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第70話 久々の部活動

 翌日から、アルバイトが終わるとすぐに空君は家に帰ってしまった。私も明るいうちに、自転車に乗って帰宅した。


 はっきり言って、そんなにはりきって宿題をしたくはない。でも、ああ言われちゃったら、するしかないよね。

 リビングで、ママが編み物をしている横で、私は小説を読みだした。

「どうしたの?いきなり本なんて読みだして」

 ママに驚かれた。


「感想文の宿題があるの」

「あ、そっか。夏休みの宿題のために、今日は早くに帰ってきたんだ」

「うん。空君も帰ったよ」

「真面目なんだね。こんなに早くから宿題に取り組むとは」


「……。本当はいっぱい、デートをしようってワクワクしていた夏休みだったの」

「え?」

「でも、なるべく2人きりにならないようにって、空君に言われて」

「あ、そうか」


 あ…。なんとなく寒気。いけない!ママがいるんだし、気持ちをあげないと。

「碧は?デートかな」

「2階にいるよ」

「え?そうなの?デートじゃないの?」


「塾で、突然模試があって、受けたら悲惨な結果だったらしいよ。デートは週1にして、あとは頑張って勉強するんだって」

「へ~~。碧、やる気出したんだ」

「彼女のほうが模試の結果、良かったらしいよ」


 うわ。そりゃ悲惨だ。頑張りたくもなるか…。


「凪と同じ高校にするって言ってた」

「え?彼女と同じじゃなくって?」

「彼女も同じみたい」

「あ、そう。じゃ、私に合わせたんじゃなくて、彼女にでしょ?」


「なんだか、複雑。しょうがないとは思うけど、いつかは碧も彼女のほうがママより大事になっていくんだよね」

 あれ?ママまで、パパみたいなこと言ってる。

「ママにはパパがいるじゃない」


「そう!それでね、来月、杏樹ちゃんや、舞花ちゃんが来た時には、ママも水族館に行くからね」

「え?」

「ひまわりが来た時にも行く!水族館、ずっと行けなかったから、じゃんじゃん、行く!」

「う、うん。パパを他の女性から守りたいんだね?ママ」


「ううん。聖君の働いている姿が見たいの。かっこいいだろうなあ」

 あ、そう。あ~あ。また少女みたいにうっとりしちゃってる。こういう時ってママ、どっか意識が飛んで行っている時だよね。


「ママはいつまでもパパに夢中だね」

「うん!」

「そばにいられるだけでいいの?」

「もちろん!」


「抱きつきたくなったり、キスしたくなったりしないの?」

「え~~~。そばにいるだけで、幸せだし、聖君の姿見ているだけで、うっとりしちゃうからなあ、ママは」

「パパは?」

「パパは…。それだけじゃ物足りないのかもね。昔から、ママ、ムギュって抱き着かれてるし…」


「パパの気持ちわかるなあ」

「え?!そうなの?凪もなの?」

「………」

 なんだか、ママに思い切り驚かれて、照れくさくなってしまった。


「小説読むから、ママも編み物に集中してね」

「あ、うん」

 

