第73話 「鉄には見せたくない」
3日後、花火大会の日がやってきた。昨日の予報では、曇りだったけど、夕方からだんだんと雲が切れてきて、綺麗な夕焼け空が海をオレンジ色に染めた。
私はママに浴衣を着せてもらい、空君の家に向かった。実は、空君の家の2階からも、花火は綺麗に見える。前、空君が夏に熱を出しちゃった時には、空君の部屋から花火を見たっけな。それはそれで、いい思い出だ。
その空君の家をもっと行ったところに、あまり人には知られていない、絶好の花火が良く見える場所がある。そこにみんなで、待ち合わせをした。私と空君は、一緒にそこに向かう約束をしていた。
今日はアルバイトも早めに切り上げ、浴衣を着た。空君にはこの浴衣、初めて見せる。
パパが水族館の休みの日で、ぶーぶー言っていたけど、ママも浴衣を着て、パパにまで着せてしまい、
「今日は、聖君、2人っきりで花火見ようね?」
と、パパにママが甘えたら、すぐにパパの機嫌はなおってしまった。
「俺は先に行くね。バスケ部の連中とみんなで待ち合わせしてるから」
碧が一番先に家を出て行った。
「あれ?彼女と二人で行くんじゃないんだ」
私がそうぼそっと言うと、
「みんなで行くことに決まっちゃったみたい。まあ、もとキャプテンだし、断れないよね」
とママがにこにこしながらそう言った。
あ、もしや、ママは彼女と碧が2人じゃなくて、ほっとしていたりして?
「桃子ちゅわん。無理は駄目だからね?お腹が痛くなったりしたらすぐに言ってね?あと、近場だけだよ?遠くまでは行かないからね?」
パパがママにそんなことを言いだした。
「うん、わかってるよ」
「それから、浜辺は人出多いと思うから、俺からはぐれちゃ駄目だよ?」
「大丈夫だよ。家だって近いんだし、はぐれても、一人でも帰れる」
「駄目!ナンパされたら大変だから!」
「嫌だなあ。聖君。こんなおばさん、ナンパしてくる人なんていないよ。聖君だったら、逆ナン、あり得るけど」
「何言ってんだよ。浴衣着てる桃子ちゃん、20代半ばくらいにしか見えないし、絶対に危なっかしいんだから、俺から離れちゃ駄目!」
く~~。もう、聞いてられない。約束の時間より早いけど、家を出よう。
「いってきます!」
いちゃついているママとパパを家に残し、私はとっとと家を出た。
本当にパパはママにぞっこんだよなあ。ママの浴衣姿、鼻の下伸ばして見ていたし。ママの方もパパの浴衣姿、うっとりとしながら見ていたけど。
確かに、2人とも年齢より若く見えるし、結婚指輪をしているから、夫婦だってわかるけど、2人きりで歩いていたら、とても2人の子持ちとは思えない。あ、もうすぐ3人か。
でもママ、浴衣着て大丈夫なのかな。お腹きつくないのかな。今、4か月。安定期とはいえ、無理はしないでほしいな。
そんなことを思いつつ、空君の家が近づいてくると、私の気持ちは一気にわくわくしてきてしまった。
空君、何か言ってくれるかな。私の浴衣姿。
ドキドキ。わくわく。
空君の家に着くと、何やらお店からはしゃぐ声が聞こえてきた。
あれれ?
不思議に思い、玄関からお店のほうに回ってみると、鉄と知らない女の子が、空君と櫂さんと一緒にいた。
「あ、榎本先輩!」
鉄が最初に私に気が付き、そして、
「わあ。浴衣、似合ってる。可愛い!」
と叫ばれてしまった。
「あ、ありがとう」
でもそれ、一番に空君に言ってほしかったのに。
空君のほうを見た。すると、目が合ったのに、ふいっとそらされてしまった。
なんで?
