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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics―  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
55/88

旅の終わり

ラカークン大陸。

各地で発生する戦いで、多くの人々が死んでいた。

不平不満をぶつけて反乱を起こした農民たちの問題も解決せず、帝国兵が入り込んできて、またアクスウォードが滅亡して、と悪いことはたて続きに起こり、もはや収拾は不可能であった。

セアノ王国ももう他国を支援する力もなく、それまで支援していた国々ももう戦力と言えるものはない。


そんなラカークン大陸の混乱した大地に立つ影が、三つ。

一つは少年である。まだ若いながらも、引き締まった筋肉。月の光を思わせる金色の髪。前髪の一部分飲み、夜の闇のように黒く染まっている。身の丈に合わない巨大な鎌を二本、背中に背負っている。

そんな少年の隣に寄り添う少女。深紅の長い髪をした少女で、藍色のローブに身を包んでいる。

彼らより一歩ひいたところに立つのは、美しいエルフの女性。数々の戦いを潜り抜けてきたのを感じさせる黒い鎧に身を包んでいる。


「ここに、奴の手掛かりが」


エルフの女性、ネフェリエの問いに頷く少年、タムズ。


「でも、だいぶ前の話です。ネフェリエさん」


「構わん、今までどれだけ探しても見つけられなかった手がかりだ」


百年もの年月をかけても見つけることができなかった手がかりだ。たとえ、見つけられなかったとしても、構わない。大きな一歩に変わりはない。

魔神ハザ。序列八位、という高位の魔神でありながら、魔神ダウクの記憶にも、魔女クローリエの記憶にも存在しない未知の魔神。

そして、恐らくこの世界の現状を作り出した者の一人。


「魔神キュレイアとハウシュマリアがクライシュ大陸で戦っている、と言うのも気になりますしね。奴が何の目的を持っているのか」


タムズはそう言い、思案気な顔をする。


「案外、なにも目的なんてないのじゃないかしら」


恋人にそう言ったクローリエ。

タムズから聞いた話によると、その魔神は狂った笑みを浮かべ、人を馬鹿にする存在なのだという。

ならば、苦しみ惑う姿を見たい、という歪んだ欲望を持っているだけではないのか、そう思うのだ。

そのように人を苦しめるだけの魔神に、娘を奪われた、というネフェリエの心中を察し、クローリエはごめんなさい、という。

百年もの間、愛する人との間に生まれた娘を探してきたネフェリエの苦悩を、クローリエもわかる、気がした。記憶を取り戻したクローリエとタムズだが、彼らがこうして寄り添うようになるのに、どれだけの時と転生を繰り返しただろう。


「必ず、見つけましょうね。ネフェリエさん」


「・・・・・・・・・・・ありがとう、タムズ、クローリエ」


エルフの女性は二人の少年少女にそう言い、歩き出す。


魔神ハザの目撃のあった魔族国は荒廃しており、また当時人間に交じり襲撃してきた魔神の手掛かりを得ようにも、セアノ・アクスウォードは混乱に陥っている。その時に参加した兵士も、魔族国の戦士の行った自爆により、多くが戦死していた。

