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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics―  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
6/88

魔族と姫君 前

この世界には、多くの種族や生物が存在する。

人間やエルフ、ドワーフといった人間種や亜人種。

竜や狼などと言った魔物。


魔物とは、人間などとは違い、魔力の渦から生まれる生物、もしくはそれを祖とした生物の総称である。

魔物には人間種などとは違い、意志や感情を持たない。生物としての本能、もしくは魔力の流れに従い生きている。

こういった生物とは違い、人間種や亜人種は神によって創造された生物である。魔力の歪から生まれた、いわば「事故」や「偶発」で発生した生物ではない、というのが、人間種らの理論である。


しかし、この理論ではどうしてもカテゴライズできない存在が、この世界には存在する。

それが「魔神」と呼ばれる者たちだ。

この「魔神」と呼ばれるものは総じて桁外れの力を持っている。

ある者は世界を一夜で滅ぼせるというし、ある者は神にすら刃向った、ともいう。

事実、彼らに挑んだ英雄や冒険者の多くは死んでいる。常識はずれの存在。それが魔神である。

さて、この魔神はならば「人間もしくは亜人」なのか、「魔物」なのか。

それを分類することはできない。

魔神とは、それぞれ人間や亜人、魔物が何らかの先天的・後天的影響により、独自の進化もしくは変容を遂げた者たちである。

人間だったものや、魔物であったものもいる。そレに至る経緯も多種多様である。

強大な魔力を有する彼らは、先述したカテゴライズに当てはめるにはあまりにも異様であった。

いわば突然変異種である彼ら。

いつからか、人は彼らを神の如きもの、つまりは「魔神」と呼ぶようになった。

魔神がいつごろ現れたのか、は不明である。

しかし、旧い時代より魔神たちは存在し、人気を避けている。

彼らは時たまふらりと現れて災害をもたらす。しかしながら、彼らの間にもある種の共通認識があり、この世界を壊すことの内容に互いに協定を持っているのだという。

現在、世界には大小含めて200の魔神が存在するという。

その中でも、古代の神学者ゾドークによって系列化された66魔神は今でも多くのものが恐れている。




さて、ゾドークによって分類された66の魔神だが、彼らが果たして適切に評価されているのか、というのはいささか疑問が残る。

66の魔神にはそれぞれ異名がついている。『誘惑』『憤怒』『鉄壁』『絶界』・・・・・・・と言った具合に。

だが、66の魔神のうち、少なくとも四分の一はすでに死亡しているらしい。

魔神、と言っても、実は普通より少し強いだけの魔物、もしくはスキルのおかげで話すことができるだけだった、などということだったり、と実はあまりあてにならないものであったりする。

そのため、時たま腕に自信のある者が彷徨い歩いているうちに腕試しに倒していたり、と言うこともある。後になって、魔神と呼ばれていた、と判明することも珍しくはない。


とはいえ、少なくともゾドークが記述した『六大魔神』は本物であろう。

六人の魔神。その力は世界を引き裂く、と言われている。


序列一位、『堕天』ハーイア。

序列二位、『凶星』ハウシュマリア。

序列三位、『絶界』ジャヒーリア。

序列四位、『刻躁』レヴィア=ツィリア。

序列五位、『慟哭』キュレイア。

序列六位、『帝王』トラキア。


現在も姿こそ確認はされていないが、生存していることは確実とされている。

いずれも人間社会にはそれほど干渉することはなく、沈黙を続けている。

人間もまた、不干渉を貫いている。



壇上に立つ教授の言うセリフを半ば聞き流しながら、紫色の三つ編みの髪を揺らす魔術師見習いは、周囲の真面目に講義を受ける学生を見回す。

退屈な授業なのにもかかわらず、皆真剣そのもので、あほらしくなってくる。

もっとも、本当に真面目に受けている学生などいない。皆、教授の目に留まることを目的に、優等生を演じているだけ。魔術師育成の場、と言いながら、実際のところは騎士になりたくないものやなれなかった貴族の子息が箔付けのために入る「お飾り」である。

