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悪役娘の巻き込まれ恋愛譚  作者: 天野きつね
【原作前】篇
15/23

第十二話 息抜きにおしゃべりはいかが?

 王子たち(優良株)たちの「何を言っているんだこいつ」という目に地味にがりごりと精神を削られたけれど(いくら過去の恥をえぐられても、顔は本当にかっこよくて好みではあるのだ)、なんとか彼らがあいさつを受けに立ち去っていくのを見送って。

 さあ私も王妃様に立ち去るご挨拶をして、早々に取り巻き(おともだち)を引き連れて適当な場所を陣取ってしまおうと決意した。彼女たちとしても、お目当ての人たちに会えた時点でここにいる必要はなくなっているはずだし。義務を果たし終えているのだから、不自然でもないはず。


「いつお会いしても、ルーカス殿下は麗しいですわね。さすがエレーナ様のご子息ですわ」


 だから、私は王妃様に向き直って業務用笑顔(ほほえみ)を浮かべる。

 この後に私は、「そんなエレーナ様を(わたくし)たちが独占してしまってはいけませんわ」とありきたりな言葉を続けるつもりだった。けれども、その前にエレーナ様が口を開いていて。


「あなたは、アイリーンによく似ているわね」

「、――よく、言われますわ」


 反射的に「とんでもない!」と言いたくなった自分を抑えて私はなんでもないように苦笑してみせた。だけれど、内心は予想外の言葉にどきどきとしている。先ほどまでは見事な人形的笑顔(ポーカーフェイス)だったはずのエレーナ様が、急に人間味を帯びた、懐かしむような驚いたような笑みを浮かべてそんなことをいいだしたものだから。突然、どうしてそんな言葉をかけてきたのだろう?

 ちなみに、母に似ている、と言われてとっさに否定したかったのは、前の私(ヴィヴィアン)の覚えている感情のせいである。私の知っている母は病んでいた。体も心も。だから、私は絶対あんな風にならない、あんな醜い女のようなものにはなりたくないとどこかで思っていた名残なのだろう。この、瞬間的に湧き上がってきた嫌悪感は。……お父様に同じことを言われても気にならないのは、たぶんお父様がお母さまを誰もよりも愛していただろうこと、そして娘の私も同じくらい愛してくれていたことを知っているからだ。その言葉に裏があるかもしれないだなんて疑うことができないから。

 我ながら最低の娘ですわね、とこっそり自嘲する。それでも確かに愛してくれていたお母さまだったというのに。

 そんな私をよそに、エレーナ様はふと目を伏せる。


「アイリーンは少し前に亡くなったのでしたね。できることなら葬儀にも出たかったのだけれど……」 


 その悲しげな声音に、私は思わずエレーナ様に問いかけた。アイリーン、と母の名前を呼ぶ様子に、どこか親しげなものがあったから。


「エレーナ様は、わたくしの母をご存じなのですか?」

「もちろんよ! アイリーンは、あたくしの大事な友だでした」


 ……思えば、当たり前なのかもしれない。エレーナ様は王妃、そして母はかつて王妃候補であったという。王妃の座を巡って争っていたのか、それとも互いに切磋琢磨していたのかはわからないけれど、互いを知らないだなんてことあるはずがない。年もそう離れていないはずだし、王妃云々を抜きにしても、社交界で顔を合わせていたはずだ。――もしかしたら、私と同じように学園に通って、そこで友達だっただなんてことも考えられるのだ。

 

「……母は、……エレーナ様から見て、母はどんな人だったのでしょうか?」


 うっかり問いかけてから、私ははたと我に返る。先ほど、いつまでも王妃様(ホスト)の前に陣取っているのはよろしくないと思っていたばかりだというのに、何で話を広げようとしているのよ私は!