「鉄君。もしかして、鉄君の彼女?」
知らない女の人がそう聞いてきた。あ、この人が海の家でバイトしている人かも。
「そう。俺の彼女の榎本凪先輩」
「違うだろ!俺の彼女だろ!」
空君がものすごく慌てたようにそう言うと、私の隣にすっ飛んできた。
今日の空君のシャツ、初めて見る。タンクトップに、綿のシャツを羽織っているんだけど、その色合いも可愛い。空君って、実はオシャレなんだなあ。
それから、今日もショートパンツだ。それも可愛い。うん。今日の空君は、爽やか空君だ。
「……空君の彼女?!」
数秒開けてから、その女の人がびっくりしたように声をあげた。
「空君、彼女できたの?」
念を押すように、またその人が言った。
「あ、うん」
空君が照れくさそうに頷き、それから私を見て、そしてどこか宙を見つめた。
「やっぱ、鉄には見せたくなかった」
ものすごく小さい声でそう言うと、空君は顔を赤くした。
もしや、私の浴衣姿かな?
「似合う?それとも、変?」
私も小声で聞いてみた。すると、空君はもっと顔を赤くして、
「あ、似合ってる」
と、消えそうな声でそう言った。
可愛い。照れてる。ドン。
抱きしめるのは、周りに人がいるから遠慮した。でも、思わず空君の胸に、顔をうずめてしまった。
「え?」
あ。抱きしめるより、変だったかな、これ。
「え?」
空君からも、鉄からも、びっくりしている声が聞こえた。
「ごめん。下駄履きなれてなくて、よろけた」
私は慌てて空君の胸から顔をあげ、そう誤魔化した。
「ああ、下駄?気を付けて、凪」
「うん」
あ~~~。バカなことしちゃった。
「そうだ。紹介遅れてたけど、海の家で一緒にバイトしている塩沢可里奈さん」
鉄がそう言ったあと、
「可里奈です。よろしく」
と、その人はにっこりと笑った。でも、微妙に笑顔が引きつっていた。
可里奈さんか。可愛い名前だな。日に焼けていて、手足長くて、髪は栗色で巻き毛で、マーメイドみたいだ。
「可里奈ちゃん、今年は海の家でバイトしていたのかあ。だったら、うちの店でバイトしてくれたら良かったのに」
「え~~。櫂さん、そういうことはもっと早くに言ってください。私も、ここでバイトしたかった」
あれ?知りあい?
私が不思議そうな顔をしていたのか、櫂さんが、
「ああ。凪ちゃん。可里奈ちゃんは去年も夏に伊豆に来て、サーフィンをしていたんだよ。その時、俺がいろいろと教えてあげていたんだ」
と、そう私に向かって言った。
「あ、そうなんですか」
「可里奈ちゃんは凪ちゃんとは同じ年だよ」
「…。凪ちゃんっていうの?可愛い名前だよね」
可里奈さんに言われた。
「え?あ、可里奈さんも、可愛い名前ですね」
「同じ年なんだから、敬語はやめて」
「はい」
あ、また、はいって言っちゃった。だって、私よりもずっと大人っぽいんだもん。
「浴衣、私も着て来たら良かった」
可里奈さんがそう呟いた。でも、可里奈さんは、タンクトップにショートパンツで、長い手足がにょっきり出てて、すっごくかっこいいし、綺麗だ。浴衣着るのはもったいない。
「可里奈さんには浴衣、似合わないんじゃない?」
「鉄君。喧嘩売ってる?」
「そうじゃなくって。着物とか浴衣って、なで肩、寸胴、短足の日本人体型が似合うじゃん。可里奈さん、モデル並みの体型しているから、似合わないと思ってさ」
「え?そう?」
可里奈さんはそう言うと、ちらっと私を見た。
「ああ、榎本先輩は、寸胴だし、似合ってるよね」
鉄。何が言いたい!
