第58話 あったかい光
部活が終わり、みんなで駅まで一緒に帰った。
「じゃあ、今度は夏休みにでもみんなで集まって、星の観察をしようか」
「え?先輩っていつまで部にいるんですか?そろそろ引退じゃ?」
千鶴が思い切り素っ気なくそう言うと、峰岸先輩は顔を引きつらせた。
「う、まだいたらダメかな?受験勉強にはそんなに支障はきたさないんだけど」
「あ、別に嫌がってるわけじゃないですよ。先輩がやめちゃったら、誰も天文学部に来なくなりそうだし」
「そういえば、次の部長って誰がやるんすか?」
千鶴のあとに鉄がそう聞いた。
「そりゃ、榎本さんだろうなあ」
え?!私?!
「榎本さんの補佐的なことは、相川君に任せたいんだが、どう?」
「俺ですか?」
「相川君は本当に天文好きだもんね?」
「…」
あ、空君、ちょっと困っちゃった。
「じゃあ、また明日。今日はお疲れ様」
「お疲れ様でした」
先輩は帰っていった。
「あの…。今日は本当にありがとうございました」
黒谷さんが、お礼を言って私にべこりとお辞儀をした。
「え?ううん。気をつけて」
「はい。さようなら」
黒谷さんは、反対方面の電車に乗っていった。
「今まで空君にべったりだったのに、凪に引っ付いてたね、今日は」
千鶴がそう言うと、鉄が空君に、
「空、ふられた?」
と、そんな変なことを聞いた。
「なんだよ、それ」
あ、空君機嫌悪くなったかも。
「だって、今までは空にべったりだったじゃん。空もひっつかれて喜んでいたんじゃないの?」
「何が言いたいんだよ、鉄」
「空が黒谷さんとひっついている間に、俺が榎本先輩をかっさらおうとしていたのになあ。なんだって、黒谷さん、榎本先輩になついちゃったわけ?」
「かっさらう?」
わわ。空君、ちょっと顔が怖い。いつもの可愛い空君じゃない。
「ちょっと、喧嘩なんてしないでよ?だいたい鉄がいくら頑張っても、凪は空君が一番なんだから無理だって。いい加減諦めたら?」
千鶴にそう言われ、
「諦められないな」
と鉄は口を尖らせた。そこにちょうど、私たちが乗る電車がホームに入ってきて、鉄は隣のドアから電車に乗りこもうとしながら、空君に一言言った。
「先輩のことは諦めないけど、お前が一人でいると寂しいって言うんなら、一緒にいてやってもいいぞ」
はい?何、そのわけのわからない捨て台詞。
隣のドアから乗った鉄は、そのまま隣の車両まで行ってしまった。
「なんなんだ?」
空君は不思議そうな顔をしてから、
「あ、でも、凪を諦めないって言ってたな…鉄のやつ。しつこいよなあ」
と眉をひそめた。
「だけど、ふたりの中はもう安泰じゃないの?良かったじゃん、ね?凪」
私と空君と一緒に電車に乗った千鶴はそう言って、にっこりと笑った。
「え?何が?」
「空君から、あの子が離れてくれてさ」
「え?…うん」
私が頷くと、
「何?なんのこと?凪」
と空君はキョトンとして聞いてきた。
「凪、ずっと空君が黒谷さんと仲いいからって、落ち込んでいたんだよ?まさか、空君、そのこと知らなかったわけじゃないよね」
「え?」
あ、空君、目を丸くしている。
「知らなかったの?!だって、凪、ずっと落ちてたじゃない。頭痛がひどくなったり、幽霊にとりつかれたり」
「…それで、落ち込んでた?」
「まったく。空君、デリカシーなさすぎ。彼女の前でほかのこと仲良くしないようにしなよね。それじゃ」
電車が終点に着いて、とっとと千鶴は電車を降りていった。
私は気まずい空気が空君との間に流れている中、電車を降りて改札口を通り過ぎた。
バスを待っている間も、空君は黙っている。私もなんだか、何を言っていいかわからず、黙っていた。
「空君」
バスに乗り、一番後ろのシートに二人で並んで座ってから私は声をかけた。
「そっか。なんだ。知らなかった」
「ごめん。そんなことで落ち込んで」
