第81話 磁石みたいに
水族館では、元気君と舞花ちゃんが、ずっと走り回ったり、楽しげに笑っていた。それをやすお兄ちゃんとかんちゃんさんが追いかけたりしていて、大変そうだった。
「仲いいのね。でも、凪と空君とはちょっと違うね」
ママがそんな二人を見てぽつりと言った。
「そうなの?」
ひまわりお姉ちゃんが聞くと、
「凪と空君はもっとおとなしく2人で遊んでいたもんね」
と、ママが私に言って来た。
「う~~ん、そういえばそうかな。2人でぼけらっとしていることが多かったし」
「今もね」
私の言葉に、空君が小声で付け加えた。
「面白カップルだね」
ひまわりお姉ちゃんがそんなことを言った。
え?面白いのかな?私たち。
「でも、ずっと見ていたけど、仲いいよね?手を繋いだり、腕を組んだり」
杏樹お姉ちゃんにそう言われると、空君は繋いでいた手をすっと離して真っ赤になった。
「あ、いいよ、繋いだままで。ごめんね?よけいなことを言っちゃった」
杏樹お姉ちゃんは空君に謝ったけど、
「いえ」
と空君は一言返しただけだった。
パパは一回、仕事に戻った。でも、お昼を食べるためにまた私たちと合流して、またママとべったりといちゃついていた。
それを、パパ目当てで来たらしい、ママさんが見つけて、
「あ。もしかして奥様ですか?」
と、顔を引きつらせながら、パパに聞いてきた。3歳か4歳の女の子を連れた若いママさんだ。どうやらお友達と来たみたいで、その人もパパを見て顔を赤らめているから、2人ともパパのファンかも。
「あ~、はい。そうです。家内です」
家内?これはまた、聞きなれない言葉だなあ。
「そ、そうなんですか?お似合いですね。お若い奥様で…」
「はいっ。よく言われます」
パパが思い切りにやつきながら、そう答えた。
わあ。いつももっと、クールなのに。ママがいるとこうなっちゃうのかな。
「おほほほ。失礼しますね」
そのママさんたちは、子供の手を引き、さっさとその場から離れてどこかに消えて行った。
「二人減ったね。ライバル。良かったね。お姉ちゃん」
杏樹お姉ちゃんがそう言うと、ママは、
「でも、お客さんにもやっぱり聖君はモテモテなんだね」
と言って、溜息をついた。
「桃子ちゃん、俺は他の女なんて興味ないからね」
そう言ってパパはにっこりとママに微笑みかけ、頭まで優しく撫でた。うわ。ラブラブモード満開の恋人ですか?
「午後はイルカと泳げるけど、どうする?桃子ちゃんも見学していく?」
「平日なのにあるの?」
「うん。夏休み中は申し込みが多いから、変則的に受け付けてるよ。あ。元気と舞花はどうする~?二人くらい、申込みしていなくても、受け付けちゃうよ」
あれま。本来なら何日か前に予約を入れないとならないのに、そんなこと言っちゃって。
「イルカ~?」
元気君は嬉しそうだ。舞花ちゃんは、
「怖くない?」
と、少し怖がっている。
「大丈夫。聖お兄ちゃんが一緒だから」
また~~。お兄ちゃんって年でもないのになあ、パパは。
「じゃあ、舞花もイルカと泳ぐ~~」
ということで、元気君と舞花ちゃんは、イルカセラピーに参加することになった。
浜辺にはイルカセラピーを受けている子を見学する親御さんのために、休憩所のようなところがあり、そこにあるベンチにママと一緒に座った。そして、パパがイルカセラピーをして、子供たちとイルカを泳がせているのを見ていた。
空君は、やすお兄ちゃんと何やら話し込んでいる。ひまわりお姉ちゃんたちは、自分の子供とイルカが触れ合っているところを、ビデオに撮るのに必死だった。
「聖君の水着姿かっこいいから、スタッフの女性も、参加者の子供のママたちも、うっとりしちゃわないかなあ」
ママがぽつりとパパを見てそう言った。
「ど、どうだろうね?」
参加者の子供のお母さんたちは、ひまわりお姉ちゃんたちみたいに、自分の子供のことしか見えていないと思うけど。
ただ、若い女性のスタッフさんは、パパを見て顔を赤らめたりしているから、意識しているのかもしれない。
「パパ、かっこいいもんね」
私がそう言うと、
「でしょう!?凪もそう思うよね。ああ。いったいいつになったら、やきもち妬かないで済むのかなあ」
と、ママは隣でぼやいた。
「それだけ、仲いいんだからいいじゃない?」
「そうかなあ。ママ、ずっと何年もヤキモチ妬きっぱなしなんだよ?ちょっと疲れちゃった」
ありゃ。かっこいい旦那さんを持つと大変だ。
じゃあ、空君は?
