第74話 花火
だんだんと日が落ちて、花火の時間になった。やっぱり、穴場だったらしく、私たち以外の人は誰もいなかった。
「もうすぐ始まるね、空君」
私はワクワクしながら、空君の腕にしがみついていた。
そして、ヒュ~~~~…と、最初の花火があがった。
「わあ!」
みんなで、空を見上げた。
「綺麗!」
そう叫んだのは、可里奈さんだ。千鶴は、うっとりと小河さんの横で花火を見ていて、小河さんも黙って空を見上げていた。
鉄は、上を見たり、周りを見たりしている。そして空君は、ずうっと空をただただ、見つめていた。
私はそんな空君と夜空を交互に見た。また、花火が上がった。
「でかいぞ」
そう言ったのは鉄だ。
空君は、ほんのちょっと口元を緩めた。私も夜空を見上げ、ドン!と大きく空に咲いた花火を見た。
「ああ、綺麗だったな、今の」
ぼそっと空君が呟いた。
そんな呟きまでが可愛い。
「なんか、空君と花火を見るの、久しぶりだね」
空君の隣でそう言うと、空君は上を見上げたまま、
「うん」
と頷いた。
「子供の頃は毎年見ていたよね」
「うん」
「熱出した時、空君の部屋で見たね」
「うん」
さっきから、うんしか言わないなあ、空君。
「また、凪と一緒に花火が見れて、感激だな」
え?!
うそ。今、喜びに浸っていたとか?あ、空君はにかんでる。
「可愛い、空君」
ムギュ~~。
「凪、凪。ほら、また花火あがったよ」
空君が照れながらそう言った。
「うん」
夜空を見上げた。花火はどんどん打ち上げられ、空は緑やピンク、黄色にドンドン色を変えていった。
そして、最後の花火が上がり、
「ああ。綺麗だったね」
と、皆で言いながら、その場から歩き出した。
「ねえ。空君の家って、あのサーフィンショップでしょ?」
可里奈さんが空君に聞いた。空君が、頷くと、
「寄って行ってもいい?」
と、とんでもないことを言いだした。
「店に?もう閉まってるよ」
「ううん。空君の家。なんだか、このまま帰るのもったいないし」
「俺の家?まさか。父さんもいるし、駄目だよ」
空君は思い切り嫌な顔をした。
「なんだ。つまんない。ねえ、空君、明日、私バイトが休みなの。一緒にサーフィンしない?」
「…俺はバイトが入ってる」
空君は、ぶっきらぼうにそう言うと、私の手を引き、どんどん歩き出した。
「空君、待って。鼻緒のところが擦り剥けて痛いんだ」
私がそう言うと、空君は立ち止まり、
「じゃあ、うちで休んでいく?」
と、照れくさそうにそう言った。
「え?その子は家にあがるのOKなの?」
可里奈さんが、ちょっとキレ気味にそう言うと、
「彼女なんだから、OKに決まってるじゃない」
と、呆れたように千鶴が言った。
「…小河さんって言いましたよね?うちまで送ってもらってもいいですか?うち、ここから遠いんです」
ええ?!今度は小河さん?
