第69話 大事に思ってる
翌日、空君とバイトが終わってから、リビングに行くと、空君はソファに座らなかった。カーペットの上にあぐらをかき、おじいちゃんと話しだし、全くと言っていいほど、私のそばに来ることもない。
夕飯はどうするの?とおばあちゃんに聞かれても、空君は、
「あ、俺、家で食べるよ」
とすぐに答えるし、なんだか、避けられてる気すらする。
「そろそろ、またクロの散歩でも行こうかな」
6時ごろそう言って、空君はリビングから出て行った。私も、
「じゃあ、私も一緒に行って、そのまま帰るね」
とリビングをあとにした。
空君は、クロとの散歩でも、なんとなく私と距離を開けている。
「空君」
「え?なに?」
「…あのね、昨日、家の中でも寒気感じたんだ」
「霊?」
「多分」
「それで、頭痛は?」
「…碧が帰ってきて、寒気もなくなったから」
「あ、そっか。碧や聖さんのパワー、霊を吹き飛ばしちゃうもんね。じゃ、霊が寄って来ても大丈夫だね」
「……」
あれ?私、空君がそばにいないと、霊が寄って来ちゃうから、そばにいて欲しいって言いたかったんだけどな。安心だねっていう話になっちゃった。
「でもね、やっぱり…」
「あのさ」
「え?」
「凪は宿題とかけっこう出た?」
「え?うん」
「じゃ、バイトばっかりで、勉強もできないしさ、バイト終ったらたまには、さっさと家に帰るっていう日もあっていいよね」
「え?」
「明日は俺、バイト終ったらすぐに帰るね。俺も宿題、けっこう出たんだ」
「……」
ひゅ~~~。寒くなってきた。
「空君」
空君はクロと海のほうを見ていて、隣にいる私の方は見てくれない。
「空君!」
「ん?」
そして、やっと私のほうを見て、
「あ!」
と、私に近づいた。
でも、いつもみたいにハグをしてくれない。
「凪、前に部室で俺がいなくても、霊消したよね」
「うん」
「黒谷さんのために消したんだよね」
「でも、あの時は空君のこと思い出して」
「これからも、霊が寄って来た時、そういうこと試してみない?」
「え?ど、どうして?」
「だって、俺がいっつも凪を助けてあげられるかどうかもわかんないしさ」
うそ。
なんか、もっと気持ちが暗くなった。
「わ、わかったよ」
「うん。きっと凪ならできる」
今までは、用済みなんて言わないでって言っていたのに。空君、なんか変わっちゃった。
「わかったよ!一人でどうにかする。もし無理なら、誰かに手伝ってもらうから」
「…碧?聖さん?」
「ううん。家だけじゃなくって、学校とかのほうが霊が出る確率高いし、違う人」
「………手伝ってもらうって?」
「そう。きっと私、安心したり、気持ちがあがった時にパワーも出るの。そういう時には、なんにもしないでも、霊を弾き飛ばせるんでしょ?」
「あ、うん」
「だから…。一緒にいて安心したり、楽しくなったり、気持ちがあがるような、そういうことをしてくれる人探すから。だから、いいよ。もう」
私は落ち込むのを通り越し、ふてくされていた。
「……え。それって、誰?」
「いいの。空君にはもう、頼らないから」
意地はっちゃった。
「凪…。それって誰に頼むの?」
「わかんないよ。千鶴かもしれないし、先輩かもしれないし」
「え?先輩?」
「鉄かもしれない」
「鉄?!」
「じゃあ。私、帰るね。バイバイ」
「あ、凪…」
私は思い切り走って、家まで帰った。門の前で後ろを向いたけど、空君もクロも追いかけてはくれなかった。
う~~~。ますます、背中がゾクゾクする。このまま、家に中に入ったら、ママの方にくっつかないかな。どうしよう。
一目散に自分の部屋に行ったら大丈夫かな。
「凪!」
門の前で家に入るのを躊躇していると、後ろから空君の声がした。振り返ると、空君とクロが息を切らして立っていた。
「空君?」
ギュ!空君が私を抱きしめた。そしてクロは、私の足元にすり寄った。
「鉄は駄目」
「え?」
「先輩も駄目」
「そんなの、空君、勝手だよ」
「うん、ごめん。でも、他の奴は駄目!」
ハグをしたまま、空君はそう言って、それから私から離れた。
「あったかくなった?」
「うん」
「もう大丈夫だよね?」
「うん」
「………ああ。もう~~」
空君?頭抱えちゃった?
