第十一話 息抜きにガーデンパーティーはいかが?
パーティーや貴族のルールその他、曖昧知識とねつ造作法で失礼いたします。
わがまま放題の令嬢にだって、無意味に怠ると周りからつまはじきにされてしまう「義務」がある。
私がそのことを思い出したのは、父親から一通の招待状を受け取った時だった。
「…………――王妃様のガーデンパーティー?」
「そう。エレーナ様の主催するガーデンパーティーが王城の第四庭園で行われるそうだよ。前にも何度か呼ばれたことがあったろう? 年若い貴族の子女たちが招かれているいるから、きっとヴィヴィーも楽しめるだろうね。まあ、つまらなければ途中で帰ってくればいいのだから、気軽に参加しておいで」
いつも通りの朝の時間。いつの間に屋敷を訪れていたのかわからない父親(もはや気に留めるのもあきらめた)とともに過ごす家族団欒の時間に手渡された手紙には、王家の紋章が入っていた。甘い微笑みに、ほんの少しの翳りを見せて渡されたそれを、私はまじまじと見つめる。
確かに前にももらったことがある招待状だ。
王妃は、時折若い貴族の子女を集めてこういうパーティーを行っている。もちろん、大人を招くパーティーは頻繁に開いているが、それとは別に大人と子供のはざまにいるような若い令嬢や子息たちを招いて行うものもあるのだ。年若い貴族たちの交流の場を設けるということもあるだろうし、社交の練習の場の提供ということもあるのかもしれない。
私たち貴族の子女は、ある程度の年齢になったらデビュタントを経て社交界に入る。その年齢は遅くとも17歳ほどで、もちろん私はもうすでに社交界デビューをしていた。
しかし、社交界デビューをしたといっても学生であるうちにはさほど社交の必要性がない。定期的に開く情報交換のためのサロンも、お茶会も、パーティーも、あくまで身内か友人たちを招く程度の規模までで許されるのだ。いうなれば今は猶予期間か、社交界にゆっくりとなれるための期間なのだろう。
交流なら学園で十分な気がするが、学園とパーティーでは交流のもつ役割が違う。
学園では、身分の差を気にせずに人材を、人脈を獲得するための交流を。
パーティーでは、身分差をわきまえ、それに応じたマナーと処世術、社交術を身に着けて、相応の湯人関係や人脈をつくるための交流を。
それぞれ深めて、自分の糧とするためなのだ。
王妃様のパーティーは、身分相応の処世術と交流を行うもののなかで、もっとも初心者向けであるのと同時に重要な位置を占めるもの。
もちろん、出なくても表だって咎められるというわけではない。けれど、王家主催のパーティーに出られることは一種のステータスだし、出ないという選択肢はヴィヴィアンのプライドが許さなかった。病気でもない限り、貴族令嬢たちの間で共通の行事や話題に参加できなくなるというのはつまはじきの第一歩だから。
正直な話、今までの所業を考えると、正直社交とか羞恥心で穴を掘って埋まりたくなってしまうのだけれど。
それでも社交は、貴族の義務である。出ないわけにはいかない。
…………とまあ、偉そうに語ってみたところで、おめかししがいのある機会にドレス好きの私の心がうきうきとし始めてしまったというのは隠せなかったりする。
――し、仕方ないじゃない、ドレスもアクセサリーもおしゃれも大好きなんですもの……!
私は子供のころから着道楽――というか、ドレスとおめかしが大好きだった。自分改革に乗り出している今でも、毎朝ドレスを選ぶ時間はわくわくするし、休みの日に友人のお茶会に呼ばれたりするときは気合を入れておしゃれを楽しんでいる。さすがに、毎朝のドレス選びは長時間だなんて時間の無駄だと思うけれど、最近はいかに早く満足のいくコーディネートをするかというゲーム感覚だったりするのだ。たまに前世の価値観がそんな自分にあきれ返ったり戦慄を覚えたりするけれど、こればかりはここで育った私の感情が勝った。
それに最近、私も割と自分改革を頑張ってきていると、思う。
父親による攻撃を何とか耐えきって(たまに負けているけれど)、勉強も何とか授業に追いつき始めて(たまに思考が泳いでしまうけれど)、ちょっとずつ取り巻きの弱い者苛めをいさめはじめ(怪訝そうな視線に負けそうになるけれど)、魔法の訓練も努力し(不発が多すぎるけれど)、身を慎んでいるのだ。
――た、たまには私も、自分へのご褒美に思いっきり好きなことをしたって、いいですわよね?
