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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics―  作者: 七鏡
追い求めるは理想と未来、捨て去るは過去と宿命
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女神の決意

ミアベルが大宗主国につき、アルミオン司祭と接触するのに時間はかからなかった。

アルミオン司祭は温和な人物で、古い友人であるダラス少将の手紙を読むと、真剣な表情でミアベルと手紙を見る。そして、唸る。

自分では、判断ができない。しかし、これに書かれてあることが本当だとしたら、そのまま放置はできない。

レグナの野心、というかその狂信っぷりは普段は隠れて見えないが、魔物や異教に対しての彼の態度に時折現れているのをアルミオンも知っていた。

だからといって、彼が大宗主に刃を向けることはない、と信じていたから、この少女の持ってきた手紙と彼女の言動は衝撃だった。


「ミアベルさん、と言ったね」


「はい」


光彩の少女はコクリとうなずく。バイザーの下からでも、彼女の輝く瞳は見え、その意志の強さを伺える。彼女は嘘をついていないようだし、まだ娘と同じくらいにもかかわらず、強さを感じる。

肉体的なものではなく、精神的な強さ。一体何が彼女をここまで動かすのだろう。

アルミオンは至急大宗主様のもとに行く、と少女に言い、その間はしばし自分の家で待つよう言い残す。

そして娘に彼女の世話を頼み、自身は急ぎグラウキエ=コンクードに走っていった。


ミアベルに茶を持ってきたリナリーは、ふと虹色の髪の少女を見た。

なぜか、初めて会った気がしなかった。


「はじめまして、リナリー・アルミオンです。何もない家ですけど、我慢してくださいね」


水色の髪の少女を見て、静かに頷いたミアベル。彼女は手を差し出し、「よろしく」と言う。

そして、その手を握り返した時、リナリーの中に何かが奔る。

脳に、心に流れ込む、何か。


(これは、何・・・・・・・・・・・・?!)


困惑するリナリーを不審げに見るミアベル。そんな視線にも気づく余裕もなく、リナリーは自分に流れ込むそれに惑う。




思い出して、私。

そして、この悲劇を今度こそ、止めて。


そんな声が、した。





何もない空間。そこに立っていた私はそこに唯一あった扉に向かって落ちて行く。


「さようなら、母さん」


突き放した彼は、私にそう言った。手を伸ばし、私はその人、大宗主様の名を叫んだ。

なんだ、これは?