 内心焦る私に、王妃様は「あら」と目を瞬いて、やさしげに目元を緩めた。え。


「いいですよ。話してあげましょう」


 そこは、断ってくださってもよかったです王妃様(エレーナ様)。ああもう、話を聞きたいのは確かですけれど、えっそんなことの話が始まるの?と困惑している後ろのおともだち(取り巻き)たちが気がかりでしょうがないですわ! これは、後でシャノンたちの不審な目と探りとさりげない嫌味を覚悟しなくてはならないかもしれない。彼女たちはそれよりも内輪でのおしゃべりや優良物件の物色などに忙しくしていたいはずなのだ。そして、それは、私も少し前まではそうだったのだから、エアルドット令嬢率いるグループにとっては、それが当たり前だった。彼女たちにとっては関係のない、聞いていても役に立つとは思えないつまらない話に、彼女たちをつきあわせてしまうのは忍びないし、何よりもヴィヴィアン(自分)の心が「誰かにきかれたくない」と叫んでいる。それが「ちょっとおかしい母」を知られることの羞恥心なのか、「大切な母の昔のこと」を聞かれたくないという独占欲なのかはわからないけれど。

 この場をどうしたらうまく過ごせるのか、いっそ前の私(ヴィヴィアン)らしく理由もなく傲慢にこの場から追い払ってしまおうかだなんてやけっぱちな方法まで考え付いたそのとき(といってもわずか数秒だろうけれど)、救いの声は正しく私の目の前に存在していた。


「せっかくですもの、座っておしゃべりいたしましょう? ――みなさん、ちょっと彼女を借りますわね。よかったらあなたたちは、あちらの料理を楽しんでらして? 今日のケーキは料理長たちの自信作なのよ?」


 


「アイリーンはね、あたくしの良き友人で、良きライバルだったわ」


 取り巻きたちが追い払われて(シャノンの目が怖かった)、休憩用にしつらえられたソファー(それも王族やそれに親しい人たちが使う特別用だ!)に並んで腰かける。いまさらながらに、前世の私の価値観が「王妃様とか雲の上の超えらい存在!」と余計な主張をし始めて緊張していた。しっかりと敬意と礼儀をはらう必要があるという点では「超えらい存在」と主張するのはいいのだが、無駄に緊張するのは違う。余計な主張(こと)をしないでちょうだい!とちょっとわめきたくなった。

 時折、王妃様(とついでにエアルドット公爵令嬢())に挨拶をして去っていく招待客たちに中断されながらも、アイリーン()の思い出話が続く。

 母とエレーナ様が出会ったのはこうしたガーデンパーティーであったこと。

 最初は互いにあまり仲が良くなかったこと。

 学園で張り合ったこと。


「あの子はまっすぐで、でも少しだけ気が短くて。それに、炎のような鮮やかな髪色にふさわしく、明るく華やかな性格でもあったわ」


 懐かしいわね、と頬を緩めるエレーナ様は、思い出に引きずられているのかどこか少女のような表情をする。

 その時は王妃候補だということは知らされていなかったが、それとなく互いに察していたこと。

 そういったこともあって、互いに成績などを競い合っていたこと。炎の魔術がとても得意で、時々爆発を起こしていたこと。そのほか成績でも(アイリーン)は学園でも優秀であったらしい。……私とは大違いだ。正直言って私の成績は底辺だし、魔術だなんて相変わらず不発もいいところ。


「ふふ、アイリーンったら努力家なのに、自分が努力する姿は絶対に見せたがらなかったの。――強くて、きれいで、……けれど、だからこそ脆くもあったのでしょうね」


 ふとエレーナ様の表情が陰った。しかし、理由を尋ねようとする前にそれはすぐにポーカーフェイス(ほほえみ)に代わる。

 ……思った以上に、母は周りに好かれていたのかもしれない。

 父が語る母とも、私が知っている母とも違う、若いころの、ただの娘だった母の話に、私は思わず引き込まれた。ぐっと母が身近な人物に感じられる気がする。けれど同時に、どこか知らない人間のようにも感じてしまって。

 少しだけ、戸惑う。


 その後、家庭の事情(・・・・・)で結局(オズワルド)と結婚してしまい、交流は途絶えてしまったのだというエレーナ様は、そのままずっと感情のない笑み(ポーカーフェイス)だった。

 正直、父についても少し聞いていたいと思ったのだけれど、なんとなく……、なんとなく聞きづらい雰囲気があって、口をつぐむ。

 そのまま、話は緩やかに移り変わり、そしてエレーナ様は別の招待客も交えて話をはじめて。そろそろ暇の時間だろうと悟る。立ち上がって、母の話をしてくれたお礼を告げてその場を立ち去った。




