第92話 ママの検診
「凪、そろそろ行くぞ」
「うん!」
翌朝、パパにそう言われ慌てて部屋から一階に下りた。今日はママの検診の日。
「ママ、もう5か月目に入るんだよね」
「うん」
ドキドキ。産婦人科に行くことすらそうそうないし、検診なんて初めてだから緊張しちゃう。あ、きっと碧の時も行ったのかもしれないけど、さすがに覚えていないし。
パパの車に乗り込み、いざ産婦人科へ。検診だけでこんなにドキドキしていたら、私、ママが赤ちゃんを産む時どうなっちゃうのかな。しっかりとしていないとならないのに。
「安全運転で行くからね?桃子ちゃん」
「うん」
パパは静かに車を発進させた。
ママはさっきからずっとお腹をさすっている。どうしたのかな。
「痛いの?ママ」
「ううん。心の中で会話していたの」
「え?どんな?」
「今日はお姉ちゃんも、一緒に行ってくれるよ、とか」
「そうなんだ」
「まだ動かないけど、動くようになったらきっと、話しかけたら反応しているのがわかると思う。凪もどんどんお腹に話しかけてね」
「うん、わかった」
すごいなあ。お腹に命が宿っているのってどんな感じなんだろう。
病院に着き、私はママと一緒に病院に入った。パパは車を駐車場に停めてから入ってきた。
私とママが座っている長椅子の隣にパパが腰かけると、なぜか注目を浴びた。
「いつ見ても、榎本さんの旦那さんかっこいいわね」
そんな声が受付から聞こえた。横にいるお腹の大きな女の人もパパを見ている。
パパって、産婦人科でまで注目されちゃうのか。すごいなあ。
「榎本さん、お小水とってきてくださいね」
「あ、はい」
ママは看護師さんに言われて、トイレに行ってしまった。
「おはようございます。榎本さん。……そちらは、奥様の妹さん?似ていますね」
にこ~~っと微笑ながら、看護師さんが聞いてきた。
「え?ああ、凪ですか?娘です」
パパがそう答えると、その看護師さんだけじゃなく、周りの人がみんなびっくりしていた。
「今度のお子さんが、初めての子じゃないんですか?」
看護師さんが目を丸くして聞いてきた。
「いえ。3人目ですけど」
「3人?」
「はい。凪の下に男の子がいます」
「お、おいくつですか?」
「中学3年です。凪は高校2年です」
「そんなに大きなお子さんが…。まあ」
周りの人まで、ひそひそと話したり、じろじろと私たちを見ている。なんか、嫌な感じだなあ。
「榎本さんも奥様もお若いから、初めてのお子さんかと思いました」
「若く見えますか?でももう35ですよ。妻は34ですけど」
「まあ…。ではもう、結婚して長いんですね」
「はい」
パパは爽やかにそう答えた。看護師さんは苦笑いをしながら、その場を去って行った。
「パパって、いつも注目浴びちゃうの?」
「うん」
うんって、さらっと答えたなあ。
「もう35歳なんだ。見えないわね」
「かっこいいお父さんで羨ましいわ」
「ほんと、俳優さんみたいねえ」
そんな声が聞こえてくる。ああ、ここでもモテまくっているわけね。ママも気が気じゃないね、どこに行っても。
そこにママがにこやかに戻ってきた。
「ママ、パパのすぐ隣に座っていいよ」
私がママとパパの真ん中に座っていたけど、そう言ってママを真ん中に座らせた。
「そう?」
ママはにこにこしながら、パパの隣に座った。
「聖君、もう病院全然平気になっちゃったね」
「うん、まあね」
そんなことを言いながら、ママはパパの手を取った。あ、手、繋いじゃった。ほんと、仲いいんだから。
それから30分ほどして、
「榎本さん」
と呼ばれた。3人で呼ばれた診察室に入って行くと、
「こちらに横になってください」
と看護師さんに言われ、ママがベッドに横になった。
「あれ?今日は旦那さんとお嬢様もご一緒ですか?」
優しそうな女医さんが聞いてきた。
「はい。赤ちゃんを見たいと言うので」
「そうですか。じゃあ、こっちに来て、画面が見えるところにいてね」
私に優しくそう言って来たので、私は「はい」と頷き移動した。パパも私のすぐ横に立ち、私の肩を抱いた。
「まずは、心臓の音」
赤ちゃんの心臓の音を聞かせてくれた。
「わあ。これが?」
「そう。元気に動いているでしょう?」
「はい」
