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第60話 一緒にバイト

 日がどんどん高くなり、人も増えてきて、みんなで海から家に帰った。空君はさっそく今日からまりんぶるーの手伝いをすると言うので、私も行くことにした。


 11時半ごろからお客さんが入ってくるので、その時間に行くことにして、空君と別れた。


「嬉しい。夏休み中ずっと会えるかも」

 ワクワクしていると、横から碧が、

「何喜んでるんだよ。今日の2人でのデート、邪魔されたくせに」

と、口を挟んできた。


「え?」

 そう言えば、そうか。2人きりで海でデートするはずだったんだ。

「そうじゃん!」

 今頃がっかりしてきた。


「ま、そのうちまた、どっか行ったら?海はパパたちが来る可能性大だから、映画とか。あ、俺も行く予定だよ」

「映画?でも、部内恋愛禁止でしょ?」

「な~~~に、言っちゃってんの?!もう、引退なんだよっ。今日は最後の部活で、終わったらみんなで慰労会するんだ」


「じゃ、恋愛禁止も、もうおしまいで、ちゃんと堂々と付き合えるってこと?」

「うん」

「良かったね~~。って、でも、碧、受験生でしょ。塾行くんでしょ?」

「塾も彼女と一緒に行くも~~ん。海は今日みたいなことになると嫌だから、どこかのプールに行こうと思って」


「プールか!それもいいよね!」

「一緒には行かないぞ」

「当たり前じゃない。私だって空君と二人きりがいいもん」

「あ、言うようになったじゃん」


 碧にそんなことを言われた。やっぱり、こいつは生意気だ。中学生のくせして。


 でも、そうか。映画もいいなあ。行こうって言っておきながら、まだ実現していないし。

 プールもいいなあ。

 あと、プラネタリウムとかもロマンチックかも。


 でも、やっぱり、いまだに空君が彼女と二人でデートに出かけるって言うのが、想像つかないんだよねえ。

 海や浜辺で、ぼ~~っとしている空君だったら、容易に想像できるのに。

「2人でぼ~~っというのも、いいんだけどね」


 でも、それよりなにより、今日からバイト!毎日顔を合わせられるだけで、私は幸せだ!


 11時25分。まりんぶるーのドアを開けた。すでにお客さんが3組もいた。そして、キッチンから空君が顔を出した。

「あ、凪」

「空君、早いね」


 わあ。空君がエプロンしている。爽太パパのかな。黒いエプロンだ。ただ、爽太パパはいつも、白のポロシャツや、綿のシャツに黒っぽいジーンズで黒のエプロンだからかっこいいけど、空君は黄色のTシャツにブルージーンズだから、ちょっとチグハグな感じもする…。


「あ、やっぱり、変?」

 空君が、私がエプロンを見ていると聞いてきた。

「爽太パパのを借りたの?」

「うん」


「今度、空君に似合いそうなエプロン見つけるね。そうだなあ。デニムのエプロンとかいいかなあ」

「え?」

「あ、嫌?」

「……ううん。ただ、このエプロンに似合うような白のシャツを着たほうがいいって言われるかと思ったからさ。さっき、母さんにはそう言われちゃって」


「白のシャツ?ポロシャツとか?なんか、似合わないかも、空君には」

「え?そう?」

「うん。空君はカラフルな色の服が似合うと思うなあ。髪が茶色いからかな。それか、日に焼けているからかもね」


「……そう?」

「うん」

 にこっと笑うと、空君もにこっと笑った。うわ~。可愛い。この笑顔で接客したら、絶対にファンできちゃうかも。


 と思ったけれど、空君はにこりと笑うこともできず、お客さんと目を合わさることもできず、ギクシャクの接客をしていて、夕方に、お客さんが減った時には、ぐったりしてしまっていた。