以降、魔神ハザの動向を知ることはできない。


「それにしても」


クローリエが静かに口を開く。


「魔神たちが争うような事態を、魔神レヴィア=ツィリアが赦しておくかしら?」


クローリエも面識のある序列四位の魔神を思い浮かべて彼女は言う。

流石にこれほどの騒ぎとなれば、彼女が出ないわけがない。


「確かに、な」


タムズがそう言い、頷く。

まさか、彼女ほどの魔神が倒されたのか、とも思うが、ありえない。

彼女は最強の剣士『剣聖』であり、そのスキルも時間を止めるスキル。この世界に属する者には、それに抗う術など、ないに等しい。


「まさか、そのハザ、と言う者の仕業かもな」


ネフェリエの呟きに、まさか、と二人は言う。


「序列八位と序列四位の差は、大きいものです。勝てるとは」


「とはいえ、そいつは謎に包まれている。現に、君らは知らないだろう?」


ネフェリエの言葉に、沈黙する二人。魔神ハザ。名前こそ知っているが、それ以外を知らない。

どこの大陸にいるのか、どういうスキルを持つか、いつ現れたか。それすらも知らないのだ。

魔神ダウクとしての記憶も、転生の魔女の記憶も、まったく役には立たない。


「いったい、なんなのだろうな」


ネフェリエはそう呟き、自身の背負う漆黒の棒をさする。


「一つ、その魔神について、考えていることがあるけれど」


クローリエが口を開く。


「その魔神、本当に魔神かしら?いえ、そもそもこの世界の存在?」


「どういうことだ」


恋人を見てタムズは呟く。

クローリエはタムズを見て言う。


「考えても見てよ。百年もネフェリエさんは探しているのに、見つからない。誰もハザを知らない。おかしくない?魔神であった私たちの記憶にもないなんて」


ダウクはハーイアとも深いつながりのあった魔神であり、ほかの魔神について探ることもあり、その辺の事情は詳しい。なのに、知らない。

存在を感知できないということは、この世界にはいない、ということではないのか。


「たまに楽しみのために、この世界に来て、悪事をする。そうやって楽しむ・・・・・・・・人の不幸を見て、笑っているのよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