空君と結婚したらどうなるのかな。なんか、まったく想像つかないや。大人の空君。
元気君と舞花ちゃんは、最初イルカを怖がっていたけれど、そのうちに慣れて、イルカに近づいて、きゃっきゃと喜んでいた。イルカの方も、気を使ってくれているようで、2人を怖がらせないよう、大接近をせず、距離を保ちながら泳いでいる。
イルカのあの優しさって、すごいなあ。
イルカセラピーの時間も終わり、すっかり元気君と舞花ちゃんは眠たくなったらしい。
「そろそろ帰ろうか」
と、爽太パパが言って、私たちは水族館をあとにした。
「楽しかったね。やすくん」
杏樹お姉ちゃんが、舞花ちゃんを抱っこしているやすお兄ちゃんにそう言った。やすお兄ちゃんはにっこりと笑って、
「うん。楽しかったね」
と、答えていた。
なんかいい雰囲気。杏樹お姉ちゃん、すっかりもう元気になったんだな。
そして、ひまわりお姉ちゃんはというと…。
「かんちゃん。さっき、スタッフのお姉さんのことじっと見ていたでしょ」
「見てないよ」
「見てた」
「見てない」
かんちゃんさんと言い争いをしていた。ああ。それでもかんちゃんさんの腕に抱かれて、元気君は爆睡している。
喧嘩するほど仲がいいっていうから、ほっておいても大丈夫だよね。
私と空君とママは、爽太パパが運転する車に乗った。帰り道、爽太パパはご機嫌で私や空君にいっぱい話しかけてきた。空君も珍しく、口数が多かった。
ああ。私も楽しかったなあ。ママもパパの仕事場に行けて嬉しそうだった。
そして、爽太パパに私とママは私の家の前でおろしてもらった。
「空はどうするの?」
爽太パパが聞いた。
「空君、寄って行く?碧、多分もう塾から帰ってきてる頃よ」
「あ、う~~ん。じゃあ、寄って行こうかな」
そう言って、空君も車から降りた。
わあい!まだ、空君と一緒にいられるんだ。私は声には出さなかったものの、思い切り喜んでいた。すると、
「凪、すごい光出してるから、今…」
と、空君に言われてしまった。
「ごめん」
「え?謝らないでもいいよ。ただ…。ちょっと照れただけ」
そうだったんだ。ああ。言葉にしないでも全部空君にはわかっちゃうんだなあ。
じゃあ、もしよ?もし、空君と一夜を共にするようなことをしたら…。
うわ。私が喜んだとか、嬉しがってるとか、全部光に出ちゃうってこと?
それ、かなり恥ずかしいかも。
あ、じゃあ、キスされた時も光がいっぱい出ていたのかな。恥ずかしいな…。
家に入るとし~~んとしていて、人がいる気配がまったくしなかった。
「碧、まだみたい」
そう言いながら、私とママは家に入った。空君も荷物を持って入ってきた。
「ごめんね。空君、荷物持たせて」
ママがそう言うと、
「あ、大丈夫っす」
と、空君ははにかんだ。
「夕飯も食べてく?何がいいかな」
「いいよ。ママ、2階で休んで。疲れたでしょう?」
「そう?じゃあ、休んでくる。でも、夕飯…」
「私と碧で何か作るから」
「ありがとうね、凪」
ママはそう言ってにっこりと微笑むと、階段を上って行った。
「大丈夫かな。なんか、顔色悪かったみたいだけど」
「桃子さん?」
「今日暑かったし、体調悪くしていないよね」
「凪がそばにいてあげる?凪、癒しのパワーあるし」
「私より、碧がそばにいるほうが、ママ元気になること多いよ」
「それは、霊がくっついちゃってる時じゃない?でも、今はいなかったよ。ただ、疲れたんだと思うよ。俺、ここでテレビでも見ているから、そばにいてあげたら?」
私は空君といたいんだけどな。でも…、ママも心配。
「じゃ、ちょっと見て来るね」
「うん」
私は2階に上がった。そしてママのもとに行き、
「空君がママについててあげたらって、優しくそう言ってくれた」
と、空君に言われたこともそのまま伝えると、ママは感動していた。
「空君って優しいよねえ」
「うん。優しい」
「特に凪には、優しいよねえ」
ママ、何が言いたいのかな?
