少年とエルフ
イヴリス大陸南部。
つい先日の魔神の襲撃によりタムズのすむ漁村の住人はほとんどが死んだ。
無事だった残りの者たちも、働き手のなくなった村など、あっさりと捨てて別の地に行ってしまった。
タムズとしても、肉親は死に、もはやこの村にとどまる理由はなかった。
それに、このままここにいても再びあの魔神に狙われるのは目に見えている。
タムズは自身が魔神に狙われるのはきっと何かわけがあるのだと思った。
そのわけを探しに、冒険に出る。
さながら彼が読んできた物語の主人公のようだが、現実はそんなに甘くないだろう。
そう思いながら、革製のリュックに思いつく限りの道具を詰め込み、軽装で歩き出す。
あの時出現した漆黒の鎌は、タムズが念じれば出てくるようになっていた。
とりあえず、武器の心配はしなくて良かった。
そうやってなし崩し的に始まったタムズの旅。
食糧などは森で調達するが、漁民であるタムズは森の勝手がわからなかった。
毒草や毒キノコを食し、寝込みは目になった。下痢や嘔吐こそすれど、死ななかったのは不幸中の幸い、と言ったところか。
野宿をしていたら、狼の群れに出くわした。
集団で群れて襲う狼を、鎌で応戦し、苦労しながら全滅させた。
その肉を食べようと思うも、火を起こすこともできず、意志で火を起こそうとしている間に、鳥の魔物に食材を半分近く奪われた。
ままならないなぁ、とタムズは呟き、やっとついた日に狼の肉を炙る。
そしてそれにかぶりつく。
鎌を振り回し、レアウルフの首を斬りおとす。
人の姿があまり見えないのは、なぜだろうか。
街道、というのだから、人通りがもう少しあってもよいものなのに。
そう思って進むタムズは、やっと人気のある街の存在を感じた。
街の規模はややタムズのすんでいた漁村より大きい程度、とはいえ、言えなどは堅実だし、人の賑わいもそこそこあるようだ。
村を出てずっと野宿。それに、食してきた者はほとんどが自然のモノ。
こうして旅をして、初めて村での生活のありがたさがわかった。
タムズはとりあえず、この街で休憩を使用、と思った。
「ようこそ」
街の門に立つ男がタムズに向かって言う。槍を構えているが、飽くまで魔物が来ないように、とのことらしく、あっさりタムズを通してくれた。
「ありがとうございます」
「若いのに、旅をしているのかい?」
「ええ」
「そうか、ならば資金などもつらいだろう。少し貧相だが、安い宿を教えようか?」
親切な男の申し出に、タムズは喜んで頼んだ。
男の懇切丁寧な説明を受けたタムズは礼を言い、街の中に入っていく。
街の中の活気は、彼の故郷よりもあり、まさに街、と言った感じを受ける。
(なんて、田舎っぽい)
まぁ、実際田舎か、とタムズは息をついた。
タムズはやっと、看板のある宿屋につく。名前からして、ここが門番の言っていた宿だろう。
宿の扉を開き、入ってきたタムズを宿屋の女主人が見る。
「いらっしゃい、おひとりで?」
「ええ。部屋はありますか?」
「あるにはあるが、今は部屋が埋まっててね。相部屋になるんだが、いいかね?」
「あ、大丈夫です」
「そうかい。ああ、相部屋の人には私から言っておくよ。今、留守にしているからね」
これに滞在予定日数と食事を、と紙を渡してくる。
なるほど、確かに料金は安い。飯つきでも、十分安いと言える。
タムズはとりあえず三日ほど、と書いて荷物を持って部屋に向かう。
部屋の鍵を開け、入る。
狭い部屋で、寝るためだけの部屋、と言った感じだ。幸い、荷物は少ないのでそれほど窮屈とは感じない。
相部屋の人物も荷物を置いてあるが、タムズ以上の軽装らしく、ほとんどないに等しかった。
タムズは夕食の時間まで、とりあえずぐっすり眠ろう、と思った。
(久々だな、寝台の上)
そうやって、心地よい感触に顔を埋めているうちに、眠りに誘われていった。
これは夢か、とタムズは周囲を見る。
そんな彼の耳に、あの夢の女性が見えた。