目的も矜持もない。ただ、楽しむ。それだけが、魔神ハザなのではないのか。

そう推察した彼女の言葉に、ほかの二人以外の声が答える。


「へええ、俺のこと、よくわかってんねえ。さすが、転生の魔女。人間、ってものをよぉくわかってらっしゃる」


「!!?」


三人が身構える。

三人の視線の先の闇から、一人の魔神が現れた。

褐色の肌の魔神。見かけは人間には見えない。


「魔神、ハザか」


「いかにも」


タムズの言葉に怏怏と頷き、ハザはニヤリと嫌な笑みを浮かべる。


「いんやぁ、そこそこ強そうな奴らがいるかなあと思って身に来たら、変わった連中がいたなあ」


そう言い、ぎょろりと光のない黒く染まった瞳が三人を覗き見る。


「エルフに、変な雰囲気の小僧に、転生の魔女、かァ・・・・・・・・・・・・・なるほど、記憶を取り戻したんだなあ、お前ら」


「貴様、俺たちのことを・・・・・・・・・・?」


本人さえも知らなかったことを知っているかのように話すハザ。タムズの視線にもひるまず、気持ちの悪い笑みを浮かべている。

キャハハハハハ、と奇声を上げる。


「・・・・・・・・・・・貴様、エルフの少女を知らないか」


「あん?」


ネフェリエの言葉に、ハザは眉をあげて彼女を見る。


「碧の瞳の、少女だ」


「碧の、ああ」


ハザは納得したように頷き、ニタリとする。


「ああ、いつぞや戯れに滅ぼしたエルフの村から奪ったあいつのことかぁ?」


「・・・・・・・・・・・!!」


その言葉に、ネフェリエの女神開き、殺気を解放する。その殺意を受け、ゾクリと背を震わすハザ。その目は面白がっていた。


「ああ、どっかで感じた気配かと思えば、そうか、お前、あいつの母親かぁ?」


「私の娘は、ネルグリューンはどこにいる!?」


普段の彼女らしくなく、冷静さを失くし叫ぶ。その様を面白そうにハザは見る。


「なるほどなあ、これは心が痛むぜ。母を探して、ならぬ娘を探して云々、ってか。感動的だねえ!」


泣き真似をして言うハザ。だが、その本心は悲しみもなければ、同情も憐憫もない。ただ楽しくてたまらない、そう言う感情であった。

不快さを隠し切れないタムズとクローリエ。二人の放つ威圧感にも全く堪える様子はない。


「いいぜえ、なら合わせてやるぜえ、・・・・・・・・・ジェネス」


魔神が言うと、その後ろの闇から少女が現れる。

人間年齢で言うと、まだ十歳前後、と思しき年恰好の少女。

長い耳と、映える金髪。そして、緑色の瞳。

ネフェリエがああ、と声を上げ、彼女を見る。


「ネルグリューン・・・・・・・・・・・!!」


夢にまで見た、我が子。愛しきあの人との間に残された愛しき子。

どれほどの時を、彼女を求めて浪費してきたろう。


「・・・・・・・・・・・ハザさま」


「どうした、ジェネス」


「誰です、この方たちは」


ジェネス、という娘の言葉に、ハザは不気味な笑みを浮かべる。


「そうだなあ、俺の敵、かなあ」


「そうですか。ハザ様の敵は、すべて殺します」


そう言い、少女の後ろで次元がゆがみ、何かが現れる。

鋭利な刃物であった。

それが何本も立て続けに表れて、三人に放たれる。


「!!」


タムズがクローリエを庇うように前に出て、背中の日本の鎌を構え、振る。

ネフェリエもその手の棒で襲いくる刃物を叩き落とす。


「くそ、あの娘、あの魔神に洗脳でもされているな」


「ぎゃひゃっ、洗脳?そんあことはしてないよん、ちょおっと、身体に教えただけさあ」


「・・・・・・・・・・下衆が」


タムズが汚物を見るような眼でハザを見る。いやあ、と照れるハザ。


「まあいいさあ、母親と娘の殺し合い、ってのも面白そうだなあ、ええ?」


そう言い、ハザは腕を組み、近くの木株に腰を下ろす。


「・・・・・・・・・・・!貴様、ネフェリエさんがどういう思いでぇ!!」


そう言い、刃物を叩き落としたタムズがハザに向かって走る。

走りながら、漆黒の鎧に身を包む。狼をかたどった鎧『ベオウルフ』。それを纏ったタムズの身体能力は格段に上昇し、瞬く間にハザの前に現れる。

そして、二本の鎌で斬りつける。

しかし、その前にエルフの少女が現れ、タムズは鎌を無理やり止める。

その隙を逃さず、少女が手を振りかざす。少女とタムズの間で、爆発が起こり、吹き飛ばされるタムズ。


「タムズ!」


クローリエが叫ぶ。吹き飛ばされたタムズをネフェリエが受け止める。


「くぅ、う」


ジェネスのはなった魔術と思しきものは、タムズの作り出したベオウルフを破壊していた。

限りなく本物に近いベオウルフを破壊した、それは少女の力の強さを表していた。


「お前たちの相手は俺様じゃなくって、そいつなんだよ。勝てたら相手してやんよ」


耳穴をほじりながらハザは言う。


「まあ、お前らはそいつを殺すことはできないだろうがねえ」


「・・・・・・・・・・くそ野郎」


タムズの罵倒をものともせず、魔神は嗤う。


「いい言葉だ」


サイドは知ってきたタムズだが、やはり少女は立ちふさがる。


「どうして!!」


そして、また飛ばされる。

悔しさに唇を噛むネフェリエ。探してきた我が子に手を上げるなど、彼女にはできようはずがない。

ぎり、とその手の棒を握る。


「ははははあっはーーー、優しい母親だなあ!はっはー、そうやって仲間の死を黙って見ているんだなあ」


ハザの声。

ジェネスの周囲に、無数の黒い槍のようなものが浮かび上がる。


「ジャベリン」


少女がそう言うと、一斉にそれがタムズとクローリエに襲い掛かる。

タムズが前に立ち、後ろのクローリエが防御の魔術を行使する。が、そんなものは意味がない。

強力な魔術にすぐにそれは破られる。庇うように前に立ち、タムズはそれを斬る。だが、全てを防ぐなど、不可能。

タムズの纏う鎧を砕き、肉を貫く漆黒の槍。


「ぐあああっ」


「タムズ!」


