第7話 まさか…?
翌朝、
「おはよう~~~!凪」
といつものごとく、1階に下りると元気なパパがいた。朝が弱いママは、ぼけ~~っとキッチンで朝ご飯を作り、その横でお弁当をちゃちゃちゃっと3人分、パパが作っていた。
「おはよう、パパ、ママ」
顔を洗いに行き、ダイニングに戻ると、ああ、また二人でいちゃついている。
「桃子ちゅん。ブプ!顔にケチャップ付いてるよ?」
「え?本当に?どこ?」
「ここ~~~!」
パパがそう言うと、なんとママの頬をべろっと舐めてしまった。うわ!見てよかったのかな、そんな場面。
「聖君!舐めないでよ~~~」
「いいじゃ~~~ん」
バチ!ママと目があった。やばい。見てるのバレちゃった!
「ほ、ほら。凪が見てたよ~~」
「いいじゃ~~ん。ね?凪。パパとママがラブラブな方がいいよね?」
パパが可愛い声で、可愛い顔して言ってきた。
「うわ~~。また朝から、いちゃついてる」
私の後ろから、碧がそう言ってダイニングに来た。今起きたばかりなのか、髪はボサボサ、パジャマはヨレヨレ、それに大きなあくびをした。
「碧にも見られたよ~」
ママが赤くなった。でもパパは、
「いいじゃ~~~ん」
とにやけている。本当にこの夫婦は…。
「ねむ~~~~い。朝練さぼりて~~~!」
「碧、バスケ部のキャプテンが何言ってるんだよ」
パパがそう言って、テーブルに碧のお弁当を乗せた。
「はい。碧の弁当は肉がいっぱい入ってるから、これで力つけて部活も頑張りな」
「ああ、サンキュ」
「ところで、碧。この前、一緒に水族館に来た子、どうしてる?バスケ部のマネージャーだっけ?」
「う、うわわわ!それは内緒!」
「いいじゃん。家族には知られても。バスケ部の連中には内緒なんだろ?」
「何?まさか、碧、彼女が出来たの?」
私がそう聞くと、碧の顔が一気に赤くなった。
「あ、もしかして、ラブレターもらったって言って、にやけてたのって…」
「そうそう。そのラブレターの子だって。でも、バスケ部って部内での恋愛禁止らしくって、内緒で付き合うらしいよ~~」
パパがそう言いながら、碧の髪をもっとくしゃくしゃにした。
「父さん!なんで全部凪にばらしてるんだよ~~」
「いいじゃん。凪だってきっと、いろいろと恋の相談役になってくれると思うよ?女の子の気持ちなら、俺より凪に聞いたほうがわかると思うし」
「凪に~?彼氏いない歴、16年の凪に聞いてどうなるんだよ」
「じゃ、桃子ちゃんに聞くか?でも、桃子ちゃんはきっと、ヤキモチ妬いちゃって、相談に乗るどころじゃないと思うけど?」
パパはこそこそと、碧にそう耳打ちした。
「じゃあ、ママは碧に彼女がいること知らないの?」
私も小声でパパに聞いた。ママはキッチンで、碧の朝ご飯を作っているから、多分こっちの話は聞こえていないはず。
「まさか。俺、桃子ちゃんに内緒ごとする気ないもん。もうばらしたよ。水族館に来たことも」
「げ!まじで?」
碧が青ざめた。ああ、ママがヤキモチ妬く以前に、碧がマザコンだから、ママにバレるの嫌だったんじゃないかなあ。
「で、それを聞いて桃子ちゃん、へそ曲げてたから。あれはヤキモチだな」
「母さん、へそ曲げたの?」
「うん。桃子ちゃん、最近碧は、聖君に出会った頃に似てきたって言って、目をハートにさせてたし」
「はあ?」
「俺がほかの子に取られるみたいな、錯覚を起こしているのかもっ!」
パパが嬉しそうに頬を染めた。
「は~~?」
碧と二人で目が点になった。なんでパパ、頬染めているのやら…。
そこへ、ママが碧の朝ご飯を持って、ダイニングにやって来た。
「ね?桃子ちゃん」
「え?なあに?」
あ、やっぱり聞こえていなかった。
「碧、桃子ちゃんと出会った頃の俺に、似てきたんでしょ?」
「うん!似てきた!」
「もう~~~、そんなに喜んじゃって…。ダメだよ。いくら似てきても、桃子ちゃんの夫は俺なんだからね?」
「ええ?聖君、碧にヤキモチ妬いてるの?」
「え?ち、違うけど」
「そんなヤキモチ妬かなくてもいいのに」
ママまで頬を染め、パパのすぐ横に行ってへばりついた。
「じゃあ、桃子ちゃん。ゴールデンウイークは水族館、混んじゃって忙しいから、連休のあと、デートしようよ」
「え?いつ?」
「俺の休みの日、桃子ちゃんもお店休める?」
「お母さんに聞いてみる」
「じゃ、どこに行く?ドライブ?」
「久々に、買い物もいいな~~」
「いいね!それから、どっかで美味しいもの食べようね?」
「うん!」
ああ、また二人きりの世界に…。
「は~~~あ、勝手にしてくれ。あ、凪、ジュース入れて」
「うん」
いちゃついているパパとママはほっておいて、私は自分の朝ご飯をテーブルに運び、碧にはオレンジジュース、私には紅茶を入れて、
「いただきます」
と碧と勝手に食べだした。
そのあと、ママとパパも食卓に座り、朝ご飯を食べだした。でも、
「桃子ちゅわん。今日も仕事終わったら、一目散に帰ってくるね」
とパパが言い出し、
「うん!今日の夕飯は何がいい?」
とママがパパに聞き…。
「今日は肉じゃが食べたいなあ。桃子ちゃんが作った肉じゃが、うまいんだもん」
「わかった!今日は和食ね?頑張って作るね!」
「うん!」
は~~~~。まだ続いていたのか…。毎日毎日、どうしてこうも、いちゃついていられるんだろうか。
朝食を終えると、パパはもう出かける準備を整え、
「行ってきます、碧、凪」
とにっこり笑って、ダイニングを出て行った。
「いってらっしゃい」
私と碧はダイニングからパパを見送り、ママだけは玄関にパパを見送りに行く。
「聖君、いってらっしゃい!」
「桃子ちゃん。俺が仕事行ってる間、寂しがらないでね?でも、寂しかったらいつでも、メールしてくれていいからね?」
は~~?たった数時間離れるだけで?