感動だ。もう心臓がちゃんと動いているんだ。
ママもパパも嬉しそうだ。
そして、次はエコーでお腹の中を見せてくれた。
「これが背中ね。反対側を向いているから、顔は見えないわね。ほら、背骨が見えるでしょう?」
「はい」
「こんな感じでお腹にいるの。手足を丸めて、背中も丸めて」
そう言って看護師さんが、赤ちゃんの様子を真似て見せてくれた。
「へえ…。ママのお腹は居心地いいのかな」
そう言うと、パパがくすっと笑い、
「いつも凪の声聞いて、喜んでいるよ」
とそんなことを言った。
「優しそうなお姉ちゃんだって、そう思っているんじゃない?」
先生までそんな冗談を言って笑った。
診察は終わった。エコーの写真や映像をくれたので、わくわくしながらそれをパパが受け取った。
「父さんと母さんにも見せよう。きっと喜ぶだろうな」
「そうね」
パパの言葉にママが嬉しそうに頷いた。
会計はパパが行った。会計にいた若い女の人は、明らかに顔を赤らめていた。
「ママ、ここでもパパはモテてるんだね」
「そうなのよね。聖君、どこに行ってもファンができちゃうから大変。あ、ほら。あんなふうに話しかける大胆な人もいるし」
ママにそう言われ、パパのほうを見ると、どこかの奥様が話しかけていた。
わあ。積極的だ。でも、妊婦さんだよ?
パパは邪険にすることもできないのか、ちゃんと答えていたが、でも距離を開けているのが見て取れた。そしてすぐに私たちのほうを向いて、
「さあ、帰ろう」
と、大きな声でそう言ってきた。
「うん。パパ!」
私もアピールするように、わざと大声でそう答えた。すると、その女の人は私を見て、
「まあ、大きな娘さんがいるんですね」
とびっくりしていた。
私はそのあとも、パパの横にママを寄り添わせ、
「もう。ママとパパ、どこでもいつでも、ラブラブなんだから」
と、訳のわかんないことを言って、周りの女の人に2人の仲の良さをアピールした。
でも、そんな必要なかったみたいだ。
「桃子ちゃん、疲れていない?大丈夫?」
「うん」
「ちょっと早いし、お茶でもして帰る?凪もバイトまでまだ時間あるでしょ?」
「え?うん」
パパはママの背中に手を回して、優しく病院のドアを開けた。
「桃子ちゃん、良かったね。お腹の子、順調で」
「うん。体重増加もそんなにしていなくてよかった」
そんなことを話しながら、ママとパパはほわほわのラブラブモード全開で病院を出た。産院の中にいた人たみんな、なぜかは~~っという溜息を漏らしていた。
羨ましいから?それとも、パパのかっこよさについ漏れた溜息かな。
車に乗ると、パパは優しく車を発進させた。パパの運転は本当に上手。特に最近、ママが妊娠してからは、さらに優しく運転するようになっていた。
「私があんなこと言わないでも、大丈夫なんだね」
「何が?ああ、凪、ちゃんとフォローしてくれてたね、サンキュ」
バックミラーで私を見ながらパパがそう言った。
「でも、2人はいつでもラブラブだから、誰もその中に入れるわけもないし」
「あはは。そりゃそうだよ。パパはいまだに桃子ちゃんしか目に入らないし、桃子ちゃんもパパに夢中だし」
うわ。娘の前でよく言う~~~~。そんなこと言われて、ママがきっと恥ずかしがっていると思って隣を見ると、
「うふ。だって聖君、今もすごくかっこいいんだもん」
とこれまた娘の前で、しれっとのろけてくれた。
11時半、私はまりんぶるーにパパとママと一緒に行った。パパはくるみママや爽太パパにエコーの写真を見せていた。
「おはよう、凪」
ちょっと遅れて空君がやってきた。
「おはよう」
なんだか、空君の顔が見れるだけで嬉しいかも。
「いよいよ明日からだね、ハワイ」
「うん」
空君ははにかんで笑った。
ああ、嬉しそうだな。やっぱり、ハワイに行ってサーフィンするのは空君にとって嬉しいことなんだ。
いいなあ。私も行きたいなあ。
その日、空君はやけに陽気だった。よく笑うし、よく話もした。そんなにハワイに行くのが嬉しいのか。
私は少しとはいえ、離れるのが寂しいのにな。だけど、うきうきしている空君にそんなこと言えない。
アルバイトが終わると、空君とリビングに行った。空君はおじいちゃんとおばあちゃんに、
「お土産何がいい?」