「凪のことは守りたいんだ。でも、俺があんまり近くにいすぎると、凪が危険になっちゃうんだ」
「そんなことないのに」
「あるんだよ。だからって、俺がそばにいない時、他の奴が凪のそばにいるのは嫌なんだ」
「そう言われても。それってやっぱり、空君、勝手だよ」
「…俺の勝手なのはわかってる。だけど…」
空君?
「やっぱり、自信ないって言うか」
「何の自信?」
「手を出さないでいる自信…」
え?!
「ごめん!でも、凪のことはまじで、大事に思ってるから。じゃあ!」
空君はそれだけ言うと、クロとまた走って行ってしまった。
暗くてわからなかったけど、空君、顔赤かったのかな。すごく照れくさそうだった。
「大事に思ってるから」
私も。
私も大事。その気持ちは一緒だよ、空君。
家に帰ると、ママは夕飯の準備をしていた。
「手伝うね、ママ」
「ありがとう」
良かった。空君にハグしてもらって。じゃなかったら、家の中まで霊を連れ込んでたよ。
「あのね、ママ」
「なあに?」
「今、私、空君と微妙なの」
「……え?微妙って?何が?どう微妙なの?」
やっぱり、ママにはわかってなかったんだ。
「昨日、イルカセラピーの時、私、海でビキニが取れちゃって、空君に見られちゃったの。
「え?胸を?」
「うん。でも、空君が周りの人に見られないようにって、すぐに隠してくれたんだけど」
「そうなんだ」
「水着も流されていったのを、パパが取って来てくれたし」
「胸、見られちゃって恥ずかしくて、微妙なの?昨日そういえば、変だったね。凪、空君といるの、緊張したとか?」
「ううん。逆。空君のほうが私と二人でいるのを嫌がってるの」
「なんで?」
ママがびっくりして、ピーマンを落とした。
「あ、拾うよ、ママ」
「なんで空君のほうが嫌がってるの?」
「あのね…。パパに昨日聞いてない?」
「うん。なんにも」
「そっか…。空君、浜辺に上がってから、鼻血出しちゃって」
「え?」
「なんか空君、2人でいて、私がそばにいると、意識しちゃうんだって」
「……なるほど。それで、2人きりにならないようにしているわけだ」
「今日はバイト終ってからも、リビングでソファにも座らなかったの。いつもなら、私の隣に座ってくれるのに」
「相当空君、警戒してるんだね」
「警戒?」
「う~~ん。高校1年かあ。いろんなことを意識し始める年ごろなのかな」
「そうなんだ…」
「凪は恥ずかしかっただけ?空君に会いづらくなったとか、そういうのはないの?」
「ない。あ、でも…」
「でも、なに?」
ママはもう包丁で野菜を切るのもやめて、すっかり話に夢中になっている。
「健人さんって、イルカの調教師さんがいるんだけど、その人もイルカセラピーの時、海岸にいて、もしかすると胸を見られちゃったかもしれないの」
「ああ、健人さん、知ってるよ、ママも」
「それでね、イルカのショーのあと、健人さんに会ったら、なんか胸のほうに視線が行ってて。自意識過剰かもしれないんだけど、でも、その目がなんだか嫌で」
「嫌?」
「嫌悪感っていうのかな。男の人って、いやらしいって思っちゃって」
「それで?」
「それを空君にも正直に話したら、俺も男だけど、嫌?って聞かれて」
「うん」
「空君は嫌じゃないって言ったら、空君が、それは凪が俺を男だって思っていないからだって」
「ふうん。それで、凪はなんて答えたの?」
「……私、空君が男だとか、そういうの、やっぱり気にしたことないの」
「え?」
「空君は空君なの。男だからとか、そういうのはないんだ」
「いつまでも可愛い空君?」
「うん。隣りにいると、ほわわんってする空君。でもね、そのほわわんって感じも壊しちゃうかもしれないから、空君、私から離れるって…」
「空君って、本当に凪のこと大事にしてるんだなあ」
「え?」
「聞いてて健気って言うか、いじらしいよ。まるで、付き合ってた頃の私みたい」
「……パパじゃなくて?」
「どっちかって言ったら、凪がパパみたい」
「え?!なんで?」
「だって、すぐに空君をギュってハグしちゃうし。聖君もよく、ギュ~~って言って、ママのことハグしてきてたんだよ」
