


――こんなものよりも、前世に聞いた歌の方がよっぽど分かりやすくて聞いていて心地よいのではないかしら?


 ふいにそんなことを思い出した。前世の歌(あちら)のほうが、技巧をこらした詩なんかよりもよっぽど素直に気持ちを歌い上げていた気がする。こちらで歌えばはしたないと言われるような歌詞も多かった気がするけれど、好きだった歌には素朴なものもけっこうあったはずだ。どんな歌があったかしら、と私は目を伏せて、前世のおぼろな記憶を探ってみた。

 確か、この挿絵に合いそうなものがあった気がする。そう、あれは――


「かぜの、うたが…みちる……そら? 広いそら?」


 鳥の絵で連想した懐かしい歌詞を、確かめるように小さな小さな声でなぞる。歌うというのには程遠いささやき。


 風の歌が満ちる 広いこの空に

 翼を広げて 飛んで行けたなら

 きっと他には 何もいらない

 美しい宝石も 

 光輝く黄金も

 愛を囁く恋人も 

 天より高い名声も

 きっと何も 何もいらない

 風の歌が満ちる 広いこの空で

 翼を広げて 生きて行けたなら


 こんな歌だった気がするけれど、と私は息を吐く。これが果たして正しい歌詞で浮かべたメロディもそんなものだったのかはあやふやで。なのに、どうしてか強い郷愁にかられて、1人顔をしかめる。


 ――なんですの、この気持ちは……? 


 過去の価値観に、覚えている感情の記憶に、戸惑ったこともあったし、心が温かくなったこともある。さみしくなったことも、ないわけではない、気がする。それでもここで生きている私にとって、故郷も懐かしいものも全てこの世界のものの筈なのに。日本語を思い出して書き記している時だって、こんな郷愁にかられることはなかった。

 なのに、よりにもよって、別に思い入れが強いわけでもない、ただふと思い出しただけの歌に。どうしてもこんなにも郷愁に駆られてるというのだろう。

 あふれそうだった水が、些細なきっかけでグラスからこぼれたとでもいうように。


「…………それは、なんという題の歌なんだ?」


 ひとり静かに混乱している私は、背後からかけられた声にはじかれたように振り返った。

 聞かれていた、という衝撃を受けるよりも先に、目に飛び込んできた色に息をのむ。

 さらりと揺れる墨色の髪。……一瞬、懐かしい色だと、思った。

 いや、日本人の黒髪は、こんなにきれいな黒ではない。ついでに多くの日本人は瞳の色は黒に近い茶色だったけれど、目の前にいる彼の瞳は深い――深い、紫の瞳だ。妙な郷愁に駆られていたところだったから、……だから、どうでもいい前世の知識を思い出すのと一緒に、錯覚してしまったのだろう。

 開いた窓の向こう、つまり室内の、今は使われていない研究室が並ぶ棟の廊下にあたるはずの場所に、一人の男性が立っていた。それほど年上ではないと思う。どこか雰囲気が大人びているから、同年代には見えなかったけれども。

 じ……、と視線がまっすぐぶつかったせいで妙にそらせなくなってしまい、つかの間沈黙が訪れる。

 答えを待っているらしい見知らぬ相手に、はっと我に返って沈黙を破ったのは私のほうだった。一気に思い出した恥ずかしさに、うっかりにらみつけるようにしてしまう。……相変わらず目はそらせなかったのだけれど。


「……ひ、人の声を盗み聞きするだなんて失礼だとは思いませんのっ?」

「…………すまない。悪気はなかったのだが、確かにそうだな」

「わ、わかればよろしいですわ!」


 我ながら逆ギレもいいところだと思うのに、相手はすっと目を伏せて謝った。思ったよりもあっさり視線がそれたことに拍子抜けしながらも、取り繕うように尊大に言いはなつ。ついでに、あまりにもあっさり謝られて調子が狂った。

 数秒訪れた妙な沈黙に耐えられなくなって、私は口を開く。


「それで、あなたは誰ですの? 見たところ、生徒でも教師でも無さそうですけれど」


 生徒にしては年上に見える。教師ならば私の顔を知らない訳がない。あと考えられるのは学園の図書館を利用しにきた学者だろうが、と私は相手の服装をちらりとみやる。学者にしては随分と機能的というか、どちらかといえば騎士に近いがそれにしてはみすぼらしい……いえ、シンプルな服装だ。


「――ああ、私はギルドに所属する冒険者のキール、という。キール・ヴィクロフだ」


 ギルド、と私は一瞬何だったかと考え込んでそれから納得する。(わたくし)みたいに王都から(むしろ屋敷や学校などから)ほとんど出ない貴族令嬢にはほとんど縁がないところだから、一瞬思い至らなかった。腕に自信があるものや、貧乏で稼がなければならないような者たちは所属して、学園の傍ら小銭を稼いでいるらしいと聞いている。もちろん、優秀な冒険者は王宮に呼ばれたり貴族御用達になったりもしているようだったが。