 初めて聞いた他人から見た(アイリーン)の姿に、不思議な気持ちになりながらも、取り巻き(おともだち)たちがどこにいるのかを探す。さすが王宮の第四庭園だけあって広く美しいこの庭は、人を探すにはとても不向きだった。この維持がどれだけ大変なんだろう、とうっかり遠い目を仕掛けたのはやっぱり前世の価値観による弊害に違いない。……いや、そのぶんこの庭のすごさを体感でき、美しさを称賛できるということにしておこう。

 迷路とまでは言わないけれど、少し入り組んだ生垣なんかもあって、少し散策するだけでも十分楽しいだろう。正直、取り巻き(こまどり)たちのもとへと戻るよりも一人でこの庭を堪能したほうがよっぽど楽しい気がする。別に彼女たちが嫌いだというわけではないのだけれど。正直、彼女たちを相手取っているととても気疲れするというか、緊張を強いられるのだ。

 ちょっとだけなら、とふと私は人がたくさんいる場所をちらりと見て思う。


 ――ちょっとだけなら、ちょっと息抜きに「迷う」ぐらいなら、いいですわよね……?


 それに姦しいはずの取り巻きたちの姿は、見つけることができない。ふつう、私を待っているならばわかりやすい場所にいるはずでしょう!? だなんて一瞬だけいらっとして、小さく首を振る。いけない癖ですわよ、(ヴィヴィアン)。これだけ広い場所で、私だけ一人になったのだから(しかも、私もそれを望んでいたのだから)、ある意味自業自得だ。

 それに、あなたたちを探して迷っていたのよ、という口実もできることだし。そう思って、少しだけ溜飲を下げる。我ながらひどい考えだけれど。

 私は、周りに視線を巡らせながら、ゆっくりと自分の気の向くままに歩き出した。一応人探しを名目としているけれど、鑑賞しているのは庭だ。……ガーデンパーティーに参加する令嬢としてはよろしくない傾向だけれど、息抜きに来たのだからこのぐらいは大目に見てほしい、だなんて勝手を思う。

 ……そんな勝手なことばかり思っていたのが悪かったのだろうか。

 生け垣を曲がった先は、やや木陰になった小さな空間だった。休憩スペースなのだろう。石でできたベンチには令嬢たちに配慮しているらしく品の良い華やかさのあるクッションが置かれていた。花も植えられていて、目に優しい。


「……疲れましたわね」


 ふう、と息を吐いて、誰もいないのをいいことにそのベンチに腰掛ける。……学園のあのベンチとは比べるべくもない座り心地ですわね、と思ったそのとき、不意にがさりと音がして一瞬だけ心臓がはねた。誰か来たのか、とそちらを見る。……大丈夫、見られて困るようなことは(今回は)していない(はずだ)。


「………」

「…………ごきげんよう、ヴィンス様」

「…………失礼、お邪魔をしたようですね。すぐに立ち去ります」

「あら、邪魔だなんてとんでもございませんわ!」


 私をみると同時に虫けらを見つけてしまったかのようにしかめられる美しい顔。気が付かないふりができたらよかったのにと現実逃避をするが、ばっちり視線がかちあってしまったのでそういうわけにもいかない。ついでにいえば、条件反射的に私はにっこりと笑みを浮かべて立ち上がっていた。流れるような動作でヴィンス様に近づいて、媚びを売るように小首をかしげて上目遣い。


「どうぞお座りになって? ヴィンス様も少し息を抜きにきたのでしょう?」


 私は息抜きできそうもないですけれど、と内心でぼやいたところらへんで、ああまたやってしまったわと気づいた。いい加減、この癖も治ってくれればいいのにと思うけれど。ここに取り巻きたちがいたならばこの行動をするのがヴィヴィアンらしい(正解)だから、何とも言えない。流れるようにボディタッチ(セクハラ)(腕を引くとか)しなかっただけマシになっただろう。前だったら腕を引いて無理やり隣に座らせることぐらいやりかねない。

