第97話 パワーアップ?
翌週、空君と一緒に登校する日が来た。空君は包帯も取れて、傷跡も髪の毛でかくれ、すっかり元気な状態になってはいたが、自転車登校ではなく、念のためバスで登校することになった。
バス停で空君に会えるのをわくわくしながら待っていると、ちょっとはにかみながら空君がやってきた。
「おはよう、空君」
「おはよう、凪」
あ、照れてる!可愛い!
「空君とまた登校できて嬉しい!」」
そう言ってひっつくと、空君は照れくさそうに笑った。
「なんかさ、休んじゃうと学校って行きにくくなるじゃん」
「え?うん」
「でも、凪がいてくれるから、俺、学校に行けるのも嬉しいって言うか」
「…私がいるから?」
「うん。部活で会ったりできるし…。あ、そういえば、もう峰岸部長は出てこないのか」
「うん。2学期の部活、空君もいないし、まだ一回もしていないの」
「そうなんだ」
「今日は千鶴と黒谷さんに言って、部活しようか」
「…先輩いなかったら、何をしたらいいのかな」
「さあ?」
「………」
空君も私も、無言になってしまった。
「そういえば、誰が次期部長?まさか、私かな?」
「でしょ?」
空君は当然って言う顔をして私を見た。
え。私なの?
「峰岸先輩、何も言ってなかった?」
「前にちょこっと言われただけ。顧問の先生は何も言ってこないし、いいのかなあ…、ほっておいて」
「今日、峰岸先輩に会って聞いてみようか?」
「うん。空君、一緒に来てくれる?」
「もちろん」
良かった。空君がいてくれるのって、安心する。
その時バスが来て、私たちは乗り込んだ。バスには今日も、3人だけしか乗っていなかった。
私と空君は一番後ろの席に座り、私は空君にびったりと引っ付いて座ってしまった。
「凪、近い…」
「ごめん」
ほんのちょっと離れた。でも、空君を感じていたくて、そっと空君の手を握ってみた。
「……凪」
「え?手、駄目?」
「ううん。いいけど」
よかった。
「こうやって、凪のぬくもり感じられるのは嬉しいけど」
空君はそう言うと、はにかみながら、
「やっぱ、照れくさい」
と可愛い笑顔を見せた。
うわ。可愛い。やっぱり、空君、可愛いよ。
「でも、俺さ」
「え?」
「ハワイの病院にいた時、無性に凪に会いたくなって」
「私に?」
「うん。また、幽体離脱できないかなって思ったりもしたんだ。でも、できないし。体から意識飛び出てくれないから、凪に会いに行けなくてもどかしかったんだ」
「……」
空君はちらっと私を見ると、また視線を下に落として、
「だから、こうやってすぐ隣にいるの、なんか、嬉しいし…」
と照れながらぼそっとそう言った。
なんか、空君が変わった気がする。前は近づくと、困っていた感じもあったのに、嬉しいって思ってくれるなんて!