 思えば、服装は前世の記憶的に言えば「RPGや漫画の冒険者」のような服装である。武器は持っていないし防具も最低限で、今の人生(ヴィヴィアン)の持っていた小汚いあれくれものたちが多いという偏見(イメージ)からしてみれば、思ったよりもシンプルながら小奇麗でもあるけれど。

 なぜそんな人がここに、と思っていればその思いが顔に出ていたのだろうか。来年度、この学園に特別講師として教鞭をとることになっており、その打ち合わせに訪れていたのだと告げてきた。


「その教師未満が、こんなところで何をなさっているんですの? その先には何もありませんわよ」


 問いただすように顔をしかめれば、打ち合わせの後に図書館を利用させてもらっていたのだが、帰ろうと思ったところで迷ってしまったのだという。確かに図書館にほど近いこの場所だけれど、それなら出る前に司書の誰かにでも聞けばよかったのに、と内心で思った。


「――もしできるなら、門へどういったらいいのか、教えてもらえないだろうか」


 控えめにそう言った彼に、私はちょっと躊躇ってから口を開く。


「……その建物からでて、図書館の入り口まで戻ったら、そのまま蛙の銅像のある方角へ道なりに行けばつきますわ」


 別に、答えるのを嫌がる理由なんてないので、思ったよりもすんなりと言葉がでてきた。それでもためらいがあったのはみんなの知る姿(普段のヴィヴィアン)ならきっと尊大な態度で馬鹿にしながら答えなかっただろうからだ(いや、最近の私なら馬鹿にしながらも答えは教えても大丈夫だろうか)。


 ――でも、この人は前の私(エアルドット侯爵令嬢)を知りませんわ。


 紫の瞳を見ながら、それなら、と思う。それなら、別に急に態度が変わっただとか何か企んでいるんじゃないかとか思われることを心配する必要がないじゃない。


「――ありがとう」


 微かなほほえみとともに告げられた言葉に、私は少しだけ目を見開く。

 そのまま立ち去る彼を見送ってから、深く息を吐いた。

 前世の価値観的に「ふつう」のやり取りに、思ったよりも、妙な安心感と落ち着きのなさを覚えて。そのことに、なんだかちょっと衝撃を受けたような気がしたものだから。


 ――相変わらず、道は遠そうですわね……。


 そう思って立ち上がる。なんだか疲れた気がするわ、と制服の裾を整えて私も先ほどの彼に教えたのとは別の道を使うことにして門へと歩き出した。早く帰って、紅茶でも飲みながらのんびりして、それから部屋で読書をしよう。……お父様の妨害が入らなければ、ですけれど。

 角を曲がった先、で、思わず人にぶつかりそうになってたたらを踏む。とっさに対生徒用の態度に切り替わって「危ないですわ、きちんと前を――」と言いかけて、思わず口をつぐんだ。


「――前を見るのはお前だろう、エアルドット」


 厳しい声をかけてきたのは、この国の王子で。ふわりと揺れるピンクがかった金髪。青い厳しい瞳に、思わずひるむ。彼の先には、ヴィンス様もいた。なにやら歓談をしていたようだ。


「……あら、ごめんあそばせ、ルーカス様、ヴィンス様」


 それにしてもこんなところでお会いできるだなんて運命のようですわね、よろしければこの後お茶でもいかが? この前、お父様が最高級の茶葉を取り寄せてくださいましたの。

 という言葉が流れるように口から溢れそうになって、私は口をつぐむ。前世の価値観が、「どこのナンパだよ」と素っ頓狂な突っ込みを入れた。とたん、ちょっと恥ずかしくなる。そんなつもりじゃありませんわ、と自分に言い訳するはめになってしまった。

 まあ、そりゃあお茶をご一緒できたら眼福だろうけれど、この前のヴィンス様はなんだか意味がわからなくて怖かったし、きっとお二人にそろって冷たい視線を浴びさせられるだろうことは目に見えている。そもそも私は今から帰ろうと思っていたのだ。

 ついでに言えば、シャノンたちに「また1人で彼らと会った」なんて知られたら、今度こそ村八分かもしれないし。

 数秒のうちにそんなことを考えてから、私は口を開いた。


「折角お会いできたのは嬉しいですけれど、(わたくし)、そろそろ迎えが来てしまいますので失礼致しますわ。それでは、お二方、ごきげんよう」


 拍子抜けしたような表情になるルーカス殿下に、ひどく眉を顰めるヴィンス様。どちらの反応もひどいものだ、と内心で苦笑しながら、けれどここで何か言葉をかけられて下手なぼろを出すのはごめんだ足早にその場を立ち去る。


 ……なんだか、最近こうして彼らから逃げるように立ち去ることが増えましたわね、とある意味問題かもしれないことに気付いて頭を抱えながら。

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