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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics―  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
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少女と魔神

玉座に坐して、彼は自身の王国を眺める。


かつて、円卓に集った総勢百人の騎士と魔術師たち。彼らが王である自分に頭を垂れ、その向こうに、輝かしき彼の王国があった。

剣においても、魔術においても、右に出る者はいない、とまで言われ、常勝無敗の王として、また円卓騎士団の長として有名を馳せたものであった。

美しき妃と、多くの子宝に囲まれ、民が豊かに暮らせる平和な国を作り上げよう。

そう妻と臣下、そして国民に彼は誓った。

人々は王を認め、王に従った。カリスマのある、若き指導者を、彼の理想を誰もが共感し、ついてきた。

南大陸のセウス王の国は、世界でも名だたる国として知られた。

多くの哲学者たちは、この国こそ、国のあるべき姿ともてはやした。

偉大な王と、彼の作り上げた王国は、どれほどの時が経とうとも、平和であり、存続し続けるであろう。

当時の人々は、王も含めて皆そう思っていただろう。


しかし、千年王国、とまで言われたセウス王の国は、わずか数年もせずに崩壊の兆しを見せた。

王は確かに、偉大な人物であった。

およそ悪という言葉を知らず、人の善意を信じ、理想に準じた人物であった。

高潔で、常に自身の限界に挑み続けた。

だが、王は知らなかった。

人と言うものはあまりにも流動的で、彼ほどに高潔でもなければ、己を律することのできるものばかりではないことを。


ある日、セウス王は王国内で反乱があったことを聞くと、平定のために王宮を後にした。

反乱を治めるために奮闘したセウス王が城に戻ると、王妃とともに眠りについた。

なぜ、反乱が起きたか。そのことにばかり注意を取られていた王は、王妃の浮かべる不審な瞳の色に気づけなかった。

その後、落ち着いた王国であったが、それから半年後、ふたたび反乱がおきた。

セウス王はその反乱にたいそう驚いた。

何故なら反乱の首謀者は、彼の親友と妻であったからだ。

親友であり、円卓の首座にいた騎士バルドバラスは、王妃を寝取り、あろうことか円卓の騎士の半数を味方に引き入れていた。

彼はセウス王を差し、セウス王が私腹を肥やすためにこの国を不利に陥れようとしている、という虚偽の申告をした。ニセモノの証拠を作り、虚偽の証言者を作り、王を追い込んだ。

王は王都より出した。

王の長男や長年の戦友がともに従ったが、もはや栄華を誇った円卓騎士団はそこにはなく、理想の下に一致していた国は、もはや崩壊していた。

それでも、国をあるべき姿に戻そうとした王は、親友であるバルドバラスに最後まで和平を求めたが、彼の言葉が親友に届くことはなかった。

最後まで戦争に踏み切ることだけは避けようとしたセウス王だが、ついにバルドバラスが宣戦を布告し、国内を二分する戦争が起きた。

やむを得ず、闘ったセウス王は王都まで進軍し、逆賊たちと戦った。

そして、彼の玉座へと戻った。


そして、そこで王妃によって胸を刺された。

セウスは死ななかった。だが、死なないことをバルドバラスは承知していた。

セウス王のスキルは「絶対的な肉体」。老衰以外のあらゆる死因を無効化する、というものであった。

そこでバルドバラスは考えた。不死の王を倒す方法を。

バルドバラスは玉座に倒れ伏した王の身体に鎖を巻きつけた。

そして、王妃に頷きかける。


「何をするつもりだ?バルドバラス・・・・・・・・・・セリーヌ」


愛妻と親友を見て、セウス王は言った。


「セウス王。あなたはあまりに理想的過ぎました。あなたが思う以上に、世界は、人間は罪深いのです。だから、私はあなたをこうして封印することにしたのです。あなたは、あまりに危険すぎる」


