第94話 意識不明?
翌日も空君とスカイプをした。明日はマウイ島から、オアフ島に戻ってくるらしい。
そして、その次の日、空君は日本に帰ってくる。
やっとだ~~~!
待ち遠しくてしょうがない。早く明後日になって。
そんな思いで、1日を過ごした。
空君からは、夕焼けだけじゃなく、綺麗な海の写真も何枚か送られてきた。
碧やパパ、ママにも見せた。
「行きたいよなあ。俺はサーフィンじゃなくて潜りたい」
パパがぽつりと言った。
「絶対今度、行こうよ、父さん」
碧も、羨ましがっている。
「そうだ。黒谷さんが、明日も来たいってメールで言ってたけど。なんか明日ってあるの?」
「あ、俺の宿題見てもらう約束したんだ」
「え~~~。黒谷さんにちゃっかりやってもらおうっていう魂胆じゃないの?碧」
「ちげえって。ただ…」
「口実だよなあ?碧。そういうのもわかってやって、凪」
パパがそう言うと、碧は真っ赤になった。
「だ、だから、ちげえって!」
何が違うんだか。顏がそこまで赤くなったら、もうバレバレだってば。
翌朝、また朝早くに起きて、顔も洗い、髪も乾かし、ちょっと可愛いTシャツまで着て、空君からの呼びかけを待った。
確か、今日はマウイ島からオアフ島に移動だって言ってたな。
空君からの呼びかけがあり、すぐにスカイプを始めた。
「今日、3時ころこっちのホテルをチェックアウトして、セスナ機でオアフ島に移動するんだ」
「今日もサーフィンしたの?」
「したした。マウイで最後だからって、早くに起きたからけっこう寝不足」
「大丈夫?」
「うん。チェックアウトぎりぎりまで、母さんたちとこれからテニスもする予定」
「テニス?できるの?」
「できるよ。ハワイに来ると、けっこうしてる。今度、凪も一緒にする?」
「する!」
なんだ。もう。そんなにいろんなことが実はできるんじゃない。知らなかった。
それから、しばらくしゃべりこんだ。空君は、真っ黒に日焼けしている。それから、着ているTシャツが可愛い。ハワイで買ったものかもしれない。
「あ、母さんが飯食いに行くって呼んでる。じゃあね、凪」
「明日には会えるの?!」
「うん。えっと~~。こっちを3時ごろ出て、夕方に着くかな。多分、明日中には帰れると思うんだけど」
「明日の夜には会えるの?」
「遅いかもよ」
「でも会いたい」
「じゃあ、凪の家に寄るか…。あ、もしかすると、まりんぶるーに行くかもしれないし。それは日本着いてから連絡するね」
「うん!」
嬉しい。やっと会える。
空君の笑顔、可愛かった。ああ、今すぐ、本当は抱きつきたいよ。
「空君、大好きだからね」
そう思わず言うと、空君は照れくさそうに笑って、
「うん。俺も」
と言って、スカイプを切った。
もうすぐだ。もうすぐ会えるんだ。毎日スカイプで声も聞いていたし、顔も見ていたけど、やっぱり、直に会うのとはわけが違う。
空君のぬくもりや空気、オーラ、全部を早くに感じたい。
キスだってしたいよ。思い切りハグもしちゃう!