昔は伝統ある魔法学院として周辺諸国にも知られていたが、今では形骸化している。

彼はうんざりしたように息をつく。

そんな彼を、教授をはじめ、周囲の学生も冷たい視線を送るも、彼はそれを気にしない。

彼はため息をつくと、立ち上がる。

そんな彼を叱責する者はいない。

なにせ、皆彼にかかわる気などないのだから。

教師・生徒から半ば邪魔者扱いされる「魔族」の少年クィルはコツコツと靴の音を響かせて、講堂を出ていった。


クィルは学院内の中庭のベンチの一つに腰を掛ける。

そして、懐から携帯食を取り出す。

乾燥して味気ないものの、腹はそこそこ膨れる。昼には早いが、朝を抜いていたから、クィルはそれをもしゃもしゃ食べる。

水がほしいと思ったが、わざわざ井戸に行くのは面倒だ。


「おい見ろよ、魔族だぜ」


講義のない生徒が、クィルを指しながら陰口を言う。

彼らは聞こえないと思っているようだが、それは間違いだ。

クィルの身体は少なくとも人間よりは優秀だ。当然聴覚もいい。

クィルはそれでも聞こえないふりをして携帯食を食べ終わる。陰口を言われるのは、それこそ小さいころから慣れている。

魔族。それがクィルの属する種族。

しかし、魔族と言ってもいろいろと細かく分類することができる。彼はその中のインヴァティールという種族である。

インヴァテールは同じく魔族である淫魔族と竜人族の混血種である。

淫魔の特徴である紫色の髪と、固い皮膚を持つ。

魔族、とはこの世界に存在する亜人の一種だが、彼らは人間賊やエルフ、ドワーフと言った主だった亜人種に嫌われている。

その理由は、彼らは「闇」に属するもの、もしくは魔物と交わった種族であるからだ。

魔族の特徴、それは祖先が魔神や魔物の突然変異である、と言うことだ。

淫魔族、竜人族、獣人族、吸血種。主だった魔族の種族は皆、魔神の子孫である。

魔神ほどの力は有さず、また、魔物のように魔力の渦から生まれたわけではない彼ら。

太古では種族として認められず、人間たちとの戦いをしていた。自分たちの権利を認めさせるための戦争を。

今の歴史では「退魔戦争」と呼ばれる大戦。それにより、魔族は種族として認められた。しかしながら、今日まで差別は続いており、魔族は隠れ住むものが大半であった。


クィルがこの学院に在籍している理由は、そんな魔族の地位向上のためだ。

お飾りの学校とはいえ、成績上位者は国の重職への道が約束されている。

生まれ持っての才能を生かし、クィルは魔族の地位向上の野望を実現しようとした。

しかし、そんな理想を持ったクィルは、魔族差別の大きな壁に苦しむこととなった。

一人、この学院に来たクィルは、それまで同族と接したことしかなかった。

ゆえに、人間や他の亜人の悪意を受けたことはなかった。

人間と言えども、わかってくれるものがいる、などとクィルは夢想していた。

現実は、そんなに甘くはない、と数日の生活で思い知らされた。


クィルはそんなこんなで友人もいなければ、当初の目的すら失くしてしまっていた。

三年間の生活の中で、理想に燃えたクィルも、流石にその炎をなくしてしまった。

それを誰も責めることはできない。

度重なるいじめ。クィルが劣等生だったならば、まだよかっただろう。だが、彼にとって幸か不幸か、クィルには才能があった。

才能は、彼をより孤独にした。

人の妬み、悪意にさらされたクィルは、いつしか「努力」を忘れた。

そして、あきらめの境地で日々を過ごしていた。



クィルは学生寮に戻ると、備え付けの寝台に寝そべる。

本来ならば二人部屋なのに、住人はクィルのみ。

それはそうか、とクィルは嗤う。誰が好き好んで魔族と同室になるものか。

人間はおろか、エルフもドワーフも魔族を嫌う。自分たちこそ選ばれたもの、という誇りがあるのだ。


(くだらねえ選民思想)


