第80話 好き、大好き
翌日も、見事に晴れた。
私とママはまりんぶるーに行って、みんなと一緒にお弁当を作った。
「おはようございます」
小さな声ではにかみながら、空君がお店に入ってきた。
「おはよう」
元気にそう言うと、空君はにこっと笑った。
可愛い。今日も最高の笑顔だ。
ビト。空君の腕にひっついた。
「お弁当、空君の分も作ったよ」
「ほんと?なに?おにぎり?」
「うん。おかかとか、梅とか、鮭とか、こんぶとか」
「そんなにたくさんは食えないと思う」
「あ、そうか」
でも、なんとなく空君、嬉しそうだ。
「今日の空君のTシャツ、綺麗な色だね。空色なんだね」
「あ。うん」
綺麗なブルーのTシャツを空君は着ている。それに、白に細かい柄のあるショート丈のパンツ。やっぱり、オシャレだと思う。
「この服もお店に売っているの?」
「Tシャツはね」
「え?じゃあ、パンツは?」
「お店で買ったよ」
「いつ?買い物とか行くの?」
一緒に行きたかった。
「これは、去年、ハワイで買った。去年はまだ、サイズがでかくて、着れなかったんだけど、なんか、可愛いからつい衝動買いしちゃって」
「空君って、おしゃれ。いつも着ている服可愛いよね」
「そ、そうかな」
「それで、どれも似合ってる」
「そ、そうかな」
あ。思い切り照れてる。
「朝から、いちゃついてないで、こっちも手伝って、凪ちゃん、空」
爽太パパに言われてしまった。
「ごめん、手伝う」
私は慌てて空君から離れて、キッチンに行った。
「空君~~。いつの間に凪ちゃんと仲良くなってるの~~~?」
ひまわりお姉ちゃんが、空君を引き留めてひやかし始めた。
「付き合ってるんだって」
そうひまわりお姉ちゃんにばらしたのは、春香さんだ。ああ。自分の息子のことなのに。
「そうなの?付き合ってるの?じゃあ、お兄ちゃん、怒ってない?」
お兄ちゃんって言うのは、パパのことか。
「聖、いっつもヤキモチ妬いてるわよ。昔に戻ったみたいで面白いわよ」
「うそ!ほんと!?」
杏樹お姉ちゃんが、今の話を聞いたのか、家の方からお店にすっ飛んできた。
「凪ちゃん、おめでとう」
そう言いながらキッチンまで来ると、私にハグまでしてきた。
「あ、ありがとう」
「良かったね!空君とどうしたかなって、気になっていたんだ。だって、ライバルまで登場しちゃってたし」
「ライバル?」
空君がそれを聞いて、杏樹お姉ちゃんの後ろから顔をぬっと出してきた。
「あ。なんでもないよ、空君。ほら、この辺の荷物、車に運んでくれない?」
そう言って、杏樹お姉ちゃんは、自分が持ってきた荷物を空君に渡した。
「で、お友達はどうなったの?」
杏樹お姉ちゃんがそっと聞いてきた。
「うん。空君のことは諦めた」
「それで、今も凪ちゃんとは」
「仲いい友達でいるよ」
「そっか。良かった~~~」
本当に杏樹お姉ちゃんは、ホッとした顔をした。ああ、心配かけていたんだな。
「やっぱり、空君と凪ちゃんは、くっついていなくっちゃ」
杏樹お姉ちゃんがそう言うと、春香さんが、
「もう、ラブラブみたいよ」
と、そんな勝手に変なことを言いだした。
「ラブラブなの?ひゅ~~~」
杏樹お姉ちゃん、ひやかさないで。それ、空君の前でしたら、また空君が離れちゃうよ。
今日、心配だな。
なんて心配は無用だったなと、水族館に行って思い知った。なにしろ、ひまわりお姉ちゃんも、杏樹お姉ちゃんも、子供たちを連れて、きゃあきゃあ、はしゃぎまくり、私と空君のことなんか、見向きもしなかったからだ。
パパは途中で、合流して、
「舞花~~。元気だったか?」
と、まずは舞花ちゃんを抱っこしてほっぺに熱くチュウをした。
そういえば、昨日はパパがまりんぶるーに来た時には、もう舞花ちゃんは2階に行っちゃっていなかったっけ。
「元気も、元気か」
しゃれ?