空は曇っていた。そんな雲の合間から太陽の光が差しこみ、海にその光が反射してキラキラと輝いていた。
それを窓から空君と眺め、
「綺麗だね」
なんて言いながら、しばらく2人で海を見たりした。
ああ。空君の隣にいるとなんでこうも、時間がゆったりと流れるんだろう。バスの揺れと、空君からやってくるあったかいオーラは、私を優しく癒してくれた。
駅に着き、ホームに行くと、そこにはすでに鉄も千鶴もいた。
「空君!」
鉄と千鶴は、ハワイから帰ってきた空君に初めて会う。
「怪我の具合どう?」
千鶴が空君にそう聞くと、空君は、
「もう大丈夫です」
と、小声で答えた。
「…空」
鉄は顔をムスッとさせながら、空君に近づき、
「もう大丈夫なのかよ」
と、ふてくされた感じでそう聞いた。
「…うん」
空君もそれしか言わない。でも、鉄が空君の背中をぽんと叩くと、
「心配かけて悪かったな、鉄」
と空君は呟いた。
「いいけどっ!元気になったならそれでいいけどさ」
あ。鉄の顔、明るくなった。空君も、鉄を見て口元を緩ませた。
「一応、ノートはとってやったけど、字が汚ねえとか、わかりにくいとか文句言うなよ」
「ああ。あんまり見にくかったら、黒谷さんのノート借りるし」
そう空君が言うと、
「じゃあ、最初から黒谷さんに見せてもらえよ」
と、鉄はふてくされながらそう言った。
「黒谷さん、頭いいもんね。碧が勉強をよく見てもらってるの。字も綺麗だし、鉄より黒谷さんのノートのほうがいいと思うよ」
私もそう言うと、鉄はもっとふてくされてしまった。
「へえ。碧君、黒谷さんにそんなに勉強見てもらってるんだ」
空君がそう言うと、千鶴が、
「黒谷さんって、碧君のこと好きだったりして」
と鋭い突っ込みを入れた。
そんな話をしていると、空君と同じクラスの女の子たちがホームに来て、
「空君!もう大丈夫なの?」
「空君、心配したんだよ」
と言いながら、空君を囲んでしまった。
「あ…」
空君、困ってる。
「そんなに周りでぎゃあぎゃあやってたら、空、また具合悪くなるぞ。静かにしてやれよ」
鉄がその女の子たちに、きつい口調で言うと、みんな鉄のことを睨みつけたが、
「空君、また学校でね」
と言いながら、その子たちは私たちから離れてくれた。
「サンキュ、鉄」
空君はぽつりと鉄にお礼を言った。
「いいよ。ああいうの苦手だろ?空。また学校でうるさく言って来るのがいたら、追っ払ってやるからさ」
鉄が、お礼を言われて嬉しかったのか、笑顔でそう答えた。
なんだか、空君と鉄の友情が芽生えてるみたいで、私も嬉しいなあ。
「じゃあ、放課後ね」
空君とそう言って、昇降口で別れ、私と千鶴は教室に向かった。
「そういえば、ずっと千鶴の話聞けないでいるけど…」
廊下を歩きながら千鶴にそう言うと、
「あ、いいの、いいの。いつでも…」
と、千鶴は慌てたようにそう言って顔を赤くした。
やっぱり、小河さんと進展があったとしか思えないなあ。
実は、聞く機会は何度かあった。メールや電話で聞いても良かったんだけど、私に余裕がなかったんだよね。
空君のこともあったけど、千鶴が小河さんと進展したっていうのを聞く覚悟ができていなかったんだ。
千鶴がいきなり大人の女性に見えて来て、どんな反応をしていいかも、何を言っていいかもわからなかったし。なにしろ、私にとっては未知の世界だし、そこに人の話とは言え、踏み込むのはまだまだ怖い。
いつか、私と空君もそういう日が来るんだろうけど、それすらまったくイメージできないし。
今はただ、空君のそばにいられるだけで嬉しくて、それ以上進展したいとか、そういうのもないしなあ。
空君はあるのかな。前は私と二人きりになるのも避けていたし、近づくと空君のほうが意識しちゃうのか困っていたみたいだけど、最近はそういうこともないしな。
特にハワイから帰ってきてからの空君は、2人きりになっても、困る様子も見せず、嬉しそうに笑っているし、手を繋いでも、ちょっとくらい引っ付いていても、はにかんだ笑顔を見せるだけだし。
このまま、こんな二人でいられたらいいなあ。そばにいられるだけで、本当に嬉しいんだもん。
昼休み、食堂に千鶴と行ってみた。すると、空君、鉄、黒谷さんが一緒にお弁当を食べていた。