『―――――――――!』
彼女の声。
しかし、彼には聞こえない。
ああ、君の声が聞こえないよ、―――――――――。
そんな彼の後ろに立つのは、黒い狼。
真っ赤な瞳を向けて彼を見る。
『お前に彼女は渡さない』
強い意志と、嫉妬。
『私が守ってきた。お前は、いらない』
だから、死ね。
目が覚めた時、隣の寝台には美しい女性がいた。
ちょうど着替えているようで、形のいい乳房と、程よく筋肉のついた大人の女性の裸体が目に飛び込んできた。
「!?」
急なことで、タムズは驚き咳き込む。
それに気づいたのか、相部屋の住人はタムズを見る。
「む、起きたか」
その女性は、非常に美しい女性であった。
流れうつ金の髪は、夕日を受けて美しく輝いている。
その顔は恐ろしいほどに完成されており、女神の如き、とはこの人のためにあるのだな、とタムズは思う。
そして何より特徴的なのは、その長い耳。それはエルフの証だ。
ぼーっとその身体を見ていたことに気づき、慌てて顔をそらすタムズ。
その少年のうぶな反応に気づき、女性は苦笑しながら服を着る。
女性が着るにしては質素すぎる布の服を着て、女性は言う。
「もう見てもいいぞ」
「あ、はい、すみません」
恐縮するタムズは、改めて彼女の顔を見る。
「君が同室の人なのだな。よく眠っていたので、挨拶は後にしようと思ってな」
「気を使ってもらって・・・・・・・・・」
「いや、同じ旅人だからな、君の気持はよくわかっているつもりだ」
そう言い、女性は気持ちのいい笑みを浮かべる。
「私の名はネフェリア。ごらんのとおり、エルフだ」
エルフの旅人は珍しい。
エルフとは排他的な種族で、めったに外に出ない種族だ。
孤高を気取る、などと悪く言うものも少なくはない。人間は加藤で、魔族は滅ぼすべし、などというように、エリート意識の強い種族だ。
種族全体として、美男美女ぞろいで、年老いることを知らない。寿命も人のそれと比べればはるかに長い。
しかし、目の前のエルフはそんな話に効いたエルフとは違うようだ。
話から察するに、彼女も旅人なのだろう。
先ほどはおいていなかった荷物に黒い棒があった。それが彼女の得物なのだろう。
「それにしても珍しいですね。エルフの人が、冒険とかするなんて」
そう言って、失礼だったかな、と思ったタムズだが、彼女もそれを言われるのは慣れているのだろう。苦笑して答える。
「探し物をしていてね」
「探し物、ですか?」
「そう、大事な、大事なものの、ね」
そう言って口を閉じたことから、それ以上は言いたくないのだろう、と思い、彼はそれ以上は聞かなかった。
あまり踏み込み過ぎるのは、いけないだろう。
「そう言う君こそ、見たところ成人していないだろう?なぜ、旅を?」
そう聞かれ、タムズはなんとなく、この人にならば、話してもいいか、と思い自分のことを語りだした。
子どものころから見てきた夢、それに出てくる戦士と女性。その夢が変化し、そして魔神が現れたこと。
そして、なぜか現れた鎌を、自分のモノのように操れたこと。
話し終えた時、エルフの女性は顎に手をやり、考えていた。
「ふむ、奇怪な話ではあるな」
そうネフェリエは言い、タムズを見る。
「もしかしたら、それは君の前世、と言うやつかもしれないな」
「夢が、ですか?」
コクリ、と女性は頷く。
「我々の魂は転生のサイクルにある、と言う話は知っているか?」
「ええ、でも本当かどうかは、それこそ、神のみぞ知る、ですが」
女性は頷く。
タムズとて、本当かどうかはわかっていないのだ。
「もしかしたら、の話だ。まあ、話半分に聞いてくれ」
そう言い、彼女は言った。
前世の因縁が関係している。その魔神とタムズ、そして女性。それがキーになるのではないか、と。
「まあ、私は詳しく知らないから、あまり参考にはならないが」
「いえ、話を聞いてもらって、俺も落ち着きました」