「お店空いたし、夜はお客さんも少なくなるから、2人とももういいわよ」

 5時になり、春香さんがそう言ってくれた。

「お疲れ様。リビングにおばあちゃんとおじいちゃんがいるから、これ持って行って休んだら?」

 くるみママがそう言って、アイスティとスコーンを持たせてくれた。


「ありがとう」

 実はお腹空いていたんだよね。でも、空君はぐったりで返事すらできない感じだ。

「空君、休もうよ」

「うん」

 空君とリビングに行くと、空君は思い切りため息をつき、ソファに座り込んだ。


「よう、疲れたか?空」

 おじいちゃんが聞いてきた。

「疲れた…」

 空君はソファの背にもたれかかり、ぐったりした。


「お腹も空いたんじゃない?スコーン食べて元気出して」

 おばあちゃんが優しくそう言った。空君は「うん」と言ったけれど、まだぐったりしている。

「私、お腹空いちゃった。スコーン食べようっと」

 私は空君の隣に座り、スコーンを食べた。


「おいひい~~」

「凪、ほおばりすぎ…」

 口いっぱいにスコーンを入れたら、空君にくすっと笑われた。


 まだ、スコーンをバクバク食べていると、

「凪さすがだね。俺は緊張でお腹も空かなかったよ」

と空君が言った。


「ほーなの?」

「ブッ!今、なんて言った?凪、口にスコーン入れ過ぎだよ」

 空君は私を見ながら、クスクスともっと笑い出した。


 私はアイスティも飲んで、

「は~~。生き返る~」

と言うと、空君はそんな私を見て、

「俺も、凪が美味しそうにスコーン食べてるのを見たら、腹減ってきた」

とそう言って、スコーンを食べだした。


「うん、うまい。でも、口の中パサつく。よく、あんなにたくさんほおばれたね、凪」

「でへ」

「でへ?」

「ううん、なんでもない」


 いけない、いけない。空君がすぐ隣にいて、可愛い顔でスコーン食べてるのを見たら、嬉しくなっちゃった。

 ちょっと、空君の腕と私の腕、くっつけて座ってもいいかなあ。いいよね?