早く明日になれ~~~。
そんな思いを胸に抱え、また私はベッドにごろんと横になった。今日はまりんぶるーの定休日。
「は~~。今日は何をしよう。午後、黒谷さんが来るけど、それまでは暇。部屋でも掃除しようかな。
だって、突然明日、うちに来て、空君が私の部屋にやってくるかもしれないもの。
ちょっと、ドキドキしながら私は自分の部屋を掃除した。
そういえば、私、宿題の名前、全然考えていなかった。夕日、星、太陽、それにちなんだ名前。
わあ、どうしよう。空君は考えていたのかな。
でも、空君との子供の名前だなんて、やっぱり気が早すぎだよね。だって、赤ちゃんができることすら、まだ、したこともないし。する予定も多分、ずっとないだろうし。
は~~~。浮気しないでなんて言ってたけど、空君以外の男の人なんて、そうそう会うこともないよ。碧とパパと、爽太パパとおじいちゃんくらいで。お店にもまったく男のお客さんは来ないし、鉄だって来なかったし。
お昼ご飯は、ママと一緒に五目焼きそばを作った。碧も塾から帰ってきて3人で食べた。
「明日空帰ってくるんだろ?」
「うん」
「良かったな。やっとこれで、凪の溜息聞かないで済むよ」
「え?私、そんなに溜息してた?」
「してた。カレンダー見て溜息ついて、空を見上げて溜息ついて。ね?母さん」
「そういうものよね。会えない日ってやけに長く感じたり」
「うん。ママもわかる?そういう時あった?」
「あった。たった1日、合宿で聖君がいなくても寂しかったもん」
「1日~~~?なんじゃ、そりゃ」
「碧にはわからないんだよ。もう!」
思わず私はむくれてしまった。
とにかく、明日には会える。それがとっても嬉しい。
お昼を食べ終わり、片づけをママと一緒にしている時、プルルル…と家の電話が鳴った。
「何かな。またセールスの電話かな」
ママがそう言って電話に出た。
「黒谷さんだったりして。まだ、来る時間じゃなかったっけ?」
「2時頃来るって言ってたよ」
「碧、もしかしてメールか何かで連絡取りあってるの?」
「う、なんだよ、いいだろ?別に」
「いつの間に~~~」
知らなかったなあ。碧ってば、ちゃっかりメアド聞いたのか。
「え?ひ、聖君、もう一回言って」
ママの大きな声を聞いて、私と碧はママのほうを見た。すると、ママが受話器を握りしめたまま、真っ青になっていた。
「母さん?」
「ママ?どうしたの?」
「あ…。聖君が今すぐに帰ってくるって」
「え?なんで?パパ、どうかしたの?」
「……」
ママは手を振るわせながら、受話器を碧に渡した。
「父さん?何があったの?」
碧はママと電話を替わり、パパと話し出した。そして、
「え?!嘘だろ!」
と大声を出して、碧も真っ青になってしまった。
「わ、わかった。うん、待ってる。うん。こっちにいるよ。母さんと凪のそばにいる」
碧はそう言って電話を切った。
「あ、碧?」
まさか、まさかと思うけど。
「………な、凪。気を確かに、しっかりと持って聞いて」
ママがそう言って私を見た。ママの顔、青白くなってる。
「母さん。俺から話す。母さんはソファに座って。あ、水飲む?母さん、お腹に赤ちゃんいるんだから、駄目だよ。気持ち落ち着けて」
「ママは大丈夫。でも…」
ママは私を悲しそうな目で見た。
何。碧まで、顔を真っ青にして私を見ているし。まさか、空君に何かあったわけじゃないよね。
凪!!!!
え?今の、何?
「空君」
「え?」
私がそう言うと、ママと碧は目を見開いた。
「空君の呼ぶ声が…、今…」
「そ、空の?」
碧の顔はもっと青ざめた。
「空君が、私の名前呼んだ…」
「凪!」
ママが私を抱きしめた。
「しっかりしてね。空君だったら大丈夫なの」
「ど、どういうこと?ママ」
「空君、病院に運ばれたって…」
「ど、どうして?」
「セスナ機が事故にあって…」
「春香さんと櫂さんは?」
「全員無事よ。怪我をして病院に運ばれたけど。ただ…空君は…」
「空だけ、意識不明…だって」
ママが言葉を続けられなくなり、そう碧が言った。
「意識不明?」
「大丈夫。大丈夫よ、絶対」
「そうだよ。空がへたばるわけないじゃん」
碧は震えながらそう言った。ママも顔が真っ青だ。
「私、行く」
「え?凪、何言ってるの?」
「ハワイに行く。空君がいる病院に今すぐ」
「無理だよ。そんなこと」
「い、嫌。そばにいる。空君のところに行く!」
「凪、落ち着いて!」
ママにそう言われた。でも、落ち着いてなんていられるわけがない。
「母さん、いいから。母さんだって興奮したらお腹の子に悪いから、俺が凪のそばにいる。母さんも真っ青だよ。部屋で父さんが帰ってくるまで休んでて」
「でも」
「いいから、俺に任せて」
碧の言葉に、ママは黙って2階にあがっていった。
「……凪、しっかりして」
碧が私の両腕を掴んだ。
「とにかく、父さんが帰ってくるまで待とう。あ、そうだ。俺、爽太パパに何か連絡がハワイから入っていないかどうか聞いてみるから」
碧はそう言って、受話器を持って電話を掛けた。
私は、体から力が抜けて行き、立っていられなくなり、絨毯の上にしゃがみこんだ。
意識不明?って何?