そんなことを言いながら、パパは舞花ちゃんをおろすと、次は元気君を抱っこした。
「元気、イルカが好きだろ?今日もショーあるから見ような?」
「うん!イルカ、好き!!」
元気君も可愛い!ほわほわしてて、子供の頃の空君を思い出す。
ああいうのを見ちゃうと、私も早く空君の子供がほしくなる。
…あ。なんか今、すごいこと思っていたかも。顏熱い…。
そしてパパは、子供たちを母親のもとに返すと、ママのところに行き、
「桃子ちゅわん。水族館久しぶりでしょ?新しい魚も入ったし、ゆっくり一緒に見て回ろうね?」
と、甘えた声で言って、べったりとひっついた。
わあ。みんないるのに。人前で平気でいちゃついてる。ママも平気なんだ。パパの腕にしがみつき、
「うん。聖君!」
と、喜んでいる。
それを見て、
「え?だあれ?榎本さんと一緒にいる人」
と、顔を青くしている人がいた。久石さんだ。
「ああ。桃子さん。榎本さんの奥さんよ」
そう他のスタッフさんが、久石さんに言ったのが聞こえてきた。それに、
「久石さん。榎本さんのこと狙ってた?でも、あの二人、異常に仲のいい夫婦だから、諦めた方がいいわよ。まあ、今日見ていたらわかると思うけど」
とスタッフさんが言っているのも聞こえてきた。
異常なほど仲のいい夫婦。やっぱり、他の人からもそう思われていたんだ。娘としては、恥ずかしいかも。
でも、本当にママは、パパの腕にびったりとくっついて、歩いているし、パパは思い切り鼻の下伸ばして、嬉しそうにしているし、あんなの見たら、異常って思うかもね。っていうか、バカップル?
「今日、桃子ちゃんの手作り弁当?」
「うん。聖君の好物、いっぱい作って来たよ」
「まじで?超嬉しい」
おいおい。30過ぎのいい大人のセリフとは思えませんが。
「桃子ちゃん。お腹大丈夫?」
「うん。全然平気」
「張ったり、痛くなったらすぐに言ってね」
「もう、聖君は相変わらず、過保護なんだから」
「だって、心配じゃん。赤ちゃんいるんだから」
「大丈夫だよ~。隣りに聖君がいてくれるんだもん」
「もう、桃子ちゅわん。でも、歩き回るのはよくないから、早めに帰ろうね?」
「うん!」
なんなんだ。この夫婦。聞いてて、あちこち痒くなってきた。
「凪、あっちに行かない?」
隣の空君を見たら、空君も顔を赤くしていた。
「うん。行く」
そう言って、空君と二人でその場から離れて、海のほうに行った。
「あ~~~。まいった。パパとママ、新婚さんみたい」
「そうだね。あの二人のことを知らない人が見ていたら、新婚間もなくて、赤ちゃんも初めての赤ちゃんかと思うよね」
「本当だよ。もう、16の娘もいるっていうのに」
「くす。でも、いいじゃん」
「…呆れない?」
「うん。それに、聖さんってまじでモテるじゃん。水族館でも、いろんな女性が聖先輩に思いを寄せているって、母さんが言ってたことあるよ」
「え?」
「聖さんは、すげえクールで、どんな女の人も寄せ付けないって言ってた。そういうこと聞いてたから俺、聖さんって大人でスマートでクールな人だと思っちゃったんだけどさ」
なるほど。
「だから、あんなふうにたまには桃子さんが来て、べったりくっついてないと、聖さん、なかなか女の人が諦めてくれないんじゃない?男から見たって、かっこいいと思うもん。モテるのは、しょうがないよね」
「そう思う?」
「うん。碧もそのうち、モテるんじゃない?今もモテてるみたいだけど、さらにさ」
「碧はでも、性格がともなっていないよ」
「そう?面白いし、明るいし、リーダー的要素もあるし、スポーツ万能だし、十分ともなっているんじゃない?」
「そうかな。まだまだ、お子ちゃまだと思うけどな」
「え?そんなこと言ったら、俺もお子ちゃまだけど」
「空君が?」
「うん」
あ。照れた?それとも、ちょっと沈んだ?俯いちゃった空君が可愛い。
ギュ。腕にしがみついた。
「お子ちゃまでも、なんでも、空君は可愛いから、好き!」
そう言って、もっとギュってしがみつくと、空君の体が硬直したのがわかった。
「………。凪」
「え?」
「て、照れるから、そういうことはあんまり。でも、言ってくれて嬉しいけど。でも、やっぱり照れるから」
空君が、しどろもどろになってる。可愛い。
「だって、言いたいんだもん」