 それよりもヴィンス様のまなざしが絶対零度だ。残念ながら前のように他人から向けられる感情に絶望的な鈍感さを発揮できないし、見目麗しい男性から虫けらを見るような目で見られて喜ぶ趣味ももちあわせていない。思わず小さく嘆息。それを聞きとめたらしいヴィンス様の眉がくいっと上がる。


「……(わたくし)はそろそろ友人たちを探しに行かなくてはいけませんの。ですからとても残念ですけれどもう行かなくては。もっとお話ししたかったのですけれど、それはまたの機会にぜひお願いいたしますわ」


 言い訳のように言い放った言葉。媚びながら言っても、つまらなそうに言っても、どちらにせよ失礼な言葉だ。どんな表情をしていったらいいのかわからなくなって、私はかろうじて余裕そうな笑みを浮かべていた、と思う。ともかくも、私はいなくなるから自由に休憩でも待ち合わせでも息抜きでもしていればいいんですわ。

 そんなことを思いながら(若干逆切れが入っている)、ヴィンス様の横をすり抜けて人のたくさんいる方向へと向かおうとしたその時。


「……、君は」

「っ、え?」


 がしり、と腕をつかまれ思わず私は前につんのめる。バランスを崩しかけたがその原因であるつかまれた腕によって逆に支えられる。


「何をするんですの!?」


 驚いて思わず怒ったような声をあげてしまうが、ヴィンス様は眉をひそめて「それがあなたの本性ですか」と私を見下ろした。……どういう意味ですの、それは。


「最近随分と演技が下手になったようですね。……まあ、そうなったからこそ僕もあなたの演技に気付けたのだからあまり言えたことではないのですが」

「……何の話ですの?」


 なんだか、変な誤解が生じている気がして、思わず眉を顰める。演技ってなんの話なのだろう。というか本性ってなんだ。最近は前の価値観(ヴィヴィアン)にブレーキをかけていたり、ちょっとごまかしたり、前世の価値観をごまかして自分の癖に身を任せているぐらいで、咎められるような演技をしていたつもりはない。……たぶん。


「前のほうが、まだましでしたよあなたは。僕たちを完璧に欺いていたという点でね。……それとも、それ自体が僕らの興味を引くための新しい演技なのですか?」

「意味が分かりませんわ」

「ごまかすのも下手になりましたね。……あの優秀なエアルドット侯爵の唯一の汚点が、媚びを売るしか能のないあなたのへの溺愛だと思っていたのですが、なかなかどうして」

「……意味が分からない、と言っているんですの。それよりも腕を放してくださいます? ヴィンス様。(わたくし)、お友達をさがしに行きたいのですわ」


 見下ろした目が細くなる。私の背筋がひやりと冷えた気がした。……意味が分からないけれど、絶対に何か誤解をされている。私が、いつ、彼らを欺いた。彼らをごまかせるような欺き方は、前の私にはできなかったはずだ。しいて言うならばライバルの蹴落とし、平民いじめなんかを隠してはいたが、今思うと隠すというのもおこがましいぐらいの隠し方だったはず。

 息をするようにののしられている気がするが、そこにイラッとするよりも何か生じているらしい誤解に恐怖を覚えた。

 思わず腕を振り払えば、存外簡単に放されて少しだけ拍子抜け。


「それでは失礼いたしますわね」


 そのまま、逃げ出すように私はその場から立ち去ることに成功。人の多い場所へと向かえば、ひと際騒がしい集団がいて、ほっと息を吐いて近寄る。


「やっと見つけましたわ!」

「ヴィヴィアン様! お待ちしておりましたのよ? エレーナ様とはどんなお話をしましたの?」


 シャノンたちが、にこやかに(けれどどこか探るような色をはらんで)、私を迎え入れる。……もういっそ、具合が悪いといって帰ってはダメかしら、という思いがうっかり頭をよぎった。だめね、そんなことしたらお父様にしばらく家で療養しなさいっていわれるのがオチだわ。


 ――ああもう! 息抜きに来たはずですのに、全く息抜きにならなかっただなんてどういうことなの……!?

無駄に緊張感漂うヴィヴィアン。

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