「バルドバラス・・・・・・・・・?」


「セウス王、あなたはいい友人でした。ですが、あなたは危険なのです。人間は、未知のものを恐れる。あなたのスキルは、あまりにも危険」


「だから壊すというのか、私の国を、私のすべてを!」


「セウス王、お別れです」


やれ、という言葉とともに、セリーヌは呪文を唱える。その呪文が何か、すぐにセウスは確信する。


「魂の束縛・・・・・・・・・・!!」


「失われし第四種禁術。これであなたの魂と肉体をこの場に縛る。・・・・・・・・・せめて、この王国の行く末だけは見せてあげましょう」


「やめろ、やめてくれ」


セウスは泣きそうな顔で妻と親友を見る。二人はこの時初めて、セウスの泣き顔を見た。完璧すぎたセウスの、人間らしい顔を。


「セリーヌ、バルドバラス・・・・・・・・・・・頼む」


「・・・・・・・・・・・やれ」


「やめろ、やめろ・・・・・・・・・・・・・・・・」


その瞬間、がくんと体が重くなり、心臓が捕まれた。

そして、セウスの身体は、魂は玉座に固定された。


「さて、ではセウス王」


偉大な王へ、妻と親友は礼をする。


「あなたの肉体はもはや常人には視覚できない。王亡き王国がどうなるか、しっかりと見届けてください」


「・・・・・・・・・・・どこへいく?」


「ここではない、どこかへ」


そう言い、バルドバラスとセリーヌは去っていく。

何が目的だ、なぜ。そんな言葉すら、涙によって阻まれる。

玉座に坐しながら、彼は見る。

王亡きあとの国を。

あれほどの友情と絆で結ばれた円卓の騎士も、人々も散り散りになった。

人がいなくなった王国は荒廃し、やがて、周囲は水の浸食により陥没し、絶海の孤島となってしまった。


それから、何年の間、そこに坐しているだろう。

セウスは正気を失いかけながらも、王国を見続けた。

誰もがいなくなった王国を。

未だに、セリーヌの想いも、親友の真意も、セウスにはわからない。

息子たちや円卓の騎士がどうなったか。それすら知るすべはない。

セウスは一人涙した。

彼は今ほど、このスキルを恨まずにはいられなかった。

長く、禁術に触れた彼の肉体は、もはや人ではなく、魔神と化していた。

そしていつしか彼はゾドークの66魔神の一人に数えられるようになっていた。




セウス王は何千もの昼と夜を迎えたかすら知らない。ただ、途方もない時間だけが過ぎたことを知っている。

そんなセウスのいる孤独の城塞に、一人の来訪者が訪れた。



「む」


セウスはすべてを見通す玉座から孤島に足を踏み入れたものの存在を認めた。

それは一人の少女であった。外見からすると、人間のようであった。

この島に人が来ることはない。かつて、ゾドークと言う老人が訪れたくらいで、以後人は来ない。

彼は自身が魔神として人々から恐れられているとは知らないのだ。


やがて、半日を駆けて城の玉座の間にたどり着いた少女は、玉座に座す魔神を見つけた。

姿かたちこそ、若い人間の男だが、漂う魔力はあまりにも強大である。


「娘、何用でここに来た?」


セウスは少女を見て言う。オレンジ色の髪の少女はびくりと震える。だが、きり、とセウスを見ていった。


「あなたが魔神、『沈黙』のセウスですか?」


「『沈黙』かどうかは知らぬぬが、セウスならば私だ」


悠然と答えるセウスに威圧されながらも、少女は首を垂れる用に跪く。


「どうか、母をお救いください」


「母?」


「はい。私の母は、とある闇の魔術の罠にかかりました。しかし、それは古代の魔術で、今では使うことができるものはいないのです」


「それで?」


「はい、ある時、私はあなたのことを書物で知りました。あらゆる知識と力を持ちながら、絶海の孤島に棲む魔神の話を」


「・・・・・・・・・・・」


セウス王は沈黙し、腕を組む。


「母の命は、おそらくもう数日と持たないでしょう。呪いを受けて11年。まだ死んでいないことが奇跡のようなものです」


「・・・・・・・・・・仮に、我が知っていたとしても、呪いを視ずには何とも言えぬ」


セウスは慎重に言った。


「それに、私はここを動くことはできぬ」


「何故ですか?」


少女は王を見上げて言った。


「我がここにいるのは、決してわれの意思ではない。我が肉体と魂はこの地に固定されているのだ。失われし禁術によってな」


「それでは?」


「汝には気の毒だが、母上のことは諦めるがよい」


「そんな・・・・・・・・・・」


無情に告げられたセウス王の言葉に、娘はショックを受けたかのように、地に足をついた。

ここまで来たのに、と唇を噛み、涙を流す少女を見て、セウス王が何も思わぬわけではない。

だが、セウス王にはどうしようもないことであった。

かつての彼ならば、少女の頼みを聞き届け、母親の下に行けたであろう。