そう言うと、空君は真っ赤になって、
「うん。わかった。でも、そういう凪も可愛いから」
と、小声でぼそぼそとそう言った。
「私が?」
「うん。あ~~。やばい。こういうこと言っても、めちゃくちゃ照れる」
もっと赤くなっちゃった。
それから、海が見えるベンチに座って、しばらく2人でぼ~~っと海を見た。ああ、こういう時間が大好き。ただ隣にいるだけで、幸せだなあ。
「あ。凪ちゃんだ」
館内から、そう言う声が聞こえてきた。
ギク。この声もしかして。
「遊びに来た?イルカのプールでまた泳いで行く?」
やっぱり、健人さんだ。ああ。幸せ気分が一気にブルーになった。
「今日は親戚の人と来ているから、いいです」
「親戚?なんだ。やっぱり、彼氏じゃないんだ」
健人さんは、空君を見ながらそう言った。
「彼です!空君は彼氏ですけど、他に江の島から来ている親戚の人たちがいて、あとで合流するんです」
慌ててそう言うと、空君が私のほうを見て、ふっと笑った。
「へえ、そう。ふうん。仲いいんだね」
「はい」
わざとらしく私は、空君に寄り添った。どうも、この健人さんの視線とか、話し方とか苦手だ。
ううん。前は苦手じゃなかった。あの、ビキニが取れちゃった事件以来、苦手になった。
「じゃ、イルカのショーは見に来てよ。ね?」
そう言うと、健人さんはそのまま、また館内に入って行った。
「何しに来たんだろ、あの人」
ぼそっとそう言うと、
「凪に気があるのかな」
と、空君は言った。
「え?違うよ。もし、私のことを気にしているとしたら、あの、ビキニが取れてから…」
う。自分で言っちゃった。思い出したくない過去。
「そっか。それ以来、男の視線とか、駄目なんだよね?凪。今は平気だった?」
「ううん。平気じゃない。ちょっとゾクッとした」
「健人さんの視線で?」
「うん」
ギュ。空君が私の手を握ってきた。
「大丈夫だよ、空君。空君が隣にいるだけで、すぐに元気になれるから」
「うん。そうだね。パワー戻ったね」
「え?まさか、霊が来てた?」
「ううん。光が消えてた」
「え?!じゃあ、いっつももしかして、出てるの?」
「出てる。最近、出まくってる。俺、ずうっとその光で包まれてるから、あったかいし気持ちいいんだけど、たまに照れる」
「な、なんで?」
「だって、凪の光って、俺に対しての気持ちみたいなのが、そのまま現れてるから」
「ど、どんな気持ち?それがわかっちゃうってこと?」
「うん。大好きとか、大事とか、なんか、そういう…」
そう言ってから、空君はかっと顔を赤くした。
「なんか、いっつも凪に俺、思われてるんだなって感じて、照れるし、こそばゆい」
そ、そうなんだ。わあ。私まで顔が熱くなってきた。
「空君、最近、べたってくっついてても、離れなくなったね」
「え?」
「避けなくなったから、嬉しい」
そう言うと、空君は、
「だって、わかるから。俺が離れたり避けたりすると、凪の光とたんに消えるし、俺の隣にいると、ぶわっと光が飛び出すし」
「……」
「なんか、無敵ってくらいの、すごい光だよ?どんな悪霊も一発で退散!みたいな」
「何それ。そのたとえは嬉しくないよ」
「あはは。そう?陰陽師とかだったら、すごかったかもね」
「陰陽師ってどんなことする人?」
「さあ?」
「知らないで言ったの?」
「なんとなく、雰囲気だけで」
もう。でも、可愛い。好き。大好き。
「今も…」
「光、ぶわっと出た?」
「うん」
「心の中で思っていたから?」
「何を?」
「空君が可愛い。好き。大好き」
か~~~~~~。
あ。空君、首まで真っ赤。
「い、いい。言葉にしないでも。それ、光から思い切り感じたから」
「そうなんだ。便利だね」
「う、うん。…ど、どうかな?でも、うん。分かりやすいって言えば、わかりやすいよね」
「光、迷惑?」
「まさか。すっげえ、いっつも、嬉しい」
「ほんと?」
「うん。凪の光、まじで癒されるから」
ほわわん。空君の隣だって、癒されるよ。ほら、今も。
空君のあったかくて可愛いオーラが大好きなの。
健人さんとは全く違う。空君のオーラ、大好きだからね。
ほわほわの、安心感。それを感じながら、空君の腕にひっついて、黙ってまた海を見た。
は~~~。隣りにいるだけで、幸せだな。