「凪が謝ることじゃないけど。でも、言って欲しかったな」
「ごめんね?」
「いや。やっぱ、俺だよね?そういう気持ちにも気づけないでいるなんて…」
「……」
空君は暗く俯き、ため息をした。
「でも…。言い訳に聞こえるかもしれないけど、黒谷さんとは別にそういう何かがあるわけじゃなかったから」
「え?」
「黒谷さん、俺に気があったわけでもないし…。ただ、初めて幽霊が見えるって人に会って、話が合う人がいたってだけで、俺のことが好きとか、そんなんじゃなかったし」
「…そうだったのかな」
「そうだよ。だからさ、霊を消してくれる凪に今日はべったりだったんだよ。俺よりもさらに、黒谷さんを守ってくれる凪にさ…」
「守る?」
「今日、黒谷さんを守ろうってそう思って、霊を消したんじゃないの?」
「そうだけど。でも、霊が消えたのは、空君のことを考えたからだよ?」
「俺?」
空君がキョトンとした。う、その顔も可愛い。
「空君の笑顔思い出して、胸きゅんさせてたら、あったかくなって霊が消えたの」
「…え?」
あ、空君、今度は真っ赤になった。それも可愛い。
「俺の笑顔?胸…きゅん?」
「うん。いつも空君にハグされて、胸がキュンってしたりドキってしたりすると、霊が消えちゃうでしょ?だからきっと、空君のことを思ったら消えるんじゃないかなって思って」
「そうなんだ。えっと。それってなんでだろうね?」
「パワーが出るからかな?もしかして」
「あ、ああ。そっか」
空君はまだ赤い。ちょっとだけこっちを見て、恥ずかしそうに俯いた。
「凪」
「え?」
「黒谷さんと仲良くしようとしたわけじゃないけど、でも、凪を落ち込ませちゃってごめん」
「ううん」
「だけど、俺、凪が好きだし」
「うん」
わあ。照れる。
「他の子のことなんか、なんとも思ったりしないし」
「うん」
「だから、その…。落ち込まなくてもいいよ?」
「うん」
空君がそっと手を繋いできた。わ、あったかい。空君の手…。
なんだか照れくさくって、それからは二人共黙っていた。
バス停につき、
「じゃ、また明日ね」
と言って空君と別れた。私の手はまだなんだか空君のぬくもりが残っていて、ほわほわあったかかった。
「はあ…。やっぱり、空君大好き」
ほわわんと雨の中、立ち止まって空君を思い出していると、
「凪」
と後ろから空君が声をかけてきた。
「え?なあに?」
「どうして立ち止まってるの?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
「もしかして、何か感じて立ち止まった?」
「何かって?」
「寒気や頭痛」
「ううん。全然」
「でも、今、光り出して成仏させてたよ」
「今?私が?」
「うん」
「……あ。えっと。今、空君のことを思ってほわほわはしていたけど」
「…ほわほわ?」
空君はちょっと離れたところから、照れながら聞いてきた。
「今、霊が寄ってきてたの?」
「雨の中だし、海近いし…。だけど、今の凪なら全然大丈夫なんだね」
「…そうみたい」
「じゃあ、凪。いつでも俺のこと思ってて、特にこんな日は」
「え?」
「そうしたら、いつでも光出せるんだよね?」
あ、そっか。
「…うん。いつでも空君のこと思ってる」
そう言うと、空君は思い切り恥ずかしそうに笑って、
「じゃあね!」
とそう元気に言うと、くるりと背を向けて空君の家の方に向かって歩いていった。
「う、今のも可愛い!」
私は今の笑顔を思い出しながら、にやつきながら家に帰った。
そっか。私が空君のことを思って、ほわほわあったかい気持ちになっていると、霊もとりついたりしないのか。
黒谷さんのことももう、落ち込むことがなくなって、すっかり私は元気になった。
知らない間に私は、子供の頃のような元気を取り戻し、どんどんと心を開いていっているようだった。