「あ、榎本先輩」
黒谷さんが一番に気が付き、私を呼んでくれた。
黒谷さん、前と雰囲気が変わった気がする。こういう時、大きな声を出して私を呼ぶこともなかったし、にこにこ笑っていることもなかったもんなあ。
「一緒にお弁当食べていい?」
「もちろんです。来るかと思って、席も3人分とっておいたし」
「3人?」
千鶴が不思議そうに聞くと、そこに峰岸先輩がやってきた。
「あ、先輩の分か…」
千鶴はそう呟いて椅子に腰かけた。私の席はしっかりと空君の隣の席を、黒谷さんがキープしていてくれたようだ。
峰岸先輩は千鶴の隣に座った。先輩は千鶴に彼氏ができたこと、知っているのかなあ。知ったら、ショックを受けるかもなあ…。
「相川君、怪我すっかり治ったのかい?」
先輩は空君を見ながら、優しくそう聞いた。
「はい。すみません、ずっと学校も休んでいたから、部活も出れなくて」
「ああ。いいんだよ。もう僕が部長じゃないし。部長は榎本さんだから」
「え?やっぱり、私なんですか?!」
「うん。もちろんだよ。他にいないだろ?」
「そ、空君が次期部長って言うのはどうでしょう」
「俺?やっぱり、学年が上の凪が部長になるほうがいいんじゃない?俺もいろいろと、凪の手伝いはするつもりでいるけど」
「……」
そんな~~。部長だなんて何をしていいかもわからないのに。
「そんなに心配しないでもいいよ。とりあえず、僕が抜けても、部員は5人いるわけだし。あ、谷田部君も続けるよね?」
「はい」
鉄はひょうひょうとした顔で頷いた。
「ね?部員を勧誘するのが一番の苦労するところだから、あとは特に大変なことはないよ。予算だってそんなにもらわないでも困ることもないし、あとは…。新入生が入って来た時の歓迎会で部活紹介するけど、そんなの部長がしないでもいいわけだし。谷田部君にでもさせちゃえば?」
峰岸先輩がそこまで話すと、鉄が横から口をはさんだ。
「俺っすか?なんで俺なんすか?」
「一番、しゃべり慣れていそうだから」
峰岸先輩はにこっと笑いながら鉄にそう答えた。
「めんどうくせ~~」
「そんなことないよ。天文学部です。主な活動は星の観察です。流星群を見たりもします。興味があれば入ってください。僕はいつも、こんな感じのことを言って、終わらせていたから。ね?たいしたことないでしょ?」
「そんなだから、だ~れも興味を示さないんですよ。そもそも、もっとなんか他にも活動したらどうですか?」
「ああ。うん。そう思うんだったら、ぜひ、谷田部君がいい案を出してみて」
「俺っすか?!」
「だって、僕はもう天文学部引退しているんだからさ」
「……めんどうくせ~~」
結局鉄は、なんにもしないんだろうなあ。
「だけど、このままでもいいと思うなあ、私は。気心知れたみんなで会って、星の観察して、あとは適当に部活出ているだけでも」
千鶴がそう言うと、黒谷さんも頷きながら、
「私も、このメンバーでいるとほっとするから、このままでもいいと思います」
と、にこやかに言った。
「来年は碧を入れさせよう。他の部に入っても、天文学部にも席を置いてもらって、夜の星の観察くらい、碧も凪と一緒に出てこれるだろ?」
そう空君が提案すると、一気に黒谷さんの頬が高揚した。
「いいね、それ」
千鶴はすぐに賛成した。
「碧、生意気そうだからなあ」
そう言ったのは鉄だ。
「生意気で悪かったね、鉄。でも、ああ見えても、けっこういいやつなのよ」
私が碧の肩を持つと、鉄は気まずそうな顔をして黙り込んだ。
「そうか。榎本さんの弟君、来年この学校入ってくるのか」
峰岸先輩に聞かれ、
「その予定です。受かればの話だから」
と私は答えた。
「大丈夫だろ、碧なら」
空君がにこやかにそう言った。
「ね?黒谷さん。黒谷さんが碧の勉強みてあげてるんだし」
空君は黒谷さんに微笑みかけながらそう言うと、黒谷さんはさらに顔を赤くさせ、俯いてしまった。
わかりやすい反応だなあ。碧も、どうやら彼女と新学期になって、別れ話をしているようだし。家で彼女の話よりも、碧は黒谷さんの話ばかりをしているし。すっかり、気持ちは黒谷さんに移っているみたいなんだよね…。