「今もでしょ?」
「そう、今も。まあ、今ではママの方からも、聖君に抱きついたりしちゃうけどね。付き合っていた頃は、恥ずかしいし、嫌われたらどうしようとか、いろんなこと思っちゃって、抱きついたり甘えたりってできなかったなあ」
「そうなんだ」
「あ、凪も遠慮していたよね。だけど、遠慮しないで素直に甘えるようになったんだね」
「素直になってみたのに、空君のほうが離れちゃったよ」
「それは嫌ったわけでもなくて、ちゃんと凪のことを大事にしているからでしょ?」
「…でも、寂しいなあ」
「空君も、だんだんと変わって行くよ。まだ、高校1年生だもん。この先、どんどん大人に成長していくんだから、そんな空君を見守っていたら?」
「うん…」
「まだ空君って、華奢だよね?手足細いし、胸板も薄いし」
「え?」
「線が細いって言うのかな。髭も生えてない」
「うっすらと、産毛みたいなのはあるよ?」
「それがきっと、そのうち、髭剃りを使うようになって、どんどん男っぽい体つきになっていくよ。そうしたら、凪も、男の人だって意識しだすかもね」
「ええ?そうなの?ママもそうだった?」
「うん。聖君と会ったのは、聖君が高校2年の時。それから、大学生になった頃の聖君は、高校の時よりも胸板も厚くなったし、腕に筋肉もついたし…。それから、20代後半になると、もっと髭が濃くなったかも。一回、研究が忙しくて髭を剃らない日が続いたら、結構髭が伸びて…。でも、それがまた、なんでか、ワイルドでかっこよかったの」
「ワイルド?」
「聖君にワイルドさなんてなかったのに、あの時はそれを感じて、ママ、またときめいちゃったんだ~~」
「ああ、そう…」
ママ、思い切りうっとりした目をしたなあ、今。
「30歳を過ぎてからは、ますます男らしくなった。たくましくなったし、大人の男!って感じで。本当にスーツ姿が似合うようになったし、水着なんて、かっこよすぎて、ハート打ち抜かれちゃうよね」
「は?」
「だから、とっても心配。聖君、水族館で絶対に人気あるよね。あと、たまに大学に呼ばれて、講師の仕事もしてるけど、女子大生から言い寄られてないか、すっごくすっごく心配なんだよ、ママは…」
「大丈夫だよ。パパ、めちゃくちゃクールだし。言い寄られる前に、バシッと冷たく引き離すから。そういうの何回か見て来たけど、あのクールさ、半端ないもん」
「そう?」
「まあ、たまに、パパが気づかないところで、パパに見惚れている人がいたら、私がパパに引っ付いて、近づけさせないようにしているから」
「凪~~~、ほんと、凪って赤ちゃんの頃からママの味方だよね。よく、れいんどろっぷすで、女の人が聖君に近づくと、ぎゃぴ~~って泣いて、引き離してくれてたし」
「…それは覚えていないんだけどね…」
そうか。どんどんパパもママと出会ってから変わったんだ。
「ママは、なんにも変わんないんだけどね」
ぼそっとママがそう呟いてから、また野菜を切りだした。
「変わらないところがいいんじゃないの?パパ、いつまでもママ若いって言ってたよ」
「大人の女性になれないんだよね」
「え~~。ママはママだよ。ママ、いつまでも恋する乙女みたいで、娘の私から見ても可愛いもん」
「そう?ありがとう。でも、乙女って年でもないんだけどなあ」
「パパ、本当にママに惚れちゃってるなあって、見ててわかるもん」
「空君だって、凪に惚れちゃってるよ?ベタ惚れじゃない」
「や、やめてよ。そんなことないよ」
「あるってば。だからそんなに大事に思ってくれてるんだよ?」
「……」
顔が火照った。暑い~~。
「でも、楽しみだね、凪」
「え?何が?」
「空君の成長。空君、今もかっこいいけど、きっともっとかっこよくなると思うよ?」
「そ、そう?」
「うん」
そうか。でも、あんまりモテるようになっても困るなあ。
そんなことを思いつつ、私はすっかり気分をよくしながら、ママの手伝いをしていた。さすが、いつもながらママと話をすると、励まされちゃうなあ~。