その後、雨の日や曇りの日が多かったにもかかわらず、部室にも部室前の廊下にも幽霊が出ることはなかった。
「凪がやっぱり、成仏させたんじゃないかなあ」
「え?そうなのかな」
空君にそう言われた。自分ではよくわかっていないが、あれから黒谷さんは空君ではなく、部活の間中私にひっついている。
「黒谷さんさあ、もうちょっとクラスのやつにもなじんだらどう?」
突然、部活が終わって帰るときに、鉄が黒谷さんにそう言った。
「鉄、人のこと言えるの?空君以外に友達いないじゃん」
千鶴が鉄を茶化した。
「俺は…。つるむのってあまり好きじゃないし。なあ?空」
「ああ。そうだな」
鉄は、「一緒にいてやってもいいぞ」という、上から目線の言葉を吐き捨てて以来、空君と一緒にいることが多くなった。
空君も、鉄に「凪はさっさと諦めろよな」と言いながら、鉄が一緒にいても特に嫌がることもなくなった。それに、私も…。鉄が私にちょっかいを出しても、言い返したりしているので、空君は一応安心しているようだ。
「私も、あまりグループの中とかに入りたくなくて。友達を作るのも苦手だし、一人でいても平気だから」
黒谷さんは、ちょっと強がっているようにも見える。
「じゃ、空にくっつくのもやめたら?空にくっついてるから、いじめに合うんじゃないの?」
「え?いじめに合ってるの?黒谷さん」
私と千鶴はびっくりして聞いた。
「いじめじゃないです」
「いじめだろ?女子全員に無視されてるし」
「それは前の学校でもよくあったし」
「前の学校でもそうだったの?ずっと?」
「はい」
そうなんだ。ずっとなんだ。なんで耐えられるんだろう。私はほんの数日でも、精神的にまいっちゃうくらい、辛かったのに。
「でも、この学校では、部活で先輩たちに会って話ができるし、教室でも空君がいてくれるから、前の学校にいた頃よりも、一人でいる時が少なくなりました」
「空君は、黒谷さんと教室で話をしたりしているの?」
千鶴が聞いた。
「ああ、うん。たまに鉄も中に入ってくるけど」
「でもこいつら、怖い話ばっかりしてるからさ、一緒にいるとかなり怖い」
「怖い話って、どんな?」
千鶴が聞いちゃった。
今日は雨が降っていないものの、空が暗く、道も暗かった。特に学校から駅までの道は街灯も少なく、家も少なくて暗い。
「今までで見た一番怖い霊とか、こんな怖い目にあったことがあるとか、そんな話」
空君は淡々とそう答えた。
「そ、そうなんだ。そんな話をふたりでしてるんだ」
千鶴が顔を引きつらせた。
「だけど、空君はあまり怖かったことがないって…」
黒谷さんがそう言うと、空君は、
「一回あったよ。背筋がゾッとするような怖そうな女の人の霊を見たこと」
と、また淡々と話しだした。
「どこで?」
「海で。夜、花火をし終わってから、浜辺で遊んでいたとき、海からす~~ってやってきたんだ」
「う、海から?夜?」
鉄が怖がりながら聞いた。
「うん。長い髪で、痩せてて、全身真っ白の服着てて」
「うわ。典型的な幽霊って感じ」
千鶴も顔を引きつらせながらそう言った。
「ああ、そうだね。あれは、まさに見た目からして幽霊だった。他のって、人間と区別つかないこともあるけどね」
「そういうのもいるの?」
千鶴が聞いた。
「うん。そういうの、よくいる。向こうが透けちゃってるとか、半分消えかけてるとかもあるけど、でもたいてい、しっかりと見える霊は、普通に服着ていたりするからわかんないんだよね」
「そうなんだ。じゃ、どうやって区別がつくの?」
「見てたら消えちゃったとか…。あと、不自然なところにいるとか?」
「不自然なって?」
鉄が今度は聞いた。
「海の沖に、スーツ着たおっさんがいたりとか…。3階の教室の窓から外見たら、窓の外からこっちを見ている学生服着た女の子がいたりとか?」
「ぎゃ~~~。うちの学校で見たの?それ」
千鶴が青ざめた。