誰に聞いているのだという話だが、心の中でひっそりと問いかけた。
「楽しみですわ、お父様」
あっさりと誘惑に負けた私は、思わず満面の笑みでそんなことを言ってしまって。
あっさりととろりと甘い笑みに崩れた父に、「じゃあ、新しいドレスを買ってあげよう」だなんていう甘やかしを食らったのだった。……まだまだ修行が足りないと思い知った。切ない。
結局、「たまになら」という言い訳と「貴族の義務である」という免罪符を掲げて存分にドレス選びを楽しんだ私は、四頭立ての馬車に一人乗り、王城の第四庭園へと来ていた。ちなみに、父に買ってもらったオーダーメイドのドレスは十着ほどという大量なもので、私は思いっきりご機嫌になっていたり。……いやね? 買いすぎだろ浪費しすぎだろ無駄多すぎ自重しろ!っていう突っ込みもしたけれど、やっぱりきれいで魅力的なドレスを見ると心がうきうきとしてしまうわけで。
息抜きだから! という言い訳の元で使用人たちを巻き込んで体を磨き上げておめかした時間は実に長かった。楽しかったけれども。
「ヴィヴィアン様」
「あら、シャノン。それに皆様も」
「いつ来るかとお待ちしておりましたわ」
会場についた途端、いつもの取り巻きに囲まれて私はにこりと笑みを作る。色とりどりのドレスの可愛らしい令嬢たち。立食形式で行われるこのガーデンパーティーは、基本的にエスコート役を必要としない、ややカジュアルなものだ。身分の低いものから順に会場入りして、最後に王族、そして今回の主催者である王妃様と王様が入場して挨拶をしたところで、やっとパーティーは始まるのだ。
私が来るのは、当然最後に近い。彼女たちとてそれほど速くきたわけではないが、こうして相手を「待たせる」というのは一つのステータスでもあった。この場に限っては。
「今日もヴィヴィアン様のドレスは素敵ですわね」
「本当に。よくお似合いになられていますわ!」
「どこでおつくりになられたの?」
「馬鹿ね、私たちでは到底まねできないわよ」
「そうよ、ドレスはもちろんのこと、ヴィヴィアン様が着るからこそ美しいのだもの」
賛辞の嵐に、私はふふふと笑んで見せる。……四割ぐらいは、本気でうれしかったり。
「そういっていただけると嬉しいですわ。私も、今日のドレスには自信がありますの!」
私のコーディネートですのよ、当たり前でしょう!? と言いそうになるのを微妙に軌道修正する。とんだナルシストだけれど、実際、自分のコーディネートには自信があるし、自分がそこそこ美人なのは、まあ、客観的にみてもそうだろうと自覚している。……その分、性格が悪かったわけなのだけれど。
まあ、今日ばかりはちょっとばかり前世の価値観の突っ込みをよそへ置いておこう。多少手綱を緩めて自分に素直になってもいいはず。そもそもだいぶダメな自分の性格矯正も頑張っているから、最低限やっちゃまずいことをしそうになったときだけブレーキをかければいい。
自分を甘やかしにかかっているが、ここらで一度息抜きをしとかないと、いつかぷっつんするかもしれないし、そう、これは仕方ないことなのだ!
