表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/142

第5話 淡い期待

 片付けも終わり、私たちは部室を出た。

「あ、榎本さん。この前はありがとう。妹、ケーキ美味しいって喜んでたよ」

「良かったですね。でも、お礼は私でなく、春香さんに…。あ、空君のお母さんなんです。あのケーキ作っているのは」

「え?相川君の?」


 先輩はびっくりした顔で空君を見た。

「へえ、そうなんだ。あれ?あそこの店ってでも、榎本さんの家じゃないの?」

「いいえ。私の祖父の家です。あ、正確にはひいおじいちゃんの…」

「そうなんだ」


 先輩はそう言って、しばらく黙り込んだ。空君も黙っている。

「空、腹減らない?食堂でアイスでも食っていこうぜ」

 鉄がそう言った。でも空君は、

「まっすぐ帰る」

と言って、さっさと廊下を歩いて昇降口に向かっていった。


「なんだよ、待てよ、空」

 空君の後ろを、鉄も慌てて追いかけた。

「あいつら、仲いいんだか悪いんだか、わかんないね」

 先輩は私と歩幅を合わせ、そう言いながら笑っている。


 すると、前を歩いていた空君が、いきなりこっちを向いて、

「今度の部活動、いつですか?」

と聞いてきた。


「ああ、そろそろ暖かくなってきたし、一回、夜に集まって星の観察しようかって思ってるよ」

 峰岸先輩がそう答えると、なぜか空君は私を見て、

「帰んないの?」

と聞いてきた。


「え?帰るけど」

「じゃ、急がないと、電車逃すよ」

「あ!ほんと?そんな時間?」

 私は峰岸先輩にペコッとお辞儀をして、昇降口に走っていった。


「なんだよ、別に榎本先輩が乗り遅れたって、どうでもいいじゃん」

 先に校庭に出ていた鉄が、大きな声で言ってきた。ムカつくなあ、本当に。

「……」

 それに対して、空君は何も答えなかった。


 確かに、この二人は仲がいいんだかどうかは微妙だ。鉄が勝手に空君にひっついているように見えるけど、空君のそっけない態度、なんとも思わないのかなあ。


「あ~~あ、かったるい。空、行かないだろ?星の観察なんて」

 駅に向かいながら、鉄は空君にそう聞いた。

「行くよ、多分」

 空君は言葉少なにそう答えた。


「え?」

 私も鉄と同時に驚いてしまった。人が集まる場所って、空君、嫌がりそうなのに。

「俺、自然には興味あるから。天体望遠鏡で星を見てみたいし」

「まじで?まじで空、夜に学校行くの?それとも学校にずっと残ってるのか?」

「さあ?いつもはどうしてるの?凪」


 ドキン。また、凪って呼ばれた。それだけで心臓が高鳴っちゃうよ。

「え、えっと。休みの日だったら、夜に学校に行くし、普通の日ならそのまま残るし」

「どっちも俺はパス。めんどうくせ~~。俺は名前貸しただけで、部活に出る気はまったくないから」

 鉄はそう言うと、なぜだか足を早めた。


「空、早く行こうぜ。のんびりしてたら、電車来るぞ」

「…まだ、余裕だよ」

 空君は腕時計を見ると、そう答えた。でも、もうすでに早歩きになっている鉄は、さっさと駅に向かって行ってしまった。


「……」

 空君は私のほんのちょっと先を、ゆっくりと歩いている。私と歩く速さを同じにしてくれているようだ。

「空君、星、興味あるんだね」

「……見てても、飽きないじゃん」


「え?」

「それに、綺麗だし」

「うん、そうだよね」

 空君は、街路樹をなんとなく眺めたり、空を見上げたりして歩いている。


「空君、自然好きだよね。木も空も海も。昔から」

「……」

 空君はちらっと私を見て、またすぐに前を向いた。


 それからは駅まで、無言で歩いた。でも、こんな近くに空君がいてくれるのが嬉しくて、私は幸せだった。

 はあ。つくづく感じてしまう。私って、相当空君が好きなんだなあ。


 私は、電車に乗ってから、空君とはちょっと離れた。空君はドアの近くに立ち、その横に鉄が立って空君にいろいろと話しかけている。

 空君は、ドアにもたれかかり外を見た。その横顔を見ていると、なんだか胸がキュンとした。


 空君はいつも、何を見ているの?空、海、自然?それは空君のことを、もしかして癒してくれるの?