ただ、告白とかそういうのは、お互いしていないみたいだ。碧は黒谷さんの気持ちが自分に向いているのを勘付いているようだけど、黒谷さんはまったくわかっていないみたいで、ちょっとはたから見ててもどかしい。
でも…。
はっきり言って、千鶴のことも、黒谷さんと碧のことも、今の私にはどうでもいい。それより今、空君が隣にいてくれるのがすっごく嬉しい。
食堂では、
「空君、元気になったんだね、良かった」
「あ、空君、学校出てこれたんだ」
なんて声が、あちこちから聞こえて来ていた。
だけど、そんな声もどうでもいい。みんなの視線もどうでもいい。
空君が、また隣にいてくれる。それだけで私は浮かれている。
「凪…」
空君がぽつりと私に、
「光、出まくってるよ」
と囁いた。
そりゃそうだよ。だって、嬉しくて、嬉しくて、ハートがずっと熱いもん。
空君を見た。空君は照れくさそうにしている。ああ、私が空君、大好きって思っているの、今もわかってるんだね。
不思議なことに私のこの光は、相当パワーアップしているようで、そのへんにいるだろう霊たちを一気に浄化してしまっていたようだ。
「最近、まったく学校で幽霊を見ないんです」
放課後の部室で、黒谷さんが明るくそう私に言った。
「だって、凪が浄化させてるから。黒谷さんにも凪の光見えてるでしょ?」
空君がやけに嬉しそうにそう言った。
「うん、見えてる。すごいよね、前よりさらにパワーアップしちゃってる」
「え?そうなの?」
「だから、俺も言ったじゃん」
空君はやっぱり、嬉しそうだ。
「それで、黒谷さんも明るくなったの?」
千鶴がそう聞くと、
「え?私、明るくなっていませんよ」
と黒谷さんがびっくりしたように答えた。
「そんなことないよ。前と全然変わったよ」
私がそう言っても、黒谷さんは否定した。
「凪と碧の影響じゃない?特に碧、能天気だし。俺から見ても、黒谷さん変わったよ。教室でも、俺や鉄と明るく話しているしさ」
空君がそう言って、「な?」と鉄に同意を求めた。
「それでちょっと、空のファンから睨まれているけどね」
え?そうなの?
「今までも、周りの人に良く思われていなかったから、慣れてます」
黒谷さんは静かな声でそう言った。
「でも、何かあったら、いつでも言って。私でも千鶴でも、空君にでも。あ、鉄にでも」
「はい」
ちょっと心配だな。そのうえ、来年は碧が入ってきて、もし黒谷さんと付き合うようになったら、ますます黒谷さん、いろんな人に目を付けられないかなあ。碧ってモテそうだし。
来年は私、守ってあげられないし…。
そんなことを思いながら私は黒谷さんを見ていた。
「あ、今、すごい光で包んでくれているんですけど…」
黒谷さんはちょっとびっくりしながら、私に言ってきた。
「え?ほんと?」
黒谷さんのことを思っていたからかな。
「くす。凪、やっぱり、すごいね」
「何が?空君」
「何って…。人を思う気持ちって言うかさ…。それが、光で飛び出るから、すぐにわかる。今、黒谷さんのこと思ってあげてたでしょ?」
「え?う、うん」
「凪マジックだね。子供の頃の凪のパワー、すっかり取り戻したみたいだね」
「子供の頃の?私って、子供の頃そうだったの?」
「うん。だから、凪の周りは穏やかで、喧嘩している子もおとなしくなって、仲良くなっちゃって…。とっても不思議なことがいっぱい起きていたんだよ。凪には自覚がなくても、凪のパワーだったんだ」
「すご~い。凪って!」
千鶴がそう言って目を丸くさせ、鉄までが目を輝かせながら私を見た。
「すごいですよね~~。榎本先輩」
黒谷さんまでが尊敬のまなざしで見てるよ…。困ったな。私、本当に自覚していないんだけどな。
「大丈夫。凪はそのままの凪でいたら、きっと凪の周りは変わってくる」
空君はそう言うと、にこっと可愛い笑顔を見せた。
そうなのかな。私、何もしないでもいいのかな。よくわからないけど…。でも、空君に可愛い笑顔でそう言われると、そんな気がしてくるなあ。
その日は本当に特に何をするわけでもなく、5人でのんびりと部室でたわいのない話をして笑い合った。
部室の前の暗い廊下は、すっかり明るくなったし、部室の隅の暗い箇所も明るくなっている。
黒谷さんも霊を見ることもなく、平和に1日が終わっていった。
こんな平和な日がずっと、続いたらいいなあ。