「わかった。聖君も、綺麗な奥様とか、可愛い女の子が来ても、浮気しないでね?」
「しないよ。するわけないじゃん。桃子ちゃんしか目に入らないのに」
は~~~~~?!
「じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
玄関から声しか聞こえないからわからないけど、このあと、絶対にハグとキスをしているんだろうな。それも、毎朝。
そして、頬を染めて、恋する少女のような顔をしてママがダイニングに戻ってきた。あ、また言うぞ。
「今日の聖君も、可愛かった…うふ」
やっぱり。
「かっこよかった」の時もあれば、「爽やかだった」の時もあれば、ごくたまに「麗しかった」とか、「男っぽかった」なんて言う時もあるけれど、毎朝、目をハートにしているのは、なんだかもう、呆れるを通り越して、どうしてそうも毎日、パパに恋していられるの?って、恐れ入っちゃうくらいだよ。
だけど、それだけ大好きになっちゃえる人と結婚したママが、やっぱり羨ましい。
まあ、それだけ毎日恋しちゃうくらい、パパが素敵なんだろうけどさ~~。
それから、パパがママを大好きなのも頷ける。だって、ママ、いっつもパパに恋する少女のようで、娘の私が見ていても可愛いんだもん。
毎朝、碧よりも先に私が家を出る。自転車に乗り、駅に向かう。そして途中で、
「凪~~、おせ~~~!お先!」
と碧に追い抜かれる。ふ、ふんだ。いいんだもん。早く行ったって、電車はまだ来ないんだから。
それにしても、碧に彼女が出来たとは。ラブレターをもらって、「どうだ、いいだろ。凪、もらったことある?」って、天狗になっているのかと思ったら、好きな子からのラブレターだったんだなあ。だから、あんなに顔がにやついていたのか。
はあ。先を越された。それも、中学3年生に…。私はまだ、彼氏ができたこともないっていうのに。
ちょっと沈んだ気持ちで、自転車を走らせていると、後ろから、
「おはよう」
という声がした。
え?
振り返ると、空君だ!うっわ~~~!挨拶してくれた。そして、涼しい顔をして、私の横を、す~~~って通り抜けていった。
私はその背中を見送りながら、ああ、空君が挨拶してくれるなんて!と、舞い上がっていた。そして、数分後、
「は!私は挨拶できなかった!」
と気がつき、また落ち込んだ。
「駅に着いたら、絶対に私から話しかけよう」
そう決意して、ドキドキしながら改札口を通り抜けた。するとホームにいる空君の隣には、もうすでに山根さんが引っ付いていた。
「空君、ゴールデンウイークって何してるの~~?」
なんて、嬉しそうな顔をして聞きながら。
「別に。サーフィンと部活くらい」
「じゃあ、暇な時ある?」
「……なんで?」
「え、えっと。どっか行かないかなって思って」
ええ?!デートに誘ってるの?
「中学3年の時のみんなで、どっか遊びに行かないかって今、そんな話が持ち上がってるの」
なんだ~~~。クラスのみんなでか。ああ、驚いた。って、そうじゃないよ。声、かけようと思ってたんだった。でも、かけづらいなあ。とか思っていたら、
「おはよう!空君」
と、元気よく千鶴が空君に声をかけた。
「あ、どうも」
空君は横を向き、千鶴の方を見て一言そう言って、軽くお辞儀をすると、なぜか私の方もじっと見てきた。
あ、あれ?なんで?
あ、そうか。今が、挨拶をするとき?!