 体をほんのちょっと空君のほうにずらして、ビトッとくっついてみた。空君は一瞬、

「ん?」

と私を見たが、私がまたアイスティを飲むと、空君もアイスティを飲み、

「ああ、本当だ。生き返る」

と言って笑った。


 あ、良かった。くっついたけど、嫌がられなかった。

 空君の隣、フワフワ気持ちいいなあ~~。


「あ~~~。眠くなりそうだな、俺」

「え?」

「一気に安心したっていうか、緊張から解放されて、今、すげえ癒されちゃってて」

「クスクス。それ、凪ちゃんの隣にいるからじゃないの?」

 空君の言葉に、おばあちゃんがそう言った。


「あ、そうか。それでか。あと、このソファ、なんでか眠くなるんだよね。気持ちいいから」

「わかる~、それ」

 私もそう言って、空君の肩に頭を乗せてみた。

「私も眠い。今朝、早起きしたし」


「寝ていいわよ。夕飯も食べて行く?夕飯の時間になったら起こすわよ?」

「うん。俺は食べてくけど、凪はどうする?」

「私も、食べてく…」

 空君の隣、あったかい。心がほかほかする。


 そして、ドキドキする…。

 空君は私がずっと寄りかかっていても、そのままにしてくれている。そして、いつの間にか私も空君も眠っていたようだ。


「凪ちゃん、空君、ご飯よ」

と優しいおばあちゃんの声で起こされた。私と空君の膝には、タオルケットがかかっていた。きっとおばあちゃんだ。


「ん~~~~~~。夕飯?」

「ここで食べるでしょ?空」

「あ、母さん」

 春香さんが私たちの夕飯を持って来てくれていた。


「凪ちゃんがこっちで夕飯を済ませるって、桃子ちゃんには連絡したわよ。家までは空が送ってあげてね」

「すみませんでした」

「いいのよ。まりんぶるーのお手伝いしてくれたんだもん。いつでも、食べて行ってね。あ、でも、そうしたら聖が寂しがるか」


 そう言って笑いながら、春香さんはリビングを出て行った。

「じゃ、飯にするか!」

 おじいちゃんがそう言って、私たちは「いただきます」と食べだした。


 でも、空君はまだ、ぼんやりしてて、ぼ~~っとしながら夕飯を食べていて、それも可愛かった。

 ああ、抱きつきたい空君が、今日も満載だ。でも、ご飯中だし、おばあちゃんたちもいるし、抱きつけないのが寂しい。


「空、毎日バイトしに来る?」

 おじいちゃんが聞いてきた。

「うん。暇だし。11時半から、5時くらいまでバイトしようかな」

「凪ちゃんとのデートの時間がなくなっちゃうじゃない?」


 おばあちゃんがそう言うと、空君は顔を赤くして、

「え、でも、凪もバイトするよね?」

と聞いてきた。

「うん」


「じゃ、毎日凪に会えるし、ここで帰りに休憩したり、帰りは凪を送っていったりしたら、いつも凪に会っていられるんだし…」

 空君がそこまで言うと、おじいちゃんが「わはは」と笑い、

「ラブラブになっちゃったねえ」

と、そんなことを言いだした。


「じ、じいちゃん。そういうことは言わないでくれる?そういうのって、俺、慣れていないんだ」

「ふふふ。本当だ。真っ赤だ、空君」

 今度はおばあちゃんが笑った。

「昔の二人に戻ったのよね?凪ちゃんが夏、伊豆に来ると、2人はいっつも、どこに行くんでも引っ付いていたじゃない?その頃に戻ったのよね?ね?空君」


 おばあちゃんの言葉に、空君は照れくさそうに頷いた。

「良かったなあ、空。これでまた、まりんぶるーにもしょっちゅう来れるしな?瑞希、俺らも嬉しいよな?」

「そうね、圭介」

 空君はもっと、はにかんだ。


 うわ~~~~~~~。

「空君、可愛い」

 抑えきれず、ムギュッと抱きしめると、空君はそのまま動かず真っ赤になり、

「えっと。凪、ご飯食べれない…」

と恥ずかしそうに小声でそう言った。


「ごめん」

 私はすぐに離れた。空君はまだ、ほわほわ顔を赤くしたままだ。

「くすくす。そんなところまで、昔に戻ったのね」

「こりゃ、また聖がやきもきしていないとならないなあ」


 おばあちゃんとおじいちゃんは、そんなことを言って笑い合っている。

 ああ、本当に、子供の頃のリビングに戻ったみたいだ。空君がいて、おじいちゃんがいて、おばあちゃんがいて…。


 あったかくって、優しくって、楽しくって。

 最高の場所…。


 空君を見た。すっかり目が覚めたようで、美味しそうにご飯を食べ、時々おじいちゃんの話に相槌をうったり、笑ったりしている。

 おばあちゃんは嬉しそうにそんな空君とおじいちゃんを見て、時々私を見ると目が合って、2人でにっこりと微笑んだ。


「ふふ」

 そしてまた、おばあちゃんは嬉しそうに笑った。


 夕飯が終わり、リビングからお店のほうに行くと、クロがめずらしく寄ってきた。

「あれ?いつもは、爽太パパの部屋に入りびたりなのになあ」

 そう言うと、お店の方から爽太パパの声が聞こえてきた。