 

 夕飯の後、私は部屋のベランダに出て外を眺めた。潮の香りと波の音がする。江ノ島にいる時には、波の音までは聞こえなかったなあ。


「な~~ぎ」

 ドアをノックして、パパが入ってきた。

「なあに?パパ」

「あれ?どうしたの?ベランダに出たりして、黄昏てた?」


「ちょっと、波の音が聴きたくなって」

「……パパがいると邪魔かな?」

「ううん」

 私の横にパパが来た。それからパパも、海を見た。


「ねえ、パパ」

「ん?」

「パパは海が好きでしょ?」

「好きだよ」


「癒される?」

「そうだね。海を見たり、波の音を聞いていると癒されるかな」

「じゃあ、あとは?どんな時、癒されるって感じる?」

「凪と一緒にいても、ママと一緒にいても感じるよ」


「…私って、冴えない子だって思う?」

「はあ?凪が~~~?」

「波風のない、何もない状態のつまらない女の子だって思う?」

「誰にそんなこと言われたんだよ」

 パパが私の鼻をぎゅってつまんで聞いてきた。


「ううん。誰ってわけじゃなくって」

「思わないよ。凪は最高の女の子だもん。あ、でもさ、他の奴が凪の良さをわかんなくてもいいよ。そうしたら、凪とずっと一緒にいられるもんね?」

「良さなら、わかってくれてる人いるけど」


「え?!」

「天文学部の部長」

「なんだと?!まさか、コクられた?!」

 パパが目を丸くして聞いてきた。


「ううん。いい子だって。でも、きっと私、いい子どまりなんだよね」

「そんなこと、そいつが言ってたのか?」

「ううん。いい子どまりっていうのは、鉄が」

「鉄?!」


「ううん。なんでもないよ」

 危ない。変なこと言うと、パパ、鉄のところに怒鳴りこみにいきそう。

「天文学部ってさ、夜によく集まりあるじゃん。今までは、千鶴ちゃんが一緒だし安心していたけど、安心していられないんだな、もしかして」


「え?なんで?」

「その部長ってやつだよ。凪を好きかもしれないんだろ?」

「ないない。有り得ないから」

「じゃ、鉄」


「それもない。絶対にないから」

「む~~~。でも、パパは心配だ」

「大丈夫だよ。私、全然もてないし」

「ああ!桃子ちゃんと同じこと言ってる。そういう自覚がないのが一番危ないんだ」

 そう言ってパパは、じいっと私の顔を見ている。


「……」

 これ、何度も聞かされてる気がするなあ。

「やっぱり、空に言っておこう」

 パパは前を向くと、いきなりそんなことを言いだした。

「空君に?なんて?!」


「凪に悪い虫がつかないよう、見張っとけって」

「そ、そんなの。空君聞かないよ。私のことどうでもいいみたいだし」

「言っておく!」

 パパはきりっとした顔でそう言うと、私の部屋を出て行った。と思ったら、すぐにまたドアが開き、

「忘れてた。凪、お風呂もう入った?パパとママ、先に入ってもいい?」

と聞いてきた。


「いいよ。でも、私もこれから入るから、のんびりしているのはやめてね」

「は~~~い」

 パパはドアを閉めると、

「桃子ちゅわ~~~~ん!お風呂入ろう~~~~」

とルンルンの声を出して、階段を下りていった。


 ああ、なんだってあの夫婦は、あんなに仲がいいのか。呆れるほどの仲の良さだよね。羨ましい。

「は~~~あ。私には現れるのかな。素敵な彼氏。本当にママが羨ましいよ。あんなかっこいい人に惚れられちゃって。それもベタ惚れ…」

 パパは理想だ。かっこよくて、何でも出来て、すごく優しくて。でも、ママ以外の女性にはクールで、ママ一筋で、家族思いで。


 あんな素敵な人はそうそういないと思う。だけど、それは理想。

 理想だったらパパだけど、現実で好きなのは空君だ。弱かった空君。すぐに熱を出した空君。でも、そんな空君でも大好きだった。


 可愛くて、愛らしくて、一緒にいるとあったかくって…。

 あの、空君にやっぱり、会いたいなあ…。


 翌朝、また駅に着くと、ホームに空君と山根さんが並んで立っていた。山根さんは、始終笑顔で空君に話しかけ、空君は「うん」とか「ああ」とか相槌をうっているようだ。


「おはよう、凪」

「あ、おはよう。千鶴」

「あれ?相川君、また女の子といるね。朝からモテてるね」

「うん」


「おはようっす。小浜先輩」

「あ、おはよう、谷田部君」

「あ、俺、ずっと気になってたんですけど、谷田部君っての苦手だから、鉄でいいっすよ」

「そうなの?じゃあ、そうだなあ、鉄ちゃんって呼ぼうかな?私も」


「あれ?榎本先輩もいたんだ」

 わざとらしい。すっごく今のわざとらしい。

「空!お~~っす」

 鉄はすぐに空君の方に行ってしまった。ちょっとホッとした。


「鉄ちゃん、まじで天文学部に入部するのかな」

「昨日入部届け出しに来たよ」

「ほんと?って、凪、部室行ったの?」

「うん。掃除したよ。すごく散らかってた」


「えらいなあ。凪は…。で、まだ峰岸先輩に告られない?」

「だから~~~。先輩は私のことなんて」

「凪はどう思ってるの?峰岸先輩」

「私は別に」


「またまた~~。掃除しに行ったりして、本当は凪もまんざらでもないんじゃないの~~?」

 うわ。やめてくれ、そんなことを大きな声で言うの。すぐそこに空君だっているのに。と思いつつ、ちらっと空君を見ると、山根さんに話しかけられ、うんうんと相槌をうっているところだった。

