はがしめくりすてる
彼女は、プライバシー保護のために折り返した紙を圧着して閉じてあるのを、ぱりぱりと剥がすタイプのダイレクトメールやハガキが好きだった。
日暮れにはまだだいぶ間のあるこの時間、夕食の買い物を早めに済ませた帰りに、マンションの一階にある集合郵便受けから搔きだしてきた、化粧品広告やクレジットカードの延滞請求書や加入している生命保険からのもっと積み増せというお得なプランの案内、会員になっている駅前のフィットネスクラブのお知らせ。ほかにも、医療費の通知や、このあいだ機種変更したスマートフォンの初期パスワード、それに、休日のたびに夫が覗いているゴルフショップのセールか何かのハガキなどなど。そういったものは、生活していればけっこうやってくるものだ。
剥がすタイプのダイレクトメールやハガキの、角を落とした、紙の厚み分だけの僅かな段差に爪をかけ、抵抗を楽しみながら剥がして最後に折り目をぴんと伸ばす。時々、Z型に折られていて、表裏両方を剥がすものもある。そんなのがポストに入っていたら、彼女は小さな高揚を覚えてしまう。その程度で浮き浮き出来るのは、また随分安いことだと、彼女は自分でもおかしく思う。
でも、それも剥がしてめくるまでだ。そこまでが彼らの人生(?)のハイライトで、あとは出がらしだ。そんなものには、さっさと退場いただくのだ。
剥がしてめくった後、めくられた側はくるりと丸くなる。彼女はそれが嫌いだった。用の済んだ後のハガキときたら最悪だ。テーブルの上に放り出す。ゆらゆらと揺れて定まらないことこのうえない。ほかのものと重ねてどうにかなる丸まりようではない。よほど重い物の下に敷かねばならないし、そこまでして保管するほどのものはほとんど来ない。中を確認した後は、一応ふたつみっつにちぎって、ゴミ箱へ落とす。
しかし彼女は、いくら剥がすのが好きだからといって、わざとカードの引き落としを延滞したりはしない。あたりまえだ。
今日受け取った、彼女宛の剥がすタイプのハガキは二通。夫に宛のはない。あっても、さすがにそれは勝手に剥がせないので意味は無い。
彼女の宛の一通は、すっかり忘れてしまったどこかのブティックからのダイレクトメールだ。剥がすと、このシーズンの新作らしいあまり冴えない服や靴や小物の写真と、自分のIDだという、6桁の数字が並んでいる。
「IDって言われてもねえ」
彼女は、機械的に振られたであろうその数字を見つめて苦笑する。いつもの通り、ちぎってゴミ箱へ捨てた。ブティックは、また来シーズンにも送ってくるのだろうが、彼女はまた同じように、ろくに見もしないでちぎるだろう。6桁の数字が意味を持つことは、たぶん永久にない。
もう一通は、銀行からのようだった。味わうように剥がした彼女は、なおざりに中を一瞥した。細かな数字が羅列してあるが、それをどうにかしろとか書いてあるわけでもなさそうだし、これまで、読まずに捨てたらからといって何か不都合があったためしもない。
ちぎろうとした彼女は、黒い数字や文字の下に、地紋のように細かな数字が書かれているのに気づいた。薄い水色で、目を懲らさないと読み取れない大きさと薄さだった。
よくあるデザインだ。しかし普通は銀行のロゴマークなどを使うのではないかと、彼女は僅かに訝しんだ。とはいえ、それほど不思議に思ったのでもない。彼女の興味は、剥がす快感以外には向けられることは無かった。
彼女は、口座番号をこんなふうに使うことはさすがにないだろうと考え、支店番号か何かかと思ったところで、次の瞬間にはいつものように機械的に手を動かしてちぎり捨てていた。
「さてと、やりますか」
そう言って、彼女は夕食の支度に立った。
彼女が勢いよく椅子を蹴った拍子か、足もとのゴミ箱の中で、ちぎられたハガキの欠片のいくつかが、かさりと音をたてた。そのひとつは、地紋のようにびっしりと数字が書かれている、銀行からの通知だ。
だが彼女は知らない。その数字には一つとして同じ並びが現れず、数字は年々増えていることを。取引銀行と名前が酷似しているがしかし、その銀行が存在しないことを。
通知は来年もやって来るだろう。そして毎回、彼女は読まずにちぎるだろう。翌年、そしてまたその次の年と、数字は増えていく。
だがある年、来なくなる。彼女はそれを気づかないだろう。
気づくことは、できない。
(完)