だが、セウスはここに縛られ、また「人間」への不信感すら抱いていた。

信頼していた王妃やバルドバラスだけでない。自分の配信を信じた民や、裏切った円卓の騎士。それらを見た彼は、人間へと絶望していた。

人間の性は善であり、神の威光は人々に平等だと、セウスは信じていた。だが、永い永い生の果てに彼は神の不在と人の性は善ではないことを知った。


「・・・・・・・・・・・」


少女は何か、決心したかのように顔を上げてセウスを見る。


「魔神セウス、知識と勇名の魔神、もし仮にあなたがその場から解き放たれるならば、私の母をお助けくださいますか?」


「・・・・・・・・・・・」


セウスは沈黙し、考える。

別に自由になりたくはない。もう、この世には諦めている。恐怖されることも、裏切られることも、もはやごめんだ。

だから、セウスは少女に無理難題を吹きかけた。


「いいや、そなたのすべてを我に捧げよ。さすれば、助けよう」


「・・・・・・・・・・・」


少女は逡巡する。

悩み、そして去れ。セウスはそう唱えた。彼の力は封印されてはいないが、それは彼が無暗に力を振るうことをしないからだ。

本来ならば、強制の魔術でも使えばいいものの、それを使わないのは、やはり高潔な王であったから、だろう。


「わかりました。私のすべてをあなたに捧げます」


そう言い、セウスに向かい、誓約の魔術を唱えだす娘。

それに慌てたのはセウスであった。


「なにを・・・・・・・・・・」


「私のスキルは、『封印を砕く』力。これであなたの呪いを砕きます」


「それではない。娘、何を唱えている!?」


「誓約の魔術です。わが身を、我がすべてを、あなたに捧げます」


彼女の言葉とともに、セウスの右腕の薬指に魔力の光が形成される。それは、少女の右手にも同様にできていた。


「やめろ」


再び人と交わる気はない。そう言おうとしたセウスの言葉は少女の耳には入らず。

そして、契約の完了とともに、少女のスキルが発動した。


何百、何千もの朝を、昼を、夜を縛りつけた呪いが解除される。

そして、倒れ込む少女。地に倒れる前に、駆け寄った魔神がその身体を受け止める。

あまりに軽いその身体を持ち上げるセウス。


「何と愚かな、魔神と呼ばれる我に身を差し出すとは・・・・・・・・・・・・なぜだ?なぜ、そうまでできる?」


「母を、救うためならば、私は」


誓約の魔術は、危険な魔術。契約者との間に、少しでも不和があれば、命を奪われかねない。自分の心臓を相手に投げ出す行為。これを破棄する方法は一切ない。仮にあるとすればスキルのみだが、そんな都合よくスキルを持つものなどいない。

人のために自分を投げ出す、その姿。その姿に、彼はかつての彼を見た。

民のために身を奉げ、全てをなげうってきた彼の姿を。

人の性は善。そう信じてきた、あの頃のような。


「愚かな娘だ。だが、約束は守ろう」


セウスはそう言うと、娘を抱えながら、浮かび上がる。


「我が名はセウス。トローアの千年王、円卓の王。約束は違えぬ」


「トローアの、千年王・・・・・・・?あの、国を滅ぼした・・・・・・・・・・?」


娘は驚きの目でセウスを見る。

彼女の中でトローアと言えば、伝説の時代の王国。錯乱した王により、滅びた国。


「娘よ、我と汝は契約を結んだ。しかし、我もまた汝に誓う」


そう言い、セウスもまた誓約の魔術を使う。


「何を」


「我と汝は対等である、と」


「魔神と、私が・・・・・・・・・・?」


信じられない、と言う顔の少女に、セウスは顔を向ける。


「我が魂と肉体は確かに解き放たれた。だが、それだけでは我は決して汝の願いをかなえようとは思わなかったであろう」


「・・・・・・・・・・」


「汝の想いが、我が心を動かした。なれば、我は汝のその心に敬意を払わねばなるまい。高潔な魂を持つ、汝に」


誇り高き王の言葉に、少女は恐縮する。

知らぬ間に、二人は城の外へと出ていた。

天高くそびえる城。かつて栄華の象徴とされた城も、今では寂れている。

永く、彼を守ってきた城。だが、その役目も、もう終わりだ。


「眠れ、千年宮よ」


そう言った瞬間、城は崩れていく。

風に吹かれ、砂と化して消えていく。

儚く、巨大な城が崩れるさまを、二人はただ見ていた。

一粒の涙が、魔神の瞳から落ちたのを、少女は見た。

だが、何も言わなかった。


「では、いくこととしよう」


「・・・・・・・・・・はい」


「さらばだ、わが王国」


そして、『沈黙』のセウスは、長きにわたる沈黙を破り、外の世界へと飛び出していった。





後に古代魔術の研究者として名を馳せる魔女セラーナと、生涯彼女のそばを離れなかった魔神セウス。

二人の物語は、ここから始まるのだった。

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