 ああ、私のことなんか、耳にも入らないか。


 なんとなく、空君たちの後ろを歩く形になり、ほとんど一緒に学校に着いた。校門を抜け、校舎に入ろうとすると後ろから、

「榎本さん」

という声が聞こえてきた。


「はい?あ、峰岸先輩」

 千鶴と一緒に振り返ると、峰岸先輩が小走りにこっちに向かいながら話しかけてきた。

「ちょうどよかった。榎本さん、昨日は部室の掃除ありがとう。あ、相川君と谷田部君もありがとうね」

 私たちのすぐ前にいた二人にも、峰岸先輩は声をかけた。


「いえ」

 空君は一言そう言った。鉄は黙っていたけれど。

「それで、悪いんだけど、今日も出てくれないかなあ。今日は本の整頓をしようと思っているんだ」

「本?」


 私が聞くと、

「うん。昨日も見てわかったとおり、本棚がごちゃごちゃになってたでしょ?ダンボールの中にも適当にしまいこんだ本がいっぱいあって、それを整理整頓したいなって、ずっと思いながらもできていなかったんだよね」

と峰岸先輩は話しだした。


「たり~~」

 鉄が小声でそう言ったのが聞こえた。

「あ、小浜さんも今日あいていたら」

「ごめんなさい。今日は予定があるんです」

 峰岸先輩が最後まで言い終わる前に千鶴は断った。う、千鶴、いっつも断るのだけは早いんだから。


「俺もすみません。予定あります。あ、空もあるよな?」

 鉄!さっき、たり~~っていうの、峰岸先輩にも聞こえてたよ。

「本って、星の本ですよね」

「そうだよ」

 空君の質問に先輩が答えた。


「それ、整理整頓したあと、見てもいいですか?」

 え?

「ああ、いいよ。なんなら、貸出もするけど」

「いいですか?」

 空君がちょっと喜んでいる…みたいだ。声がいつもより明るくなった気がする。表情は変わらないんだけど。


「じゃ、俺、帰りに部室寄ります」

「助かるよ。あ、榎本さんは来れるよね?」

「え?はい」

「じゃ、よろしくね」

 先輩はそう言ってにこっと微笑んだが、ちらっと千鶴を見ると、小さくため息をついた。やっぱりね。


「空、お前正気?幽霊部員でもいいって言うから引き受けただけで、部活出る気ないって言ってたじゃん」

 先輩が見えなくなると、鉄が空君に聞いた。

「あ、でも、星には興味あるから」

 空君はそう一言言うと、昇降口に向かって歩き出した。


「空君、真面目に部活出るの~~?ねえ、天文学部って、星の観察とかするんでしょ?」

 山根さんが昇降口から、ひょいっと顔を出して空君に聞いてきた。あれ、まだいたんだ。もうさっさと先に行ったかと思っていたのに。

「夜、学校で星を見たりするの?」


「そうみたいだね」

 空君が答えず、鉄がそう答えた。

「空君も見に来るの?それ、部外者でも見ていいの?」

 山根さんがしつこく空君に聞いた。山根さんは鉄の方なんかまったく見ようともしない。ああ、空君に気がありますっていうのが、見え見えだ。


「さあ?」

 空君は首をかしげて上履きに履き替えると、さっさと廊下を歩いていってしまった。

「ま、待ってよ。空君!」

 その後ろを山根さんも慌てて追いかけていった。


「あの子、相川君に気があるんだね」

 一人置いていかれた鉄に、千鶴が聞いた。

「山根?なんか中3の時から、空君、空君って、しつこく話しかけてるけど、空はいつもそっけなくしてるよ」

「へえ、そうなんだ。相川君って、クールなんだね」


「女になんて興味ないんじゃね?空は、海とかにしか興味ないみたいだし。あ、でも、星にも興味あったんだなあ」

 そう言いながら、鉄は上履きを履くと、千鶴にだけ「じゃ!」と挨拶をして行ってしまった。


「なるほど。相川君って女にもてても、そっけなくするんだね」

 千鶴は独り言のようにそう言って、「へ~~」とか「ふ~~ん」とか、しばらく一人で感心していた。

 何かな?


 それにしても、空君が真面目に部活に出るなんてびっくりだな。中学の頃の水泳部だって、よくさぼっていたみたいで、勝手に帰っちゃって、海で鉄と泳いでいたなんてこと、しょっちゅうあったみたいだし。


 そんなに星に興味持っちゃったのかな。

 でも、同じ部に入ってくれたし、もし、これからどんどん部活に空君が出るようなら、私もどんどん部活に出ちゃおうかな。

 それで、もっともっと、空君と話せるようになれたらいいな…。

 そんな期待を抱きながら、私は放課後を待ち望んでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