と聞いていた。
「なんでもいいわよ。そうね、綺麗な写真でも撮ってきて見せて」
とおばあちゃんは答え、
「俺には、俺に似合うアロハ」
とおじいちゃんは笑いながら答えた。
「うん、わかった」
「気を付けて行って来いよ、空」
「わかってるって」
「行ってらっしゃい。楽しんでね」
「うん」
空君はそれだけ会話をして、早々にリビングを出た。
「凪、海見に行こう」
「え?うん」
わあい。デートだ。
そして、また空君と二人で海を見に行った。ずっと手を繋ぎ、会話はほとんどなかった。でも、幸せだった。
「凪には、なんのお土産買ってこようか」
「なんにもいらないよ」
「え?」
「無事に帰って来てくれたらそれだけで」
「あはは。ハワイなんて、危険なところじゃないし、大丈夫だよ」
「うん。でも…」
「メールもする。写メも送る。ね?」
「うん」
太陽が海に沈むまで私たちは浜辺にいた。そして空君が、チュっとキスをしてきて、
「帰ろうか」
と言って、私の家まで送ってくれた。
ずうっと、ずうっと一緒にいたかったなあ。
「空君、今夜、夕飯食べて行かない?」
「ごめん。まだ、ハワイに行く用意、家族全員できていないから、けっこう忙しくて」
「そっか。うん、わかった」
「明日、早いから見送りもいいよ」
「え?」
「今生の別れじゃないんだし、いいからね?」
「うん」
寂しいな。じゃあ、1週間会えないんだ、もう。
私の家の前で、私から空君にキスをした。空君ははにかみながら笑って、
「おやすみ」
と、来た道を走って行ってしまった。
ああ、もうちょっと、一緒にいたかったのに。あっという間に走って帰っちゃうんだもん。
空く~~~~ん。恋しくなったらどうしたらいいの~~~?
はあ…。たった1週間なのになあ。毎日会っていたから、ものすごく贅沢ものになっているんだろうな。
ガックリしながら家に入った。パパとママがキッチンで夕飯の準備をしながら、
「おかえり」
と言ってくれたが、私が落ち込んでいるのに気が付いて、
「寂しいだろうけど、きっとあっという間だよ」
とパパが言ってくれた。
ああ。空君と離れることで落ち込んでいるって、わかっちゃうんだなあ。
「うん」
「大丈夫。その間、俺が凪の面倒は見る」
パパがそう言いながら、私の頭を撫でた。
「面倒って?」
「いっぱいハグもするし、こうやって頭も撫でてあげるから」
「くすくす。聖君のほうがしたいんでしょ?空君のいない合間に、思い切り凪にべったりしたいんじゃないの?」
ママがそう言ってクスクス笑った。
「いいじゃん!いつも空にべったりで、なかなかパパと最近はデートもしてくれないんだからさ」
「パパにはママがいるじゃない」
そう言うと、
「でも、凪ともべったりしたいんだよ」
と、パパはすねながらそう言った。
ああ、もう。可愛いパパだよなあ。って今、ママもそう思っているよね。優しそうな愛しそうな目でパパを見ているし。
「うん。空君がいなくても、私きっと寂しくないね」
そう言うと、パパはまた頭を撫でた。
「碧もママもいるからね?」
ママもそう言って頭を撫でてくれた。
「今夜のおかずはなあに?」
「ママとパパとで作った、愛情たっぷり春巻き」
「わあ。美味しそう」
私はすぐに明るさを取り戻した。やっぱり、家族っていいな。
「桃子ちゃん、中華スープも作っちゃうね」
「うん。お願い、聖君」
それからこの、いまだにあつあつラブラブの夫婦もいいもんだよね。
見ているとこっちも胸がほかほかとあったかくなってくるし。
夜、寝る前に空君がメールをくれた。
>まだ起きてた?凪。
>起きてるよ。明日の準備はできた?朝早いんでしょ?もう寝ないと。
>うん。もう寝る。凪、一つだけお願いしてもいい?
?なんだろう。
>いいよ。なあに?
>浮気はしないでね。
ええ?何それ。
>するわけないでしょ!空君もハワイで女の子と仲良くならないでね。
>ならないよ。
それだけ返ってきた。あれ?もっといろいろと、書いてほしかったな。
>じゃあね、凪。行ってくるね。
>行ってらっしゃい。
行くのはまだ明日なのになあ。ああ、お見送りもできないなんて寂しいなあ。
携帯を握りしめ、私はなかなか眠れない夜を過ごしていた。