「ふん!」
私が鉄にそっぽ向くと、可里奈さんはくすくすと笑って、
「ねえ。空君、女の子まったく興味ないって言っていたのに、なんで、凪ちゃんと付き合うようになったの?」
と聞いてきた。
なんか、いきなり余裕の笑みで。どうしていきなり、余裕の笑みになったんだろう。
「なんでって、言われても」
「可里奈ちゃん。凪ちゃんはね、空の初恋の相手なんだ。子供の頃から熱あげてて、ようやく空の恋が最近実ったんだ。祝福してあげてね?」
空君が返答に困っていると、横から櫂さんがそんなことを言った。
「バッ!何言ってるんだよ。父さん。もう、勝手に話に加わってくるなよ!」
「ははは。こいつ、照れちゃって!」
そう笑いながら、櫂さんはお店の奥へと消えて行った。
空君、本当に真っ赤だ。
可愛い。可愛すぎる。
ムギュ。
あ、思わず、空君の腕にしがみついてた。
「…そろそろ、行こうか」
空君は、私の腕をひっぺがすこともなく真っ赤な顔のままそう言うと、もう片方の手はショートパンツのポケットにつっこみ、とぼとぼと歩き出した。
そうか。腕に引っ付いたままでいいんだ。私。
でへへ。
「本当に空君の初恋?空君の方からコクった?嘘でしょ?」
でへへと、思い切り喜んでいると、後ろから可里奈さんが冷たい声でそう言った。
「可里奈さんって、空狙い?去年から空のこと気に入ってたわけ?」
その横から、鉄が、そう可里奈さんに聞いた。
「鉄君。そういうこと、本人たちがいる前で言うかな」
「いいじゃん。空狙いだったら、がんがんいってもいいと思うなあ、俺。サーフィン好きなもの同志、話もあうだろうし、お似合いだよ」
ムカ。鉄、何を言いだすの?!
「で、俺が榎本先輩と付き合う。ね?これで全部がうまくおさま…」
と鉄が言いかけた時、空君がくるっと後ろを向き、
「それ以上、ふざけたこと言うなよ、鉄。もう金輪際、口きかないからな」
と、ひっく~~~い声で脅しをかけた。
「じょ、冗談に決まってるだろ。ははは」
鉄は引きつった。これ、かなりきくらしい。なんだかんだ言いながらも、鉄のほうが空君を必要としているみたいだ。
実は私に気があるだの、からかっているのも、空君の気を引くためなんじゃないかなって、最近はそんなことも思うくらいだ。真相はどうなんだろうなあ。
そこから5分歩いたところに、すでに千鶴がいた。あ、隣には背の高い、大人な男性がいる。千鶴の言ってた、イケメンフリーターさんだ。
わあ。千鶴の浴衣、なんだか大人っぽくて、髪もアップにしてて色っぽい。
それに引き替え、私は子供っぽかったかな。
「お待たせ」
鉄がそう言うと、千鶴はこっちを向いて、
「紹介するね。バイト先の小河さん」
と、隣にいるイケメンフリーターをみんなに紹介してくれた。
「どうも、小河です。こんなおじさんで申し訳ないな。みんな高校生でしょ?」
「はい。でも、小河さんみたいに、素敵な大人の人がいて、安心です」
そう言ったのは、可里奈さんだ。
え?
千鶴が可里奈さんをぎろっと睨み、
「誰?」
と低い声で聞いてきた。
「俺とバイトが一緒の、塩沢可里奈さん」
鉄が千鶴が睨んだのをわかったのか、愛想笑いをしながらそう紹介した。
「ああ、そう」
千鶴、怖いぞ。顏、怖くなってる。
バリバリ!
なんか、千鶴と可里奈さんの間で、火花散らなかった?大丈夫かなあ。
とか思いつつ、私は自分の腕を何気に見て、まだ、空君にしっかりとしがみついていることに気が付いた。
あ…。
なんかこれって、空君は私のだから、引っ付かないで!アピールをしているみたいだなあ。
でも。
空君の横顔を見た。空君は視線を感じたのか、私のほうを向くと、
「え?なに?」
とキョトンとした顔をした。
可愛い。
「空君の今日の格好、可愛いね」
「え?俺?」
「うん!可愛い」
そう言うと、かっと空君が顔を赤らめた。
うわ~~~。
ギュウ。
「凪、そんなに引っ付くのは…」
空君はそこまで言ってから、なぜか、鉄のほうを見て、そのあと、小河さんって人の方も見た。
鉄も小河さんも私たちをなぜか見ている。
「あ、いい。今日はいい。ずうっと、俺にひっついてていいから」
空君は突然そう言いだした。
「え?いいの?」
「うん。っていうか、くっついてて」
なんでかな?でも、嬉しい!
言われるがままに私は、ずうっと空君の腕にしがみついていた。