「パパもママには特別優しいと思う」
「そう?えへ。愛されちゃってるからかな」
ママがそう言って、にやついた。
あ~あ。のろけられちゃった。
「でも、凪もでしょ?空君に大事にされてるじゃない」
「う、うん」
私は横になっているママの隣にゴロンと寝っころがった。
「私がいると、ママ、癒されちゃう?」
「うん。とっても」
「じゃあ、もう少しいるから、休んでね?」
「ありがとう、凪」
ママはそう言うと、私のほうを向いて、目を閉じた。
あ。やっぱり、疲れていたんだな。ちょっとの時間で寝息をし始めたから。
妊娠中って、眠くなるって話も聞いたことがあるし、今日みたいにいっぱい歩いたり、暑かったりして体力消耗した日は、休まないとね。
スースーと、よく寝ているから、私はそっと寝室を出て一階に下りた。
「ママ、寝ちゃったの」
そう言って、空君が座っている隣に行って座った。
「ソファに座らないの?凪」
空君は絨毯の上に座っていた。
「うん。いつも、ここなの」
「あ。そうなんだ。定位置?」
「うん」
そう言いながら、すぐ隣にいる空君の腕にひっついた。
「……」
空君は何も言わず、テレビを観ている。
「何を観ているの?熱心に」
「ドキュメンタリー。深海に住む生き物の特集だって」
「へえ。空君好きそう」
「うん。面白い」
私も空君と一緒にテレビを観だした。空君は黙って、テレビに集中していた。
なんか、いいな。こういうの。空君、私と二人きりになるのを避けていたのに、大丈夫になったのかな。
それとも今は、テレビに夢中になっているからかな。
でも、しばらくすると、まだテレビは番組を続けているのに、空君は私のほうを見てきて、
「凪」
と小さく呟いた。
「え?」
「チュ」
うわ!またいきなりのキスだ。
「突然すぎるよ」
「駄目?でも、凪もいつもいきなりでしょ?」
「あ、そうか」
じゃあ、私と一緒で、突然キスしたくなるのかな。
「凪の光、ぶわっと大きくなったんだけど」
「やっぱり?」
「喜んでる?」
うわあ。恥ずかしい。やっぱりキスするとそうなるんだ。
「空君、聞かないでもわかるんでしょ?」
「まあ。うん…」
空君ははにかんで、またテレビのほうを見た。そして、深海魚の生態について、真剣に聞きだした。
空君、真剣な顔も可愛いんだなあ。
チュ。私は空君のほっぺにキスをした。でも、そのまま、空君は真ん前を見ているから、空君に抱きついてみた。
「凪。それはやりすぎ」
空君は真っ赤になった。
「ごめんなさい」
私はすぐに空君から離れた。でも、またすぐに腕に引っ付いた。
ああ。磁石になっているんじゃないの?空君と私って。離れようとしてもまた、くっついちゃうよ。
空君は何も言わず、テレビを観ている。腕に引っ付くのはOKなんだな。
じゃあ。キスは?空君からしてきたんだから、OKだよね?
「空君」
「ん?」
あ。こっちを向いた。可愛い。
チュ!
空君の唇にキスをした。空君は一気に赤くなった。
「なんで?自分からしてきた時は赤くならないのに」
そう言うと、空君は照れくさそうに、
「不意打ちだから」
とぼそっと呟いた。
「可愛い!」
またギュムって抱き着いて、
「凪。それはやりすぎ」
と怒られた。
でもまた、離れても引っ付くんだ。だって、磁石だから。