こんな突拍子もない話を信じて親身になってくれる女性に、タムズは感謝した。
そして、彼女の探すものが早く見つかるといいな、とタムズは心から思った。
「そろそろ、夕食ができるころだろう。味はいまいちだが、量はあるし、バランスもいい。しっかりと取っておけ」
「はい」
エルフの女性が立ち上がる。タムズもそのあとをついて行く。
宿の食堂は酒場となっていて、宿泊客以外にも客はいた。
酒を飲みに来ているのが主であった。
タムズはネフェリエの隣で豆のスープをすする。
「おい、なんでもあっちでは本格的に戦争が」
「魔族国にセアノとかが」
様々な噂が聞こえてくる。
ネフェリエはそれを聞き、わずかに眉をしかめる。
「ネフェリエさん?」
「いや、戦争、と聞くと、やはり、な」
「・・・・・・・・・そうですね」
「魔族国が侵攻される、と言う噂も真実味を増している。ファムファートの噂も、事実だろうしな。・・・・・・まったく、住みずらい世界になったものだ」
いや、元からそうだったか、とネフェリエは苦笑する。
彼女は何歳なのか気になったが、流石に失礼かと思い聞かないタムズ。
「それより、タムズ。君はこれからどうするんだ?」
「僕、ですか?」
「ああ、その魔神、ダウク、だったか。そいつのことは私も少しだけ、知っているんだ」
先ほどは言わなかったが、と彼女は言う。
「実は私の探し物は魔神と絡むものでね。よければ、一緒にいかないか?」
「・・・・・・・・いいんですか」
タムズはネフェリエの提案にそう答えた。
「ああ。構わない。私も、そろそろ手がかりがなくなってきたからな。中央大陸の方に行こうかと思ってね」
聞くと、魔神ダウクは中央大陸の方にいるらしい。
「これでも私は腕の立つ方だ。いざとなれば、二人で戦えば、どうにかなるだろう」
「ネフェリエさん」
「私にも、娘がいたんだ。君とは違うが、なんとなく、ね。放っておけなくてな」
苦笑するネフェリエ。
「・・・・・・・・・・・すみません、ネフェリエさん。一緒に、探していきましょう」
その代わり、とタムズは言う。
「僕もネフェリエさんの手助けをします。たとえ、俺のことが分かったとしても、ネフェリエさんの探し物が見つかるまで協力します」
「・・・・・・・・・・ありがとう、タムズ」
タムズの手をネフェリエは握り、強く握手をする。
タムズも、その手を握り返す。
翌日。
早くに起きたタムズは、日課の鍛錬をしていた。
しかし、いつもと違い、その横にはエルフの女性が立っていた。
「脇を絞めろ、隙だらけだぞ」
「は、はい」
「力任せに振るな、こうやってだな」
棒と鎌の違いこそあれど、基本は似ている。手取り足取りネフェリエは教えてくれる。
最初の戦いや今までの戦いは何とか咄嗟の動きで生き残れたが、実際の戦闘でそんなものは当てにできない。
そう言うことで始めた鍛錬だが、思った以上に指摘されることばかりでタムズはたじたじだった。
それでも、ネフェリエの指導のおかげで少しずつ、少しずつ腕を上げて言っているのを感じられた。
「うん、だいぶ良くなったな」
三日目の朝、そう言ったネフェリエはタムズを見る。
「君の方の準備も整ったし、そろそろ行くか?」
「はい。あ、でも中央大陸まではどうやって?」
中央大陸はほかの大陸と違い、陸続きではなく、アウラ海を挟む。
だからどうやっていけばいいのか、タムズにはわからない。
「ここから東の港町から定期船が出ている。それで行こう。私も中央大陸は初めてなのだが、まあ、大丈夫だろう」
黒い棒を背に担ぎながら言うネフェリエ。
しかし、彼女ほどの実両者ならば、路頭に迷ったとしても生き延びれるだろう。
そう思うと、この人に出会えたことは幸運だな、とタムズは思う。
「よし、それじゃあ行くか、タムズ」
「はい!」
少年とエルフ。
奇妙な二人組の旅が、ここから始まる。
共に魔神に因縁を持つ二人の旅が、どのような結末を迎えるのか。それを知る者はいない。