戸惑うリナリーの脳裏に、次のビジョンが浮かぶ。やはり、それは記憶にないはずの光景で、でも。

なぜか、知っている気がした。



「リナリー!」


「どうしたの、セラーナ」


親友の一人が大慌てで私に話しかける。

大宗主国が滅び、逃げ惑ううちに人も魔族もエルフも、皆が過ごす村、のようなものが形成された。

そんな村の中で、私も治療や農作業をしていた。クィルやエノラのように戦う力は持たないから、こういうことしかできない。


「エノラが、エノラが・・・・・・・・・・・!!」


その言葉に、彼女に何かあったのだろうか、と私は焦る。だが、セラーナの口から出てきた言葉は、私の予想の斜め上であった。


「妊娠しているの!」


「えぇ!?」


驚き、少し声が裏返る。

そんな私の手を引っ張り、セラーナは走り出す。

私たちの暮らす家に向かって。



寝台の上で横たわるエノラ。

横にはクィルが座り、彼女を慈しむような瞳で見ていた。


「エノラ!」


駆け込んできた親友二人を見て、エノラは笑う。


「セラーナもリナリーも慌てて」


クスクス笑うエノラ。そんなエノラに、本当なんだ、と私は呟くと、彼女はコクリとうなずき、自身のお腹に当てられたクィルの手に自身のそれを重ね合わせた。


「ええ」


「そっか」


ここに来てから、いろいろあった。それは辛いことの方が多かった。

それでも、この知らせはそんな辛いことを忘れさせてくれた。

クィルとエノラの共通の夢。共存の世界。その架け橋となってくれるかもしれない二人の子ども。

二人はともに辛い目に合ってきた。互いに思いあうその様は、見ていて羨ましいほどだ。

だから、そんな二人のおめでたい知らせに、私がうれしさを感じないわけがない。

素直に口からは祝福の言葉が出た。


「おめでとう、エノラ。クィル」


「ありがとう、リナリー」


本当にうれしそうに、彼女は笑った。

木漏れ日の中、やがて魚人族の青年と砂色の髪の青年、そして騎士服に身を包んだ少女が来る。

そして、皆が祝福し、笑いあう。

ほんの一時の、幸せの記憶。

知らないはずの記憶に、なぜか私は心ふるえ、目からは涙が零れ落ちた。


ザザ、とノイズが奔り、場面が変わる。




「名前、決めた?」


「まだ」


いい名前、ある?と聞くエノラに、ううん、と私は考え込む。


ふと頭に一つの名前が浮かぶ。


「ミアベル」


「え?」


「ミアベル。どこかの言葉で『祝福』っていう意味なの」


「ミアベル、祝福」


呟いたエノラは、お腹を撫でた。


「いい名前ね。ありがとう、クィルとも相談してみるわ」


「ええ。たっぷり悩んで素敵な名前、付けてあげてね」


私とエノラはフフフ、と笑いあった。



ザザ、とまたノイズが奔る。




「それも、いいだろう」


そう笑い、彼は死ににいく。

その背に手を伸ばし、けれども弱い私は何もできなくて。

去りゆくその背中を見守ることしかできなかった。


叫びたかった。彼の名を、愛おしき魂の伴侶の名を。


(リクター!!)


けれども、私は叫べなかった。

私は戸惑ったのだ。




溢れる涙は止まらない。記憶の中の私は迷い続けていた。

そして。

私の死の瞬間が近づく。


倒れたエノラ、という少女の胸と腹に手を置き、私は祈るように天を見る。


息を吹き返したエノラと、胎動する生命を感じ、私は諦めにも似た笑みを浮かべた。


「さようなら」


そして、私の意識は透明になり、溶けていく。

そして。





私はここにいる。





リナリーの意識が戻り、揺れ動きながらもその瞳がミアベルを見つめる。

そうだ、思い出した。


「ミアベル」


「え?」


まだミアベルは名乗っていない。にもかかわらず、なぜか彼女は自分の名前を知っていた。


「どう、して?」


不思議に思い問うミアベルを、慈愛の瞳で見るリナリー。母や師のような、深い愛情に満ちた目。

そして、悲しみに満ちた目を、バイザー越しに少女は見た。


「知っているわ、だって、あなたの名前は私とエノラが考えたのだから」


「!?」


母の名前、それを聞くことになるとは思っていなかった。

なぜなら、まだこの時、この少女は母とは知り合ってすらいないのだ。なのに。

まるで見て来たかのように、水色の髪の少女は悟った目でミアベルを見ていた。

そんな少女に戸惑うミアベルを、件の少女リナリーは抱きしめる。


「ありがとう、そしてごめんなさい」


礼と謝罪は、なんなのか。ミアベルにはわからない。

泣く少女は、ただひたすら謝罪を繰り返し、懺悔する。

自分がこの少女の運命を変えた。

その罪の意識がリナリーの中にはあった。


「ミアベル、辛い思いをさせたね」


「私は」


「本当は私たちがどうにかしなきゃいけなかったんだ。それなのに、まだ幼いあなたに、重い責任を負わせてしまった。そんな私たちを恨んでいるかもしれない」


でも、それも仕方がないわね、とリナリーは寂しく笑う。


「赦して、ミアベル。私たちを」


そんなリナリーを抱きしめ返すミアベル。

怨みなど、ない。ここに来たのは、彼女の意思だ。

それは、ミアベル自身の責任なのだ。

だから。


「母さんは、あなたたちのことを友人だと、言っていました」


リナリーは泣きはらした目でミアベルを見る。


「母さんも私も、恨んでなんかいません」


きっと、リナリーが救ってくれた。死ぬはずだった、自分とあなたの命を。

そう言い、母は亡き親友に思いを寄せていた。

そんな人に、恨むことなどあるはずはないのだ。


「だから」


「強いね、ミアベル」


その意志の強さは、お母さんとお父さんそっくり。

そう言い、リナリーが少女のバイザーに手を駆ける。

あ、とミアベルが言うが、バイザーはすぐにとられる。太陽の如き輝きを見て、リナリーはほう、と息をつく。失明すらする光を直視し、リナリーは笑った。


「でも、もうあなただけに背負わせない。私にも、責任があるから」


少女は手を握る。

ずっと、逃げてきた。

けれど、もう逃げたくない。

何度繰り返した?

