第67話 男の人が嫌
お昼をパパと空君と一緒に食べて、パパは研究所に帰って行った。
私は空君と水族館の中をぶらぶらと歩いた。さすが、夏休みだ。人出は多い。
「凪、午後のイルカのショー見て行く?」
「うん」
ルイちゃんが見たいから、空君と一緒にイルカのショーを見に行くことにした。
ああ、でも、座る場所もないくらい、混んでいる。売店の前も長蛇の列だ。
「凪!こっち」
人ごみに流されて、空君から離れそうになり、空君が私の手を取った。
ドキン!
そして、それからは空君と手を繋いでいた。
空君の手は、やっぱりあったかくって、大きくて安心する。
空君のすぐ隣に立って、私はイルカのショーを見た。ルイちゃんも出た。指示は潤子さんが出していて、砂羽さんは、後ろでアシスタントをしているだけだった。
それから健人さんのショーが始まり、最後にはイルカがみんな揃ってジャンプをして、プールの真ん前の席の人たちは、水しぶきでずぶ濡れになり、きゃ~~きゃ~~と騒いでいた。
「あそこにいたら大変だったね、空君」
「うん」
今日着てきたTシャツ白だし、水がかかったらブラジャー丸見えになっていたところだったな。
そうしたら、空君にブラ見られちゃう。
……。じゃなくて。ブラどころか、私、空君に生の胸を見られちゃったんだ。
ぼわっ!思い出していきなり顔から火が出た。
でも、空君はそんなことに気が付かなかったみたいで、
「ショー終わったね。これからどうする?」
と聞いてきた。
ショーが終わったので、人がどんどん動きだし、プールの前には誰もいなくなった。
「凪ちゃん」
「あ、潤子さんが呼んでる」
プール横から、潤子さんが手を振っている。
「帰る前に挨拶していくね。空君、待ってて」
「うん」
と言いながらも、空君も私の後ろからついてきて、一緒に潤子さんに挨拶をしていた。
「また遊びに来てよ。いつでも大歓迎だから」
「はい。ありがとうございます」
そんな話を潤子さんとしていると、砂羽さんも私たちのところにやってきて、
「また来てください。その時にはイルカとの接し方を教えてください」
と、そんなことを言われてしまった。
接し方も何も、私は何もしていないんだけどなあ。
「あ!凪ちゃん、帰るの?」
砂羽さんの後ろから、健人さんまでやってきた。
ああ、あんまり話したくないんだけどなあ。
「また遊びにおいで。でも、ビキニは駄目だよ。ね?」
うわ。
なんか、「ね?」の時の目が、嫌らしく見えたのは気のせい?それに、一回視線が私の胸に下がったよね。
胸を見たよね?
ゾゾ…。なんか、やだ。
「今日はありがとうございました」
健人さんの方は見ないでそう言ってから、私は空君の腕を掴み、
「行こう」
と言って、足早にその場を去った。
「うん」
空君も、私と一緒に早足で歩いてくれた。
「凪?」
「……」
「凪?」
「……」
イルカのショーの場所から離れ、どんどん出口に向かって私は無言で歩いていた。空君が何度も呼んでいたのにも気が付かず。
「凪?どうしたの?なんか、気が沈んでるよ」
空君が私の手をひっぱり、そう聞いてきた。
「あ…。ごめん。ずっともしかして、話しかけてた?」
「うん」
「ごめんね?」
「凪。こっち」
空君は私の手を引くと、人が行きかう出入り口から離れ、あまり人気のない暗い深海のコーナーへと連れて行った。
「あ。ここ、暗いからかえって駄目だったかな」
「え?」
そう言ってから、空君は、
「でも、人があまりいるところで、抱きつけなかったから」
とそう言って、私を抱きしめてきた。
うわ。
ドキン!
なんで?いきなりなんで、暗い人ごみのいないところに連れてきて抱きしめてきたの?
バクバクバク。いきなり心臓が早く鳴りだし、顔が火照りまくった。
「あ。消えた」
「え?」
「落ちてたでしょ?気持ち。憑いちゃってたよ、幽霊」
ああ。それで、抱きしめてくれたのか。
「水族館にもいるの?」
「どこにでもいる」
「今のは、幽霊だってわかりやすい霊だったの?」
「うん。下半身消えちゃってたし」
そっか。
「どうした?なんで気持ち下がってたの?凪」
「健人さんとしゃべったから」
「え?」
「さっき、健人さんの目つきがなんだか、嫌だったの」
「嫌って?」
「私の胸のほうに視線を下げたの。それに、なんだか、目つきが嫌らしく見えたの。それで、ゾゾっとした」
「え?」
「男の人って、なんか、やだ。こんなふうに思ったのは初めて」
「……」
私がそう言うと空君は、無言で私から離れた。
「ごめん。そうとは知らず、俺、凪のことを今抱きしめた」
「え?」
「ごめん」
「空君は違うもん!健人さんとはまったく違うから」
「いや。俺も、男だし」
「ううん!違うの」
私は慌てて首を振り、空君に一歩近づいた。でも、また空君が一歩遠ざかった。
「凪は、俺のこと男として見てないの?」
「え?」
「俺が、ガキの頃のままだって、そう思ってる?」
どういうこと?
「4歳くらいと変わっていないって思ってない?」
「ううん。そんなこと…」
「俺も、健人さんと変わらないよ。健人さんよりも、やらしいかもしれない」
ええ!?
「だから、さっき、鼻血まで出した…」
空君は暗くそう言うと、また一歩後ろに下がった。
なんで?なんで離れて行くの?
