蠢く者たち
シレン、落ちる。
この報は瞬く間にイヴリス大陸、そして世界に知れ渡った。
魔族国がつい先日滅んでの出来事であり、人間やエルフといった魔族を差別してきた者にとって、これは寝耳に水であった。
魔族が世界に反旗を翻した、ということである。
かつてあった人魔大戦や逢魔大戦。物語で語られるだけのそれが、まさか自分たちの生きる時代に起こるとは、誰もが想像し得なかった。
魔族国の残党はその後行方知れず、シレンを制圧した魔族の一団は次なる目標としてイヴリス大陸東を目指していた。
パラメスは、ラーシェ大雪原を挟み、その環境条件から沈黙を選び、イヴリス東の国々の支援要請を突っぱねた。
おかげで東の力ない国々はあえなく魔族の侵攻に敗れることとなった。
あまりにも手際の良すぎる魔族の動きを不審に思うものはいたが、そんなものを考えたところで意味はなかった。
イヴリス大陸における人間族・エルフの死者数は近年まれに見る数字になっており、人間国家、エルフ国家共に事態を重く見ており、長年のしがらみを乗り越えて対応すべき、と一致していた。
その国家群の中心にいるのはハンノ=イヴリス連邦である。
パラメス、シレンと並ぶイヴリス三大国家の一つ。
かつてはイヴリスを統一していた歴史があるが、逢魔大戦において、国々が独立、現在は名前のみが残っている、といった状況である。
とはいえ、未だ国力は強く、三大国家では唯一正規軍を持っており、バラル帝国と並ぶ軍隊、ともいわれている。
そんなハンノ=イヴリス連邦が中心となって魔族の対応をしているのだが、やはり長年対立いてきた者たちが仲良く手を合わせるなど、不可能なこと。
その隙をついてくる魔族により、今までの包囲作戦や殲滅船はことごとく失敗に終わった。
また、魔族たちはうまく魔物を誘導し人間とぶつけ、自分たちは撤退するなどして、人間に損害を与えていった。
長年、阻害されてきた魔族の魔物を操る技術は、人間にはまったく対処できなかった。
再三の支援要請をパラメスに送るが、パラメスからの返事はない。
ハンノ=イヴリス連邦大統領はついに自国の正規軍を全軍投入、という決断をした。
国家、および大陸の危機に対し、全力で鎮圧する。
任期が切れる目前、これを乗り切れば再び大統領選出もありうる。そう言う思惑もあった。
国家の非常時、と言いながらも、政治家や貴族、商人は自身の利権ばかりを考えていた。
そんな状況に怒りを感じているものも当然存在する。
ユグルタ・ヌマンティウス大佐。
ハンノ=イヴリス軍第12軍所属の三十代前半の武骨な男であり、代々軍人の家に生まれた根っからの軍人である。
それゆえに、誇りと言うものを重んじており、国家のことを考えて行動する男であった。
「魔族、と侮り、痛い目に遭ってなお、このありさま。まったく、偉い奴と言うのは」
ユグルタの呟きを、彼の上司であり、12軍の司令官であるダラス少将は苦笑する。
「所詮、前線で戦うのは我らだ。彼らがするのは戦意高揚と、戦後のことだけだ」
ダラス少将はそう言い、戦況の報告に目を通す。
「それにしても、奴らの動きはあまりに統率されておるな。まるで、このことを最初から考えていたかのようだ」
「・・・・・・・つまり、閣下はこの行動は事前に、魔族国の襲撃以前から考えられていた、と?」
ユグルタもその点は不自然に思ってはいた。
なぜ、散り散りになっていたイヴリス大陸の魔族が同時に動き出せたのか。また、どうやって人間やエルフの目を潜り抜け、集結したのか。
あまりにもできすぎたかのように進軍し、勝ち続ける魔族。
まるで、何か大きなシナリオに従っているようにさえ、感じる。
「バーティマ革命以後、世界では多くのことが起こりました。バラルとアクスウォード、セアノ間の緊張状態、その中での魔族国襲撃・・・・・・・・・そして今回の魔族決起」
ユグルタはそう言い、自身の髪のない頭を撫でる。
「やはり、釈然としません」
「さすが、ユグルタ。ヌマンティウスの名を継ぐだけはある。よく状況を読んでいる」
そこでだが、とダラス少将は咳払いする。