死を、この連鎖を。


「私は、戦うよ」


強い決意の言葉を、リナリーは呟いた。





大宗主より件の少女を連れてくるよう言い渡されたアルミオンが家に帰ると、自身の娘がミアベルとともについて行く、と言い出し、彼は驚く。

なぜか、彼の娘は別人のように感じた。顔も、何もかも彼の知る娘のようでありながら、その面持ち、雰囲気はまるで別人であった。

強い輝きを秘めた瞳。なぜか、その姿が自分たちの信仰するレアレス教の女神の姿と、重なった。


「わかった」


そう言うことしかできなかった。

娘と少女をグラウキエ=コンクードに父は送り届けた。




空中の庭園。

華が咲き誇るそこに、いつものように大宗主はいた。

そして、その瞳がリナリーとミアベルを見る。


「リナリー?なぜ、あなたがここに・・・・・・・・・・・・・」


虹色の髪の少女だけと思っていたのに、リナリーがいたために、少しばかり大宗主は困惑した様子であった。そんな大宗主に、リナリーは言う。


「私にも関係するからです。我が息子、ロイフォル」


「・・・・・・・・・・・・そうか、思い出したのですね・・・・・・・・・・・母さん」


そう言い、フ、と笑う。大宗主はリナリーを見る。

母なるレア女神。そして、事実、彼の母であった人。

それを、少女は思い出したのだろうか。


「長い輪廻の果てに、ようやく私は時計の針を進めることができた」


「母上・・・・・・・・・・・?」


戸惑う大宗主を見て、リナリーは口を開く。


「これから話すことは、すべてこれから起きる未来の話。信用できないでしょうが、聞いてくれますか、ロイ?」


我が子を見てリナリーはそう呟く。大宗主は頷き、母と少女を椅子に促した。




「そんなことが」


流石の大宗主も驚きは隠せなかった。

母の記憶と、少女の伝え聞いた話。それから描き出されたこれからの世界の行く末に、白い長髪を揺らし、驚く青年。

自身の逃げと死が招いた、魔神キュレイアの暴走でこの国は亡び、そして崩壊が始まる。

その未来を、疑うことはない。

母と少女の瞳は、真実だけを語っていたから。

信じたくはない。だが。


「そう、ですか」


大宗主は椅子から立ち上がる。


「ロイ?」


「母さん、至急魔族国に使者を立てます。それと、こちらに潜む敵も、調査します」


そう言った息子を見て、リナリーは言う。


「大宗主国には、私とミアベルが行きます」


「母さん」


「あなたは、この国と、あとそうね・・・・・・・・・・・・・彼女と話してきなさい」


そして、と少女は愛情に満ちた目で息子を見た。


「話してきなさい、あなたの想いを」


「母さん」


「遅すぎるなんてことはないの。そう、生きている限り」


そう言い、大宗主の頬を触れ、寂しげに笑うリナリー。


「ごめんなさい、ロイ。こんな不甲斐無い母で」


「いいえ、母さん」


その手を握り、青年はほほ笑んだ。

母を、恨んだこともあった。この神格すらも、ただの呪い。そう思ったことは何度もあった。

けれども。

母のその悲痛な顔を見ていれば、そんな思いは吹き飛んだ。

彼女もまた、この世界の被害者なのだから。


「決着をつけなくてはなりませんね」


そう言って、ベレフォール公国のあった方向を見たロイ。

大切で、でも逃げ出した少女。

遅すぎた言葉によってもたらされた悲劇。

それを、食い止めなければならない。

決意に満ちた青年の顔を見て、リナリーは彼を抱きしめる。


その様子を見ていたのは、ミアベルだけであった。




空中に浮かぶ魔族の要塞に向かう、とは言うが、どうやっていくのだ、と問うミアベルにリナリーは笑う。


「まあ、見ていて」


そう言い、華の咲き誇るそこに両手を翳し、彼女は言った。


「お願い」


その言葉に答えるかのように、華が伸び、何かの形を作り出す。

そして、ミアベルと大宗主の見守る中、華や蔦、葉が何かを作り出す。


「これ・・・・・・・・・・・・・」


ミアベルの見る中、一つの鳥、というには大きすぎる生物が生まれる。

白く輝くその羽。その背は人二人ほどは簡単に乗れそうな大きさであった。

リナリーのスキルによって作り出されたそれは、創造主を見てその巨体に見合わないかわいらしい声を上げる。

そして甘えるように頭を摺り寄せる取りを撫でながらリナリーは言う。


「この子が導いてくれます」


「母さん、これは?」


「華にも魂は宿っています。その魂の形を少し、変えさせてもらったの」


とはいえ、なんでも好き勝手できるわけではない。

強引に変えた場合は命や自身の身体の一部を要求される。両者の合意会って初めて、彼女のスキルは発動する。


「さあ、行きましょう」


そう言い、ミアベルの手を握り、鳥の背に乗る二人。


「ご無事で」


「あなたも、ちゃんと伝えてきなさい」


そう言い、母と子は顔を見合わせ、頷き合う。

そして、二人を乗せた鳥は、グラウキエ=コンクードから飛び立つ。

大宗主はそれを見送り、自分のすべきことのために長らく篭っていたコンクードの扉をたたいた。

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