「クロ、まだ今日は散歩行ってないんだ。俺はちょっと店手伝うからさ、凪と空で行ってくれない?外、すっかり涼しくなってるし、散歩にはもってこいだよ?」

「うん、わかった。散歩がてら凪を送って、俺がまた連れて帰ってくるね」


 空君はそう言って、クロにリールをつけた。クロは嬉しそうに尻尾を振った。

「クロって、凪が赤ちゃんの頃からいるんだよね」

「うん」

「じゃ、もうけっこうな年だね」


「うん。だから、夏はほとんど爽太パパの部屋で涼んでいるんだよねえ」

「また、時々この時間帯にクロの散歩に行かない?」

「うん!行きたい!クロ、大好きなんだもん」


 空君と私の家のほうまで歩いて行った。クロはずっと嬉しそうだ。

「もうちょっと、散歩しない?凪」

「うん」

 もう8時近い。空は暗く、街灯もこの近くにはないから、かなり辺りは暗い。ただ、波の音だけがしている。


 空君は私の家から海のほうに向かって、ゆっくりとクロと一緒に歩き出した。

「波の音が心地いいね。今日、海、穏やかだよね」

 私がそう言うと、空君は海が見える道に立ち止った。

 クロも空君の隣にちょこんと座った。もう、けっこうな年なので、元気に走り回ったりせず、クロも大人しくしているほうが多い。


 浜辺のほうからは、まだ人がいるようで笑い声が時々聞えた。若い男女の声だ。それに、時々花火の火も見えた。何人かで花火をしているんだろうなあ。


 だけど、私たちがいるところは、人通りがまったくなくて、浜辺からもきっと見えていないだろう。

「暗いから、こっち、見えてないよね」

 空君も、そんなことを思っていたのかな。突然そうぽつりと言った。


「うん。そうかも」

 そう言いながら空君のほう見ると、空君は、私の顔に思い切り顔を近づけていた。

 あ、キス?

 ドキン!


 目をしっかりと閉じてしまった。そうしたら、もっとドキドキした。

 そして、空君が私の唇に優しくキスをしてきた。

 ドキドキ。なんか、いつもより長いかも?


 ク~~~ン。

 あ、クロが鳴いた。ヤキモチ?違うか。じゃあ、何?


「空、凪!」

「え?!」

 背後から、パパの声がいきなりして、私も空君も慌てて唇を離して、振り返った。


「ワン!」

 クロは嬉しそうにパパにじゃれついた。

「誰もいないと思って、こんなところでいちゃつきやがって」

 うわ~~~~~~~。そうか。パパが水族館から帰ってくる時間と重なったのか。でも、車で行ったんだよね?いつ帰ってきたの?


「い、今、仕事の帰りですか?」

 空君は引きつりながらそう聞いた。

「いや。もう10分前くらいには家に着いてた」


「え?じゃ、じゃあ」

「ここね、うちの2階から見えるんだよねえ」

 え~~~?!!

「なんとなく、ベランダに出て桃子ちゃんといちゃついてたら、お前らが見えて…」


「え?見えるの?うちから?」

「見えるよ。うっすらと人影が。パパはさ、凪の人影なら、うっすらでもわかっちゃうんだよねえ」

 うわ~~~。こわ~~~~。


「だ、だけどパパだって、ママとベランダでいちゃついていたんでしょ?だったら、人のこと言えないもん」

「うっわ。凪がすげえ強気だ」

 パパが目を丸くした。

「そうだよ。なんだって、邪魔しにきたの?」


「ええ?!邪魔なの?パパ」

「当たり前じゃない!」

 私が強気でそうパパに言うと、隣で空君が、

「な、凪…」

と弱気な声を出した。


「あ、俺、クロを連れてまりんぶるーに戻らないと。それじゃ、おやすみなさい」

 空君は慌ててそう言って、クロを連れて、もと来た道を早歩きで行ってしまった。


「空君、また、明日ね!」

「うん」

 空君はちょっとだけ振り返ってそう言うと、今度は小走りで行ってしまった。


「凪、デート?!」

「まりんぶるーのバイトの帰り」

「空は?」

「空君もバイトしてるんだもん」


「まさか、毎日一緒に?」

「そうだよ。あのね、パパ。もう、邪魔したりしないでね!」

「するよ。冗談じゃない。夏なんて危険な季節に2人きりにさせられるか」


「邪魔したら、もうパパと口きかないからね」

「え?!」

 自分の口からものすごい強気発言が出てて、私は自分でびっくりしてしまった。

 そして、弱々しいパパの声にもびっくりした。


「凪?口きいてくれないって言った?まじで?本気?冗談だよね?」

 あ、相当ショックだったみたいだ。


「空君とバイトばっかりでデートもあまりできないんだから、2人きりでいる時には絶対、邪魔しないで」

 そうもう一回言ってから、ダッシュで私は家に帰った。

 パパはしばらく、呆然としてしまったのか、家に帰ってこなかった。


 い、言い過ぎたかな…。



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