「あ、それは中学の頃に、一回だけ見た」
「怖いですよね?でも、空君そういうのは怖くなかったって」
黒谷さんがそう言うと、空君は、
「だって、なんにもしないしさ」
と平然とした顔でそう言った。
「じゃあ、その、夜の海で見たっていう霊は?」
千鶴がこわごわ聞いた。
「ああ、あれはやばかった。なんか、思い切りこっちに寄ってきてた。でも今思えば、俺じゃなくって凪に寄ってきてたんだな」
「私?え?私、そこにいたの?」
「うん。俺と一緒に遊んでた。で、その霊がすごい速さですうっと近づいてきたと思ったら、凪が無邪気に笑って、パアッと光り出して、一気に成仏させちゃったんだよね」
「榎本先輩って、やっぱりすごい!子供の頃からそうだったんですね」
黒谷さんが目を輝かせた。
「そんなことあったの?私、まったく覚えてないよ」
「うん。俺も凪を怖がらせるかもって思って、その時には話さなかった」
「……ねえ。こういう話をしていると、寄ってくるとかってよく言わない?今は大丈夫?空君」
「ああ。大丈夫」
空君はそう言うと黒谷さんを見た。
「大丈夫ですよ、榎本先輩が近寄っても光で消しちゃってるから」
「え?いつ?」
私はびっくりして黒谷さんに聞いた。
「今さっきも…」
「寄ってきてたの?」
千鶴が驚いてそう聞くと、
「はい。でも、来たと思ったら、ぱあって消えちゃったから」
と黒谷さんはニコニコしながらそう言った。
「凪から出た光で?でも、いつ出てるの?」
千鶴が私を見ながらそう聞くと、
「え?ずっとです。ね?空君」
と黒谷さんが空君に言った。
「うん」
そうなの?でもなんで?!
「なんか、榎本先輩、空君の隣にいるときいつも、光出てるんですよね」
「え?空君の隣で?」
「はい。だから、私、榎本先輩といるときは、なるべく空君の隣に先輩が並ぶようにして、私は榎本先輩から出る光の中にいるようにしているんです。だって、そうしたら絶対に安全だから」
「そ、そうだったの?」
そういえば、私に良くひっついていたけど、私と空君の間に割り込むようなことはしていなかったっけ。
「空君がいると光でちゃうんだ。へ~~」
千鶴が横目でニヤニヤしながら私を見てそう言った。
そ、そうだったんだ。空君の隣にいるだけで、そうなんだ。知らなかった。
「………なんだよ、それ」
鉄はふてくされながらそう言った。空君はというと、なんだか照れくさそうにしている。
キュン、可愛い。
ふわわわ~~~。
「あ、なんか、光が増してる」
黒谷さんはそう言って、私の横でニコニコした。
「この光ってあったかくって、気持ちいいんですよね~~。ね?空君」
「黒谷さんにもすっかり見えるようになっちゃったんだね」
ひょえ?あったかくって、気持ちいい?
「凪って何者?」
「榎本先輩、なんかどんどん変な力つけていってない?」
千鶴と鉄がほとんど同時にそう言ってきた。
「変な力じゃないです。素晴らしいです」
黒谷さんは力強くそう言った。なんか、前のおどおどしていた黒谷さんからは想像できないくらい、力強かったぞ。
「凪は昔に戻っていってる。子供の頃からその力はあったから」
空君はぽつりとそう言うと、
「本来の凪に、どんどん戻っていってるよね?」
とにっこりと私に微笑んだ。
「本来の、私って?」
「心全開。素直でまっすぐな凪」
空君はそう言うと、またにこっと笑った。
う。可愛い!抱きつきたい。でも、今はさすがに…。
ふわふわふわ!
「あ!また先輩から光。なんか、光が空君を包んじゃった…」
黒谷さんがそう言った。
ひゃあ!抱きつきたいって気持ちが現れちゃったのかな。
「くす。うん。今、あったかかった」
空君はそう言って、照れながら私を見た。
うわ~~~~~~。その顔もキュンキュンだ。
ふわふわふわふわ。そのあとも、私はずうっと光を出し続けていたらしい。




