第82話 初々しい私たち
5日間、杏樹お姉ちゃん一家とひまわりお姉ちゃん一家は、まりんぶるーにいた。私と空君はバイトのあとに、リビングに行って、元気君と舞花ちゃんと遊んだ。空君は子供が苦手と言っていたが、元気君とは気が合ったようで、楽しそうだった。
「男の子のほうが得意?」
みんなが帰って行った日、空君に聞いてみると、
「そういうわけじゃないけど、ただ、舞花ちゃん、俺になついてくれないから」
と空君はぼそっと言った。
「そっか。碧に恋してるって、杏樹お姉ちゃんも言ってたからなあ」
「まじで?もうそういう年齢なの?」
「女の子のほうが早熟なんだね」
「凪は?」
2人でアルバイトを終え、私の家に空君が送ってくれるまでの散歩道。ちょうど太陽が海に沈むタイミング。ちょっと、いやかなりのロマンチックな夕焼け…。
「私は…」
隣で歩いている空君の腕に、むぎゅっとしがみつき、
「私は、ずうっと空君だけだもん」
と言ってみた。
「え?」
「浮気したことないもん。多分、3ヶ月だか、4か月で、空君に会った時から」
そう言うと、空君は真っ赤になってしまった。
「空君は?」
「俺も。ずっと凪だけ…」
嬉しい。
るんるんで海辺を散歩していた。そしてまだまだ、空君と別れたくなくて、
「ちょっと浜辺に行かない?夕焼け綺麗だし」
と言ってみた。
「うん」
空君ははにかみながら、頷いた。
海水浴場はまだ人がいるので、そこから離れた浜辺に行った。そして、夕焼けが海に沈んでいくのを見ていると、私たちの後ろからやってきて、斜め前くらいに座り込み、やけにべったべたといちゃつくカップルが視線に入り気になった。
私と空君は、ただ、ぼけら~~っと海を見ているだけだ。あ、腕は組んでいるけど、それだけだ。でも、そのカップルは、女の子の腰に男が手を回し、女の子も男にべったりと寄り添い、時々男が女の子のほっぺにキスをしている。
ここで、もっとすごいキスシーンとか、見ることにならないよな。
「場所、変えたい」
ぼそっとそう空君に言うと、空君の視線にも入っていたようで、
「そうだね」
と言って、空君は立ち上がった。私も立ちあがると、斜め前にいるカップルが、何気に私たちを見た。そして、
「あ!凪」
と声をあげた。
え?!顔が逆光で良く見えない。でも、今の声は確かに、千鶴…。
「小浜先輩?」
空君も気が付いたらしい。
「凪と空君もデート?」
「いや。俺らはバイトの帰り…」
「帰り道でデート?」
千鶴の隣にいるのは、小河さんだ。
え~~~~~~!聞いてないよ。いつの間にそんな、べったり引っ付く仲になってるの!?
「あの、千鶴は、えっと?」
「あ。まだ、凪には言ってなかったよね。私と小河さん、お付き合いすることになったの」
聞いていない。それもお付き合いをし始めたとは思えないほどの、いちゃつきよう。私と空君だって、そんなにいちゃついたことないけど。
「凪、邪魔したら悪いから、あっちに行こう」
空君は私の腕をとって歩き出した。
「うん」
私もとぼとぼと空君の後ろを歩いて行った。
千鶴から、だいぶ離れたところでまた、私たちは腰を下ろした。
「び、びっくりした」
「うん」
「付き合うって言っても、いきなり、あんな」
「仲良かったね」
空君がぼそっと言った。
「仲いいなんてもんじゃなかったよ?思い切りべったりしてた」
「………」
空君、黙っちゃった。
「俺、人前では無理」
え?まさか、私が羨ましがっているって思った?