クィルはそう思うと、自分の手を見る。

よく見ると、肌はうろこ状になっている。本当によく見なければ気づけないほど。

外見的な違いはそんなにないにもかかわらず、人間たちはクィルたちを化け物のように扱う。

魔族の中には、奴隷として取引される者もいる。犬や猫の獣人の少女の辿る道は悲惨だという。

なぜ、こうまで悪意を向けることができるのか、クィルには不思議でたまらない。

結局のところ、魔神とて元は人間やエルフであった、というケースは珍しくない。むしろ、魔物から進化する、という方が珍しい。

都合の悪いことは忘れる。そんな無神経さに、苛立ちを覚えないわけでもない。

やり場のない怒りは、しかしすぐに消えた。

無駄なことだ、忘れろ。クィルは自分に言い聞かせ、諦めた。

諦める、ということをクィルは憶えてしまった。

もう、かつての理想も遠く色あせてしまった。





クィルは学院からの課題、ということで学院の敷地内にある研究塔に来ていた。

研究等の下半分は、学生用の書物や訓練設備がある。彼はそこの書物庫で調べ物をしていた。

課題は一人一人違い、クィルに与えられた課題は『魔神について』であった。

そういったことで、クィルは魔神についてのレポートを作成することとなった。


「魔神ねえ」


クィルはため息をついて書物をめくる。

ゾドークの著作『魔神事典』は、冒険者や魔術師に必須の書物である。

魔神について最も詳しい本、と言えばこれであろう。

とはいえ、だいぶ情報は古い。先の授業でもいわれているように、66魔神の四分の一は死んでいるのだから。

つい最近確認された死亡した魔神は序列61位『腐食』ズオウレイル。醜いトカゲの外見の絵が描かれ、能力欄には周囲の大地を腐食させる、強酸を吐くなど、と書かれている。

その半年前には序列30位『沈黙』セウスが消息不明になった、という報告がなされていた。

66魔神と言っても、案外大したことはないのかもしれない。

勿論、序列一桁は桁外れではあるようだが。


「おや、クィル。こんなところで何をしているんだい?」


凛とした声。その声を聴き、クィルは書物から顔を上げる。


「ああ、エノラ先輩ですか」


「ああ、ってテキトウな挨拶だなあ」


そう苦笑するのは、気の強そうな黒髪黒目の少女である。

名をエノラ・アンスウェル。本当はもっとややこしい名であるが、そう名乗っている。

とある国のお姫様だが、この学院に留学している。

凛とした外見の美少女ではあるが、いささか変わった人物で、公正や正義、平等を重んじる堅物である。

ほかの人間とは違い、魔族を差別することはなく、クィルに対してもほかの人間のように接する。

面倒くさい人物ではあるが、嫌いに離れない人物。それがエノラだった。

一年先輩であり、友人、とは言えないが恐らく魔族以外で親しい者は彼女くらいだろう。


「課題ですよ、レポート。魔神についてね」


「なるほど、でも君ならそんな本見ずともかけるだろう?」


エノラが笑って言うと、まあね、とクィルは返す。


「俺が書くと、いろいろと教師にとっての不都合なこととか書くから、適当にこれから引用したほうがいいと思いましてね」


「なるほど。君も大変だな」


そう言い、エノラはため息をつく。


「まったく、人間はつくづく救いがたいものだよ」


「先輩も人間でしょう」


「だから余計、そう感じるんだよ」


エノラはそう呟くと、クィルの正面の席に座る。


「いいんですか?俺と話していて・・・・・・・・・またいろいろ言われますよ」


「言いたい奴には言わせておけばいい」


何とも頼もしいエノラの言葉に、クィルは苦笑する。

これで姫君と言うのだから驚きだ。彼女が王位を継承することは順位的にあり得ないそうだが、彼女が女王となれば、きっと魔族に対する風当たりも少しは弱くなるかもしれない、などとクィルは思った。