「だ、駄目。小河さんはだって…」
千鶴が慌てたようにそう言って、言葉に詰まってしまっている。
「う~~ん。家ってどこ?」
「自転車でここから10分のところ。歩くと、20分くらいかなあ」
「俺の家の近くだから、俺が送って行くけど?俺も自転車だし」
鉄が、いつになく気を利かしたらしい。
「ああ、そうしてもらえる?俺、車で来てるんだよね。千鶴ちゃんのこと、送って行かないとならないし」
小河さんがそう言うと、
「車なんですか?自転車乗りません?」
と、まだ可里奈さんは諦めようとしなかった。
「うん。自転車は無理だ。悪いけど、そっちの彼に送ってもらって。じゃあね」
小河さんは、はっきりとそう言うと、千鶴と一緒に空君の家の裏に向かって行った。あ、空君の家の駐車場に停めさせてもらっているのかもしれない。
「じゃあ、榎本先輩。海の家、絶対に遊びに来てくださいよ。それから、空。先輩に手を出すなよ」
「うっせ~!」
また、空君がそう怒りながら鉄に言った。
「なんだ~~。つまんない」
ぶつぶつ言いながら、可里奈さんは鉄と自転車に乗って、走って行った。
「なんか、すごい人だね」
私がぼそっとそう言うと、
「え?」
と、空君はキョトンとしてしまった。
「可里奈さん。積極的だね」
「…興味ないし、どうでもいい」
うわ。本当にどうでもいいみたいだな。でも、ほっとした。
それから、空君と空君の家に入った。
「父さん。凪が鼻緒で足の指、擦りむいたんだって」
空君はそう言いながら、2階に上がって行った。私も、
「お邪魔します」
と言って、2階に上がった。
空君の家、久しぶりだ。
「鼻緒で?じゃあ、絆創膏貼る?凪ちゃん」
櫂さんはダイニングで、夕飯の最中だった。
「あれ?母さん、一回戻った?」
「みたいだね。夕飯だけ、置いてあった」
「忙しいのかな。花火大会で、観光客もいっぱい来てるし」
私がそう言うと、
「どうかな。みんな花火を見に行ってるから、案外暇なんじゃない?まりんぶるーからは、花火、ちょうど見えない角度だもんな」
と、櫂さんはそう答えてから、
「あ、空。絆創膏出してあげたら?」
と、空君に言った。
「うん」
空君は、
「凪、リビングで休んでて」
と可愛く言って、リビングのチェストの引き出しを開けに行った。
「あった。絆創膏。凪、そこに座って足出して」
え?
空君は私をソファに座らせ、その前にしゃがみこむと、私の足を持って、絆創膏を貼ってくれた。
うっわ~~~。なんで?こういうのは平気なの?私がドキドキしたよ。
「下駄で歩くのも大変なんだね」
空君はそう言いながら、私の横に座った。
あれ?隣に座ってくれるの?
「花火、どうだった?空」
「父さん、見なかったの?」
「見たよ。最後の方だけ、お前の部屋から」
「綺麗だったよ」
「お前、ちゃんと花火見た?凪ちゃんの浴衣姿に見惚れちゃってなかった?」
「………」
あれれ?空君、真っ赤になって何も言い返せなくなってる。
「なんだよ。図星か?空」
「ち、ちげえよ。ちゃんと花火見てた」
「凪ちゃん、浴衣似合ってるもんなあ。それ、聖が見て、ぶーぶー言わなかった?空になんか見せるなとかって」
「言ってました」
「え?そうなの?」
空君がびっくりして聞いてきた。
「やっぱりなあ。空、やっかいなライバルがいて、お前も大変だな」
櫂さんはそう言うと、わははと笑って、ビールを飲みだした。
「……からかうなよなあ」
ぼそっと空君はそう言うと、俯いた。
うわ。こんな空君も可愛い!
ムギュウ。
「凪、ひっつかないで」
あ。言われちゃった。
「なんだよ。空。何で凪ちゃんに冷たくしてるの?」
櫂さんがそんな空君を見て、びっくりしている。
「つ、冷たくしているわけじゃない」
空君はそれだけ言うと、ソファから立ち上がり、
「俺も喉乾いたから、何か飲もう」
と言って、キッチンに行ってしまった。
あ~あ。せっかく隣にいてくれたのに。久々の大接近だったのになあ。
しばらく空君の家のダイニングで、空君、櫂さん、私で話をした。と言っても、話しているのはほとんど櫂さんだったけど。
それから空君は、私を家まで送ってくれた。私の足を気にしてくれているのか、空君はとってもゆっくりと歩いていた。そして、途中でなぜか立ち止まり、
「あ~あ。もう、浴衣姿来年まで見れないよね」
と言い出した。
「え?」
「……凪、本当に似合うから」
うっわ~~~。顏、あっつ~~~。
「で、でも、千鶴のほうが色っぽかったね」
なんて言っていいかわからず、そんなことを返していた。
「そう?あんまり見ていないからわかんないや」
……。そうだったんだ。千鶴のことはまったく、関心がないのか。
「俺、変?」
「え?何が?」
「凪以外の子、まったく関心持てない。どうでもいいんだ」
うひゃ。
「へ、変じゃない。私もそうだから」
「え?」
「空君しか見てない。あ、そういえば、今日鉄がどんな服を着ていたかも、覚えてない」
「あ、凪もなんだ」
「うん」
2人で思い切り照れ合った。
こんなふうに、2人だけで話をするのも久しぶりな気がする。
キス…。とか、してくれないかな。
私からしたら、また、空君、ダメって怒るかな。でも、したいなあ。
そっと空君に近づいた。
「花火、どれが一番綺麗だった?」
なんて、空君を油断させるような質問もしてみた。
「う~~ん。あれかな。最後のやつ…」
と、空君が油断して、考えながら話をし始めた時に、私は背伸びをして、空君の唇にチュッとキスをした。
「!!!」
あ。ものすごく驚いてる。
「な、凪。なんで、いきなり」
「空君もいつも、いきなりしてくるよ?」
「…そ、そうだけど。びっくりした。今のは…」
暗くて見えないけど、もしかして真赤?