 そばにいられるだけで、幸せなことは幸せなんだ。今日だって、真剣に仕事をしている空君、かっこいいなあって、そう思いながら見てた。

 まだまだ、接客はぎこちないし、笑顔もなかなかできないみたいだけど、それでも、頑張っている空君、可愛いなって。


 それで、あんまり可愛くって、ムギュ!って抱きしめたくなって、それができなくって、すっごくもどかしくなってくるの。

 って、私って相当変なのかな。ママに聞いたらきっと、目を丸くして驚かれちゃうよね。

 パパだったらわかってくれるかも。だけど、「空に抱きつくな」って怒られるだけかな。


 まさか、碧にも聞けないし、まさか、千鶴にも聞けないしなあ。

 そう言えば、千鶴と全然連絡取ってない。千鶴も確か駅前辺りで、アルバイトするって言っていたような…。


 そんなこんなで、7月はあっという間に過ぎて行った。おかげさまで、私はほとんどの宿題を終わらせた。そして8月に突入。

 今夜は、学校での星の観察日だ。


 アルバイトを終え、いったん私も空君も家に帰って支度をした。そして、空君がうちまで迎えに来てくれて、2人で自転車で駅まで行った。


 空君とはずっと、まりんぶるーでしか顔を合せなかったから、ちょびっと嬉しい。とはいえ、他のみんなもいるから、そうそう2人で話すことはできないんだろうなあ。


「榎本先輩!!!」

 空君と駅の自転車置き場に自転車を置いていると、後ろから鉄の呼び声が聞こえてきた。

「あ、鉄。うわ。真っ黒だ」

「海の家でバイトしてて、真っ黒になっちゃって。今度榎本先輩も泳ぎに来た時、寄って!そんときは、絶対にビキニで!」


 唐突に鉄が、笑顔満開にしてそう言って来た。すると、

「駄目!凪はもう、ビキニは着ない!」

と、私の隣から空君が顔を突き出してそう鉄に言い切ると、

「行こう、凪」

と、私の手を引いて歩き出した。


 うわ!嬉しい!手を繋いだのもすっごく久しぶりのことだ。

 空君の手、相変わらずあったかくって、ほわほわしてる。


 そして、改札口を抜け、ホームに行くと、千鶴が立っていた。

「あ!凪!空君!」

「千鶴!」

 空君はぱっと繋いでいた手を離した。でも、千鶴にはしっかりと見られていたようで、

「夏休みの間に、進展しちゃったんじゃない?」

と、私たちににやつきながらそう言った。


「な!何を言ってるの?千鶴!なんにもないよ。なんにもっ!!」

 私が思い切り否定すると、千鶴は、

「そんなに慌てて、かえって怪しい~~」

と、もっといやらしい目で私たちを見た。


「……なんもないっすよ、先輩」

 空君は、ちょっと顔を赤くしてそう言うと、その隣にちょうど来た鉄が、

「本当に?榎本先輩、空に手、出されてない?」

と心配そうな顔をして、そんなことを聞いてきた。


「だ、出されてない」

 なんだって、鉄、そんなこと聞いてくるんだよ。と、ちょっと腹を立てながらそう答えると、

「な~~んだ。つまんないの」

と、千鶴に言われてしまった。


「そんなことより、千鶴、アルバイトどう?」

「よく聞いてくれた!実はフリーターで、ちょっとイケてる人がいて、狙ってるの」

「え?フリーターって…いくつくらいの人?」

「19歳。高校卒業してずっとあの店でバイトしてて、もしかすると、正社員になれるかもって感じなんだってさ」

「へ~~~」


「じゃあ、峰岸先輩、ふられちゃうんだ」

 鉄がまた、唐突にそんなことを言いだした。なんだって、こいつはこんな時にそんなことを言いだすんだ。

「峰岸先輩~~?好みのタイプじゃないもん」

「小浜先輩、もしや、面食い?」


 鉄がそう聞くと、

「そうだよ。男は顔でしょ」

と、千鶴は言い切った。


「ああ、だから、小浜先輩、空のことも気に入っていたんだ」

 鉄!だから、一言よけい。今、そんなことを持ち出さなくても。

「え?俺?」

 空君はずっとぼ~っとしていたのに、自分の名前が出てきて、我に返ったようにそう聞いてきた。


「空君もかっこいいもんね~」

 千鶴は、鉄の言うことに腹を立てるわけでもなく、にこにこしながらそう言って空君を見た。

「榎本先輩も面食いなんすか?」

「私?」

 鉄は私にまで聞いてきた。


「そりゃそうでしょ。それも、父親があんなにかっこいいんだもん。それ以上をいく男じゃなきゃ、好きになんてなれないよね?」

「じゃあ、空はそれ以上の男ってこと?」

 千鶴の言葉に鉄は、そんなことまで聞いてきた。


「え?うん」

 あっさりと私が頷いてしまうと、鉄も、千鶴までもが、

「え~~~?!」

と、びっくりしてしまった。


 ありゃ?なんか、私、変なこと言った?空君を見ると、真っ赤になってるし。

「空のどこが、榎本先輩の父親より上なの?どの辺が?!」

 鉄が興奮しながら聞いてきた。


「…え?そう言われても…」

 どこがっていうのはないよ。でも、空君がいいんだもん。なんて言えないしなあ。


 その時電車がホームに入ってきて、私たちは乗り込んだ。

「また、霊とか出るかなあ…。黒谷も今日来るんだろ?」

「さあ?来るとは思うけど」

 千鶴がそう答えてから、私と空君のほうを見た。

「あ、俺も来るかどうか知んない」


「私も…。夏休みに入ってから、誰とも連絡取りあってないし」

「だよね。私も鉄も、凪も空君もみんなアルバイトで忙しかったもんね」

「うん」


「峰岸先輩は塾通いかな。大変だよね。って他人事じゃないか。来年は私らが受験生だよ」

 私と千鶴は椅子に腰かけた。私の隣に鉄が座ろうとしたが、空君に腕を引っ張られ、鉄を連れて空君はドアのすぐ横に立った。


「榎本先輩は大学進学?」

 ドアのところから鉄が聞いてきた。

「うん。今、悩んでいるんだけど、でも、大学行こうかなって思ってるの」