「なんで、先輩は俺に構うんですか?」


「なんだい、君は迷惑かい?」


「いえ、そういうわけでは・・・・・・・・・・」


「ふふ、なんでだろうね」


エノラはそう言い笑う。


「きっと、私は君に兄を重ねているんだと思う」


「お兄さんを、ですか・・・・・・・・・」


エノラの身の上話を、クィルは聞いたことはなかった。彼女は「王女」と言う身分を嫌っているように見えたから、そう言った話はしないようクィルは気を使っていた。


「ああ、彼はとても努力家だったんだが、残酷なことにね、スキルを持っていなかったんだ」


「・・・・・・・・・・・無能力者、ということですか」


「そう」


エノラは悲しそうに笑い、頷く。

無能力者。それは、神の恩恵を受けられなかったもの。

魔族でさえ、神の恩恵たるスキルを持つのみ、それすら得られないものは、それこそ碌な扱いをされない。


「上の兄上たちも、下にいる私や弟たちも、皆スキルを持っていた。差はあったが、皆使えないスキルではない。そんな中で兄一人だけが、スキルを持たなかった」


「・・・・・・・・・・・それで、お兄さんはどうなったんです?」


何となく、聞いてはいけない気もしたが、クィルは聞いた。


「失踪した。けれど、誰も探しはしなかったよ」


「そんな」


絶句したクィルを見て、エノラは立ち上がる。


「暗い話をしてしまったね。・・・・・・・・・・・・今の話は、忘れてくれ」


そう言い、エノラは本を脇に抱えると、逃げるように去っていった。

クィルには、なんとなく、エノラの兄の気持ちがわかる気がした。




レポートを提出し終わったクィルは、早々と自分の寮室に引き換えると、そこで信じられないものを見た。


「なんだよ、これ」


彼が見たのは、自分の部屋で死亡している学院の女子生徒であった。


「ウソだろ」


身に覚えのない死体。鍵は厳重に閉められている。魔術では解除できないよう、セキュリティもしっかりとしている。なのに・・・・・・・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・やばいな」


このままでは、俺はやばい。

クィルにはとりあえずそれだけはわかる。

殺したのは彼ではないが、捕まるのは確実。

何しろ、状況がクィルの犯行を指し示しているから。


そんな時、クィルの部屋の扉をたたく音がする。


「クィル!クィル・アルゲサス!ここを開けなさい!」


学院の教師の声だった。その声は、どうやらクィルが何をしたのか、をわかっているようだった。

誰かが俺をはめた、クィルはそれを確信した。

だが、逃げることはできない。ここは三階。窓から飛び降りるのは不可能。

マスターキーさえあれば、鍵は解除される。そしたら、この光景が目に入るだろう。

クィルは放心したように床に座り込む。


「くそっ」


俺が何をしたっていうんだよ、そう叫びたくてたまらなかった。

そして、扉が破られて教師が入り込む。

そして死体を確認すると、クィルに向かって拘束の魔術を放つ。

両手足を縛られ、口を塞がれたクィルは教師に連行され、学院の地下にある対魔術師用の牢獄に放り込まれた。


「俺はやっていない!俺は、・・・・・・・・・・・・っ!!」


そう言い、格子に向かったクィルを教師は電撃の魔術で痛めつける。


「うるさい、魔族め!本性を現しおったな・・・・・・・・・・!」


そう言うと、冷たい牢獄に彼だけを残し、教師たちは去っていく。


「畜生・・・・・・・・・・!!」


クィルは一人、牢獄の床に仰向けになって呪詛を吐いた。

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