そして、一つの命令書をユグルタに渡す。
「これは?」
「軍部からの命令書だ。将軍および元帥同士での会議の結果、この世界中で起きたことの調査をしようと思い、な。しかし、事態が事態で人は避けぬ。そこで、ユグルタ。君を是非に、と」
「・・・・・・・・・・元帥閣下、ですか」
ユグルタはそう言い、苦笑する。現元帥閣下は、ユグルタの士官学校時代の校長であり、彼の遠い親戚である。
彼はことあるごとにユグルタを持ち上げ、その優秀さを説いた。
「怪しい人物、というのはある程度我らの調査で上がって入る。君にはその人物を追ってもらいたい」
「この、命令書の人物ですか?」
ユグルタの問いに、頷く少将。
ユグルタの持つ命令書に付属された一枚の紙。そこに書かれているのは一人の傭兵について。
「傭兵アンセルムス、ですか」
「聞き覚えは?」
ユグルタは首を振る。
「ありません。何者ですか、この男」
「さあな、卑怯者や無能力者などと呼ばれる傭兵で、数年前からパラメスで傭兵として生計を立てており、数か月前、バーティマ革命でパラメスより出国」
ダラスはそう言い、息をつく。
「そして、さまざまな策略でバーティマの支配者を失脚させ、同時に周辺国家への牽制を行っている」
不可解なのは、と少将は言う。
「この人物、あまりにも過去のことがわからない。それに、どうやらバーティマのため、パラメスのために動いている、と言うわけではないようだ」
「つまり?」
「この者は、個人的な目的か、別の第三者の命を受けている。そしてそれが世界に争いを引き起こしている。そう考えているのだよ」
その荒唐無稽な話をユグルタは信じることはできなかった。
「にわかには信じられませんな」
「しかし、軍部はそう考えておる。だからこそ、君に任せるのだ」
そう言い、立ち上がったダラスはユグルタの目を見る。
「君の千里眼を、我らは高く評価しているのだ」
「閣下・・・・・・・・・・・・・・」
「なぁに、君がいなくとも、我らは負けぬ。我らはハンノ=イヴリスの兵だ。バラルにも遅れはとらん」
そう言い、安心しろと笑うダラス少将。
しかし、仮にもこのことをすべてこの男が引き起こしているならば、何か策を仕掛けているのでは。
そう思わずにはいられない。
ハンノ=イヴリス連邦より西のとある国。
魔族により瞬く間に制圧されたこの国では、民間人は多少の不自由こそあるものの、命は奪われてはいない。
しかし、貴族や商人といった上流市民などは奴隷のようにこき使われていた。
見せしめに殺される貴族を見て、人々は魔族への反抗を諦める。とりあえず、抵抗さえしなければ、命までは奪われない。
「人は元来、支配するよりもされることを望む生き物だ」
そう言ったアンセルムスは、キアラにいかに人々を恐怖で抑え込み、諦めさせるかが大事だ、と言った。
下手に追い込まなければ、人間はまず抵抗を考えようともしない。
見せしめに貴族など、今まで搾取していた者たちを殺して見せればいい。
それで自分たちは解放者なのだ、と示してやれば、人間などすぐについてくる。
事実、バーティマ革命の際もそうやってアンセルムスは成功に導いたのだから。
「うまくいったわね」
キアラはそう呟き、ほかの魔族を見る。
皆、今は生き生きとしている。それまでは生ける屍のごとく、気力すらなかったのに。
(このまま、ハンノ=イヴリスまで落とせればいいけれど)
ハンノ=イヴリスは強力な軍隊がある。
アンセルムスの工作で突き崩しが図られたが、ハンノ=イヴリス軍に放たれた草は見事に排除されたらしい。
優秀な軍隊だ、とアンセルムスは苦い顔で言っていた。
「それで、あなたが派遣された、と?」
キアラは隣の魔女を見る。
藍色の髪の美女。ゼレフェン王国を実質支配していたが、先日アンセルムスの策で囚われた魔女アテナ。
今回の作戦で突き崩しができなかったためにアンセルムスが補佐役に送り込んできたのだ。
キアラはこの魔女がどことなく嫌いであった。
女の勘が、この女は危険だ、と告げているのだ。