「みなさん、あれをご覧になって! ルーカス様方ですわ」
「相変わらず麗しい……!」
「ロイド様はいらしてないんですのね……」
「残念ですわ。今日こそはあの方の声をお聞きしたいと思っておりましたのに」
「きっとまた魔術の研究をなさっているんですのね」
「ええ、ロイド様は魔術に夢中ですもの」
王族が取り巻きを引き連れて入場しだしたようである。私はその話をにこやかに、でも控えめに受け流しながら、内心でほうっと息を吐く。ロイド・パウワーには会いたくなかったから本当によかった。ちなみに、魔法をせがまれたあの時以来、なんとか彼とは会うことなくすごしている。できればこれからもそのまま逃げ続けることができたらいいのだが。
シャノンたちは、うっとりと見目麗しい男子たちを眺めながら優良物件についてに花を咲かせ始めた。……学園とは違い、王城では一気に群がるだなんてことができるわけがないので、それだけしかできないともいう。とりあえずバーティー開始の挨拶が終わったら、挨拶をしに真っ先にこの子たちを引き連れていかなきゃいけない。……や、今までは嬉々としていっていたんだけどね? ついでに本当は他の貴族たちのあいさつも受けなきゃいけない立場でもあったんだけどね? 私は本っ当にわがまま娘だったらしく、そういうことをきちんとこなした記憶がない。何をしていたかといえば、目当ての男の子に声をかけた後は付きまとい、ほかの令嬢をけん制し、本人においはらわれちゃった日には周りに当たり散らしながら取り巻きたちとぴーちくぱーちくおしゃべりに興じていた。
――ああああ、もう! 思い出したら帰りたくなってきましたわ……!
うっかり自己嫌悪にかられた私。パーティーは始まってもいないというのに、正直おしゃれして見せびらかしただけで満足してしまっている感がある。自分改革はまあまあうまく(?)いっているようだ(きっと、たぶん)。
遠い目をしながらおしゃべりの流れに身を任せていると、不意に会場のざわめきが波を引くように静かになる。と同時に、ファンファーレが鳴り響き、王妃様と国王陛下がいらっしゃったことが知らされた。
しん、と静まり返る中、庭園の奥から現れたこの国で一番偉い夫婦に、会場全員の視線が集まる。彼らが檀上(ほかのところより一段高くなった場所に設置された王族専用の休憩場所)に立てば、全員が礼をとる。
「みなのもの、顔をあげよ」
見上げた先にいるのは、落ち着いた金髪に深い茶色の瞳の壮年男性。もっとも豪奢な服に身を包み、口元に生やした髭はきれいに整えられている。
その瞳に宿るのは、情の深い、けれど賢明さをたたえた光。
この国で一番偉い人。正直、今までの私にはそんな印象しかなかった。あきれたことに、顔をあまりまともに認識したことがない気がする。今まで、父親がそれとなく陛下に対して負の感情を見せていたからかもしれない。私もそれに倣って、あまり好きな人間であるとは考えてなかった。
しかし。
いま、改めて――いや、初めてきちんと陛下を認識しして思う。――この人は、確かに君主であるなあ、と。ただのわがまま令嬢が何をいってんだ、という話なのが、確かにこの人が王なのだと実感してしまったのだ。ばからしい、ただの錯覚なのかもしれないけれど。
ただ、陛下の空気はなんだか――、そう、父親のようなものだ、と思った。
もちろん私の父親ではない。なんというか、時に厳粛で、時に優しくて、誇りと目標にしたい理想的な父親像といえばいいのだろうか。
王妃殿下があいさつを述べていたが、私はそれをうっかり聞き逃してしまっていて。
「――未来ある若者たちに、乾杯を」
最後に陛下がした開始の合図の声が、やけに印象的だったのだけ覚えている。
陛下は、公務が忙しいらしくそのあとすぐに会場からいなくなった。ゆっくりと会場にざわめきが満ち、ぴんと張るようだった空気がゆるむ。