「おはよう、凪。あ、髪がすごいことになってるよ?今日、風強いもんね」
「ええ?!」
そうか!それで空君、私のこと見ていたのか。うわ~~~~。
「はい、鏡」
千鶴がカバンから鏡を出して見せてくれた。
げげ!本当だ。すごいことになっている。焦って、ブラシでとかしたけど、どうにもまとまらない。
「凪の髪、癖っ毛だもんね。風が強い日は大変だよね。結んじゃえばいいのに」
「うん。学校行ったら、結ぶ…」
千鶴に鏡を返して、ブラシをカバンにしまった。
「ありがとうね、千鶴」
「どういたしまして」
千鶴を見た。千鶴の髪はストレートで、ロング。天使の輪っかもある。とっても綺麗だ。
次に山根さんを見た。山根さんは肩くらいまでの長さだけど、やっぱりストレートで綺麗な髪をしている。
はあ。ああ、朝からどんよりしてきちゃった。
「おはようっす。小浜先輩」
「おはよう、鉄ちゃん。元気だね」
「朝は元気なんですよ、俺。あ、榎本先輩、なにその髪。すげえ変ですけど?」
グッサリ。
「鉄ちゃん。先輩にひどいこと言わないほうがいいよ」
また、山根さんが鉄にそう言った。でも、なんとなく顔が笑っている。私、馬鹿にされてたりするのかなあ。
う…。ますます落ち込んだかもしれない。
学校に着いた。結局空君にも話しかけられなかった。山根さんがずっと空君に話しかけていたし…。
「ねえ、凪」
トイレの鏡の前で、髪をポニーテールにしていると、リップクリームを塗りながら千鶴が話しかけてきた。
「山根さんってさあ、どっからどう見ても、空君のこと好きだよね」
「え?」
「毎朝、毎朝、ああやってひっついてるし」
「そ、そうだね」
「空君はどう思ってるのかな。そんな話、聞いたことない?」
「空君に?ないない。空君とそんなもなにも、あんまり話すこともないのに」
ここ最近、やっと挨拶をするようになったくらいで。
「じゃ、空君の好みのタイプとか知らないよね?」
「知らないよ~~」
「じゃ、彼女がいるかどうかは?」
「ええ?!い、いないと思うけどな」
「そうだよね。女の子とあんまり話もしないんだし。もしかしたら、彼女どころか、今まで恋をしたことすらないかもしれないよね?」
「う、うん」
そんな話を聞いたこともない。って言っても、小学生の頃までは…だけど。
「千鶴、なんでそんなこと聞いてきたの?」
私は気になり、千鶴に聞いてみた。
「あ、なんでもないの。そうだ。鉄ちゃんはいると思う?彼女」
「いないでしょう。いくらなんでも」
「だよね~~」
そんなことを言いながら、トイレを出た。
「千鶴は?」
「え?」
「中学の時も彼氏いなかったけど、今まで恋をしたことってあるの?」
「あるよ。言ってなかったっけ?中学2年の時」
「え?そうなの?」
「告白されて、付き合って…。あ、相手は3年だったの。卒業して、それっきり」
「ええ?!は、初耳!」
「そうだっけ?言わなかったっけ?」
「高校、この高校じゃないよね」
「ううん。この高校」
「ええ?!じゃ、今の3年生?」
「そう。中学の頃はかっこよかったけど、今は冴えない人になっちゃった。別れて正解だったかも」
そうなんだ。びっくりだ。今の今まで知らなかった。
「そういえば、凪の初恋はいつ?」
「私?!」
「前の中学でいたの?彼氏」
「いないよ」
「好きな人は?」
「す、好きな人はいた」
「へえ。そうなんだ。それが初恋?」
「うん」
「片思いだったの?」
「多分」
「多分?」
「あ、告白とかしたことないから、わからないけど、多分、なんとも思われていない…と思う」
「そっか~~。でも、江ノ島じゃ遠いし、叶わぬ恋になっちゃったんだねえ」
「え?」
「じゃ、さっさと忘れて新しい恋をしたほうがいいよね~」
「…うん」
違うんだけどな。江ノ島にいたんじゃなくて、ずっと伊豆にいる。空君なんだけどなあ。でも、そんなこと言えないし。
「今日は部室寄っていくの?凪」
「ううん。今日は帰るよ。明日からゴールデンウイークだし、いろいろと忙しいし」
「なんで忙しいの?」
「お姉ちゃん、じゃなくて、叔母さんが来るの。5歳になる女の子も。それで、まりんぶるーの2階に泊まるから、掃除とか、いろいろとママと手伝いに行くの」
「そうなんだ。あ、そういうのって、空君も手伝いに行くの?親戚だよね?空君」
「来ないよ。空君、あんまりまりんぶるーに顔も出さないもん」
「ふうん」
なんだか今日は、千鶴空君のことばかり聞いてくるなあ。
「空君は、今日、部活出るかなあ。峰岸先輩って、ほとんど毎日部室にいるんでしょ?空君も行くかなあ」
「え?」
「ね、行くって言ってた?」
「知らない。聞いてないし」
「そっか~~」
千鶴、なんで?どうして?空君のことばっかりだけど、まさか空君が好きになったんじゃないよね?!
まさか…だよね?