クローリエがそう叫び、彼の背に手を添え、魔術を使う。魔術で作られた槍を魔力に戻し、彼の傷を塞ぐ。とはいえ、痛みは消えないし、失った血は戻らない。

そうしている間にまた迫った槍が、クローリエの右肩を貫く。


「ああ・・・・・・・・・・・!」


「クロー、リエ!」


呻くタムズは怒りの目で少女を見る。

だが、殺すわけにはいかない。その思いのせいで、鎌を振ることを戸惑う。

魔神ハザさえ倒せば、どうにかなるはず、とは思うが、どうすればこの場を切り抜けられるか。


「クソッタレ」


「へっへぇ、大したことないなあ。あの騎士様同様」


「騎士様?」


クローリエが問うと、ハザは嗤う。


「ああ、レヴィア=ツィリア、だっけ。あいつさあ。あいつも弱かった」


「まさか」


「ああ、あいつなら死んだよ」


へへへ、と笑うハザ。

その言葉に驚愕する三人。

魔神レヴィア=ツィリアをも超える力を持つ魔神に、敵うとは思えない。

そのハザのみならず、この少女まで相手にして、かつ殺さない、となると、これはもう無理がある。


「・・・・・・・・・・・・」


ネフェリエは黙りこくって、タムズとクローリエを見る。

タムズとクローリエに、こちらの事情は本来関係ないのだ。

これは、ネフェリエの問題で、彼らは関係ない。むざむざ、死なすなど、できない。

ましてや、やっと巡り会えた二人だ。その気持ちを、全てとは言わなくても、彼女も理解しているつもりだった。

だから。


「二人とも、もういい」


「ネフェリエさん?」


ネフェリエの言葉にいぶかしげに見る二人。

エルフの女性は、ゆっくりと少女を見る。


「ネルグリューン、いや、今はジェネス、だったな。お前の相手は、私がする」


「・・・・・・・・・・全員、殺すわ」


そう言い、暗黒の槍をタムズたちに放つ。だが、それはネフェリエの漆黒の棒で破壊される。


「させんよ。これは、私の問題だ」


「ネフェリエさん、俺たちは・・・・・・・・・!!」


「君たちの気持ちは、有難いと思っている」


抗議の声を上げるタムズの言葉を遮り、エルフの女性は言う。


「だが、君たちは生きろ。やっと出会えたんだろう?それに、世界にこいつのことを知らせなくてはならない。そのためにも、君らは行け」


「ネフェリエさんは!?」


「私は、やることがある」


ジェネスを見て、彼女は言う。


「だから、ここでお別れだ」


「そんな・・・・・・・・・・・!」


「魔神ハザ、二人の安全を、保障しろ」


エルフの言葉に、にたりと笑うハザ。


「いいぜえ、おれが見たいのは、親子の殺し合いだからなあ。ま、そのうちそっちの二人でも遊んでやるが、今日は見逃そう」


そう言い、ハザは手をひらひらさせる。

その瞬間、いらない役者は退場とばかりに弾き飛ばされる二人。

遠ざかるエルフの母子を見ながら、タムズは手を伸ばす。


「ネフェリエさん!!!!!!!」


少年の叫びは、遥か彼方の彼女にはもう届かない。




「さあ、行くぞ」


「・・・・・・・・・・・・」


ネフェリエは棒を構える。

そして、呟く。


「行こう、ランドール」


愛した男の名を呟いた瞬間、彼女が両手で構える棒は輝きを増し、光がその場に満ちる。

そして、光が治まった時、ハザとエルフの少女が見たのは、純白の柄の大槍であった。

それこそが、ネフェリエの持つ武器の真の姿。

かつて、命を失くす直前、彼女の力で武器に身を変え、ともに時を生きてきた最愛の夫。

彼の想いと、愛用の武器からできた槍。

それを握りしめ、ネフェリアは娘を見る。

百年、と言う時を経ても、未だに少女なのは、エルフの血が濃いからだろうか。

ふふ、と笑うネフェリエ。まさか、娘に敵意を向けられるとはな。


「ネルグリューン」


呟いた名前を、しかし、ジェネスは否定するように首を振る。


「私はジェネス。あなたなんか、知らない」


「それでも、いいさ」


魔神ハザ、と声を上げるネフェリエ。ハザは面白そうに笑う。


「地獄に堕ちな」


そう言い、槍を構え、疾走するネフェリエ。

せまりくる無数の暗黒の槍。それを切り払い、飛び越え、避けて、彼女は進む。

求めるものは、すぐ近く。

手を伸ばし、求める。光の方向へ。

愛しき娘は、すぐ目の前、けれど。

こんなにも遠くて。


「ああぁぁああぁああああああああああああああああ!!!!」



声を上げて、走る。

娘の放つ槍を超え、魔神に肉薄する。

こいつを倒せば、終わる。

旅は終わる。

長い、長いこの旅も。そして、失った幸せを、やり直すんだ。


突き出した槍が、ハザの右肩を突き刺し、弾き飛ばす。

ざまぁ見ろ、と呟いたエルフの女性は、直後、血を吐き出し、自身の胸を見る。

魔神の左腕が突き刺さり、その手の先には、鼓動する心臓が握られていた。

ぐしゃりと潰し、ハザは嗤う。


「ざぁんねんでしたあ!!」


そして、瞬時に再生した右腕で左腕の刺さった胸に突き刺し、押し広げる。

そして、一気に両腕を広げた。

エルフの女性の肉体は、下半身を残して、無残な肉塊へと変わった。

カラン、と地面に槍が落ちる。

ハザはにたりと笑うと、その槍を掴み、渾身の力でへし折り、地面にたたきつける。

そして、ジェネスに言う。


「壊せ」


「はい」


間髪入れずに答えた少女の魔力が襲い掛かる。

数度ほど、魔力に耐えた槍だったが、それもわずかな時間。

次々と降り注ぐ圧倒的な力に、ついには砕け散った。


「ああああああああああああああひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!」


ハザが狂ったように笑う。

笑いすぎて、その黒い目から涙が零れ落ちる。


無表情に、エルフの女性の死体を一瞥した少女は、やがて歩き出したハザの後ろを静かについて行く。



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