思えば、あの陛下がどんな方なのか、どんな功績を残しているのか、どんな政治をしているのか全くしらない。歴史や世界情勢の本も徐々に読んではいるが、全体の流れを大まかにつかむ程度で近代のことについて詳しくなんて勉強していなかったのだ。
パーティーが終わったら、最初に勉強するのはそれにしようと決めて、私は息を吐く。
そして、気合を入れて今日の一番重要な貴族の義務をこなすため、取り巻きたちに声をかけた。主催者にご挨拶に行きましょう、と。
彼女たちは待っていましたとばかりに微笑んで、私たちは塊で人々の合間を縫って王妃殿下のもとへと向かう。
「――あら、エアルドット侯爵令嬢、それにワギンガム伯爵令嬢たちも」
「こんにちは、エレーナ様。本日は素敵なガーデンパーティーにご招待くださりありがとうございます」
私が最初にそう感謝の気持ちを礼に表わすと、それに倣って取り巻きたちも口々に礼をとった。
ふたつみっつ世間話を交わして、よし立ち去ろうと思ったその時、取り巻き少女B―-アニタ・ハトルスが嬉しそうに小さく声を上げた。
「ルーカス様……! それにヴィンス様も」
途端、取り巻きたちの表情が喜色にあふれる。
すぐに声をかけたそうにしているが、さすがに身分順から言って私があいさつを申し上げないと彼女たちは声をかけられない(ダメってわけじゃないけれど、悲しいかな、私がいるところで私を差し置いたら私に何をされるかわからないというのもあるんだろう)。
ここであいさつをしないのも不自然だ、というわけで私はにっこりと業務用笑顔で一礼した。
「こんにちは、ルーカス様、ヴィンス様。ここでお会いできてうれしいですわ」
「…………今日は、母の催したパーティーによくぞきてくれた。俺がいうことではないが、存分に楽しんでいくがいい」
可もなく不可もなく(侯爵令嬢としては無難すぎていまいち)な挨拶をすれば、相手側も少々間をあけて口を開いた。しぶしぶ、というのがあからさまに見て取れる社交辞令に、けれど周りはきゃあと嬉しそうにする。……わたくしも前はこんな感じ、いえこれ以上だったんですのね、とちょっと目が遠くなった。現実逃避したいですわ。
ひとつふたつしゃべった後は、ほかの子たちが彼らに群がって次々に言葉をかけていく。楽しそうにしているのは結構だが、やんわりと会話を切り上げたがっているのに気付いてあげてほしい。
それに王妃様が、と私はちらりと横を見て。刹那、はっとして、思わず血の気が引いていくのに気付いた。
――王妃様がいらっしゃる前で、私たちはいったい何をしているというの……!?
怒っていらっしゃるわけではない。普段通り穏やかな微笑みを浮かべていらっしゃる。
が、主催者の目の前で、彼女の目を気にすることもなく彼女の息子に群がるとか……! ついでに言えば、王妃様を割と無視した形になっているという悲惨っぷり。一応形式的な挨拶は終えていたとはいえ、不敬にあたるだろう。
やってしまいましたわ、という気分になりながら、私はあわてて彼女たちを止めにかかった。
「――皆様、あまりしつこくしてはいけませんわ。ガーデンパーティーは始まったばかり。後でいくらでもお話する機会があるでしょうし、ルーカス様たちのご挨拶の邪魔をしては迷惑になってしまいますもの」
ね? とほほ笑んで見せれば、彼女たちはやや不満そうにしながらも「そうですわね」と引き下がり。
……ヴィヴィアンがいうなっていう視線、やめてほしいんだけれどルーカス殿下。ヴィンス様もその未知の生物を見るような毛虫を見るような眼はやめてほしい。
――まあ、いままで私がさんざんしつこくしていたからしかたないのですけれど。
むしろ王妃様なんてどうでもいいと気にさえ止めておらず、彼女たちよりもっとひどい醜態をさらしていたのだと思うと……、憤死したくなる。
埋まるのに適した穴はないかしら、とちょっとだけうつろな目になったのだった。
王様に恋したとか恋愛フラグがたったとかそんなことはない。
はっちゃける方向がずれたためにあまりはっちゃけっぷりが発揮されないヴィヴィアン。