なんか、背中が寒いよ。ゾクゾクする。
空君、また私から離れるの?避けられちゃうの?私。
「空君…」
ずっと俯いていた空君は、私のほうを見た。そして、慌てた顔をして私の真ん前に来て、またハグをした。
ふわ。あったかい。ゾクゾクが一気に消えた。
ギュ!私も空君を抱きしめた。
「凪、俺が抱きしめてても平気?」
「うん」
「嫌じゃないの?」
「うん」
「……だよね。光出たし。それで、霊も消えたし」
「また、寄って来てた?だから、背中がゾクゾクしたのかな」
「凪、最近は弾き飛ばすだけのパワーあったし、俺といるとずっと光が出てたのに」
「…だって、今、空君が離れていくかもと思って、怖くなって」
「え?」
「気持ちが沈んだかもしれない」
「……ごめん」
空君はしばらく黙って、私を優しくハグしていた。
「健人さんは、嫌だったんだよね?」
「うん」
「俺はどうして違うの?やっぱり、あれだよね?あんまり男として見てないんだよね?凪」
「…わかんない」
「え?」
「でも、安心する」
「……」
だけど、ドキドキもしている。
「……えっと、凪」
空君が私から離れた。
「あんまり、ギュッて抱きしめるのは、無しね?」
「え?」
「また俺、鼻血出ても困るし」
「…うん」
なんか、寂しい。
でも、私があんまり空君にくっついていると、空君が困っちゃうんだね。私、もう空君のそばにいられないんだよね。
ゾクゾク。
あ、また寒気…。
空君は私よりほんの少し前を、深海魚の水槽を見ながら歩き出した。私も空君から離れて歩いた。深海魚たちは、かなり不気味だ。暗い水の中を不気味な形相で泳いでいる。
なんか、もっと寒気がしてきた。なんでかな。私の周り、やけに暗いし。こんなにここって暗かったかな。
「深海魚って、なんでこんな変な形をしているんだろうね、凪?」
そう言って空君が私のほうを振り返って見た。
「あ!」
空君は私を見るなり、いきなり私に近づき、
「もしかして、ずっと引っ付いてた?さっき、消えたと思ったのに」
と言って私を抱きしめた。
ふわ。一気にあったかくなった。それに周りも明るくなった。
もしかして、また霊を寄せ付けてたのかな、私。
空君は私の顔を覗き込むと、
「う~~ん。あんまり、べったりくっつくのは、俺が無理そうだしな。でも凪、俺が離れていると、パワー弱くなっちゃうんだね」
とそう呟いて、チュっとキスをした。
うわ!私はびっくりして周りを見た。あ、誰もいない。
「手を繋いでいたら、ちょっとは安心できる?凪」
「うん」
空君は私の手を引いて歩き出した。
空君の手はやっぱりあったかくって、ふわふわあったかい気持ちに包まれた。
「ごめんね。なんだか、私って空君を困らせてるかな」
「ううん。そんなことはないけど」
「でも、私が素直になっちゃうと、空君、困ってたよね?」
「凪が素直で俺が困るって?」
空君は私の顔を見た。
「私が、空君を抱きしめたくなって、抱きしめたり。そういうことをして、空君のこと困らせちゃったよね?」
「……」
空君の顔が赤くなった。
「ごめん。凪。俺さ、凪が俺と一緒にいるとドキドキするって言った時、それがよくわかんなくって、凪だけ大人になるような気がして嫌だったんだけど」
「うん」
それはもう、この前聞いた。
「でも、俺も今は、凪と一緒にいるとドキドキしてて」
「うん」
それも、この前聞いたよ。
「それで、そのドキドキが…、コントロールきかないっていうか」
「……え?」
「うまく言えないんだけど、今日はのぼせて鼻血出したし…」
「………」
「俺、自分がこんな思いをするなんて、思っても見なかったから、この前どうどうと聖さんの前で、凪とはそういう関係になりませんってはっきり言っちゃったけど、今は…、そういうことも、断言できないって言うか」
え?どういうこと?
空君の手、さっきから汗ばんでる。それに、後ろから見てもわかるくらい、耳も首も赤い。
もう、私たちは深海のコーナーを抜け、明るいところに出ていた。そこから空君は一気に、出入り口に向かって歩いていた。
そして、人が行きかう水族館の出入り口から外に出て、空君は無言で自転車置き場に向かって行った。
断言できないって?どういうことだ?
気になるけど、もう空君、だんまりになっちゃったし。
それから、2人で自転車に乗り、うちのすぐ近くまで帰ってきた。
「空君、うちに寄って行く?ママがいると思うけど…」
「……うん」
空君に、断られることを覚悟で誘ってみたら、空君はうちに寄っいってくれた。
「ただいま」
「おかえりなさい。どうだった?イルカセラピー」
ママが玄関まで出迎えに来てくれた。
「え、えっと。イルカと楽しく泳げたよ」
私は水着が取れた事件のことは言わず、ママにそれだけ言ってから、
「空君、何か飲む?」
と聞いてみた。
「うん。喉乾いたからもらおうかな。あ、凪の部屋に行ってもいい?」
空君の言葉に、私は一瞬びっくりしたけど、
「じゃあ、凪も一緒に空君と部屋に行ったら?飲み物持って行ってあげるよ」
とママが明るく言うので、
「う、うん。じゃあ、お願い」
と私も明るくママに言った。
何かな。空君、なんで部屋に行きたいなんて言って来たのかな。
2人きりになっちゃうよ?いいの?
戸惑いながら、私は空君と一緒に2階に上がった。