「小浜先輩は?」


「私は短大かな。じゃなきゃ専門学校でもいいかな」

「どっち方面に進むの?先輩」

 鉄が私たち二人を見て聞いてきた。


「私は、適当に。短大出てOLにでもなれたらそれでいいし」

「そんな会社、この辺にないじゃん」

「だから、短大出てからも、市内に住むか…。この機会に東京まで出て行くのもありかなって考えてるの」


「東京?」

 私がびっくりすると、

「え?そんなに驚くことじゃないじゃん。けっこう、地元離れる人多いでしょ?」

とあっさりとそう千鶴に言われてしまった。


「そ、そうだけど…」

「榎本先輩は?大学って、市内の?」

 鉄が今度は私に向かって聞いてきた。空君は鉄の隣で、私のことをだまってただ見ている。


「うん」

「文学部とか?」

「まだわかんない。そのへんは、考え中だから…」

「そっか~~~~」


 電車が発車して、鉄は黙って外を見た。空君もずっとさっきから静かだ。

「空は?まだ、考えてないか、卒業したらどうするかなんて…」

「俺はもう決まってる」


「まじで?もう?」

 空君のしっかりした答えに、鉄がびっくりしている。

「うん。俺、海洋学勉強するために、市内の大学行くよ。たまに、その大学、聖さんが講義しに行ったりするんだって」


「聖さんって、榎本先輩のお父さん?」

「そう。俺、それで聖さんがいる研究所で働こうかと思ってる」

「まじで?!そこまで決めてんの?でも、それって、思いっきり地元じゃんか」

「うん」


「へ~~。空君、じゃあ、ずっと伊豆にいるんだね」

 今の会話を聞いて、千鶴がそう話に割って入った。

「うん」

 空君は千鶴のほうを見て、ちょっとはにかみながら頷いた。


「そんなことまで決まってんのかよ」

「俺、海好きだし。伊豆から離れる気ないしさ。サーフィンもダイビングも、いつでもできる場所に住んでいたいからさ」

「あ、そっか。じゃ、最高の場所なんだね、空君にとって」

 また、千鶴がそう言った。


「凪は?」

 そして突然私のほうにくるっと顔を向け、千鶴が聞いてきた。

「え?」

「大学卒業したら、どうするの?地元で就職っていっても、なんにも仕事ないよ?」


「…私、この前、イルカのセラピーに立ち会って、子供たちとイルカが接しているのを見て、ああいう仕事いいなって思っちゃって」

「え?じゃ、水族館に就職?!」

「わかんないけど、でも、いいなって…」


「コネもあるし、十分大丈夫なんじゃない?それに、凪が水族館で、空君が研究所だなんて、ずうっとそばにいられるし。それに、凪パパ、凪が同じ職場にいてくれたら、めちゃくちゃ喜んじゃうんじゃないの?」

「かもしれない」


「それ、すっご~~~~い。いいな~~~。ずうっと好きな人と一緒にいられるなんて」

「そんなことないよ」

 千鶴がうっとしとしていると、空君がぼそっと暗い声を出した。


「え?」

 その言葉に思い切り私が驚いてしまった。ずっと一緒にいられるのが、嬉しいことじゃないってこと?


「ど、どうかした?空君」

 千鶴は空君に聞いた後、私のほうを見て、

「まさか、喧嘩?」

と小声で聞いてきた。


「凪のほうが先に卒業するから、1年離れるし、凪のほうが大学も1年早く卒業するから、その時も1年離れることになるし…。ずうっと一緒っていうわけじゃないよ」

 空君は、俯きながらそう言った。


 その時、電車が駅に着いた。

「な、なんだ~~~。そんなことか~~」

 顔を和らげ、千鶴は席を立った。私も席を立ち、そして、4人とも電車を降りた。


「そんなことじゃないんだけどな…」

 ぼそっと空君がそう言った。でも、千鶴はすでに、鉄と他の会話をしていて、その空君のつぶやきが聞こえていなかったようだ。


 私も、卒業して空君と離れるのは悲しい。でも、空君と微妙な距離が空いている今だって、十分に悲しいんだけどなあ。

 そう思いつつ、ぴとっと空君の隣にひっついてみた。すると、空君は避けるわけでもなく、距離を開けるわけでもなく、そのままでいてくれた。


 やった!今日はすぐ隣にいられるかも!

 私は、浮かれたまま、空君の隣にぴったりくっついて、歩いていた。


 空君の隣は、やっぱり、ほわほわあったかい。超、超幸せだ。

 ちら。空君の横顔を見た。横顔、可愛い。それに、今日の黄緑色のTシャツも可愛いし、空君に似合っている。それに、今日は空君、膝丈のデニムのパンツなんだ。それも可愛い。それに、今日履いているサンダルも、なんか、可愛い。


 駄目だ~~。今日の空君も、可愛すぎるよ。


 ムギュ!

 抱きしめはしなかったけど、思い切り空君の腕にしがみついてしまった。


「あ!!!何、それ!」

 前を千鶴と歩いていた鉄が、何気に後ろを振り返り、私が空君の腕にしがみついているのを目撃してしまった。

「あ!」

 千鶴にまで。


「!!!」

 空君も私も、一瞬にしてパッと離れ、

「夜ご飯どうする?コンビニで買っていく?」

と、思い切り話をそらした。でも、

「やっぱり、進展あったんじゃないの~~~~?怪しい~~~」

と千鶴にまた、いやらしい目でそう言われてしまった。


「………だから、なんにもないっす」

 空君は、はにかみながらというより、困った表情を浮かべてそう言うと、私から距離を取って歩き出してしまった。


 ああ…。離れちゃったよ~~~。

 寂しい。


 今日、こんな調子で寂しがっていたら、また霊寄ってこないかなあ。大丈夫だろうか。

 そんなことを思いつつ、空君の背中を見て寂しがりながら私は歩いていた。




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