「アンセルムス様がなぜ、あなたをよこしたのかよくわからないけれど働いてもらうわよ」
「小娘が偉そうに」
フォクサルシアの少女を見て小馬鹿にする魔女。
「ふん、アンセルムス様に敗けた癖に」
「卑怯者の犬め。狐風情にはお似合いか」
「吠えるがいい、魔女。それと私の前で二度とアンセルムス様を侮辱するな」
そう言い、少女は鋭い犬歯を魔女の前に突き出す。
「かみ殺すぞ」
「・・・・・・・・・・・・」
魔女は黙り込む。さすがに、このようなところで死ぬ気など魔女にはないからだ。
「とりあえず、私はアンセルムス様に報告をしてくる。あなたはその間、好きにしてていいわ」
そう言い、フォクサルシアの少女は去る。
隙あらば逃げよう、と思った魔女だが、どうやらそれは不可能らしい。
彼女の全身には今の少女のかけた魔術のせいで、逃げることができない。
魔術師としてはできそこない、とみていた獣人の少女。聞いていた話だと治療魔術以外はてんで駄目だったはずだ。
それがなかなかどうして、と魔女は口を縛る。
こんな状況でなければ、自身の魔術の弟子にしたいくらいだった。
「アンセルムス様」
魔道具である水晶玉を前に、キアラは礼をする。
水晶玉の向こうのアンセルムスは鋭い目でキアラを見る。
「キアラか。魔女はついたか」
「はい、アンセルムス様」
「うまく使えよ、人間については人間が詳しい。いざとなれば、奴に色仕掛けを差せて政府の高官を落とさせろ。どれほど軍隊が強くとも、国の内部から崩れては意味がない。外部への守りである軍隊では対応はできん」
「はい、アンセルムス様。それと、例の件ですが・・・・・・・・・・・」
キアラが言うと、アンセルムスの目が少し柔らかくなる。
「魔神殺しの刃、か。何か情報は掴めたか?」
「確実ではありませんが」
「そうか、アセリアはどうしている?」
「アセリア?」
その名にキアラが首をかしげる。
アンセルムスは、ああそうか、と言い、キアラに言う。
「ダークエルフの女だ。会っているだろう?奴はどうした。定時報告がないからな」
そう言うアンセルムスの顔に、キアラはわずかな嫉妬を感じる。だが、死者に対してそのような感情を抱くなど、浅ましいと自信を戒める。
最期まで、アンセルムスを案じ、後を託した女。その気持ちを、キアラは痛いほどわかる。
「彼女は、死にました」
「・・・・・・・・・・・」
「ロクシュヴァーとの戦いの傷がもとで」
「そうか。死んだか」
そうアンセルムスは言うと、ポツリと呟いた。
「最期までともにいると言ったのにな、結局お前もいくのか」
「アンセルムス様・・・・・・・・・・・」
どこか、普段の彼とは違うように見える。
彼とダークエルフの関係ははたしてどういったものなのだろうか。
それを聞くことは憚られた。
「キアラ、お前は死ぬなよ。俺が死ぬその時までな」
「・・・・・・・・・・・・・はい、アンセルムス様」
キアラが言うと、アンセルムスは無言で水晶による報告を切った。
「アセリアさん、あなたが羨ましい」
死してなおも、アンセルムス様の中で生きていられるあなたが。
自分はアンセルムス様にとってはただの駒に過ぎない。だから。
少女は水晶玉をしまうと、対ハンノ=イヴリスのための作戦会議のための招集を呼びかける。
「・・・・・・・・・・・・・・」
アンセルムスは一人、物思いにふける。
ダークエルフの女。
彼が母国アクスウォードを捨てて、みすぼらしく生きていた時。
まだ少年で、希望も何もないときに、彼女と出会った。
その後、諸事情で一時別れ、再会したのはバーティマ革命前であった。
それでも、彼女はアンセルムスのために身を粉にしてくれた。
「アセリア」
皆、俺を置いていく。誰もかれもが。
戦いを始めたのは彼自身。そして、こうやって誰かが死ぬことは、アンセルムスにもわかっていた。
「そう、わかっていたことだ」
もう、止まることなど許されない。
死んでいった者のためにも、俺は俺の野望を突き通さなければならない。
悪役には、悪役の矜持がある。
とことん嫌われ者になってやる。
「クソッタレなこの世界を壊すために」