「私も、ああいうのは駄目。苦手」
「ほんと?」
くるっと空君が私を見て、ホッとした顔を見せた。
「…うん。あ、でも、2人っきりでいる時なら別」
そう付け加えると、空君は真っ赤になってしまった。あ、でも、夕日のせいで赤くなっているのかもしれないなあ。どっちだろう。
「…ふ、2人の時?」
「え?うん」
「…あ、部屋でとか?」
「うん」
「………。あんなにべったりしたら、俺、やばいけど?」
「え?」
「……」
「……」
沈黙が続いてしまった。
「ごめん、凪。俺、変で。絶対に変だよね?」
空君はこっちも見ないでそう言うと、砂浜に何かぐるぐると指で絵を描きだした。
「ううん」
ううんと言ってみたものの、言葉が続かなかった。
きっと、空君は今、多感なお年頃なんだよね。なんて言えないし。
「……」
黙ったまま、そっと空君の肩にもたれかかってみた。すると、空君はちらっとこっちを見て、チュッと軽くキスをして、また下を向いた。
さっきから、意味のない絵を描いているんだろうなと思い、砂の上を見ると、『凪』という文字が、何個も並んでいた。
うわ~~~~~~~~~。それ、まさか無意識だったりしないよね。
ずいぶんと前に、試験勉強中、ノートに『空』の文字をいっぱい書いたことがあったけど。それも、無意識で。慌てて消しゴムで消して、ノートを破いちゃったなあ。
「あ」
と言って空君は、いきなり砂の上の文字を手で、ぱぱぱっと消した。
うそ。やっぱり、今の無意識?!
「俺、やっぱり、変」
ぼそっと空君がそう言った。
可愛い!
ムギュ!
思わず、抱きしめると、
「凪。抱きしめるのは、ちょっと」
と、いきなり慌てふためいた。
「はい」
私はすぐに空君から離れて、そしてまた肩にもたれかかった。
ああ。空君の隣、あったかいほわほわしたオーラに包まれて、気持ちいいなあ。
太陽はジュっと音を立てて、海の中に沈んで行った。ように見えた。
辺りはだんだんと暗くなったけど、私たちはなかなか浜辺から立ち上がることができなかった。
「あんまり遅くなると、また聖さんに怒られちゃうね」
「うん。夕飯食べてく?空君」
「今日は帰る。俺、一個宿題やり残していたことに気が付いて」
「…そう」
寂しいな。もっと一緒にいたかった。
私は空君の腕に引っ付き、私の家まで送ってもらった。
「じゃあね、凪」
「うん。また明日ね」
空君ははにかんだ笑顔を見せ、家に向かって走って行ってしまった。
は~~~~~~~~。その走って行く姿も可愛いなあ。
そしてその日の夜、夕飯も終え、シャワーも浴びて、そろそろ寝ようかとしている時、千鶴から電話がかかってきた。
あ!聞きたかったんだよ。いろいろと!
「もしもし、凪?寝てた?」
「まだ。それより、千鶴!」
「うん。わかってる。小河さんのことでしょ?」
「そうだよ。びっくりしたよ。いつから付き合ってるの?」
「えっと…。花火大会に行って、あの可里奈って女が、小河さんを誘いに来て」
「うん」
「一緒に帰っちゃったから、なんだか悲しくなって。その次に会った時に、思い切って言ったの。可里奈さんのことどう思っているのかって聞いちゃって、一緒に帰ったのを見て、悲しかったって」
わあ。言ったんだ、すごい勇気。
「そうしたら、可里奈ちゃんとは何もない。俺も、千鶴ちゃんのこと気になっていたって」
「え?でも、花火大会の夜は、特にそういう話には」
「探り入れてたみたい。本当に彼氏いないのかとか…」
「へ~~」
「で、ほら、空君とか鉄ちゃんとか来てたでしょ?あの二人とは何も関係ないの?って聞かれて」
「うん」
「高校に彼氏いるんじゃないかって、疑ってたみたいで」
「それで?」
「いないですって言ったら、じゃあ、付き合おうってなって」
「そうなんだ。よかったね。おめでとう。でも、一気にあんなに仲良くなっちゃったの?」
そう言うと、しばらく千鶴は黙りこみ、
「そ、そうだよね?こんなの駄目だよね?どうしよう。凪」
と、突然、言って来た。
「え?何が?」
「小河さん、付き合いだした日から急に、大接近してきたの。大人だからかなって思っていたんだけど、いいのかな?まさか、遊ばれていたりしないよね?私」
「え?えっと。え?」
「まだ、あげてはいない。でも、キスとか、それ以上のことはもう…」
待って。キス以上ってなに?あげていないっていうのは、えっと。やっぱり、まだ、操を守っているってことかな?