それだけ、重体なの?
うそでしょう。だって、朝、空君と話したばかり。
明日には日本に帰ってくるって…。
「そう。わかった。じゃあ、何か連絡入ったらすぐにこっちに電話で知らせて。うん。凪?それが、ちょっとやばいかも」
碧の言葉が耳に入った。
「空君、なんだって?」
私は思わずそう碧に聞いた。
「え?まだ、連絡何も来ていないって」
「それ、人違いってこともあるよね?ね?碧」
「……そ、そうだね」
「空君じゃないよ。空君なわけないよ。だって、朝、元気だったよ。明日は日本に帰るって言っていたもん」
「あ、ああ。そうだ。空なわけないよな?」
碧、顔、作り笑いだ。まるわかりだ。
「そ、そうだよ。空君なわけ…」
その時、パパがリビングに飛び込んできた。
「凪?大丈夫か?」
「父さん、母さんもショック受けてた。今、2階で休んでる。ちょっと様子見に行ってあげて」
「わかった。碧は凪についててあげて」
パパの顔色も悪かった。
なんで?
何が起きているの。
空君。空君が意識不明…。そんなわけない。
でも、さっきの、空君の声は?
ううん。あれはきっと、幻聴…。
「碧」
「何?凪」
碧は私のすぐ隣に座っていた。
「私、空君のところに行かなきゃ」
「え?」
「こうしていられない。今すぐに行く」
「待って、凪。今すぐには行けないから」
碧は私の両腕をつかみ、私を座らせようとした。でも、私はその腕を払いのけ、立ち上がろうとした。だけど、また碧に両腕を掴まれた。
「離して。空君のところに行くの」
「ハワイなんだよ。空は」
「行くの!離して!空君のそばに行くんだから離して!!!」
「父さん!来て!凪が…!」
碧が大声を上げた。碧は私の両腕を思い切り掴んで離してくれない。
「凪?」
ドタドタと2階からパパが駆け下りてきた。
「父さん、凪が空のところに行くって言ってきかない」
「凪!」
ギュウ…。パパが私のことを思い切り抱きしめてきた。
「パパ」
「わかった。凪。行こう。パスポートとって、空のところに行こう。でも、今すぐには無理だから。それに、ママは動けないし…。もうちょっと、ハワイからの連絡を待とう。な?」
「嫌。今すぐに行く」
「凪…。落ち着いて。空は案外しぶといやつだし、きっとすぐに目を覚ます」
「嫌!嫌!嫌!!!今すぐに行くの!パパ、離して!」
「凪…」
パパは私をぎゅっと抱きしめて離してくれなかった。私は自分でも知らぬ間に、思い切り泣いていた。
涙が次から次へとあふれ出て止まらなかった。
プルルル…。
「電話。いいよ、父さん。俺が出る」
碧が走って電話に出た。
「爽太パパ?なんか、連絡来た?」
「きっと、目を覚ましたって言う連絡だよ、凪」
「パパ…」
パパは私の頭を撫でた。
「父さん、父さんに替わってって…」
碧が受話器を持ってそばにきた。
「え?ああ」
パパは私から離れたところで電話に出た。そして、
「え?!」
と悲痛な声をあげたまま、黙り込んでしまった。
「父さん?何?爽太パパ、なんだって?」
碧が聞いた。でも、パパは受話器を握りしめたまま黙っている。
「う、うん。わかった。櫂さんと春香さんは大丈夫なんだよね?うん。あ、そう。櫂さんから電話があったのか…」
やっと、パパがまた話し出した。でも、声も震えているし、手も震えている。
なんで?
「わかった。俺が行こうか?うん…」
何?なんなの?
電話を切って、パパは私と碧のそばにきた。
「空、重症で…。今夜が峠かもって」
「え?」
「危ないんだって…。だから、ハワイまで行ってくる。凪も行くか?」
「………危ないって?」
「このまま、意識戻らなかったら…、そのまま…」
そこまで言うと、パパは言葉を詰まらせた。
「嘘だろ」
碧が私の横で、ぐったりと力をなくしたように座り込んだ。
「そんなの、信じないよ、私」
信じられるわけないじゃない…。
絶対に嘘だ。絶対にこれは、悪い夢でも見ているんだ。
絶対に……!