「…」
空君は反対のほうを見て、黙り込んでしまった。怒ったかなあ。
それでも、離れてと言われていないから、空君の腕にひっつくくらい、すぐ隣にいた。すると空君は、突然くるりとこっちを向いて、私の両腕をつかむと、顔を思い切り私に近づけた。
わあ。キス?
ドキン。
自分でするのは平気なくせに、されるとドキドキしちゃうなんて。でも…。
「……」
「……」
やけに長い…。
ドキドキドキドキ。
空君は唇をそっと離して、
「お、送ってく」
と、なんだか慌てたようにそう言った。
「うん」
もうちょっと、キスの余韻に浸っていたかったなあ。すっごくいいムードだったのに、なんて、ちょっとがっかりしながらも、私は空君と手を繋いで家まで帰った。
家に帰ると、もう、ママとパパがいた。碧は、どこかでまだ部のみんなと、遊んでいるようでいなかった。
「凪、おかえり」
「ただいま」
ママとパパは、一回私に注意を向けた。でも、すぐに2人だけの世界にまた入って行った。
まだ、2人は浴衣でいる。それも、リビングのソファに座り、いちゃついている。
いったい、いつからここで、いちゃついているのかなあ。
「花火、綺麗だったね?凪」
いちゃついているのに、突然パパが、ママを抱き寄せたまま私に言った。
「え?うん」
「凪、空と二人きりだったわけないよね?」
パパの聞き方怖いってば。
「千鶴も鉄もいた。他にもいたから全部で6人」
「そっか」
パパが安心したようにそう答えた。
でも、まだパパはママのことを抱き寄せている。まったく。娘を心配しているなら、ママといちゃつくのもやめたらいいのに。
仲いいのは認めるけどさ。目の毒だよ。
「空君、浴衣姿褒めてくれた?」
今度はママが聞いてきた。
「え?うん」
あ。顏が火照ったかも。
「なんだよ~~。ちぇ。空に凪の浴衣姿見られた。もったないな」
ええ?
「もう。聖君は何を言ってるのよ。ちょっと離して。そろそろ浴衣脱いでくるから」
「え?駄目だよ、桃子ちゅわん。まだ、脱いじゃ」
パパ、いきなり甘えモード?「桃子ちゅわん」って言う時は、甘えている時なんだよね、いつも。娘の前でも平気で甘えるから、信じられないよ。
「だって、そろそろお風呂にも入りたいし」
「うん。後で一緒に入ろうね?あ、凪、先に入っていいよ」
「うん。じゃあ、入ってくる」
「それで、桃子ちゃんの浴衣は、俺が脱がせるから」
ギョ!!!
「聖君!凪が聞いてる!!!!」
「あ。まだ、いたんだ」
信じられない~~~~。娘の前でする会話じゃないよ。それも、多感なお年頃の娘の前で!!!
私は慌てて2階にすっ飛んで行った。
ドキドキドキドキ。浴衣を脱がせる?
もし、空君に、脱がせられちゃったら。なんて、一瞬頭にそんなことが浮かんだ。でも、すぐに打ち消した。
あの可愛い空君には無理。うん、絶対にそんなことしない。
そして、さっきの長いキスを思いだし、顔が熱くなり、しばらく私はベッドのうつっぷせて、恥ずかしがっていた。