「キス以上って…」
「凪と空君はどこまでいってるの?」
「え?どこまでって?」
「だから、キスはもうしてるよね?」
「うん」
「そのキスって、ディ―プキス?」
「え?!それって、あの…」
「うん。フレンチとディープってあるでしょう?」
「か、か、軽いほうだけ」
「そうなの!?けっこう、キスしてるのにまだ?」
うそ。まさか、千鶴…。
「じゃあ、やっぱり、小河さんってそういうの早いのかな」
「付き合って、まだ、ほんのちょっとだよね?!」
「一週間くらい」
え~~~~~~~~。それなのに、いきなり、そこまで?
「き、キス以上って?」
聞いていいのかな。でも、気になって聞いてしまった。
「だから…。胸、触ってきたの。今日」
「浜辺で!?」
「うん。あと、足…。私、ミニスカートで、撫でられたりした」
うわ~~~~~~~。
「ど、どうして、ミニスカートなんか」
「だよね?なんか、私から誘ったみたいになってるよね?私って、遊んでいる女に見られてるのかな」
「……あ、小河さんっていっつも、あんなにべったりとくっついてくるの?」
「うん。最初のデートから、腰に手を回してきた」
「最初のデートで?」
「おかしいかな。大人の人だからって思っていたんだけど」
「う、うん。わかんない。でも、大人って言っても、そんなに年上じゃないよね?」
「うん」
「……。あの、やっぱり、千鶴が本気で好きじゃないなら、あんまりべったりしたり、キス以上のことをされそうになったら、断ったりした方がいいと思う」
「え?」
「だって、千鶴は遊んでいる女じゃないんだし。そこは、ちゃんときっちり言わないと」
「それで、別れることになったら?」
「それは、それだけの男だったってことだから」
「…だよね」
「うん!」
私は力強くそううなずいた。
「ありがとう、凪に話を聞いてもらって良かった。やっぱり、凪だ」
「え?」
「私ね、バイトでできた友達にも相談したの。そうしたら、全部とっととあげちゃえって言うし、近所の子にも聞いたら、私がまだ処女だってことにびっくりされられて…。やっぱり、凪に聞くのが一番だった」
え~~~~~~~~~~。何それ。
周りって、みんな同じくらいの年の子でしょ?まさか、みんな、もう体験済み?!
「高校2年で、まだって、遅い?」
気になって千鶴に聞いた。
「ううん。そんなことない。ちょっと派手な子からしたら、遅いってだけ。私たちは、まだまだ、そういうのは早いよね?そう思う?凪も」
「思う!」
また、力がこもってしまった。
「あ、でも、空君は?空君、襲ってきたりは」
「しないよ。空君、そういうことはしないって決めてるし」
「決めてる?」
「なんか、大事にしてくれてて…」
「うわ!ごちそうさま。ほんと、2人が羨ましい。じゃあ、電話もう切るね。おやすみ」
そう言って、千鶴は勝手に電話を切ってしまった。
大丈夫なのかな。その小河さんって人。千鶴のこと弄んでいるんじゃないよね?
そう思うと、空君は本当に、可愛いなってまた、思っちゃった。初々しいというか、まだまだあどけないというか。
はあ。大好きだなあ。
空君に、
>おやすみ、空君。大好きだよ!
というメールを送った。するとすぐに、
>おやすみ、凪。
という返事が返ってきた。
あ。大好きとか、俺もだよとか、そういう返事はくれないんだな。ま、いっか。
だってきっと今頃、真っ赤になって照れてると思うし。
空君の夢でも見ようっと。なんて、すでに夢心地になって、私は眠りについた。




